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アウトサイダー  作者: 君島極
第二章:噛み合わない世界 | 第二節:測られる側
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第7話:笑い声のあとに

課外授業当日。


夏の朝日が校門前のアスファルトを白く照らし、空には雲ひとつない青空が広がっていた。


朝の空気はまだ少し冷たいのに、校門前はもう熱気に包まれている。


「眠い……でも楽しみ」


「忘れ物ないよな?」


「よし、出雲!」


大きな鞄を引く同学年の声が重なる。


肩紐を握る指先へ、朝露の冷たさがわずかに残った。


「はい、整列! 点呼して、バスで成田に向かう!」


号令がかかり、列が揃ってステップを上がる。


車内は外より少し冷たかった。


座席へ腰を下ろすと、エンジンの低い振動が足元からゆっくり伝わってくる。


「出雲って何が有名?」


「出雲大社! 縁結び!」


「お前、祈ってこいよ」


「や、やめろって!」


「私、ぜんざい食べたいな」


成田へ着くと、一般の搭乗口ではなく特別ゲートへ通された。


その先には、インサイダー協会のロゴを背負った銀色の専用機が待っている。


「うわ、すげぇ……」


誰かの声が漏れた。


離陸し、窓の外が一気に白く広がる。


「わー! きれいだねー。海いいなー!」


陽菜が頬杖をついた。


凱は言葉少なに外を見つめ、彰は耳抜きをしながらベルトのバックルを指で弾く。


ベルトが外れる音と同時に、機体がゆっくり高度を落としていった。


窓の外で雲が切れ、緑の輪郭が近づいてくる。


さらにバスで山へ向かった。


車窓の景色はビル群から濃い緑へ変わり、空気も少しずつ澄んでいった。


「……空気、全然違うね」


陽菜が窓の外へ顔を寄せる。


開けた窓から流れ込む風が、髪をふわりと揺らした。


「そうだな。クワガタとかたくさん捕れそうだ」


彰は肩をすくめて笑った。


「えっ!? クワガタ出るのかな……!」


陽菜が目を丸くし、そのまま身を乗り出す。


後ろの席から凱が口をはさんだ。


「遺跡内は虫だらけって、親父に聞いたことあるぞ」


凱は背もたれへ肘を預け、前の席を覗き込む。


「うそっ!? どうしよう……!」


陽菜が慌てて袖を握った。


「マジ!?」


半分くらい本気で信じかけた顔のまま、陽菜が彰を見る。


彰は視線を落とし、短く息を吐いた。


「冗談だって」


凱が笑いながら手をひらひら振る。


「管理されてるから大丈夫だろ」


「むぅー!」


陽菜は一瞬だけ凱を見て、そのまま椅子ごと前を向いた。


その小さな仕草に、彰と凱は思わず息を漏らす。


シートの軋む音が一度だけ続き、後ろの席からも小さな笑い声が漏れた。


笑い声が落ち着くころ、バスはゆるやかに山道へ入っていく。


エンジンの音が低くなり、窓の外を流れる森の影が少しずつ濃くなっていった。


陽菜は頬杖をついたまま、流れていく緑から視線を離さない。


「……さっきまで海だったのに、いつの間に森の中だね」


「山の中腹だ。もうすぐだな」


凱は前方を見たまま言葉を続ける。


車体が小さく揺れ、タイヤの下の感触が変わった。


舗装路を抜けて石畳へ入ると、振動が硬い音へ変わり、石の感触が座席越しに伝わってくる。


バスがゆっくり減速する。


「あ……」


誰かの声が漏れた。


森の奥に見えてきたのは、古い木造ホテルだった。


深い色へ変わった木の外壁と大きな瓦屋根。


山肌へ寄り添うように建てられた建物には、長い年月の風合いが残っている。


「いいねー!」


陽菜が目を輝かせた。


「なんかすげぇ雰囲気あるな」


凱も窓へ顔を寄せる。


玄関先には石灯籠と小さな池。


うっすら立つ湯気に混ざって、山の空気へ微かな硫黄の匂いが流れていた。


バスが止まり、生徒たちが次々と外へ降りていく。


靴底が石畳へ触れた瞬間、山の冷たい空気が肌へ抜けた。


「うわ、ちょっと涼しい」


「温泉あるっぽいな」


ざわめきの中、ホテルの玄関から一人の男性が姿を現した。


白髪混じりの短髪に、首元には深い傷跡が走っている。


それでも背筋だけは、現役みたいに真っ直ぐだった。


