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アウトサイダー  作者: 君島極
第二章:噛み合わない世界 | 第二節:測られる側
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第4話:夢見の劇場、すれ違う願い

――夏休み中盤/昼前/龍胆家・自室


木刀の先が、打ち込み台の芯を捉えた。


どん、と音が庭へ広がる。


彰は踏み込みを戻し、汗を手首でぬぐう。


もう一本――そう思ったところで、縁側の端末が震えた。


画面には、陽菜の名前。


【陽菜】:ねえ、ドリームスケープ・シアター行かない?


【陽菜】:この前お休みだったし、三人で!


文面を見た瞬間、口元がゆるむ。


【彰】:いく、楽しみにしてる


送信すると、すぐ返事が届いた。


【陽菜】:やった!


彰は画面を見たまま、木刀を握り直した。


掌のまめがざらりと柄へ触れる。


遊びに行くだけなのに、握りが少し固くなる。


その日までに、もう少し整えておきたくなった。


一歩、間合いを詰める。


木刀が風を裂き、夏の熱気が道場を抜けていった。


◇


――数日後・昼/メビウス・ドーム


電車を降り、三人は人の流れに乗って大型施設へ足を踏み入れた。


ガラス張りのドームの下、中央アーケードは声と足音で満ちている。


屋内通路が幾重にも枝分かれし、掲示板のスクリーンが絶え間なく切り替わっていた。


幻影ショーや魔法劇、デュエル体験、期間限定ギャラリー――夏休みらしい熱気が、館内いっぱいへ広がっている。


「今日、入れるよね」


陽菜がパンフレットを胸の前で押さえ、同じ言葉をもう一度なぞった。


白いブラウスと淡い色のスカートが、明るい館内の光を柔らかく返している。


「大丈夫だろ。今回は休みじゃないし」


凱が肩を回し、入口案内の表示を見上げた。


いつも通り自信満々の顔なのに、足取りだけ少し速い。


「予約番号あるし、大丈夫だと思う」


彰が端末を確認する。


その動きを見て、陽菜の肩が少し下がった。


「よかった……。ずっと気になってたんだよね、ここ」


その声が、思ったより近くで跳ねる。


彰は一瞬だけ視線を向け、すぐ前へ戻した。


案内表示を追って奥へ進む。


中央通路を抜けたところで、館内の照明が一段落ちた。


『DREAMSCAPE THEATER』


金の縁取りの看板が、静かな光を滲ませている。


入口の前まで来た瞬間、首筋へひやりとした空気が触れた。


「うわ、なんか……急に雰囲気変わったな」


凱が小さく言う。


「ほんとだ。さっきと違う」


陽菜も自然と声をひそめた。


三人の間が、半歩だけ近づく。


受付の先には、長い耳のエルフの案内係と、丸眼鏡をかけたドワーフの係員が並んでいた。


どちらも笑っているのに、目だけが合わない。


「ようこそ、夢見の劇場へ」


エルフが、音をなぞるみたいな声で言う。


「本日は三名様、ご案内します」


ドワーフが端末を一度なぞり、口元だけで笑った。


「どうぞこちらへ。――物語は、すぐそこです」


「……なんか、怪しくないか?」


凱が小声で言う。


「分かる。でも、ちょっとワクワクする」


陽菜も同じ高さで返した。


彰は何も言わず、二人の背へ歩幅を合わせる。


通されたのは、小さな円形の部屋だった。


壁も床も淡い白で揃えられている。


中央へ踏み入れた瞬間、足元へ薄いルーンが浮かび上がった。


ひやりとした空気が、足先からゆっくり広がる。


天井から垂れた魔導灯は揺れず、白い光だけが静かに満ちていた。


エルフが扉の前で振り返る。


「この先は――物語の中です」


ドワーフが指を一本だけ立てた。


「願ったかたちで、世界は応えます。どう楽しむかは、皆さま次第」


エルフが笑みを深くする。


「ただし。一歩踏み出した先では、こちらからの助言は届きません。最後まで、どうぞご自身の意思で」


「え、ちょっと待って、それってどういう――」


凱が聞き返しかける。


だがその前に、ドワーフはすでに扉へ手をかけていた。


「開幕です」


向こう側は真っ白だった。


光なのか霧なのか、奥の輪郭がまるで見えない。


陽菜が一度だけ振り返る。


