第11話:触れた光、届かない手
――土曜日・昼頃/インサイダー養成学校・中等部
《エレメンタル・チェッカー》から数日。
休日になっても、三人の会話は自然と魔法へ戻っていった。
「せっかくだし、自主練しようぜ!」
そんな凱の一言で、彰と陽菜も学校へ集まることになった。
休日の校舎は、足音がひとつ遅れて返るくらいに静かだった。
けれど、魔法訓練室の前で足を止めた瞬間、その静けさは扉一枚ぶんで途切れる。
隙間から笑い声や短い歓声がこぼれ、失敗した誰かの情けない悲鳴まで混じっていた。
魔力が空気を擦るようなざらついた音も、扉の隙間からにじんでいる。
彰は足を止めたまま、扉の上のプレートへ視線を向けた。
「すげぇ……今日も人、多そうだな」
隣で凱が言う。
「みんな、やっぱ気になるんだね」
陽菜が胸の前で指を重ね、小さく笑った。
《エレメンタル・チェッカー》以来、食堂でも廊下でも、下駄箱の前でも――
「誰が何属性だったか」
「誰にどれくらい適性があったか」
そんな話ばかりが耳へ残る。
魔法が、もう遠いものじゃなくなっていた。
自分の中にも“ある”と知ってから、指先は何度も掌の熱を確かめている。
足取りだけが、どこか落ち着かない。
「行こうぜ」
凱が先に扉を押し開ける。
扉が開いた瞬間、中の空気が押し出されるように流れ込んできた。
踏み出した足音が一拍遅れて返るほど広かった。
床の一角には、魔法防壁で区切られた実技エリアが広がっている。
半透明の膜が幾重にも重なり、その内側では上級生たちが魔法を放っていた。
火花みたいな閃光が走り、青白い防壁へ触れるたび低い衝撃音が返ってくる。
少し離れた場所には、循環シミュレーターが等間隔に並んでいた。
「うわっ、ミスった!」
「レベル二いった!」
声があちこちで跳ね、音ゲーめいた電子音と歓声が訓練室の空気を細かく震わせている。
机と椅子が並ぶ一角では、タブレットや資料を広げた生徒たちがルーン文字を何度もなぞっていた。
紙を擦る音や、小さな読み上げが途切れ途切れに重なる。
魔法防壁の内側では、一年生たちがマナ・リリースの練習を続けていた。
手を前へ出し、何度も呼吸を整える。
光がうまく形にならず、指先へ淡くにじむだけで消えていく。
教師は少し離れた場所からその様子を見守り、隣では上級生が身振りを交えながらやり方を教えていた。
「脳内ルーン詠唱は、まだ無理だな」
近くで上級生が苦笑していた。
「授業受けたばっかで、いきなりできるもんじゃないって」
失敗しても、すぐ次の声が重なる。
あの日はランクに落ち込んでいたはずなのに、訓練室の空気はどこか前向きだった。
笑い声が、途切れない。
「まずあれやろうぜ、循環シミュレーター」
凱が早速、後ろの台を指さす。
「俺、こういうの得意そうじゃね?」
「どうだろ。凱、細かいの苦手じゃない?」
陽菜がくすっと笑う。
「おい、それ偏見だろ」
「でも、なんとなく」
「アキ、お前どっちの味方だよ」
彰の口元がほどける。
「……まあ、見てからかな」
三人で空いている台へ歩く。
「Perfect!」
「うそ、今のGreatなの!?」
近くでは判定音と歓声が次々に跳ね、画面へ流れる色とりどりのターゲットに合わせて文字が弾けていた。
台の前へ立つと、凱が画面をのぞき込む。
「お、モード切り替えできんのか」
画面には《魔力訓練モード》《ルーン文字訓練モード》の表示。
その下には、灰色でロックされた《属性適性測定モード》が並んでいた。
「測定のやつ、鍵かかってる」
陽菜が端末をのぞき込み、小さく声を漏らす。
「普段は使えないようになってるんだね」
「あ、これ、流し込む魔力量の安定を見る、って書いてある」
彰も説明欄へ目を走らせた。
「よし、まずは俺だ」
