第10話:揺れる光、試される資質
――午前/インサイダー養成学校・中等部・魔法実習室
数日後の午前。
「ついにだな!」
凱が椅子へ腰掛けたまま、楽しそうに笑う。
「俺、絶対なんか強い属性出る気がするんだよな!」
「凱くんはほんと自信満々だね」
陽菜は苦笑しながら胸元で指を重ねた。
「でも……ちょっと緊張するかも」
「だな」
彰も小さく笑い、膝の上で転がしていた指を止めた。
三人は並ぶように座ったまま、実習室の前方へ視線を向けた。
チャイムが消えるのと同時に、前方で白布が外される。
姿を現したのは、七角形の水晶台座だった。
手を置くための透明な面が淡く光り、その正面には測定結果を映すためのモニターが据えられている。
机を押す音や椅子の脚がきしむ音が重なり、冷たい光が教室の空気をきゅっと締めた。
誰かの息が、短く詰まる。
重森先生は教壇脇の制御端末へ歩み寄り、胸元から黒いIDカード――協会技師用のマスターキーを取り出す。
カードが差し込まれた瞬間、七角形の台座の縁を走るルーンが淡く脈打ち、モニターへ光の波形が流れていく。
冷えた駆動音が床を伝い、机の上の鉛筆がかすかに転がった。
「うわ……」
「動いた……」
押し殺した声が列の後ろで小さく漏れる。
数年前の表彰式で聞いた拍手の音が、耳の奥へかすかに戻った。
あの御剣さんの言葉が、今も背筋をまっすぐにする。
だからこそ――この測定も、正面から受けたいと思った。
(……来た)
彰は掌を制服へそっと擦りながら、背を伸ばす。
「――これより《エレメンタル・チェッカー》を行う。名前を呼ばれた者から前に出よ」
重森先生の低い声に、列を作っていた一年生たちの背筋が一斉に伸びた。
椅子を引く音が重なり、靴先が床を小さく鳴らす。
陽菜は胸元で指を重ね、凱は首を鳴らしながら前を向いていた。
廊下でも食堂でも、この話題ばかりだった。
「俺は土かも」
「私は無がいいな」
――聞くたび、制服で拭った指先にまた湿りが戻る。
彰は足裏へ力を込め直した。
最初の生徒の水晶がかすかに光る。
一斉に吸い込まれた空気が、静かに細くなった。
「――風属性、Cランク。他はF」
「Cか……」「それって、どうなん?」
囁き声が、伝言ゲームみたいに列の後ろへ伝わっていく。
張っていた空気の中で、鉛筆を止める音が小さく重なった。
重森先生はうなずく。
「Dがひとつでもあれば基本的な行使に支障はない。歴史に名を残した者の中には、Eから這い上がった者もいる」
「じゃあ、ランク高いと何が違うんですか?」
後ろの席から声が飛ぶ。
重森先生は水晶台座へ視線を向けたまま続けた。
「適性が高い者ほど、魔力の変換効率が良い。魔法の威力、持続、消費効率――すべてが上がる」
何人かが小さく息を呑む。
「加えて、適性が高い者ほど魔法そのものを扱いやすい。高位魔法ほど、その差は顕著だ」
「つまり、魔法が使いやすくなるってことか……」
前の列の男子が、納得したみたいに小さくつぶやく。
「さらに統計上、適性が高い者は魔力量そのものも多い傾向にある」
教室のざわめきが、わずかに大きくなった。
「ただし――」
重森先生の声が少しだけ低くなる。
「適性は“入口”に過ぎん。低ランクでも、魔力制御と鍛錬次第で実戦能力はいくらでも変わる」
前の生徒の肩が目に見えて落ち、列のあちこちで短い息が抜ける。
列の前から聞こえてくる結果は、ほとんどが“ひとつだけ”DかCがある程度だった。
それでも、順番が近づくたびに胸の奥がざわつく。
周囲の呼吸が落ち着いていく中、自分だけ呼吸の間がうまく噛み合わない。
彰はまぶたを一度だけ強く閉じ、顔を前へ戻した。
やがて――
「獅子堂、前へ」
「おう、待ってました!」
凱が胸を張ったまま前へ出る。
顎を引き、足幅を広げ、そのまま掌を水晶へ押し当てた。
指が面を掴んだ瞬間――
紅と土茶の二色が、力強く溢れる。
空気が震え、ペン先が机へ小さく当たった。
前列が思わず前のめりになり、教室の息が一斉に詰まる。
「……火属性、Bランク。土属性、Aランク。他はE」
「二つ!?」
「Aもあるのかよ! えぐっ!」