どこか楽しそうに、口元が少し緩んでいた。


「行こっか」


「おう」


「うん」


三人の足が、同時に前へ出る。


踏み込んだ瞬間、足元の感触がふっと消えた。


◇


――どこかの城・謁見の間


「勇者よ! よくぞ来た!」


重厚な声が、石の広間に跳ね返る。


目を開けた瞬間、彰は半歩だけ後ろへ引いた。


赤い絨毯の先、高い玉座へ王が静かに座っている。


左右には鎧の列が並び、窓の外は夕焼けとも夜ともつかない紫だった。


「……は?」


隣で凱が同じ顔をしている。


彰は自分の服を見下ろした。


簡素な皮鎧に腰の剣、足元は革のブーツ。


さっきまでの私服は、跡形もない。


「異界より召喚されし二人の勇者よ!」


王が両手を広げる。


「そなたらは選ばれた! この国に迫る闇を打ち払い、囚われた姫を救ってほしい!」


凱が彰を見る。


彰も同じように返した。


「……テンプレだな」


「めちゃくちゃテンプレだな」


だが次の瞬間、二人の顔つきが変わる。


「で、陽菜は?」


彰が視線を巡らせる。


「見当たらねえな……別か?」


二人の間を待たず、王の声がかぶさった。


「安心せよ! そなたらは召喚の加護により、すでに常人を遥かに超えた力を持っている!」


「いかなる魔物も敵ではない! どうか世界を救い、姫を救い出してくれ!」


凱が即答した。


「分かった! やる!」


彰も頷く。


「引き受けます」


王は満足げに頷いた。


「うむ! では勇者の装備を授けよう!」


従者が運んできたのは、剣二本、薬草らしき束、そして小さな袋だった。


凱が袋を覗き込む。


「……十ゴールド?」


王は大きく頷く。


「旅立ちの資金だ!」


「え、これだけ?」


「勇者だから大丈夫だ!」


「雑すぎるだろ!」


王はそのまま立ち上がる。


「さあ行け! 夜が深まる前に!」


「いや、もう外夜っぽいんだけど!?」


「宿くらい取らせろよ!」


だが兵士たちは無言のまま背中を押してくる。


大扉が開いた。


そのまま城門の外まで押し出される。


どん、と扉が閉まった。


凱が振り返って叫ぶ。


「おーい! 王様! 勇者ってこんな扱いある!?」


返事は返ってこない。


閉ざされた門の向こうは、しんと静まり返っていた。


夜の城下町。


ランタンの灯りがぽつぽつと浮かび、石造りの家々が長い影を落としている。


凱が額を押さえた。


「……なんだこれ。設定だけ勇者で、扱いは放り出された新人冒険者以下じゃねえか」


彰はこらえきれず、肩が揺れる。


「まあ、遊びだから」


「遊びでももう少し夢見させろよ!」


二人の足音が石畳へ響く。


視線が自然と通りを追っていった。


「陽菜、どこ行ったんだろうな」


「……同じ世界にはいるはずだよな」


彰が城を見上げる。


閉ざされた門の上へ、石壁がそのまま夜空へ伸びていた。


「とりあえず街行くか」


「そうだな。何か情報あるかもしれないし」


二人は石畳の坂を下り、そのまま城下町へ歩き出した。


まず目についたのは、湯気の立つ食堂だった。


「よし、飯だ!」


凱が即座に方向転換する。


木の看板を押して入ると、肉の匂いと香草の香りが一気に押し寄せた。


丸テーブルと木椅子が並び、客たちは酒杯を傾けながら笑っている。


「いいじゃん」


凱が席へ着こうとして、そのまま卓上のメニュー板へ目を落とした。


動きが止まる。


「……待て」


「どうした」


「一番安いスープ、十二ゴールド」


「え?」


「パンですら十五ゴールド」


「高っ」


二人同時に顔を上げ、天井を見た。


「王様ぁ……!」


凱が低く唸る。


「十ゴールドしかくれなかっただろうが!」


店員がにこやかに水差しを置きかける。


だが二人の所持金を知った瞬間、同じ笑顔のままそれを持ち帰っていった。


「いや、これ詰んでるだろ」


「泊まれない、食えない、勇者なのに?」


「世界救う前に生活が終わる」


彰は笑いながら立ち上がる。


「ほら、行こう。まだ始まったばっかりだし」


「遊びだからって済ませるには、王様のやり口がリアルすぎる」


店を出て、石畳の通りへ戻る。


凱の口はまだ文句を言っていたが、足だけはどんどん前へ出ていた。