凱が手をこすり合わせる。
「見とけよ。こういうの、最初に景気よく決めるのが大事だからな」
足を台へ乗せ、手を所定の位置へ置く。
画面が起動し、〈LEVEL 1〉の表示と同時に電子音が軽く鳴った。
《START》
表示が弾けるのと同時に、最初のターゲットが流れてくる。
凱はそれへ迷いなく魔力を流し込んだ。
《Perfect》
《Great》
《Perfect》
「お、すげ」
彰が小さく声を漏らす。
凱の操作は勢いがある。
多少荒さはあるものの、ターゲットへ合わせる判断が速い。
「楽勝だな!」
そのままレベル一はクリア。
最後に表示されたスコアへ、凱が得意げに胸を張った。
「ほらな!」
「うん、普通にすごい」
陽菜が拍手する。
「次、レベル二!」
凱はすぐにボタンを押した。
《START》
だが、始まった瞬間――流れが変わる。
ターゲットの間隔が急に詰まり、サイズまで細かく揺れ始めた。
「は!? ちょ、待て、速っ――」
《Good》
《Bad》
《Bad》
「うおっ、なんだこれ!」
少しでも量がずれると、判定が一気に落ちていく。
凱は歯を食いしばって食らいつくが、リズムが半拍ずれた。
そのまま流れが崩れる。
最後のターゲットを外した瞬間、画面へ大きく《FAILED》が叩きつけられた。
「くっそ!」
凱が装置の縁を叩きかけ、寸前で手を止める。
「いや待て、これ絶対、初見殺しだろ!」
近くで笑いが漏れた。
凱は振り返って「笑うな!」と睨むが、本人も悔しそうに少し笑っていた。
「次、アキ!」
「え、俺?」
「凱くんが失敗した後って、やりづらそう……」
陽菜が肩をすくめる。
その通りだった。
彰は画面を見つめたまま、うまく間を掴めない。
凱でもレベル二で止まる。
なら、自分はどうだ。
「……まあ、やるけど」
台の前へ立つ。
位置を確かめ、息をひとつ落とす。
《START》
最初のターゲットが流れ始めた。
彰は慎重に魔力を合わせていく。
《Great》
《Good》
《Perfect》
リズムには追いつける。
だが、わずかに指が遅れた。
「お、いけるいける!」
凱が後ろから身を乗り出す。
彰は返事をせず、そのまま画面へ集中した。
最後の一つをぎりぎりで拾う。
レベル一クリアの表示が浮かんだ瞬間、台へ置いた指がようやく緩んだ。
「……よかった」
思わず本音が漏れる。
「なんだそれ」
凱が笑った。
「そこ安心するポイントかよ」
「いや、だって……」
彰は苦笑しながら次のレベルを押した。
〈LEVEL 2〉
《START》
次の瞬間、ターゲットが一気に細かくなる。
追えているはずなのに、指先が半拍ずれた。
《Bad》
《Bad》
《Miss》
「っ……」
慌てて合わせ直す。
だが、もう一つわずかにずれる。
画面へ《FAILED》が浮かび上がった。
「うわ、むず……」
彰は台から手を離し、一度だけ息を吐く。
レベル一を越えられただけで十分なはずなのに、画面に残った《FAILED》の文字から、すぐには目を離せなかった。
「でも、初見でレベル一クリアはいいじゃん」
陽菜が言う。
「アキ、意外と安定してたよ」
「意外と、ってなんだよ」
彰が言うと、陽菜は「あ」と笑ってごまかした。
「次、私もやる!」
陽菜が一歩前へ出る。
凱がにやっとした。
「おうおう、いけるか? どんくさい陽菜さん」
「ちょっと!」
「転ばないように気をつけろよ」
「それ、魔法と関係ないでしょ!」
彰もつられて笑った。
けれど、その笑いは少しだけ引っかかる。
《エレメンタル・チェッカー》で見た、あの光。
A+。
あれが偶然じゃないことを、もうどこかで分かり始めていた。
陽菜はぶつぶつ言いながら台の前へ立ち、深呼吸して手を置く。
《START》
