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アウトサイダー  作者: 君島極
第二章:噛み合わない世界 | 第三節:戻る場所と、未来への誓い
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第9話:沈黙を裂く春風

――インサイダー養成学校・校門前


卒業式が終わっても、胸の奥にはまだ講堂の空気が残っていた。


高い天井へ反響していた拍手。


壇上で交わした一礼。


担任の顔や、在校生代表の震える声まで、まだ耳の奥へ残っている。


花道を歩いた足音だけが、妙に離れなかった。


「アキー! 写真、写真!」


その声で、彰はゆっくり顔を上げる。


校門前は、笑い声とシャッター音で溢れていた。


スマホを掲げる腕が重なり、「卒業おめでとう!」という声があちこちで飛び交う。


春の光とフラッシュが混ざり合い、白い瞬きが辺りへ散っていた。


その人波の中で、陽菜が手を振っている。


桜色のリボンを揺らしながら、女子たちに囲まれて明るく笑っていた。


「アキ、こっちこっち!」


その少し離れた場所では、凱も男子たち数人に囲まれて写真を撮らされている。


男子の一人が彰に気づき、輪の端から手を上げた。


「龍胆、入る? 一枚撮っとく?」


「……じゃ、頼むわ」


彰は首の後ろを掻きながら歩み寄る。


特別仲が良いわけじゃない。


それでも、“卒業式”という空気が、自然に輪の隙間を作っていた。


その時だった。


「ちょっとちょっとー! 先生も混ぜてよー!」


聞き慣れた声が飛び込んでくる。


振り返ると、マリン先生が手を振りながら駆け寄ってきた。


「せっかくの卒業写真なんだからさ!」


笑っている。


けれど目元だけは、少し赤かった。


「先生、泣いてるだろ」


凱がすぐに突っ込む。


「泣いてないし!? これは春風だから!」


「絶対ウソだろ……」


彰が苦笑すると、マリン先生は頬を膨らませた。


「だってみんな、ちゃんと卒業しちゃうんだもん!」


その声だけが、少し震えていた。


それでも、すぐにいつもの笑顔へ戻る。


「でもね。みんななら大丈夫!」


マリン先生はそう言って、生徒たちをぐるっと見回した。


「高等部って、中等部より全然大変だし、訓練もキツくなると思う。でも、ちゃんと悩んで、ちゃんと前向いてきた子たちだから」


春風が吹き抜け、桜の花びらが肩へ落ちる。


マリン先生は涙を誤魔化すみたいに笑って、ぱんっと手を叩いた。


「先生、安心して送り出せるよ。だからみんな、ちゃんと頑張ってきなさい!」


その言葉に、誰かが「はい!」と笑いながら返した。


「はいはい! じゃあ卒業生もっと寄ってー!」


フラッシュが何度も瞬く。


笑い声が重なり、校門前へ春の空気が広がっていった。


――しばらくして。


陽菜がこちらへ駆け寄り、胸に寄せ書き帳を抱えたまま息を弾ませる。


「アキ、はいこれ! 三人でも撮ろ!」


「おう」


彰は寄せ書き帳を受け取り、その重みを掌で確かめた。


そっとページを閉じ、ポケットへ収める。


凱が「もっと寄れって」と肘で押してきた。


その軽口に、張っていたものがふっとほどける。


彰は苦笑しながら、足元の砂利を軽く蹴った。


ぱしゃ、とシャッター音が響く。


画面の中に映った三人は、思っていたよりずっと自然な顔をしていた。


(……戻ってこられた。ここまで)