ざわめきが遅れて教室いっぱいへ広がった。
凱は思わず拳を握り込む。
重森先生は一瞬だけ目を細めた。
「……高ランク適性が二つ。それもAを含み、他属性もEか」
わずかに間が落ちる。
「ここ数年でも、そう多くは見ない」
「よっしゃあ!」
凱は水晶から手を離し、通路で肩がぶつかった生徒へ「悪い」と手を上げて笑った。
(やっぱり、凱はすごい)
彰は思わず拳を握り込む。
次は――陽菜。
小さな手が水晶へ触れた刹那、黄金が弾ける。
縁で淡い水色が静かに揺らめき、教室の明かりまで陽菜の周囲へ引き寄せられていく。
「光属性、A+ランク。水属性、Bランク。他はE」
「A+!?」
「うわ、すげ……リアル聖女やん」
「虹咲やばくね?」
どよめきが一気に広がった。
光の粒が髪へ反射し、陽菜の瞳まで金色に染まって見える。
陽菜は胸の前で握った手を見つめたまま、小さく息を飲んだ。
「えっ……A+って?」
重森先生は眼鏡の奥で目を細め、静かに言葉を落とした。
「……A+は現行機の測定上限だ。それ以上の適性は、数値としては出ない」
教室が静まり返る。
重森先生は陽菜を見つめたまま、小さく息を吐いた。
「……私も、実際に見るのは初めてだ」
わずかに間が落ちる。
「そして、その領域に立った者の多くは――歴史に名を残している」
次の瞬間、教室の空気が一気に揺れた。
椅子を引く音や小さな歓声が重なり、遅れて拍手が広がっていく。
陽菜は戸惑ったまま周囲を見回し、それから恥ずかしそうに小さく会釈した。
頬を染めながら笑う姿へ、まだ淡い光が残っている。
(陽菜も凱もすごい)
負けたくない。
自分も、あの場所へ届きたい。
膝へ置いた手に力が入り、呼吸だけが少し速くなる。
――そして、彰の名が呼ばれる。
(俺も――)
靴底が床へ張りつく。
それでも、息をひとつ整え、彰は前へ出た。
水晶へ手を重ねる。
指の腹へひやりとした感触が貼りつき、耳の奥で鼓動が強く跳ねた。
数秒の静寂――緑と紫が、同時にゆらりと浮かぶ。
背後で椅子がきゅ、と小さく軋んだ。
「風属性、Dランク。闇属性、Dランク。他はE」
先生の声は途切れないまま、次の名へ移っていく。
さっきまでのざわめきだけが、少し遠くなった。
「……二属性?」
「あ、闇いいなー」
小さな声が、後ろの方で重なる。
水晶へ映る自分の顔が、少しだけ強張って見えた。
凱や陽菜と比べれば、なおさらだった。
彰は水晶から手を離し、震えそうになる指先を制服の脇でそっと握り込む。
視線だけが、机の木目へ落ちた。
「魔法の才能は、俺の方が上だったな! アキ!」
凱が明るく笑い、肩をばんと叩く。
「まあ、ただの適性だからな。心配すんなって!」
叩かれた場所に、じんと熱が残った。
陽菜も小さくうなずき、まっすぐ彰を見る。
「……うん。二属性あるから、きっと将来伸びる証拠だよ」
その言葉に、一瞬だけ呼吸が止まる。
(――違う。同じ場所で、笑いたかった)
それでも彰は口元だけを少し上げる。
「ありがとう! ……ま、見てろよ」
負けたまま終わるつもりは、なかった。
口元だけが、少しだけ強張った。
二つあっても、ただのD。
あの光が、まだ目の奥に残っていた。
そこへ、自分の分だけがなかった気がした。
呼吸を整えようとしても、胸の奥がうまく落ち着かない。
(……でも。だからこそ――)
(積み重ねれば、届くはずだ)
彰はゆっくり拳を握り直した。
「先生、固有魔法って……測れるんですか?」
後方の生徒が、声を落として問いかける。
椅子の脚がキュッと鳴り、何人かが同時に顔を上げた。
重森は間を置き、全員に届く声で答える。
「――いや。この装置で分かるのは七属性の適性だけだ。固有魔法は測定できない。適性は入口にすぎぬ。戦場で生き残るのは、己を磨き続けた者だ」
「入口、か……」
相づちがいくつも落ち、ざわめきは静まっていく。
彰はゆっくり息を吐いた。
机の下で固まっていた指が、少しだけ開く。
陽菜はそっと深呼吸し、凱は拳を軽く合わせて短く合図を送った。
彰はそれを視界の端で受け止め、小さく拳を握り直す。
踏み出す前の姿勢だけが、自然と整っていた。