最初のターゲットが流れ始めた。
陽菜の指先が、迷いなく魔力を合わせていく。
《Great》
《Perfect》
《Perfect》
《Perfect》
「え?」
凱が思わず声を漏らす。
動きは小さい。
だが、流れへぴたりと噛み合っていた。
レベル一は、そのままあっさりクリア。
「え、うそ、私できた」
陽菜自身が一番戸惑った顔をしている。
「いや、できたどころじゃねえだろ」
凱が腕を組む。
「じゃあレベル二もいけ、レベル二」
「ええっ」
「ほら早く」
「待って、ちょっと心の準備が――」
言いながら押されるように次へ進む。
〈LEVEL 2〉
《START》
速度が上がる。
ターゲットも細かく揺れ始めた。
それでも、陽菜の動きは崩れない。
《Perfect》
《Great》
《Perfect》
細い動きが、そのまま画面の流れへ重なっていく。
大きく力むこともない。
必要な量だけを、自然に通していた。
最後まで終えた瞬間、画面へ高いスコアが表示された。
「……クリア」
陽菜が目を瞬かせる。
「は?」
凱が素で言った。
「お前、なんで?」
近くにいた別の一年生たちまで、思わずこちらを見ていた。
陽菜は困ったように肩をすくめる。
「わ、私にもわかんないよ……」
「いや絶対うまいって」
「そんなことないってば」
「どんくさい陽菜にも得意なもん、あんだなぁ」
凱が笑いながら彰を見る。
「な?」
「……あ、ああ」
彰は遅れてうなずいた。
笑って返す。
そのはずなのに、台の縁へ触れた指先が、少しだけ動かなかった。
けれど、陽菜も凱も気づかない。
「もう一回!」
「次はルーンのやつやろうぜ!」
すぐに声が重なる。
凱がそのまま画面を操作し、ルーン文字訓練モードへ切り替えた。
画面には複雑なルーン文字が浮かび上がる。
「うわ、なにこれ……」
凱が早速顔をしかめた。
表示された軌跡を追うように魔力を流す――はずが、途中で崩れる。
《FAILED》
「は!? 今絶対いけただろ!」
凱が抗議の声を上げる。
彰も試したが、途中でルーンの流れを見失った。
陽菜も集中して何度もなぞろうとする。
だが、最後まで繋がらない。
《FAILED》
画面へ同じ表示が繰り返し浮かび、そのたび三人の間から苦笑が漏れた。
「いやこれ、レベル一おかしくない?」
「さっきのより難しいよ……」
「頭こんがらがる……」
画面に振り回されて、凱が「これ絶対おかしい!」と文句を言えば、陽菜が笑う。
彰もつられて声を漏らした。
笑い声は自然に出る。
それでも、画面に残る失敗表示だけが、少し遅れて目に戻ってきた。
昼の光が少し傾いた頃、三人は机へ戻った。
タブレットとノートを広げ、次は魔法映像の確認へ移る。
凱は火属性。
陽菜は光属性。
彰は風属性。
それぞれ、自分の適性に合わせた初級魔法の映像を再生した。
タブレットの中では、火球が手のひらから生まれ、風刃が薄い弧を描き、光の矢が白い尾を引いて飛んでいく。
「うわ、かっけぇ……」
凱が素直に呟いた。
「火球、まんま必殺技じゃん」
「風刃もすごいね」
陽菜が画面を指さす。
「薄いのに、ちゃんと形になってる」
彰も思わず見入った。
画面の中の魔法は、迷いなくまっすぐ飛んでいく。
「これ、自分で出せたら、すごいだろうな……」
口にした瞬間、自分でも少し笑う。
小さい頃に見たヒーロー番組みたいだと思った。
三人はそれぞれ、ルーン文字をノートへ写し始めた。
線の重なりや流れを追うたび、どこで繋がっているのか分からなくなる。
「これ、初級なのに長すぎだろう!」
凱が早々に文句を言った。
「なんだよこれ、文字っていうか模様じゃねえか!」
「たしかに……」
彰もノートを見つめる。
「これ、頭の中でなぞるって、どうするんだ?」