作務衣姿のまま、静かに頭を下げる。


「ようこそ、“岩戸館”へ。皆さんを迎えられて光栄です」


低い声が、山の空気へゆっくり広がった。


教師が小さく補足する。


「こちらの館主は元インサイダーだ。現役時代は遺跡調査隊にも所属していた」


「マジか……」


「すげぇ……」


生徒たちの声が重なる。


館主は小さく笑い、そのまま玄関へ手を向けた。


「長旅で疲れたでしょう。まずは部屋へどうぞ」


木の廊下へ足を踏み入れる。


床板が低く軋み、硫黄と木の匂いが混ざった。


古い建物なのに、不思議なくらい綺麗だった。


歩くたび、磨かれた柱と整えられた障子が静かな光を返す。


廊下の先には、昔の遺跡調査写真や古いインサイダー装備まで並んでいた。


「うわ、これ本物かな」


「昔の装備じゃね?」


生徒たちが足を止める。


「部屋、四人ずつだってよ」


凱が紙を覗き込んだ。


「女子も別なんだね」


陽菜が紙を覗き込みながら言う。


彰と凱は別部屋、陽菜も女子部屋へ分かれることになっていた。


「飯、一緒だよな?」


凱が確認する。


「班ごとって言ってたし、多分そう!」


陽菜が笑った。


「じゃ、あとでな!」


「うん、またあとで!」


陽菜が手を振り、そのまま女子たちの列へ混ざっていく。


彰は別の男子生徒たちと一緒に部屋へ向かった。


襖を開けると、畳敷きの和室が広がる。


古い旅館らしい造りなのに、隅々まで綺麗に整えられていた。


窓の外には山の緑が広がり、その奥には遺跡の岩壁らしき影まで見える。


「うわ、旅館って感じ」


「テンション上がるな」


荷物を下ろし、そのまま自然と雑談が始まった。


「そういや、夏休みどうだった?」


「ずっと家の手伝い」


「俺ゲーム」


「課題終わってねぇ」


笑い声が畳の上へ広がっていく。


彰も肩の力を抜き、その輪へ混ざった。


やがて夕食の時間になり、生徒たちは大宴会場へ集められる。


並べられた鍋から湯気が立ち、山菜や川魚、海の幸まで並んでいた。


「うまっ!」


「これ何の肉!?」


「イノシシだって」


「イノシシ!?」


あちこちで歓声が上がる。


湯気と笑い声が、広い畳敷きの会場いっぱいへ広がっていった。


陽菜も嬉しそうに鍋を覗き込み、凱は肉を追加し、彰は湯気を避けながら器へ取り分けていく。


食事が終わるころには、外は完全に夜になっていた。


その後、風呂は部屋ごとの交代制だと説明される。


「露天風呂あるらしいぞ」


「マジ?」


「勝ち確じゃん」


男子たちの声が弾む。


彰たちの部屋も順番になり、タオルを持って脱衣所へ向かった。


ちょうどそのとき、向こう側の廊下から陽菜たち女子グループが歩いてくる。


「あ、アキ!」


陽菜がぱっと顔を上げた。


浴衣姿のまま、小走りに近づいてくる。


「陽菜たちも今から?」


「うん! ちょうど順番だったみたい」


「そっか」


彰が頷く。


「じゃ、あとでね!」


「ああ!」


陽菜たちはそのまま女子側の暖簾をくぐっていった。


彰たちも男子側の脱衣所へ入る。


木の床と硫黄の匂いが迎え、奥からは露天風呂の湯気がゆっくり流れてきていた。


「いい湯っぽいな」


「温泉とか久々だわ」


湯へ浸かった瞬間、ようやく全身の力が抜けていく。


そのときだった。


隣の露天側から、女子たちの笑い声が風へ乗って聞こえてくる。


「……なあ」


一人の男子が、小声で呟いた。


「これ、向こう見れるんじゃね?」


「マジか?」


脱衣所と露天を繋ぐ奥の隙間を指差す。


「ほら、下通れそうじゃん」


「やめとけって」


彰が眉をひそめる。


だが三人ほどが、そのまま悪ノリで奥へ向かっていった。


「ちょ、バレるって!」


「すぐ戻るって!」


小声と足音が奥へ消えていく。


その数秒後だった。


「きゃあああっ!?」


女子側から悲鳴が響いた。


「うわ、バレた!」


「逃げろ!!」


男子たちの空気が一気に凍る。


その直後、女子側から慌ただしい声が飛んできた。


「マリン先生! 男子が……!」


廊下から足音が近づく。


暖簾の向こうで、マリン先生の低い声が響いた。


「――全員、今すぐ風呂から出なさい」