武器屋や雑貨屋の灯りが並び、視線だけが先へ引かれていく。


そのとき、通りの奥で灯りの色が変わった。


赤や紫の光が窓辺に揺れ、甘い香りが風に混ざる。


「……なんだあそこ」


凱が足を止めた。


扉の前に立っていたのは、肌を大きく見せる艶やかな衣装の女性だった。


揺れる灯りが薄布へ映り、甘い香りがさらに濃くなる。


「かわいい坊やたち、どう?」


二人の視線が一瞬で泳ぐ。


「い、いや」


「その、俺ら……」


声だけが裏返った。


女性はくすっと笑い、指先だけで手招く。


「見学だけでもいいのよ?」


「い、行くぞアキ!」


「お、おう!」


二人同時に顔を逸らし、そのまま早足で通り過ぎる。


角を曲がったところで、ようやく息が抜けた。


「なんだ今の」


「知らん。びっくりした」


凱が真顔へ戻る。


「……でもさ。金さえあれば、あの店入れたってことだよな」


「何考えてんだよ」


「だって仮想現実だぞ? こんな機会ないだろ」


「陽菜探さないとだろ」


「それはそう。でも、金は必要だ」


凱が指を一本立てる。


「よし。稼ぐぞ」


「目的がズレてる」


「ズレてねえ。探索資金だ」


「絶対違う」


言い合いの声が途切れないまま、城門を離れる。


街道へ出ると、外は夜の草原だった。


月明かりの下、遠くで影が揺れている。


凱が笑い、剣を抜いた。


「よし、勇者らしく行くか!」


踏み出した瞬間、前方の影が跳ねる。


凱の剣が振り抜かれた。


刃が触れた瞬間、影が弾ける。


「……え」


凱の動きが止まった。


彰もすぐ横の影へ踏み込み、そのまま剣を振るう。


手応えが来る前に、光だけが弾け飛んだ。


「うわ」


「強っ」


影が現れた端から消えていく。


巨大な角持ちの獣も、鎧を着た骸骨兵も、火を吐く蛇みたいな魔物も、一撃だった。


避ける前に、敵の方が消える。


凱が笑う。


「すげえ! ほんとに勇者だ!」


彰は周囲へ視線を巡らせた。


「でも――何も落ちないな」


地面には、光の余韻だけが残っている。


金貨も素材も宝箱も、何もない。


凱が二体目を斬り落とす。


「は? 出ない」


彰も三体目を落とした。


「出ない」


「嘘だろ」


二人の足が、道の真ん中で止まる。


「敵だけ強そうで、報酬ゼロ? 経験値っぽいものも見えないし」


「意味分からん」


「……ひどいな」


そのとき、道の先――丘の向こうへ黒い影が浮かんだ。


尖塔と巨大な門が、雷を背負ったみたいな輪郭で夜空へ浮かび上がっている。


遠いはずなのに、妙に近く感じた。


「……行くか?」


「行くしかないだろ」


二人は顔を見合わせ、同時に頷く。


丘を越えると、巨大な門が目の前へ現れた。


黒い石で組まれた扉には、赤いルーンが脈みたいに走っている。


「うわ、ラスダン感すげえな」


凱が笑い、そのまま扉へ手をかけた。


重そうに見えた扉は、拍子抜けするくらいあっさり開く。


低い音を立てながら、闇が奥へ続いていた。


「……雑だな、この世界」


彰が苦笑する。


二人はそのまま中へ足を踏み入れた。


石の回廊が続き、湿った空気が足元へまとわりつく。


進んだ先には、見覚えのある罠ばかりだった。


落とし穴や動く鎧、矢が飛び出す壁。


最初は足を止めて確かめる。


だが、ほとんどが力で押し切れると分かると、そのまま突破していった。


「おらっ!」


凱が跳ぶ。


床板が抜ける前に、そのまま向こう岸へ着地した。


「雑だな!」


「勇者だからな!」


彰も後に続く。


飛んでくる槍を避け、転がる岩を剣で逸らした。


汗が滲む。


それでも、足だけは止まらない。


「これ普通に楽しいな」


「だろ!」


最後の扉の前で、二人の足が止まった。


扉の隙間から赤い光が滲み、空気がわずかに熱を帯びている。


「行くぞ」


「おう」


扉を押し開く。


広間の奥――玉座の前に、黒いマントと仮面の魔王が立っていた。


その傍らには、姫服姿の少女。


手首へ細い光の輪が絡み、動きを縛っている。


「陽菜!?」


声が重なる。


フリルと装飾の多い淡いドレスに、髪には宝石飾り。


いつもの陽菜なのに、妙に似合っていた。


それが、少しだけ気にかかる。