「ね。見ただけで目が回りそう」
陽菜が言いながらも、視線だけは外さなかった。
凱は何度か書いては崩し、「いや無理だろ」と笑う。
彰も書き順らしきものを探しながら、何度も書き直した。
けれど陽菜だけは、タブレットの再生を止めない。
流れるルーンを、そのまま目で追い続けていた。
ノートへ写す手は遅い。
それでも、視線だけは離れない。
気づけば、陽菜の中には“流れ”だけが残っていた。
「おい、後で実際にやってみようぜ」
凱がふいに顔を上げる。
「見た感じ、やっぱ攻撃魔法だろ。せっかくだし」
「まあ、試すだけなら」
彰は言う。
「じゃあ勝負な!」
「なんで勝負になるの」
陽菜が笑った。
「陽菜もやるぞ」
「え、いきなりは無理だよー」
「とりあえず攻撃魔法な」
「勝手に決めないでよ」
そう言いながらも、陽菜も端末を見直す。
凱は火球。
彰は風刃。
陽菜は聖なる矢。
三人とも、もう一度映像を再生した。
ルーンを目で追い、ノートへ書き、線をなぞる。
教室のあちこちでも、同じように誰かがルーンと向き合っていた。
ペンの走る音や小さくこぼれる声が重なり、止まりかけた手はまた動き始めていく。
気づけば、窓の外の光は橙へ寄っていた。
訓練室に残る人数も少しずつ減り、循環シミュレーターの列も短くなっている。
魔法防壁の向こうでは、上級生の魔法が夕方の空気を白く照らし、そのたび低い唸りが返ってきた。
「よし、成果の時間だ!」
凱が勢いよく立ち上がる。
「やるぞ!」
「ほんとにやるの?」
陽菜が苦笑した。
「こういうのはノリが大事なんだよ」
「さっきもそれ言ってたね」
「だって大事だし」
三人は空いている的の前へ歩く。
近くの教師も、気づいたようにこちらへ視線を向けていた。
「じゃ、俺から!」
凱が手を的へ向け、ルーンをなぞる。
「……っ、えっと、こうで、こうで……」
凱が必死にルーンをなぞる。
何度か線を繋ぎ直した瞬間――
(《火……》)
手のひらの前で、赤い光がかすかに滲んだ。
「……おっ」
わずかに形になりかける。
けれど次の瞬間、光はそのまま崩れて消えた。
「……は?」
もう一度なぞる。
だが、今度は最初から何も起きない。
「うそだろ……今の、絶対いけただろ……!」
「火球!!」
――反応はない。
「火球!! 火球!!」
「なんだよこれ! 全然無理じゃねえか!」
凱が両手を振り回すと、近くの二年生が吹き出した。
彰も陽菜もつられて笑う。
防壁の向こうからも、こらえきれない笑い声が漏れた。
「お前、それ詠唱じゃなくて叫んでるだけだから」
「わかってるわ!」
「でも……さっきの、なんかもう少しでできそうだったよね」
陽菜が肩を揺らした。
「次、アキ!」
凱がすぐに振り返る。
「え、もう?」
「ほらほら」
「……わかった」
彰は的の前へ立った。
手を向け、息を整える。
風刃のルーンを頭の中でなぞる。
線を追い、形を重ねていく。
――途中で崩れた。
「……あれ」
どこでずれたのか分からない。
慌ててなぞり直す。
外さないよう意識するほど、今度は別の場所でほどけていった。
「っ……どこまでやったか分からなくなった」
彰は眉を寄せたまま手を下ろす。
「これ、難しすぎるだろ……」
「だろ!?」
凱がすぐ食いついた。
「俺だけじゃねえじゃん!」
「いや、これは無理だって」
「な!」
顔を見合わせる。
妙な共感が生まれ、思わず笑いがこぼれた。
「じゃあ、次……私?」
「おう」
「いけるいける」
「いや、いけないってば」
そう言いながら、陽菜が前へ出る。
手を的へ向け、間を整えて目を閉じた。
その瞬間、周囲の音がほんのわずかに遠のく。
気配だけが、先に変わった。
(《聖なる矢》)
手のひらの前へ、淡い光が集まっていく。
