第1話:夏休みの約束
――夏休み最初の土曜日/龍胆家・道場
夏休みに入ったばかりの朝。
窓の外では蝉の声が絶え間なく続き、開け放たれた道場へ熱を含んだ風が流れ込んでいた。
汗で湿った道着が肌へ張りつく。
床へ落ちた雫だけが、ゆっくり乾いていく。
夏休みへ入る直前まで、三人の日々はほとんど訓練で埋まっていた。
放課後になれば学校へ残り、魔法やユニオン・アーツの自主練。
土日は家で、ひたすらユニオン・ブレードの型を反復する。
彰も毎日、木刀を振り続けていた。
魔法も、少しずつ形にはなっている。
風属性の魔法も一つだけ、まだ制御は甘いが発動までは届き始めていた。
けれど――剣だけは違う。
踏み込みや重心、流れ。
今井先生に直された箇所は、もう何度も反復した。
それなのに、身体へ落ちきらない。
「……っ」
木刀を振り抜く。
踏み込みに合わせたはずなのに、剣筋がわずかに流れた。
半拍ぶん、身体が噛み合わない。
(くそ……)
汗が頬を伝う。
床へ落ちた雫が、小さく散った。
止めた瞬間、置いていかれる気がする。
だから彰は、また木刀を構え直した。
そのとき――
ピコン。
訓練場の隅へ置いていた端末が震える。
彰は呼吸を整えながら画面へ目を向けた。
【凱】:<おーい! アキ訓練やってっか?>
【凱】:<遊び行こうぜ! 夏休みだぜ?>
彰の口元が、わずかに緩む。
すぐ次の通知が届いた。
【陽菜】:<私も行きたい!>
【陽菜】:<どこいこうか?>
木刀を壁へ立てかけ、タオルへ手を伸ばす。
額の汗を手の甲で拭い、彰は道場の隅へ歩いた。
ルーンが淡く光る壺から、冷えた水を一本取り出す。
指先へ張りつく冷たさに、小さく息を吐いた。
冷えた水が喉を落ちていく。
その間にも――
ピコン。
ピコン。
ピコン。
通知が止まらない。
【凱】:<遊び行こうぜ! 夏休みだぜ?>
【凱】:<遊び行こうぜ! 夏休みだぜ?>
【凱】:<遊び行こうぜ! 夏休みだぜ?>
【凱】:<遊び行こうぜ! 夏休みだぜ?>
彰が吹き出しかけた、その直後。
【凱】:<聖女もブチ切れてるぜ無視してっから>
【凱】:<鞭も準備してるって>
「は?」
思わず端末を見直す。
数秒後――画像が送られてきた。
入学初日に撮った集合写真。
その中の陽菜だけが不自然に切り抜かれ、なぜか手へ鞭が合成されている。
しかも妙に雑だった。
【陽菜】:<ちょっと! なにこれ!? ひどい!>
【凱】:<ヤバイ! やられる!?>
【凱】:<ぐあああああああああ>
彰はとうとう噴き出した。
どう見ても自作自演だった。
肩を震わせながら、ようやく端末を打つ。
【彰】:<何やってんだお前wwwwwww>
すぐ返信が返ってくる。
【凱】:<お! やっとか? 既読無視はバレてるぞ!>
【彰】:<わりぃ。汗ふいてた>
【陽菜】:<相変わらずだね。でも無理しないでね>
口元へ浮いた笑みが、そのまま消えなかった。
【凱】:<んで、どこ行く?>
彰は少しだけ考え、それから打ち込んだ。
【彰】:<そうだな。陽菜はどうしたい?>
数秒後。
【陽菜】:<マナ・メビウス・ドーム!>
【陽菜】:<どうだろう?>
【凱】:<おお! いってみてぇ!>
彰は端末を見つめたまま、小さく息を吐く。
凱は剣も強い。
陽菜は魔法をどんどん使いこなし始めている。
木刀の柄へ視線が落ちる。
踏み込みと一緒に振っているはずなのに、どこか剣筋だけが遅れる。
まだ、うまく噛み合わない。
けれど――
端末の向こうでは、二人が待っていた。
自然と、口元が緩む。
【彰】:<いいね。俺も行ってみたいわ>
【陽菜】:<じゃ、決定!>
【凱】:<来週でいいよな? 月曜>
【陽菜】:<月曜日大丈夫>
【彰】:<おっけー!>
通知音が止まり、道場へまた静けさが戻った。
彰はそのまま、メビウス・ドームの情報ページを開く。
巨大な魔法迷宮や魔法アトラクション、光のショー。
気づけば、スクロールする指が少しだけ速くなっていた。
(三人で遊ぶの、久しぶりだな)
そういえば、最近は訓練ばかりだった。
道場と学校の訓練場を往復する毎日が続いている。
生活の中心は、いつの間にか訓練になっていた。
けれど今は、その先に楽しみがある。
だから――
彰はもう一度、木刀を握り直した。
「……よし」
足を開き、重心を落とす。
呼吸を整え、そのまま踏み込みと一緒に剣を振り抜いた。
二人に置いていかれるわけにはいかない。
その日、彰はいつもより遅くまで道場へ残り続けていた。




