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アウトサイダー  作者: 君島極
第二章:噛み合わない世界 | 第二節:測られる側
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第5話:夏祭りの余韻

――朝/龍胆家・道場


夏休みが始まってから、日々は思ったより早く過ぎていった。


道場に残る木刀の風切り音と、外から届く街のざわめきが、同じ夏の中で重なっている。


いつの間にか、夏休みの終わりが近づいていた。


朝も夜も、道場に立つ時間だけが長く伸びていく。


学校の魔法訓練所が解放されている日は、必ず自主練へ通った。


風属性の魔法も一つだけ、まだ完璧じゃないが、前よりは安定して扱えるようになってきている。


けれど、一番時間を使っていたのは剣だった。


授業で学んだユニオン・ブレードの型と、幼い頃から身体へ染みついた心体育成流。


踏み込みと呼吸を重ねるたび、少しずつ形になり始めている感覚はある。


だが、まだ完全には噛み合わない。


木刀の柄へ親指を重ね、間を整える。


(……前よりは、進めてるはずだ)


足裏へ返る畳の感触が、前より少しだけはっきりしている。


重心が、ひと呼吸ぶん深く落ちた。


朝は夜明け前から道場へ入り、夜は月が高く昇るまで木刀を振り続けた。


足裏で畳の目を拾い、一閃ごとに体が軋む。


掌へ残る熱が消えないまま握り直し、同じ軌道を何度もなぞった。


指の皮が裂ければテープを巻き直し、そのまままた振る。


気づけば、障子へ差し込む光の色が少し変わっていた。


汗を拭い、木刀を壁へ立てかけたところで――


机の端へ置いていたスマートフォンが、軽く震えた。


四角い光が畳へ落ちる。


彰の手が止まった。


送り主は、陽菜だった。


画面を持つ動きが、わずかに遅れる。


【陽菜】:アキ、凱君と話してたんだけど、今週末の夏祭り、今年も三人で行かない?


画面の下で、花火とお面のスタンプが弾む。


親指が止まり、そのまま、口元がほどけた。


小さい頃から、毎年三人で行くのが当たり前だった夏祭り。


その景色が、先に浮かぶ。


【彰】:<もちろん、行く!>


画面を見たまま、指先で送信する。


短い振動が掌をくすぐり、二人の笑顔が浮かんだ。


【凱】:じゃ、神社の入り口な!


【陽菜】:了解!


【彰】:おっけー>


彰は小さく息を吐き、もう一度木刀を握り直した。


◇


――夕方/神社・参道


そして夏祭り当日。


神社の大きな鳥居の下。


朱色の柱が夕暮れへ沈み、祭囃子が遠くで鳴っていた。


提灯の赤い光が道へ揺れ、綿菓子の甘さと焼きトウモロコシの香ばしさが混じる。


人混みの熱気が首筋へ触れた。


「よお、アキ! 待たせたな!」


凱が片手を高く上げ、もう片方でうちわをぱたぱたと揺らす。


「ご、ごめん! 待った?」


小走りの影が止まり、肩で息を整えながら髪を軽く払った。


その姿を見た瞬間、祭囃子が少し遠くなる。


耳の奥で、自分の呼吸だけが妙に近かった。


淡いピンクの花柄の浴衣が揺れ、歩くたび布がさらりと擦れる。


結い上げた髪から、白いうなじが覗いていた。


視線がそこで止まる。


「似合ってる、よ」


陽菜が恥ずかしそうに笑った。


帯の結び目へそっと触れ、草履の鼻緒を小さく直す。


(……可愛い)


そう思った瞬間、言葉が止まった。


浴衣の裾が擦れる音だけが、妙に近く聞こえる。


口の中が乾く。


視線が帯の柄へ引かれかけ、そのまま慌てて顔を上げた。


結局、出てきたのは「似合ってる」だけだった。


幼馴染――いや、一人の「女の子」。


彰は耳の後ろをかき、苦笑いでごまかす。


陽菜も、その視線へ気づいていた。


顔が熱を帯び、浴衣の袖をそっと握る。


(……変だな。……今日は、なんだか違う)


