第9話:才能の片鱗
――焔が去ったあとの居間
玄関の戸が閉まる音が、家の中へゆっくり溶けていく。
それでも、さっきまで居た焔の笑い声だけは、まだ居間の空気へ薄く残っていた。
熱気が少しずつ引き、部屋の空気がひと呼吸ぶん軽くなる。
彰は、さっきまでの位置を動かなかった。
手の中へ残った温度だけが、遅れて抜けていく。
誠は一度、周りを見渡し、『インサイダー・クエスト』のケースへ手を伸ばす。
「じゃあ、ゲーム、ちょっとだけやってみるか?」
「ほんとに!? いいの!?」
彰はその場で足の位置を寄せた。
「“ちょっとだけ”だ。拓也さんたちもいるんだからな」
「私は構いませんよ。ちょっと見てみたいかな」
拓也はテレビへ目を向け、顎に手を当てた。
「お父さん、またまじめな顔してる」
陽菜がじとっと見上げる。
「いやいや、ちょっと興味があってね」
居間のテレビの前に、みんなが集まる。
誠が膝をついて、床に広がるケーブルを一本ずつ整えていく。
線をテレビ台の裏へ押し込み、軽く引いて確かめた。
Z-FORCE本体がテレビの前へ置かれ、モーションコントローラーが認識される。
電子音と一緒に、白いランプが小さく光った。
「おお……本物だ……」
タイトル画面が立ち上がり、焔に似たヒーローのシルエットがテレビへ浮かび上がる。
《インサイダー・クエスト ~滅亡の街を守れ~》
「うわ、すごい!」
陽菜が笑いながらテレビの前へ身を乗り出した。
「前出んなって、見えないだろ」
凱が肩へ手をかけ、少し後ろへ引き戻す。
彰は黙ったまま、コントローラーを両手で包んでいた。
掌へ収まる重さが、やけに“本物”に感じる。
「今日はオフラインな」
誠が設定を切り替えながら言った。
「名前、どうする?」
凱が横から覗き込む。
「……“アキ”でいい」
「シンプル!」
陽菜が笑い、そのまま肩を寄せて画面を覗き込んだ。
次の瞬間、画面へいくつもの武器アイコンが並んだ。
剣や杖、銃のシルエットが順番に流れる。
その中で、彰の視線だけがガントレットで止まった。
「わ、武器えらべるんだ……」
視線がガントレットのアイコンで止まる。
「アキなら、これだろ」
凱がガントレットを指さした。
両腕へごつい手甲をはめたヒーローが、画面の中で構えている。
「殴るやつ。お前っぽいだろ」
「……たしかに!」
彰は迷わずガントレットを選んだ。
選択した瞬間、ヒーローの腕が光を帯びる。
そのままゲームが始まった。
画面の街を、ガントレットのヒーローが走っていく。
彰はコントローラーを握ったまま、その動きを目で追った。
次の瞬間、敵の影へ薄い“予兆”が浮かぶ。
肩が先に動いた。
コントローラーを前へ突き出す。
画面の拳がちょうどいい角度で突き刺さり、敵の影がふっと散った。
「……今の、いけた」
思わず口から漏れ、自分で驚く。
次の敵影が現れる。
避けるように身体を傾け、そのまま打ち込む。
仲間の位置まで自然に目へ入り、次の動きへ迷わず繋がっていく。
「このコントローラー、こうやって振るんだぞ」
凱が横からアドバイスした。
彰がコントローラーを前へ突き出すように振ると、それに合わせて画面の拳も鋭く前へ伸びる。
横へ払えばフック。
下から振り上げればアッパー。
手首を弾いた瞬間、連続のジャブが画面いっぱいへ走った。
「おお……」
誠が画面を見たまま、小さく頷く。
彰はコントローラーを握ったまま、瞬きも忘れて画面を追っていた。
端へ現れた敵影に予兆が重なる。
その動きへ合わせるように進路を切り替え、親指でスキルを押し分けながら、手首のスナップだけで拳の角度と距離を変えていく。
「やるじゃん、アキ!」
凱が笑う。
「えへへ……!」
彰も照れたように笑った。
そのまま一ステージ目をクリアする。
画面へ《Sランククリア》の文字が浮かび、陽菜が「うわっ!」と声を上げた。
「ねぇ、これ本当に初めて?」
雪が驚いたように身を乗り出す。
画面と彰の手元を、何度も見比べていた。
「……こうかなって思うと、手が動くんだよね」
彰はコントローラーを握り直す。
その横で、拓也が腕を組んだまま画面を見つめていた。
「反応も判断も、いいね」
ぽつりと落ちた声に、彰は思わず拓也の方を見た。
「さすが、巌さんの孫ってところかな」
巌は手を振った。
「ゲームの腕は、わしの指導範囲外だ」
「じゃあ、才能ですね」
拓也はいつもの調子で微笑む。
彰は少しだけ顎を引き、口元を緩めた。
テレビの白い光が床へ伸び、コントローラーの小さな振動だけが、まだ手のひらへ残っている。
彰は無意識に手首のミサンガを押さえた。
指先へ触れた結び目の感触が、そのまま静かに残る。
画面の《Sランククリア》だけが、まだ目の前に残っていた。




