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アウトサイダー  作者: 君島極
第三章:交差する運命 |  第一節:揺らぐ日常、芽吹く力
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第2話:試される視線

――インサイダー養成学校・高等部


正門をくぐった瞬間、石畳の広い通路を新入生たちが次々と歩いていた。


制服の擦れる音、緊張を押し隠した笑い声、保護者たちの話し声。


そのすべてが、高い校舎の壁へ反響していた。


彰たちも人の流れに混ざり、受付ホールへ向かう。


頭上には幾重もの魔導照明。


淡い光が天井近くを流れ、壁面を走る魔導回路がゆっくり明滅している。


時折、小型ドローンが音もなく横切り、生徒証の確認や誘導を行っていた。


「……すげぇな」


思わず声が漏れる。


中等部とは比べものにならない。


ただ広いだけじゃない。


壁の光も、足元の石畳も、通る生徒の背筋まで、どこか張りつめて見えた。


陽菜も周囲を見回しながら、小さく息を漏らす。


「なんか……入っただけで緊張する」


「わかる」


凱も苦笑しながら肩を回した。


受付前には長い列ができていた。


長い耳を揺らすエルフの少女が、胸元のネクタイを何度も触っている。


その隣では、筋骨隆々のオーク系男子が端末を確認しながら小さく息を吐いた。


少し前には、小柄なドワーフの新入生が、緊張を落ち着かせるように深呼吸を繰り返している。


種族も空気も違う。


それでも全員、新しい制服へまだ身体が馴染んでいないように見えた。


気づけば、肩へ力が入っていた。


やがて順番が回ってくる。


「受験番号を確認します」


受付端末へ学生証タグをかざす。


淡い光が指先をなぞり、ホログラムへ名前が表示された。


『龍胆 彰』


表示を見た瞬間、指先が学生証タグの縁を強く押さえた。


(……本当に、入学したんだな)


