其の13
鑑定が終わるのは三日後である。ということは、その間に、例のクリス王子との約束の日が挟まっていた。
(憂鬱……)
王子は多分、その場のノリみたいな感覚で約束をしたのだろうし、きっと私のような人間のことなど覚えてもいないだろう。
しかし、万が一、約束どおりにやって来る可能性はゼロではない。ということは、私に「図書館に行かない」という選択肢はないのである。
そうして迎えた約束の日。私は以前王子と出会った、図書館の地下一階で、彼の訪れを待った。
果たして王子は………。
「やあ。来てくれたんだね」
どこともしれない娘との約束をちゃんと守る、素晴らしい方でした。王子様の鑑です。
………ああ、忘れていてほしかった……。
図書館の地下階。時の流れが静止したかのような空間に、きらっきらと輝かしい王子の存在は、激しい違和感を醸し出している。
私たち以外に人はいなさそうだが、だからといって図書館という公共の場だ。大声を出して良いわけではない。
私は声をひそめつつ、クリス王子に尋ねた。
「あの……先日クリス王子は、私とテオドア様の馴れ初めを聞きたいとおっしゃっていましたよね?」
「うん、そうだったね」
その答えを聞いて、私は大袈裟に肩を落としてみる。
「それは……とても残念なことに、私とテオドア様は、ほとんど面識がないにも等しく、お話しできるようなことは……」
ごにょごにょと語尾を濁す。きっぱりと「話題はありません」と伝えると角が立つので。
するとクリス王子は、うんうんと頷いた後、
「大丈夫、分かってる」
と言った。
……以前も同じようなことを言われたなあ。何が大丈夫で、何が分かっているのだろうか。私にはさっぱり分からない。
どう反応して良いか判断がつかず、私は曖昧な笑みを浮かべるしかない。そんな私を見て、王子は少し悪戯っぽい口調で、
「もう少し、人が少ないところへ移動しない?」
と唐突に提案した。
図書館の中では、この辺が一番人が少ないのだけど、と思い、私は首を捻る。しかし王子は、
「ついて来て」
と告げ、問答無用で歩みを進める。
まさか王子様の誘いを無視するわけにもいかず、私は重い足取りで、その後を追った。
王子がすたすたと歩みを進めた先に、重々しい扉があった。誰をも寄せ付けないその扉には、頑丈な鍵がかかっている。
王子は、服のポケットから鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んで、回した。そして扉を押す。すると重厚な扉は、ギィっと軋む音を立てながら、ゆっくりと開いていった。
厳重に閉ざされた扉の向こう側には……階段があった。さらに地下へと降りる階段が。
その階段を、勝手知ったるといった様子で、王子は迷いなく降りて行く。
……まあ、王子様なんだから、踏み込めない場所の方が少ないのだろうけど。
階段は地下一階のものより暗くて、ちょっと薄気味悪い。少し尻込みするが、すたすたと軽快な足取りの王子の後をついて降りて行くしかなかった。
……………………。
地下二階に辿り着く。
そこは限られた関係者しか入ることのできない空間だった。薄暗い灯りの中、おびただしい数の閉架図書が収められた棚が林立し、さながら迷宮のようだ。
(すごい……!)
先程までは、かなり重い気持ちの私だったが、この、普段の私では決して踏み込むことのできない区域に、少し気分が高揚し始めていた。
物珍しさに、きょろきょろと辺りを見回す。
(ずっと読みたかった絶版の、あの本が、こんなところに!)
何とか貸し出してはもらえないだろうか。そんなことを考えながら歩いていると……ふと、とんでもないことに気付いてしまった。
「王子……?」
前を歩いていたはずの王子の姿が消えていた。




