第6話:蝉時雨と課外授業
――夏休み明け初日/朝・龍胆家リビング
テレビから、硬いニュース音声が流れていた。
『――協会は本日、アウトサイダー組織との接触およびテロ活動支援の疑いで、都内在住の男性を拘束したと発表しました』
朝の情報番組には、ぼかしの入ったマンション映像と、協会車両が映し出されていた。
『男は秘密裏に協会内部情報をアウトサイダー側へ提供していた疑いがあり、複数の余罪についても現在調査中です』
彰は食パンを持ったまま、画面へ目を向ける。
「……またアウトサイダーか」
小さく漏れた声へ、遠くで蝉の音が重なった。
気づけば、長かった夏休みも終わっている。
ついこの前まで、祭囃子と花火、追い込んだ呼吸に包まれていた夏の夜。
朝から夜まで木刀を振り、学校の訓練所へ通い続けた日々。
やれることは、やった。
それでも、スマホの名簿を開く指だけは何度も同じ場所へ戻る。
記憶の片隅に、あの笑顔と高鳴りが静かな熱を残している。
――あの夜に届いた「夏季特別課外授業・参加者一覧」。
養成学校・中等部では、毎年この時期に特別課外授業が行われる。
彰たち三人は、偶然にも同じ班だった。
(……どんな場所なんだろう)
期待と不安が交互に浮かび、指先が落ち着かない。
スマホの画面を指でなぞり、名前の並びをもう一度確かめる。
膝の上で固めた手を、そっと開いた。
そのまま登校した教室には、まだ夏休み明け特有の浮ついた空気が残っていた。
久々に会う友達の声や焼けた肌、机へ広げられた土産のお菓子。
日常へ戻ったはずなのに、まだ夏休みの延長みたいなざわめきが教室いっぱいに広がっている。
チョークの粉が光に浮き、机の上の影が細く揺れた。
ざわめきの中で、ひとつだけ音が合っていない。
それでも、教室はいつも通りに流れていく。
凱が椅子を傾けたまま、小声で口を開く。
「なあ、今日のニュース見た?」
彰が視線だけ向ける。
「アウトサイダーに協力してたってやつ」
「ああ。見た」
その会話へ、近くの席の男子生徒が割り込んできた。
「あ、それ、うちの家の近くの人だよ。一昨日、家の周りやばかった」
「マジ?」
凱が目を丸くする。
「マジマジ。協会の車めっちゃ来てたし、家族全員連れてかれてた」
彰が眉をひそめた。
「……あれ? ニュースだと男性一人って話じゃなかったか?」
「親父も前に言ってただろ?」
凱が声を落とす。
「アウトサイダーと関わったやつは、周りごと調べられるって」
一瞬だけ、教室の空気が静かになる。
彰は小さく息を吐いた。
「……たしかに」
陽菜が不安そうに指先を握る。
「……怖いね」
その言葉へ重なるように、教室の扉が開いた。
ざわめきが少しずつ落ち着いていく。
マリン先生が教卓の前へ立つ。
「はい、席ついてー」
相変わらずラフな口調なのに、不思議と教室の空気がまとまっていく。
「皆さん、お久しぶりです! 夏休みはどうでしたか?」
あちこちで笑い声が返る。
「短かったー!」
「課題終わってません!」
「遊びすぎた!」
マリン先生は苦笑しながら出席簿を閉じた。
「まだ夏休み気分が抜けてない人も多いと思いますけど、ここからまた気を引き締めていきましょうね」
窓の外で蝉の声が重なる。
彰はノートの余白へ日付を書き込みながら、小さく息を吐いた。
そのとき、マリン先生が口元を少し緩める。
「さて。かねて伝えた通り、来週から二泊三日で“古代遺跡”への課外授業を行います」
ペン先が止まり、何人かが同時に顔を上げた。
「行き先は――日本の出雲です!」
ざわっ、と教室が一気に沸く。
マリン先生は教卓へ軽く腰を預け、そのまま続けた。
「初日は移動と周辺施設の見学、宿泊は山間部の研修ホテルです。そして二日目は、一日かけて古代遺跡内部を見学します」
何人もの視線が教卓へ集まる。
あちこちで椅子がきしみ、期待に満ちた囁き声が波みたいに広がっていく。
「やった! 本当に行けるんだ!」
「出雲って神話の舞台だよな?」
「……でも危なくないのか?」
「出雲そば……有名なんだよね」
ざわっ、と教室の熱が一気に広がった。
マリン先生は、ざわめく教室を見回しながら手を叩く。
「はいはい、まだ話は終わってませんよー」
少しずつ声が落ち着いていく。
「当日は飛行機で移動、そのあとバスで遺跡周辺へ向かいます」
教卓の端へ腰を預け、そのまま指を立てた。
「集合は朝七時。場所は学校です」
「うわ、朝早っ」
後ろから声が漏れる。
「皆さん、絶対に遅刻しないように」
マリン先生が苦笑した。
「万が一、やむを得ない事情で遅れてしまう場合は、分かった時点ですぐ学校へ連絡してくださいね」
後ろの席から「朝早っ」という小さな声がもう一度漏れた。
「それじゃ、ホームルームは以上です。来週へ向けて、しっかり準備しておくように!」
チャイムが鳴る。
途端に教室の空気が一気に崩れた。
席を立つ音や机を寄せる音が重なる。
「なあ、マジで出雲行けるんだな!」
「写真撮りまくろ」
ざわめきが広がる中、彰が顔を上げる。
凱がこちらへ歩いてきていた。
その後ろから、陽菜も小走りで近づいてくる。
拳を軽くコツン。
「楽しみだな、凱。教科書じゃ伝わらないものが見られそうだ」
「ああ。実物の迫力は、桁違いだろ」
前の席の陽菜がくるりと振り返る。
「ねえ、三人で同じ班になれてよかったよね!」
瞳が宝石みたいに輝く。
くるりと振り返った勢いのまま、椅子の上でわずかに体を揺らした。
「自由時間あるかな? 出雲そば、絶対食べたいな~」
彰は思わず笑い、指先で回していたペンを落としかけた。
慌てて掴み直した拍子に、机の上で小さな音が跳ねる。
教室のざわめきは、まだ夏休みの空気を残したまま広がっていた。




