↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アウトサイダー  作者: 君島極
第二章:噛み合わない世界 | 第二節:測られる側
81/136

第15話:揺らぐ刃

――放課後/龍胆家・道場


季節だけが、彰を置き去りにして巡っていく。


色を失った葉が赤黒く散り、乾いた風が頬を切った。


夕暮れが早く、道場はすぐに薄暗くなる。


湿った落ち葉の匂いと、木刀のささくれた柄の感触が混じる。


その空気に、足がわずかに止まった。


あの朝から、頭のざわめきは消えない。


次の日になっても、結局、陽菜にも凱にも謝れなかった。


顔を合わせるたび、喉の奥が詰まる。


言葉を探しているうちに、いつも先に視線を逸らしてしまった。


だから彰は、訓練へ逃げるみたいに身体を動かし続けていた。


まだ空も暗い時間に起き、家の道場で木刀を振る。


学校が開く頃には訓練場へ向かい、授業前まで剣を振った。


放課後は訓練場と魔法訓練場を往復し、夜はまた家の道場へ戻る。


土日も、学校が開いている時間はほとんど自主練に費やした。


止まると、夢の赤が追いついてくる気がした。


昨夜の光景を振り払うように、首を一度振る。


――泣く陽菜。

怒鳴る凱。

年を重ねた知らない自分の顔。


「ただの悪い残像だ」


わかっている。


現実じゃない。


それでも、あんなふうにはなりたくない――その思いだけが、しつこく胸の奥へ残っていた。


鼻から吸い、口で吐く。


足袋の先で畳の目をひとつ踏みしめ、ゆっくり構えを取る。


彰は、ひたすらユニオン・ブレードの型を繰り返した。


両肩を回し、握りを確かめ、正面へ小さく会釈する。


足幅を調整し、踵を半歩だけ引いた。


(……模擬戦で俺が足を引っ張った)


(魔法も伸びない)


せっかく剣が光っても、当たらなければ意味がない。


守るどころか、結局は凱と陽菜に助けられてばかりだ。


踏み込もうとしても、足だけがわずかに遅れる。


重心が揺れ、その感覚が膝の奥へ残った。


――そして、夢の残像。


紅に沈む桜。


まぶたの裏へ焼きつき、何度振り払っても離れない。


(……ああは、ならない)


歯の裏をそっと噛み、息をひとつ止める。


そのまま木刀を振り抜いた。


シュッ、と空気を裂く音が冷えた道場へ走る。


もう一度。


さらにもう一度。


振るたび、乾いた風が袖を抜け、張りつめた呼吸だけが耳の奥へ残った。


けれど型は、少しずつ崩れていく。


踏み込みは甘い。


斬撃は心体育成流の癖へ引っ張られ、力任せに振り切るたび形がさらに乱れた。


(急ぐな……いや、遅い)


出した足が、半拍遅れて畳を擦る。


「……っ」


柄が滑りそうになり、親指の腹で鍔元を押さえ直した。


構え直して振り下ろす。


それでも、今度は体の返りが半拍遅れる。


脈を押さえ、呼吸を数え直す。


リズムが噛み合わない。


「落ち着け」


息を吸い直した瞬間、まぶたの裏に陽菜の涙が滲んだ。


夢だとわかっている。


それでも、まぶたの裏の赤だけが消えなかった。


(いや、強くなってる。……はずだ)


そう信じていないと、立っていられなかった。


吐いた息が途中で細く折れる。


眉間へ力を入れ、彰は柱の節を見据えた。


柱には、昔つけた木刀傷がまだ残っている。


組手で勝った日も、父に褒められた日も、ここで何度も木刀を振った。


けれど今は違う。


組手は噛み合わず、受けるばかりだった。


心体育成流とユニオン・ブレードを無理やり重ねるたび、踏み込みの向きがずれていく。


角度を空描きで確かめても、畳へ残るのは浅い擦れ跡ばかりだった。


(迷ってる暇はない――)


不意に、廊下から声が漏れ聞こえてきた。


「最近の彰、なんかヤバくない?」


「ユニオン・ブレード、型ぐちゃぐちゃじゃん」


「でも、めっちゃ練習してるよな」


笑い混じりの声が、閉め切った道場の空気を薄く揺らす。


「いや、雑魚すぎだろ」


語尾が軽く跳ね、すぐ後ろで笑い声が重なった。


背中越しに転がる笑い声へ、彰は唇の内側を強く噛む。


立ち止まりかけた足へ無理やり力を入れ、そのまま前だけを見た。


握った拳の親指が白くなる。


気づいて力を抜くと、肩だけが小さく落ちた。


◇


二年になっても、陽菜と凱との距離は変わらなかった。


必要な時に、一言二言。


そんな会話だけが続いている。


放課後の廊下。


傾いた陽射しがガラス窓へオレンジ色を滲ませ、伸びた影が床を細く流れていた。


「アキ、今日いっしょに帰らない?」


陽菜は笑っていた。


けれど、その声は少しだけぎこちない。


彰の顔色を窺うみたいに視線が止まり、続きの言葉が喉で小さく詰まった。


彰は一瞬だけ返事を探す。


(……また、あの夢)