陽菜が案内表示へ目を向ける。


「そういえば、中等部と違うんだね」


「ん?」


「先に教室集合じゃないんだ」


彰も案内ホログラムを見る。


そこには、


《入学式終了後、各クラスでホームルームを行います》


と表示されていた。


「ああ、本当だ」


凱も覗き込みながら頷く。


「高等部は先に入学式らしいな」


「へぇ……」


陽菜が少し感心したように目を丸くする。


受付を終えた生徒たちは、そのまま大講堂前の広間へ案内されていた。


高い窓から春の光が差し込み、磨かれた床へ白く伸びている。


周囲では、小さなざわめきが絶えなかった。


「特別優秀生徒って誰なんだろ」


「今年、かなりレベル高いらしいぞ」


「実技試験、歴代でも上位だったって……」


そんな声が、あちこちから聞こえてくる。


陽菜が胸元を押さえ、小さく笑った。


「なんか、みんなソワソワしてるね」


「そりゃするだろ。全国から集まってるんだからな」


凱はそう言いながらも、どこか落ち着かない様子で周囲を見渡していた。


「地方から来てる人も多いんだろうね」


陽菜が小声でつぶやく。


周囲では、聞き慣れない地方訛りも混ざっていた。


「高等部から入る地方組は、ほとんど寮生活らしいしな」


「中等部じゃなくて、一般校の養成科から来る人もいるって聞いたよ」


「へぇ……」


彰は周囲を見渡した。


ここへ来るまでの道は、一つじゃない。


けれど今、この場所へ立っている。


彰も壁へ背を預けながら、ゆっくり息を吐く。


視線が合うたび、相手の力量を探るような空気が返ってくる。


腕を組む者、唇を結ぶ者、床をつま先で叩く者。


広間のざわめきは、少しずつ低く濃くなっていった。


その時――


重厚な扉が、低い音を立てて開く。


「新入生は順番に入場してください」


案内の声と共に、人の流れがゆっくり動き始めた。


彰たちも列に沿って歩き出す。


大講堂へ足を踏み入れた瞬間――思わず息をのんだ。


「……っ」


視界が、一気に開ける。


幾層にも並ぶ観客席の向こうで、巨大な紋章が壇上へ浮かび上がっていた。


天井近くでは魔導照明がゆるやかに色を変え、その光が広大な空間全体を淡く包み込んでいる。


頭上を、小型ドローンが音もなく横切った。


ざわめきと熱気が波のように押し寄せる。


周囲の視線が、互いを探るように交差している。


誰も、大きく肩を崩してはいなかった。


自然と背筋が伸びた。


衣服の内側を抜ける空気が、わずかに温度を落とす。


やがて壇上へ、一人の男が現れた。


校長だった。


ざわめきがゆっくり静まっていく。


校長は会場全体を見渡し、静かに口を開く。


「君たちは選ばれた者だ。未来を担う資質を持ち、この学び舎に集った」


声が天井を打ち、誰かの咳払いが途中で止まった。


「だが忘れるな。力ある者は、それに相応しい責任を負わねばならぬ」


肩の位置が、無意識に引き上がった。


「誇りを持って学びなさい。誇りを持って、世界を導きなさい」


最後の言葉が落ち、誰もすぐには手を動かさなかった。


手の内側に、遅れて熱が広がる。


やがて教頭が一歩進み出る。


「ここで、今年度の“特別優秀生徒”を発表します」


会場がざわめく。


あちこちで椅子が小さく軋んだ。


息をのみ、姿勢を正す気配が連鎖するように広がっていく。


壇上へ向けられる視線が、一段強くなる。


やがて名が告げられるたび、壇上へ一つずつ影が立つ。


――神楽月 凛。

蒼氷色の瞳が、柔らかい光を宿して壇上に立った。

冷たさではなく、揺れのない落ち着き。

周囲のざわめきが、そこで一段落ちた。

一礼の所作は無駄がなく、流れるように美しい。

その顔がふと客席へ向く。


一瞬――目が合った、気がした。


(……あの時と、同じ感覚だ)


シャドウボックスで感じた“静かな引力”が、背中の奥に重なる。


――キャサリン・グラント。

舞台の光を浴びて金髪がふわりと広がる。

軽く手を振るだけで、小さな歓声が漏れた。


目配りがよく利く。

観客さえ“味方に変えてしまいそうな”軽さと華。


――六菱 征四郎。

一歩踏み出すたびに、床が静かに軋む。

背筋の通った影は、刀を抜かずとも迫力があった。


――黒鉄 隼人。

壇上に立つだけで、床下から重みがせり上がる。

言葉も動きもないのに、足裏が逃げ場を失った。


拍手が巻き起こる。


隣で凱が腕を組み、真剣な眼差しで壇上を見つめていた。


「……本物って感じだな」


「……そうだな」


彰は膝の上で、制服の布を軽く握った。


校長が締めくくる。


「彼らは君たちの模範であり、切磋琢磨すべき仲間だ。


共に学び、共に鍛え、誇れる英雄となれ」


拍手が途切れ、椅子のきしむ音だけが残った。


壇上の四人を見つめながら、声にならないまま呟いた。


(――負けたくない)