空気が張り詰める。


さらに後ろから男性教師も駆け込んできた。


「何があった!?」


誰もすぐには答えられない。


結局、風呂へいた男子八人全員がロビーへ並ばされることになった。


陽菜もその中へいて、彰を見るなり足を止めた。


目が大きく揺れる。


怒っているのに、それ以上にショックを受けたような顔だった。


「……アキものぞいてたんだ?」


掠れた声が落ちる。


「いや、俺は止め――」


「ひどいよ……」


短い言葉が胸へ刺さった。


その直後、


「あなたたち、やっていいことと悪いことがあります」


マリン先生の声がロビーへ響く。


全員の背筋が強張った。


「軽い気持ちだった、では済みません」


隣に立つ男性教師も腕を組む。


「場合によっては普通に問題になる行為だ。分かってるのか?」


八人全員が黙り込む。


「……で?」


男性教師の視線が鋭く動いた。


「お前たち全員でやったのか?」


誰もすぐには口を開けない。


その数秒後だった。


悪ノリしていた男子の一人が、小さく手を上げる。


「……いや。他の人たちは止めてました」


声が震えていた。


「俺ら三人だけです。……ごめんなさい」


ロビーの空気が、そこで少しだけ緩む。


女子側も頷いた。


「顔見えたの、その三人だけでした」


先生たちの表情が、そこでようやく少し変わる。


「……お前たちは部屋へ戻っていい。疑って悪かったな」


先生が短く肩の力を抜いた。


結果、五人は先に解放された。


彰たちは小さく頭を下げ、そのままロビーを後にする。


背中へ、まだ怒鳴り声が飛んでくる。


その途中、彰が振り返った。


陽菜は女子たちの列の中で、視線を落としていた。


目が合った瞬間、気まずそうに目を逸らす。


肩を縮めたまま、何か言いたそうに指先だけが揺れている。


彰は何も言わず、そのまま前を向く。


部屋へ戻る途中。


「やばかったな……」


「マジで人生終わったかと思った」


誰かが力の抜けた声で笑う。


彰も肩の力を抜いた。


部屋へ戻り、布団へ腰を下ろしたところで、スマートフォンが震える。


【陽菜】:アキ、ちょっとロビー来れる?


彰は画面を見つめ、小さく息を吐いた。


【彰】:わかった


ロビーへ向かう。


木の明かりが揺れるロビーには、硫黄と古い木の匂いが薄く残っていた。


大きな窓の向こうには、夜の山と遺跡の影が見えている。


そこに、浴衣姿の陽菜が立っていた。


「あ……」


少し気まずそうに視線を逸らす。


「ごめん。アキも一緒だと思って……」


彰は首を振った。


「いや。止めきれなかったし、俺も悪かった」


「ううん……」


陽菜は小さく首を横へ振る。


そのまま、ばつが悪そうに視線を落とした。


「私、ちゃんと聞かないで怒っちゃったし……」


彰は困ったみたいに頭をかく。


それから、わざと少し笑った。


「まあ、ドリームスケープシアターのこともあるしな。疑われても仕方ない」


「……え?」


陽菜が顔を上げる。


「やっぱり! エッチなお店だったんだ、あれ!」


「あ、いやっ――」


しまった、という顔のまま言葉が止まる。


陽菜は数秒きょとんとしたあと、とうとう吹き出した。


「ふふっ……もう!」


彰もつられて笑った。


二人でロビーの椅子へ腰を下ろす。


「ご飯、美味しかったね」


「イノシシ肉、意外とうまかった」


「ね」


静かな笑いが重なった。


そのときだった。


遺跡の方向へ、淡い光が一瞬だけ揺れる。


夜の暗がりへ、オーロラみたいな光の筋が薄く滲んだ。


「……なんだ、あれ?」


彰が目を細める。


「え?」


陽菜が振り返ったときには、もう消えていた。


夜の遺跡だけが、暗がりの奥へ静かに沈んでいる。


「……気のせいか」


彰が小さく呟く。


その直後、


「おーい、そろそろ部屋戻れー」


先生の声が飛んだ。


陽菜が立ち上がる。


「じゃ、また明日! おやすみ」


「ああ、おやすみ」


小さく手を振り合い、それぞれの部屋へ戻っていく。


その夜、山の静けさの中で、遺跡だけが暗闇の奥に沈んでいた。


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