一年の間にぐちゃぐちゃになった距離。


それでも今は、こうしてまた肩を並べて笑えている。


彰はスマホを受け取り、小さく息を吐いた。


口元が自然と緩む。


そのまま校門前の人波を抜け、三人で並ぶように学校前通りへ出る。


春の風が制服の裾を揺らし、卒業式帰りの生徒たちの声があちこちで重なっていた。


凱が歩きながら、ふと思い出したみたいに口を開く。


「じゃあさ、帰りは――」


「もちろん三人で、だよね?」


陽菜が先に言って、凱が「決まってんだろ」と笑う。


彰は靴のつま先で石を軽く蹴りながら頷いた。


「写真はあとでグループに送るし、親とも合流しないんだ?」


「うちは家で合流だから大丈夫」


陽菜が小さく肩を動かす。


「うちも。母さん、あとでゆっくり話そうってさ」


「じゃ、最後の中等部帰り道ってやつだな」


凱の一言で、三人は自然に並んで歩き出した。


石畳へ、三人分の足音が並ぶ。


やわらかな風が制服の裾を揺らしていった。


彰は鞄のストラップを握り直す。


「なんかさ、実感ないね。もう中等部じゃないんだよ?」


陽菜が空を見上げる。


ビルの隙間から覗く滅亡時計は、今日も変わらない光で時を刻んでいた。


「まあでも、来月からまた普通に会うだろ」


凱が肩をすくめながら笑う。


「だな。校舎変わるだけだし」


「そうだね。制服変わるけど、一緒だもんね」


「……だな」


彰も口元を緩めた。


その笑みには、前みたいな無理がない。


「アキ、高等部のクラス分け、ちょっとドキドキするね」


「お前が言うか。陽菜、評価ほぼオールAだったんだろ」


「えっ、えへへ……がんばったから……」


照れくさそうに笑う横顔が、胸へ強く残る。


彰は少しだけ視線を落とし、そのまま歩幅を緩めた。


凱と陽菜が、不思議そうにこちらを見る。


春の風が吹き抜け、制服の袖が揺れた。


彰は小さく息を吸う。


「……なぁ、二人にさ。ちゃんと言っときたいことある」


陽菜が目を瞬かせ、凱も歩く速さを少し落とす。


三人分の足音だけが石畳へ並んだ。


彰は前を向いたまま、ゆっくり口を開いた。


「俺さ……ずっと、劣等感あったんだよ」


喉の奥がひりつく。


それでも、今は止まれなかった。


「凱は、焔さんの息子で、剣も強くて、魔法もできるし」


凱が何か言いかける。


けれど彰は、小さく首を振って続けた。


「陽菜も、魔法すげぇだろ。ずっと期待されてたし、ちゃんと結果も出してた」


春の光が、足元へ長く伸びている。


彰は靴先で小さな砂利を押しつぶした。


「俺だけ、普通だった」


掠れた声が、そのまま風へ混ざる。


「置いてかれるの、怖かったんだよ。気づいたら、自分から距離置いてた」


陽菜の指先が、制服の裾をぎゅっと掴む。


凱も黙ったまま、前を見ていた。


「二人の隣にいるほどさ、自分だけ全然ダメなんだって思ってた」


彰は一度だけ息を止め、それから静かに吐き出した。


「……ごめん」


春の風だけが、三人の間を抜けていく。


少し遅れて、陽菜が小さく首を振った。


「アキ……」


「俺、二人と並びたかったんだよ。本当はずっと」


言葉にした瞬間、詰まっていた息がゆっくり抜ける。


凱が短く息を吐き、そのまま彰の肩へ腕を回す。


「バーカ」


「っ……」


「そんなの、とっくに気づいてたっつーの」


凱は呆れたみたいに笑った。


「でもさ、ちゃんと自分で言ったじゃん。ならもう十分だろ」


その横で、陽菜も少し目を潤ませながら笑っている。


「私は、アキが戻ってきてくれた時点で嬉しかったよ」


彰は顔を逸らし、小さく息を吐く。


指先だけが落ち着かず、制服の裾を軽くつまんだ。


張っていたものが、少しずつほどけていく。


三人はそのまま歩みを進める。


河川敷へ続く遊歩道へ出ると、公園の入口が見えてきた。


夕陽に照らされた砂利道の向こうで、見慣れたブランコが小さく揺れている。


陽菜がふと足を止め、振り返った。


「ちょっと寄ってく?」


彰と凱は顔を見合わせる。


凱が肩をすくめながら笑った。


「最後に、ここ寄っとくのもアリだな」


「だな」


三人はそのまま公園へ足を踏み入れる。


靴底が砂利を踏むザリッという感触が、夕方の静かな空気へ小さく残った。


見上げた桜の枝先には、咲き始めた花がところどころ見えていた。


春の風が吹くたび、薄桃色の花びらが小さく揺れる。


陽菜はつま先立ちになり、枝の下を覗き込んだ。


「もう少しで満開だね。入学式には間に合うかな」


「俺ら高等部デビューなんだから、空気読めよ桜」


凱の言葉に、陽菜がくすっと笑った。


ベンチの埃を軽く払って、彰と凱が腰を下ろす。


陽菜は「懐かしいな」と小さく笑い、少し離れたブランコへ歩いていく。


足で地面を蹴り、そのまま体が揺れる。


キイ、キイと、静かな鎖の音。


夕暮れの光が髪を透かし、金の縁が揺れる。


(……こうして見てるだけで、悪くないと思ってしまう)