やがて閉式のアナウンスが流れる。


あちこちで椅子が引かれ、息を吐く音と談笑が重なり始めた。


入学式は、大きなざわめきに包まれたまま幕を閉じる。


その後、生徒たちは、それぞれのクラスへ散っていった。


彰たちも人の流れに混ざり、高等部校舎の廊下を歩き始める。


新しい木材の香りに混ざって、魔法加工された石材の冷たい匂いが鼻先をかすめた。


磨かれた床は足裏を硬く押し返し、靴底の乾いた音が高天井へ反響していく。


廊下の壁には、魔導回路と情報ケーブルが一体化したラインが走っていた。


教室ごとに環境制御が行われているらしく、扉横の魔導パネルが淡く明滅している。


「……中等部と全然違うな」


凱が周囲を見回しながら、小さく息を漏らす。


彰も思わず視線を上げた。


設備だけじゃない。


行き交う生徒たちは、すれ違うたびに視線だけを短く交わしていた。


目が合うたび、互いの力量を測るような間が残る。


その空気に押されるまま廊下を進み、やがて自分たちの教室が見えてくる。


扉の前へ立った瞬間、彰は無意識に息を止めていた。


取っ手の冷たさが指先へ伝わる。


深呼吸をひとつして、そのままゆっくり扉を開けた。


ただ座っているだけなのに、全員が前を向き、いつでも動ける姿勢を崩していなかった。


椅子の脚が床へこすれる音だけが、やけに近く聞こえた。


「……すげぇ圧だな」


彰は一歩、また一歩と教室へ踏み込んだ。


その時、前列の窓側で本を閉じた小柄な影が、ふっと顔を上げた。


――神楽月 凛。


静かな蒼氷色の瞳がこちらをとらえた瞬間、足元の感覚が一拍遅れた。


十歳のあの日と同じ、言葉にできない感覚。


凛はしばらく動きを止めたまま、やがて椅子を引いて立ち上がった。


その小さな動きに、クラス全体の意識が集まる。


本を机に置き、短い歩幅でこちらへ向かってくる。


足音はほとんど響かないのに、空気だけが先に動いた。


数歩先で立ち止まり、凛は小さく会釈した。


「……龍胆くん。あの時ぶりね。同じクラスなんて、驚いたわ」


喉が詰まりながらも、彰は返す。


「……神楽月さんこそ。まさか、こんな形で会うとは」


凛は彰をまっすぐ見つめて続ける。


「ええ。……あなた、前より迷いが減っているわ」


「迷い……?」


「ふふ。覚えているの。インサイダーを目指すって言った時――声に少し迷いがあったもの」


十歳の頃の自分の姿が、脳裏で一瞬よぎる。


凛は柔らかく瞬き、言葉を添える。


「でも今は、迷いが感じられない」


凛は小さく目を細める。


「……これから、よろしくね」


彰は一瞬だけ言葉に詰まり、それから小さく頷いた。


「ああ。よろしく」


その返事を聞き、凛はほんの少しだけ笑みを浮かべる。


そして静かに踵を返し、自分の席へ戻っていった。


小柄な背中が席へ沈んでいく。


近くの席で、誰かが小さく息を吐いた。


その背を見送ったあと、陽菜がぽそりとつぶやいた。


「……覚えてたんだね、あの時のこと。アキ、あの時ちょっと緊張してたもんね」


凱も肩で笑い、腕を組んだ。


「シャドウボックスの時だろ? そりゃ印象に残るわな」


周囲ではキャサリンが頬杖をついてこちらを流し見し、

征四郎は前を向いたまま姿勢を崩さず、

隼人は目を閉じたまま腕を組んで微動だにしない。


それぞれが違う空気をまとっている中で、凛のいる一角だけ、不思議と静かだった。


席につくと、いくつかの低い声が流れてくる。


「……あれが龍胆彰か」


「十歳で協会に呼ばれたっていう経歴のやつだろ。……実力はどうなんだ?」


「肩書きは立派だが――今、どれだけ戦えるんだろうな」


挑むような気配が混ざる。


椅子を引く音だけが、やけに大きく響いた。


その瞬間、前方の扉が開く。


担任の橘がまっすぐ歩いてくる。


灰色の瞳が教室を横切るだけで、ざわめきがすっと消えた。


「今日からこのクラスの担任を務める、橘だ」


声が木壁に反響し、机を叩いていた指が止まった。


「明日は施設見学だ。ここでの生活の基礎になる場所だ――しっかり覚えておけ」


短い返事がいくつも重なり、緊張の糸がわずかに緩んだ。


その後は簡単なホームルームが行われた。


出席確認や校内施設の利用説明、寮生への連絡事項に明日以降の予定確認。


入学式直後ということもあり、内容そのものは多くなかった。


けれど、新しいクラスメイトたちの名前が一人ずつ呼ばれるたび、名簿の上の文字が顔と結びついていった。


陽菜が目を輝かせる。


「明日、楽しみだね……!」


凱は背筋を伸ばし、肩を回しながら言った。


「中等部とは違うだろうな。全部」


彰は机の端へ置いた手に、少しだけ力を込めた。


担任が教室を出ていくと、あちこちで話し声が重なり始める。


周囲では、早速近くの席同士で話し始める生徒たちの姿があった。


「どこ出身?」


「実技試験どうだった?」


「寮ってどんな感じなんだろうな」


そんな声が、教室のあちこちへ広がっていく。


まだぎこちない。


それでも、さっきまでより少しだけ教室らしくなっていた。


凱が椅子から立ち上がり、肩へ鞄をかける。


「んじゃ、帰るか」


「あ、うん!」


陽菜も慌てて荷物をまとめる。


彰も机の横へ手を伸ばし、黒い通学鞄を肩へかけた。


そのまま三人で教室を出る。


廊下には、まだ昼前の明るい光が広がっていた。


大講堂へ向かっていた時とは違い、廊下には少しだけ話し声が戻っていた。


窓の外では、春風に揺れる木々が陽射しを反射していた。


「でも施設見学、ちょっと楽しみかも」


陽菜が前を向いたまま笑う。


「訓練施設とか、絶対すごいよね!」


「だろうな。高等部の設備、全部規模おかしかったし」


凱が苦笑しながら答える。


三人で階段を下り、校門を抜ける。


春の匂いが、風に混ざった。


商店街の入り口の掲示板が、ふっと光る。


『魔動プリズムディスプレイ、新モデル登場』


回転するルーンが、見慣れない機器の輪郭を描いていた。

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