血の中で泣いていた陽菜の顔が浮かぶ。


みぞおちの奥が鈍く軋んだ。


「悪い、訓練あるから」


笑ってみせる。


けれど最後まで顔は向けられなかった。


バッグの肩紐をきつく引き寄せ、歩幅を速める。


陽菜は小走りで隣へ並んだ。


「そっか……わかった」


小さくうなずき、笑おうとする。


けれど口元へ浮かんだ形は、すぐ力なく崩れた。


「……最近、頑張りすぎじゃない?」


視線が揺れる。


心配を隠しきれないまま、声だけが静かに落ちた。


凱が横から口を挟む。


「無茶ばっかしてたら、そのうちマジで倒れるぞ」


眉間へ皺を寄せたまま、言葉だけが真っ直ぐ飛んでくる。


その瞬間、夢の中の鋭い眼差しが現実の凱へ重なった。


「……ほっといてくれよ」


擦れた声が、そのまま漏れた。


陽菜が息を詰める。


凱の視線も、わずかに鋭くなった。


ポケットへ押し込んだ拳の中で、親指の関節を何度も押し込む。


皮膚の内側へ走る痛みだけが、別の感覚を押し流していった。


(夢とは違う……わかってる)


それでも、胸の奥のざわつきだけは消えない。


そのまま会話は途切れた。


◇


――別の日・昼休み/食堂


食堂には、箸の音だけが残っていた。


同じ机を囲みながら、三人の距離は少しずつずれていく。


「これ、半分食べる?」


陽菜が卵焼きを差し出す。


箸がわずかに揺れていた。


何か言おうとして、唇だけが小さく動く。


(……また、遠くなってる)


目の前にいる。


それなのに、前みたいな近さが掴めない。


それでも陽菜は、何もなかったみたいに温かいものを差し出してくる。


「今はいい」


短く返す。


その言葉を受け、陽菜のまつげが静かに伏せられた。


それでも無理やり笑おうとする。


「……そっか」


箸が止まる。


湯気の向こうで、小さなため息だけが揺れた。


それでも席を立とうとはしない。


彰は唐揚げを口へ運ぶ。


味なんてほとんど分からないまま、水で無理やり流し込んだ。


飲み込んだものが、喉の奥へ引っかかったまま落ちていかない。


「……頑固だな」


凱が短く吐き、顔を横へ向ける。


(わかってる。心配してくれてる)


凱の言い方も、陽菜の手つきも、痛いくらい伝わっていた。


それでも、受け取る前に手を引いてしまう。


(甘えたら、また守られて終わる)


木刀袋の紐を引き寄せ、結び目を締め直す。


指先が汗で滑る。


もう一度力を込め、ほどけない固さを確かめてから、ゆっくり視線を前へ戻した。


焔の声が、耳の奥に残っている。


『……君は、立派なヒーローだ』


続けて、御剣の言葉が重なった。


『勇気を忘れるな』


『鍛え続けろ。君はきっと、いいインサイダーになる』


どちらの声も、離れない。


(あの二人みたいに――強くなりたい)


◇


――同日・放課後/中等部・訓練場


彰は模擬剣を握り直した。


追いつきたい。


その思いだけは、もう揺らがなかった。


けれど次の瞬間、父の声が骨の奥で静かに止める。


『だが、無理をすれば怪我をする。心も、体もだ』


握りへ力が入りすぎる。


気づいて、彰は肘の力だけをそっと抜いた。


そのまま模擬剣を振り下ろす。


乾いた音が訓練場へ響き、冷えた空気の中へ溶けていった。


ふと、陽菜の声が頭をよぎる。


『……アキ、大丈夫かな?』


振り下ろしかけた模擬剣が、わずかに止まる。


握りへ入った力だけが、一瞬抜けた。


それでも彰は、もう一度模擬剣を握り直す。


(……まだ、止まれない)


振り下ろすたび、乾いた音が夕方の訓練場へ散っていく。


遠くで鳴いたカラスの声だけが、その響きへ静かに重なっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。