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アウトサイダー  作者: 君島極
第二章:噛み合わない世界 | 第一節:違和感のある教室
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第16話:夜の静けさに溶けた声

――夜/獅子堂家・リビング


昼の気配が遠のき、リビングにはスプーンの触れ合う音だけが残っていた。


分厚い柱と梁、壁には家族写真や歴代インサイダーの賞状と勲章が並んでいる。


竹刀や木刀も、まっすぐ壁際へ立てかけられていた。


低いテーブルを挟み、焔と凱が向かい合う。


二人の前には、湯気を立てる紅茶。


凱は冷めかけた表面を、スプーンで意味もなくかき混ぜていた。


小さく鳴る音だけが、静かなリビングへ残る。


背筋を伸ばし、一度だけ息を整える。


それから視線をテーブルへ落としたまま、カップの縁を指先でなぞった。


しばらく、紅茶をすする音だけが続く。


凱は一度だけ焔へ視線を向けた。


「……父さん、授業のあとどっか行ってたよな」


焔は短くうなずき、カップを両手で包む。


「……ああ。訓練場に寄った」


その瞬間、凱の指がわずかに止まった。


「見てくれたんだ、アキのこと」


少し間を置き、凱は息を吐く。


「忙しいのに……ありがとう」


カップの縁へ息を吹き、熱を確かめる。


膝の上の手が、わずかに揺れた。


焔は視線を落としたまま続ける。


「彰君が、一人で模擬剣を振ってた。誰もいない場所で、黙々と、何百回もな」


「……何百回もか」


凱の喉の奥で、言葉が引っかかる。


湯気の向こうで、焔が静かに目を細めた。


その瞬間、模擬戦の日の感触が遅れて蘇る。


竹刀を交えたときの軽さ。


甘かった間合いと、畳へ倒れ込んだ背中。


(……アキ、もっと強いと思ってたのに)


凱は膝の上で指を組み直した。


親指へ入った力だけが、うまく抜けない。


でも――親友だからこそ、言えなかった。


唇を結び、息だけを吐く。


焔は視線を落とし、低く告げた。


「……正直に言えば、彰君の剣筋はまだ荒い。今のままじゃ、通用しない」


「ユニオン・ブレードの型へ、自己流の勢いをどう収めるか――そこが、今の課題だ」


カップの縁へ指を添えたまま、焔は短く息を吐く。


「特に彰君は苦労するだろうな。身体へ心体育成流が染みついてる」


凱が顔を上げた。


「……心体育成流?」


「流れる重心移動だ。受け流しや体術には噛み合う。 だが、今のユニオン・ブレードとは身体の軸が違う」


焔は指先でテーブルを軽く叩いた。


「剣はもっと“軸”で通す。踏み込みと重心を一直線へ噛み合わせる戦い方だ」


凱は眉をひそめる。


「え、でも俺も心体育成流やってるじゃん」


焔は静かにうなずいた。


「お前には、小さい頃から剣を教えてきた」


「身体の軸も、踏み込みも、最初から“剣”で作ってる。 だからユニオン・ブレードへそのまま噛み合うんだ」


凱の指が、カップの縁で止まる。


「……そっか」


焔は一度カップへ目を向けた。


「けどな、“荒い”のは始まりだからだ」


「大事なのは、そこからどれだけ自分で気づいて、積み重ねられるか」


「剣を選ぶのも、諦めるのも――決めるのは、彰君自身だ」


人差し指でテーブルの縁をとん、と叩き、言い切って手を引く。


視線をまっすぐ凱へ向ける。


焔は一口すすり、さらに重ねた。


「悔しさも、焦りも、自分で超えるしかない。答えは、誰かに与えられるものじゃない」


「彰君は今、その時間を生きてる。……お前も、そうだったはずだ」


「俺も……そうだった」


凱は背もたれから、わずかに身を起こした。


視線が焔から外れなくなる。


手の奥へ、竹刀の重さが遅れて戻った。


父の背中を追い続けた、あの頃の間合い。


何度も打ち倒され、畳へ這いつくばった記憶。


泣いても、倒れても、立ち上がるまで黙って見ていた眼差し。


凱は一度だけ目を閉じる。


膝の上の拳がじわりと緩み、また握り直された。


「俺もさ……昔は父さんの稽古、ほんと嫌だった」


「毎回ボコボコにされるし、逃げたくなったこともあった」


「でも結局、父さんの言ってた通りだったんだよな」


「あの時間があったから、今の俺がある」


カップを少し持ち上げたまま、指先へ残っていた力が、ゆっくり抜けていった。


紅茶をひと口含み、そっと戻す。


(……あの頃の俺と同じなんだ)


膝の上で、凱はそっと指を組み直した。


(アキも今、踏ん張ってる途中なんだ)


唇を閉じ、視線を紅茶へ落とす。


カップの底がテーブルへ触れ、乾いた音が小さく残る。


揺れた紅茶の表面を、焔は静かに見ていた。


凱が口を開く。


「……ああ。だから、俺も放っとかねーよ」


「アイツが止まりそうになったら、ちょっとくらい背中押してやんねーとな」


焔の口元がわずかに緩む。


「それでいい」


「彰君は誠の息子だ。そして……お前にとっても親友だからな」


テーブル越しに、軽く手を開いて見せる。


「……うん」


凱は笑い、目を落としながら耳の後ろをかいた。


コトン――。


置いたカップの音が、静かなリビングへ小さく響く。


(俺は……アキに、何してやれるんだろ)


追い越したい。


並び立ちたい。


凱は膝の上で指を組み替えた。


力が入りすぎて、関節が白くなる。


テーブルの縁を、人差し指の関節でとん、と一度だけ叩いた。


小さな音が、静かな部屋へ落ちる。


その余韻だけを残して、紅茶の表面が小さく揺れた。


必死に剣を振り、歯を食いしばる横顔。


何度倒れても立ち上がる、その背中。


(アキ……お前は、まだ隣に立てる)


凱はカップを持ったまま、小さく息を吐いた。


紅茶の表面へ映る自分の顔から、まだ目を離せなかった。


焔はその手元へ気づき、何も言わずに小さくうなずいた。

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