浅く息を整え、微笑みを結び直した。


その直後――


「おーい! 二人とも置いてくぞー!」


凱の声が飛ぶ。


振り返ると、凱が屋台通りの奥で大きく手を振っていた。


「早く来いよ! 人やばいぞ!」


彰と陽菜は顔を見合わせ、慌てたみたいに視線を逸らした。


そのまま二人で、凱の方へ小走りで向かう。


参道を歩き、屋台を回る。


紙風船が弾み、氷を砕く音と鈴の音が人混みのざわめきへ混ざっていた。


提灯の光が揺れるたび、人の流れもゆっくり波打つ。


凱は金魚すくいの柄杓をくるっと回し、彰は値札を覗き、陽菜は小銭入れを両手で抱えている。


「射的、いく?」


「当ててこい、アキ」


「う、うん。見てろよ」


――かすりもしない。


「潔い外しっぷり!」


「むしろ才能だろ、それ」


二人の笑いに、彰は肩をすくめた。


もう一度だけ照準を合わせるふりをして、そのまま銃を置く。


陽菜が風でほどけた帯の端を指で直した。


結び目を押さえる手が少し揺れ、そのまま彰と目が合う。


目が合うたび、間が半拍だけ遅れる。


彰はごまかすように掌をこすり、視線を屋台の提灯へ逃がした。


「リンゴ飴、食べたい?」


凱は屋台の方へ一歩それ、包み紙ごと棒を差し出す。


屋台の赤い提灯が、風に揺れて小さく鳴った。


「わ、ありがとう!」


唇へ赤が残り、陽菜は思わず目を細める。


その笑顔が、視界の隅に残った。


呼吸が少し浅くなる。


彰はごまかすように、提灯の揺れる光を目で追った。


そのまま参道を抜けていくと、境内広場の方から大きな歓声が重なってくる。


「なんだ?」


凱が足を止めた。


広場には、大型モニターの前へ人だかりができていた。


映し出されているのは――人気配信者ROPIのWanTube生配信。


「きゃー! 本物のROPI!」


「ワンスタ、トレンド一位来た!」


画面のROPIが光を弾かせ、歌声に合わせて夜空へきらめきが走る。


掲げられたスマホと揺れる肩が、歓声の波へ混ざっていた。


屋台のざわめきへ歓声が重なり、そのまま境内いっぱいへ広がっていく。


「すげぇな……インサイダーでもないのに、あんなに人を盛り上げるんだな」


凱が見上げ、胸元のうちわを止めた。


「うん……夢を見せるって、こういうことなんだね」


陽菜が指先でリズムを取りながら目を細める。


人混みの熱気を抜けるように、三人はそのまま境内の奥へ歩き出した。


提灯の光が少しずつ遠ざかり、ざわめきも背中側へ流れていく。


「こっち、空いてる」


凱が先に高台を見つける。


「座ろう」


「うん」


人の流れを外れた高台へ腰を下ろした。


遠くの屋台の灯りが、木立の隙間でちらちら揺れている。


砂利が小さく転がり、浴衣の裾を整える音が重なった。


ヒュルルル……。


最初の火が上がり、夜空へ大輪が咲く。


「「「わぁ……!」」」


三人の声が同時にこぼれた。


火薬の匂いと微かな煙が、夜へ薄く残る。


「……なあ。来年も、また来ような。三人で!」


凱が横顔のまま言った。


「ああ、もちろん!」


「うん! 絶対だよ!」


小指を伸ばしかけ、照れくさくなって笑い合う。


代わりに拳を軽く合わせた。


「――ちょっと待て」


凱がスマートフォンを取り出し、腕を伸ばす。


「今の、いいだろ。三人で撮っとこうぜ」


肩を引き寄せられ、陽菜が小さく息をのんだ。


カシャ。


花火の光が弾けた瞬間、三人の顔が一枚へ収まる。


肩が離れる。


そのまま、視線だけが少し残った。


――そのとき、彰はふと気づく。


花火の光がほどけ、三人の肩を一瞬だけ照らした。


凱は花火ではなく、光に照らされた陽菜の横顔を見ていた。


さっきの花火の音が、腹の底で遅れて響いた。


呼吸が浅くなる。


足がわずかに止まったまま戻らない。


もう、誤魔化せなかった。


(――陽菜が好きだ)


喉の奥が熱くなる。


(……そっか。お前も、そうなんだな……)


握った拳の中で、爪が掌へ浅く食い込んだ。


深く息を吸い込み、夜風と一緒に吐き出した。


最後の花火が夜空へほどけ、境内に残っていた歓声も少しずつ遠ざかっていく。


「……そろそろ帰るか」


凱が立ち上がり、浴衣の裾へついた砂を払った。


「うん」


陽菜も小さく頷き、三人はそのまま高台を下りていく。


花火が終わった参道には、帰る人の流れがゆっくり伸びていた。


さっきまでの笑い声がまだ少し残ったまま、行きとは違う、どこかぎこちない沈黙が続いている。


「……楽しかったな」


「うん」


「また行こう」


短い言葉を交わしながら、三人は並んで歩く。


提灯の明かりが少しずつ背中側へ遠ざかっていく。


石畳へ響く足音だけが、静かな参道へ残っていた。


(逃げない。全部から)


三人の影が並ぶ。


距離は変わらないのに、足音だけがさっきより少し近く聞こえた。


◇


――深夜/龍胆家・自室


彰は自室で木刀を握っていた。


明かりを少し落とし、窓から入る夜気をゆっくり吸い込む。


すり足で間を詰め、構えを止めた。


畳を踏む音だけが静かな部屋へ残る。


窓の外では、遠くの屋台を片付ける金属音がかすかに響いていた。


陽菜のことが頭へ残る。


そこへ、花火を見ていた凱の横顔が重なった。


さっきまでの笑い声が、夜気の中で妙に遠く聞こえる。


指先へ力が入り、柄の木目を握り直した。


(……負けられない)


祭りの夜が、まだ抜けきらない。


短く息を吐き、もう一度だけ木刀を振り抜く。


机の上のスマートフォンが短く震えた。


暗がりへ、小さな灯が浮かぶ。


<夏季特別課外授業・参加者一覧>


養成学校・中等部の全員が参加する、恒例の特別課外授業。


名簿にはクラスごとに班分けされた名前が並んでいる。


――その瞬間、指が止まった。


彰・凱・陽菜の三人は、同じ班へ名前を連ねていた。


「……一緒か」


息が深く落ち、背筋が自然と伸びる。


拳へ力がこもった。


(……ちゃんと、前に進まないと)


木刀を握る手へ、わずかに力が入る。


窓の外では、祭り帰りのざわめきがまだ遠く残っていた。

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