陽菜がむっとした顔で言う。


「おっそいよ! 私、ずっと待ってたのに!」


「いや、似合ってるな」


彰が思わず口にした。


「いいじゃん、ドレス。姫っぽい」


凱もそのまま頷く。


「からかわないで!」


陽菜が顔を赤くしたまま睨む。


魔王が咳払いをひとつした。


肩を大げさに揺らす。


「勇者よ……よく来た。だが、この姫は渡さん」


「うわ、ちゃんと魔王だ」


凱が小声で言う。


「そのかわり――」


魔王が両手を広げた。


「この世界の半分をやろう。どうだ?」


彰が凱を見る。


「どうする?」


凱は少し考え、それから真顔で言った。


「世界もらっても仕方なくないか」


「それな」


「金だろ」


「金だな」


二人は同時に魔王へ向き直る。


「金くれ」


陽菜が目を丸くした。


「えっ? ちょっと!」


魔王の動きが、そこで止まる。


仮面の奥の気配が揺れた。


「……金、だと?」


「そうだよ」


凱が腕を組む。


「この世界、飯高いし宿もねえし、王様は十ゴールドしか寄越さねえし」


「勇者やるにも活動資金が要る」


彰も頷く。


「普通に生活できないからな」


陽菜の声が跳ねた。


「なんで! 助けてよ!」


だが魔王は一拍置き、落ち着いた声で言う。


「よかろう。わが部下になるなら、金を与えてやる」


「なる!」


「なる」


「なんでぇ!?」


陽菜の怒声が広間へ響いた。


魔王が懐から金貨袋を出しかけた、その瞬間――


轟音とともに、扉が内側から開く。


白銀の鎧に青いマント。


剣も顔も無駄にきらきらしている、絵に描いたような超イケメンが立っていた。


「待て、魔王!」


声まで無駄に整っている。


「誰だよ」


凱が呟く。


「いや絶対こいつ本命勇者だろ」


彰も半笑いになった。


王子は名乗るより早く、そのまま魔王へ突っ込む。


一閃、二閃、三閃。


魔王はその場へ崩れ落ちた。


「えっ、はや」


凱の声が遅れて出る。


次の瞬間、王子は陽菜の拘束を断ち切り、そのまま抱き上げた。


「姫、もう大丈夫です」


「え、あ……ありがとう……」


陽菜が完全に戸惑った顔になる。


その横で、魔王の手から金貨袋が床へ転がり落ちた。


からん、と金属音が響く。


二人の動きが止まる。


凱ははっと我に返り、そのまま金貨袋へ駆け出した。


「ヨッシャ!金!!」


手を伸ばしかけた、その瞬間――


視界が白く裏返った。


◇


――謁見の間


視界が戻ると、王の前に立っていた。


だが中央にいるのは、自分たちではない。


あの王子だ。


王の声が広間へ響く。


「見事だ! 真の勇者よ!」


陽菜は王の横で、すでに姫の位置へ収まっていた。


王子に手を取られ、そのまま甲へ口づけされている。


数秒遅れて、状況が頭へ追いついた。


「何この温度差」


凱が引きつった顔で言う。


「俺ら、さっきまで魔王の部下になりかけてたんだが」


その直後、広間の奥から魔王が現れた。


大きな水晶を掲げている。


「ここで、勇者候補たちの行いを振り返ってみよう」


「嫌な予感しかしねえ」


彰が呟く。


水晶へ映像が走った。


『かわいい坊やたち、どう?』


店の前で足を止める二人。


『金をくれ』


魔王へ向き直る。


『なる!』

『なる』


そのまま頷く。


そして最後に――


姫姿の陽菜を置いたまま、金貨袋へ飛びつこうとする凱の姿が映し出された。


陽菜の視線が、ゆっくりこちらへ向く。


さっきまでの赤みは消え、目だけが据わっていた。


凱の口が、開きかけたまま止まる。


「いや、違う」


「違わなくはないけど違うんだ!」


凱が慌てて手を振り、彰も口を開く。


王の声が静かに落ちた。


「品位に欠ける」


「だな」


魔王まで頷く。


その瞬間、床のルーンが光った。


足元の感覚がふっと消え、視界が白く裏返った。


◇


――待機室


白い部屋に淡い光が広がっていた。


気づけば、三人とも最初の服装へ戻っている。


誰もすぐには口を開かなかった。


先に沈黙を破ったのは、陽菜だった。


「……なんで助けてくれないの!?」


声はそこまで大きくない。


