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アウトサイダー  作者: 君島極
第二章:噛み合わない世界 | 第二節:測られる側
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第3話:夕暮れに揺れる約束

迷宮チャレンジの熱気がまだ身体に残っていた。


笑いながらアーケードを歩くうち、汗ばんだ空気へ夏の匂いが混ざっていく。


凱は肩を回し、陽菜は記録プレートを何度も見返しながら歩いていた。


「んで、このあとどうする?」


凱が振り返る。


「お腹すいた~!」


陽菜が勢いよく手を上げた。


「だな。汗もかいたし、飯にしよう」


「賛成」


彰も頷く。

三人はアーケードを抜け、そのままファストフード店へ入った。


冷房の涼しさと油の香りが混ざり、外の熱気が少しずつ引いていく。


テーブルへ着くと、ディスプレイへ映ったメニューを三人で覗き込む。


「俺、チーズバーガーのダブル」


「じゃ、トリプルで」


凱が笑った。


「負けてられねぇ。俺もトリプル!」


彰が勢いよく言い返し、陽菜が吹き出す。


「えっ、アキ、それ食べきれるの?」


「いける!」


「お前、あとで泣くなよ」


凱が笑い、陽菜も肩を揺らした。


テーブルへ運ばれてきたバーガーは、片手じゃ収まらない厚みだった。


凱は余裕の顔で完食したが、彰は口いっぱいへ詰め込み、ソースが頬につく。


「……む、ぐっ……!」


陽菜と凱が同時に吹き出す。


「アキ、子どもみたい……!」


陽菜は笑いながらハンカチを取り出し、そのまま彰の口元へ手を伸ばした。

柔らかな布が肌へ触れる。


石鹸みたいな香りが、ふっと近づいた。


近い。


その瞬間だけ、呼吸の間を見失う。


目が合った途端、彰は手の中の紙ナプキンをくしゃりと握り直した。


「……サンキュ」


「……どーいたしまして」


陽菜は照れ隠しみたいに笑い、少しだけ顔を背ける。


彰は喉の奥で言葉を止めたまま、紙ナプキンの端を折る。


紙コップの縁を指で強く押した。


さっきまで頭の隅を占めていた訓練のことや将来への不安が、油の匂いと笑い声の中へ少しずつ溶けていった。


店を出ると、夕方の熱気がまた肌へ戻る。


「次どこ行く?」


凱が歩きながら振り返った。


「ゲームセンター!」


陽菜が即答する。


「やっぱそこか」


彰が笑い、三人はアーケードの人波を抜けて歩き出した。


やがて、テンピョン社の大型ゲームセンターが見えてくる。


ホログラムの看板が光り、入口からゲーム音が溢れていた。


凱はガンシューティングゲームで最高得点を叩き出し、陽菜はクレーンゲームへ夢中になっていた。


「……あっ」


アームがぬいぐるみを持ち上げ、そのまま落ちずに止まる。


「取れた!」


陽菜が目を輝かせた。


「お前ら、運良すぎだろ……」


彰が口元を緩める。


「集中の賜物!」


陽菜はぬいぐるみを胸へ抱え込み、そのまま胸を張った。


「それを訓練で発揮しろよ」


凱が笑い、三人の笑い声がゲーム音へ混じる。


気づけば、外の光は少し赤みを帯び始めていた。


ひと通り遊び終えた頃には、足にも心地いい重さが残っている。


それでも、足取りだけはまだ止まらない。


ゲームセンターを出ると、夕方の風が熱を少しだけ攫っていった。


商店街には長い影が足元へ伸びている。


「団子でも買ってこーぜ」


凱が言った。


「さんせい!」


陽菜はぬいぐるみを抱え直し、一歩踏み出す。


屋台から香ばしい匂いが鼻へ届いた。


三人は団子を三本包んでもらい、湯気を分けるように歩く。


「夏祭りみたいだねー」


陽菜が笑う。


「本番は来月だろ」


凱も笑い、彰はタレの光を指先でなぞった。


風鈴の音がどこかで重なり、焼き団子の香りがまだ鼻に残っている。


そのとき――


自販機の陰へしゃがみ込む小さな影が目に入った。


彰は歩みをゆるめる。


凱は周囲を一瞥し、立ち位置をずらした。


陽菜はバッグを胸へ抱え直す。


フードの奥から、尖った耳がわずかに覗く。


銀混じりのアッシュブラウンの髪に、大きなリュック、すり減った靴。


金色の瞳だけが、落ち着かないみたいに揺れていた。


膝を抱える指先には薄い擦り傷が残っている。


唇が小さく動き、また閉じた。


「大丈夫?」


陽菜がしゃがむ。


少女は顔を背け、遅れてフードのつばを指でつまんだ。


「……平気。別に」


唇がわずかに開きかける。


けれど言葉にならず、視線だけが自販機へ落ちた。


すぐ逸れて、また戻る。


小さく喉が鳴る。


凱はその視線を追い、自販機へ目を向けた。


「喉、乾いてるだろ」


ポケットから小銭を取り出し、自販機へ放り込む。


ボタンを押すと、落ちてきた冷たい水をそのまま前へ差し出した。


手首のスナップだけで軽く渡す。


「……ありがと」


ボトルを抱え込むように受け取り、こくりとうなずく。


冷たさへ触れた指先が、わずかに震えた。


彰は屋台の包みを開く。


湯気と甘じょっぱい匂いが立ちのぼった。


串先を軽く回し、タレの滴りを止める。


「団子、いる?」


少女の瞳が揺れる。


足元のつま先がわずかに浮いた。


「……みたらし!? ……ちょ、ちょっとだけ……ください!」


思わず前へ出かけた指先が、途中で止まる。


慌てたみたいに膝の前へ戻し、フードをかぶり直した。


「……べ、別に好きとかじゃないけど。……まあ、ありがと」


「どこから来たの?」


陽菜が笑う。


「こっち。……遠い。関係ないし」


大きいリュックのストラップを握る。


すり減った靴と肩を引くリュックが、やけに目についた。


彰は肩の力を抜き、財布を開いた。


千クレジット札を二枚、指でそろえ、彼女の届く高さへ差し出す。


「お金、困ってるなら」


少女は眉をひそめ、口を結ぶ。


「貸してくれるの? ……ありがと。絶対返すね」


千クレジット札を受け取り、指先をそろえて財布へしまった。


彰が小さく息を吐く。


「……名前は?」


少女は一瞬だけ視線を揺らした。


「……ヨモギ。ヨモギ・グリ……ヨモギでいい」


唇を閉じ、視線だけこちらへ向ける。


「私は陽菜。こっちは凱、こっちは彰」


陽菜が笑いながら三人を指した。


「……水と団子、ありがとう。忘れないから」


ヨモギは小さく頭を下げる。


耳がフードの中でぴくりと動いた。


立ち上がると、リュックが小さな肩を引く。


フードの陰から、金色の瞳だけが三人を見た。


「きみたち、いい人。……じゃ、行くね」


踵を返し、細い背中は夕闇へ溶けていく。


彰は串を持ち替え、タレの残る指先をズボンで拭った。


「……大丈夫かな」


陽菜が小さな背中を目で追う。


胸の前で組んだ手が、ゆっくりほどけた。


「金もないって言ってたしな」


凱が視線を路地の奥へ向ける。


足先で小石を軽く蹴った。


「でも……まあ、大丈夫そうじゃね?」


彰は串へ残ったタレの光を見つめ、親指で最後の一粒をなぞる。


角を曲がった先で、靴音だけがもう一度小さく跳ねた。

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