膝の上で指を組み替え、彰は顔を横へ向けた。


「なぁ、アキ」


隣で、凱がぽつりと口を開く。


「ん?」


彰は視線だけを向ける。


さっきまで張っていた空気は、もう少しだけ柔らかくなっていた。


凱はブランコの方を見たまま、小さく息を吐く。


「ちゃんと言えて、よかったな」


「……まぁな」


彰は苦笑しながら、靴先で砂利を軽く蹴った。


「正直、めちゃくちゃ怖かったけど」


「だろうな」


凱が小さく笑う。


口元だけが少し緩み、そのまま前を向いた。


「でもさ。陽菜、めっちゃ安心した顔してたぞ」


その言葉に、彰の呼吸が一瞬だけ止まる。


視線が、自然とブランコの方へ向いた。


夕陽の中で、陽菜が鎖を揺らしながら小さく笑っている。


「……ずっと待ってたんだと思う」


凱は前を向いたまま言った。


「お前がちゃんと戻ってくるの」


彰は膝の上で指を握り直した。


絡めた指先だけが、なかなかほどけなかった。


言葉にできない熱だけが、内側へ残る。


その時だった。


――キン。


ブランコの鎖が小さく鳴る。


陽菜の指が、無意識みたいに鎖を握り直していた。


夕暮れの光の中で、その動きだけが妙にはっきり浮かぶ。


凱はその横顔を見たまま、小さく肩をすくめた。


「陽菜のこと見てりゃわかるだろ」


腹の底へ、波みたいな熱がじわりと広がる。


夕陽の中で、陽菜の横顔が少し滲んで見えた。


凱はベンチを、こん、と一度だけ叩く。


「……あいつの気持ち、これ以上置いてくなよ……」


喉の奥で息を呑む。


言葉にならない熱だけが、胸の内側へ溜まっていく。


少し間を置いてから、凱が低く続けた。


「ちゃんと掴みに行けよ」


凱はそこで一度だけ彰を見る。


「お前、陽菜が……他の誰かに取られてもいいのかよ」


その言葉だけを残し、凱は口を閉ざした。


伏せた視線のまま、握っていた指からゆっくり力が抜けていく。


胸の奥には、熱だけが残っていた。


喉が小さく鳴る。


呼吸の音ばかりが耳に近く、身体の奥で熱と冷えがぶつかり合っている。


彰は眉間へ指を当て、小さく息を吐いた。


浮かぶのは、短い断片ばかりだった。


道場で笑っていた声。


冬の帰り道で、白く重なっていた吐息。


その隣には、いつも凱と陽菜がいた。


三人で過ごしてきた時間が、確かにある。


だからこそ――踏み出すのが怖かった。


彰は距離を測るみたいに半歩だけ前へ出て、そのまま止まる。


ゆっくり顔を上げた。


春の光の中に、陽菜がいる。


瞳の奥で、迷いと願いが静かに揺れていた。


肩口の布をつまみ、小さく息を吸っている。


その瞬間、風に乗った花びらが肩へ落ちた。


陽菜は小さく息を呑み、指先でそれを払う。


そして、そのままこちらを見る。


(……陽菜は、俺を見てくれていた……ずっと)


指先へ残った温もりが消えない。


桜の花びらが風に舞い、二人の間を静かに通り過ぎていった。


凱は手のひらを開いたまま、ゆっくり顎を落とす。


陽菜も、ブランコの鎖を一度だけ握り、それからそっと手を離した。


風が吹き抜ける。


熱だけが、そこへ残っていた。


半歩分の距離は、まだ埋まらないままだった。


彰の足先も、そこから動けずにいた。

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