それなのに、二人の肩がびくっと跳ねた。


凱が慌てて言い返す。


「いや、だってあれ、王様ひどかっただろ! 金くれないし、宿もないし、何も楽しめなかったんだが!」


「私、捕まってたんだけど!」


「でも結果的にすごいイケメンに助けられてたじゃん!」


「そこじゃない!」


陽菜が振り返り、そのまま彰を見る。


じとっとした視線が刺さった。


「アキも!」


彰の口が一瞬止まる。


「いや……その……仮想現実だしな」


陽菜の眉がすっと上がり、今度は凱へ視線を向けた。


「あと、あの店。あそこ、何? ……なんか、変だったけど」


凱の足が半歩下がる。


「いや、それは……」


「見ようとしただけっていうか、ほら、仮想現実だし! 金がなくて入れなかっただけで、ちょっと気になっただけで! な、アキ!」


急に振られ、彰の口が止まった。


「いや……まあ、その……あれ、なんだったんだろうな? な、凱」


「な?」


凱の眉が跳ねる。


陽菜の目が、さらに細くなった。


「ふーん」


二人が揃って目を逸らす。


受付の外へ出ると、喧騒が戻ってきた。


人の流れへ混ざる中、三人の間にだけ微妙な沈黙が残る。


歩きながら、凱がこらえきれずに聞いた。


「……で、陽菜はどうだったん?」


陽菜は腕を組んだまま、少し黙る。


それから顔を上げた。


「……楽しかったよ。魔王、すごい優しかったし」


「え?」


二人が同時に振り返る。


陽菜はまだ少し拗ねた顔のまま、でも話し始めると声がやわらいだ。


「最初、お城じゃなくて、空の庭園みたいなところで。雲の上を船で進んで、景色いっぱい見せてくれて」


「なにそれ、待遇よすぎない?」


凱が真顔になる。


「うん。あと、ごはんもおいしかったし、お菓子もあったし、お茶もおいしかったし」


陽菜の口調が少しずつ楽しそうになっていく。


「しかもね。仮面外したら、すごいかっこよかった」


凱の足が止まる。


彰もつられて足を止めた。


「……そういえば。願いが形になるって、最初に言ってたよね」


彰がぽつりと呟く。


凱が陽菜を見る。


口元がにやりと歪んだ。


「ってことはさ、陽菜、お姫様になりたかったってこと?」


「やめて、違う!」


「魔王イケメンルート行ってるし」


「違うってば!」


陽菜は思わず顔を背ける。


「昔、拓也さんに姫って呼ばれて、嫌がってたじゃん」


彰が笑いながら言う。


「違うってば! 別に姫になりたかったわけじゃないし!」


声が少し強くなった。


今度は陽菜が聞き返す。


「でも二人は? どうだったの」


凱が胸を張る。


「とにかくモンスター倒しまくったぜ! 一撃! 一撃! 一撃! ずっと戦ってた」


彰の口元がわずかに緩む。


「あと、ずっと金なかった」


「それな!」


陽菜の口元が、ようやく少し緩んだ。


違いは、はっきりしていた。


陽菜は物語の中にいて、二人はひたすら戦っていた。


足音の間隔が、わずかにずれる。


歩きながら、陽菜が言う。


「でも、私、忘れてないからね。二人が私を見捨てたこと」


二人の動きが止まる。


「あと、あれ……絶対、そういう店っぽかったよね?」


「それは――」


「言うなアキ!」


凱が慌てて割り込んだ。


その反応を見て、陽菜がとうとう吹き出す。


肩を揺らしながら笑った。


「ふふっ……二人とも、顔に出すぎ」


「おいー……」


凱が頭をかき、視線を逸らす。


「いや、その……悪かったって」


彰も小さく肩をすくめた。


笑っている陽菜の横顔へ、視線が引っかかる。


館内の風で髪がふわりと揺れた。


(……あれ)


笑っているのに、その奥だけうまく見えなかった。


すぐに凱の声が飛ぶ。


「次なんか食おうぜ! 今度はちゃんと現実の金で!」


「それは最初からそうして」


「アキ、お前もなんか言えよ!」


「……ああ、そうだな」


返事だけが先に出る。


三人の足音が、明るいアーケードへ混じっていった。


さっきまでいた“物語の中”は、もうない。


足元だけが、まだ少し現実の床に馴染まない。


笑いながら、三人は帰り道へ向かった。


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