細い線が重なり、自然と矢の形を結んだ。
誰も、すぐには声を出せなかった。
白金の光を帯びたその矢が、次の瞬間には迷いなく飛ぶ。
一直線に的へ突き刺さり、乾いた衝撃が返った。
遅れて、光だけが花びらみたいに散っていく。
「……え」
凱の声が、半拍遅れて漏れる。
彰は目を見開いたまま、息を止めた。
画面で見ていた魔法が、そのまま目の前にある。
張っていた空気が、一瞬だけ止まった。
「い、いま……」
陽菜が目を見開いたまま、思わず声をこぼす。
「できた?」
「いや、できたどころじゃねえだろ!」
凱が叫ぶ。
「すげぇ! なに今! もう一回! もう一回やって!」
「え、ええっ」
「いいから!」
押し切られるように、陽菜がもう一度意識を整えた。
目を閉じ、白い息をひとつ吸う。
再び、光が集まる。
今度は迷いがない。
手のひらから伸びた光がそのまま矢の形を結び、放たれた。
二射目。
同じ軌道で、的へ突き刺さる。
続けて放った三射目も、ほとんどズレずに中心近くへ吸い込まれた。
「うそだろ……」
凱がぽかんとした顔で呟く。
「やっぱA+って、本当なのかよ……俺Aなのにできねぇし」
その声に、嫌味はなかった。
「な、アキ」
凱が半笑いのまま同意を求める。
「……うん。すごい」
彰はそれだけ答えた。
本当に、すごいと思った。
同じように見て、同じようにやろうとして。
それでも、起きることが違う。
胸の奥へ、小さな重さだけが沈んでいく。
陽菜は何度も「たまたまだよ」と首を振る。
けれど、その場にいた誰も、もう本気では信じていなかった。
近くで教師が小さく咳払いをする。
壁際の時計を見上げ、「はい、今日はそのくらいだ。片付けて帰れ」と穏やかに声をかけた。
その言葉を合図に、訓練室のあちこちで椅子が引かれ、端末やノートを閉じる音が重なっていく。
循環シミュレーターの光も順番に落ち始め、残っていたざわめきが少しずつ帰り支度の空気へ変わっていった。
「うわ、もうこんな時間か」
凱が窓の外を見て声を上げる。
橙色の光が、防壁の向こうからゆっくり差し込んでいた。
「ほんとだ……」
陽菜も小さく息を吐き、机の上の荷物をまとめ始める。
彰もノートと端末を鞄へしまい、最後に一度だけシミュレータへ目を向けた。
三人は荷物を肩へ掛け、並んで訓練室を出る。
静かになり始めた廊下を抜け、橙色に染まる校舎の外へ出た。
夕焼けが街の端を淡く染めていた。
三人は校門を出て、いつもの道を並んで歩く。
「いやー、でもほんとびびったな!」
凱がまだ興奮気味に言う。
「陽菜、やっぱやべぇわ。あれ、絶対才能だって」
「そんな大げさだよ」
陽菜は照れたように笑う。
「たまたま、うまくいっただけだって」
「何回も成功してたのに?」
「うっ……」
「ほらな」
前では、陽菜が肩を揺らし、凱が身振りを交えて笑っていた。
笑い声が、夕方の風へ少しずつ流れていった。
彰は、一歩だけ後ろを歩いている。
置いていかれているわけじゃない。
二人との距離は、手を伸ばせば届くくらいだった。
それでも、昼間の光景が何度も頭の裏へ浮かぶ。
迷いなく飛んだ陽菜の白い矢。
それに比べて、何も起こらなかった自分の手。
けれど、不思議と胸の奥は冷えていなかった。
代わりに、別の感覚だけが静かに残っている。
林で木刀を振り下ろした、あの時。
あの一撃だけは、迷わなかった。
踏み込みと一緒に身体が自然と前へ出る。
肩から腕へ抜けた感覚が、今もどこか手の内へ残っていた。
魔法の光は掴めなかった。
それでも、あの時の動きだけは消えていない。
前から聞こえる笑い声へ、彰はゆっくり顔を上げる。
陽菜が振り向きかけ、凱に何か言い返し、また笑った。
吐いた息が、夕方の風へ混ざる。
気づけば、歩幅が少しだけ前へ出ていた。




