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アウトサイダー  作者: 君島極
第二章:噛み合わない世界 | 第一節:違和感のある教室
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第9話:歴史が映す影

窓から差す春光が黒板の縁を白くなぞり、桜の花びらがすべるように落ちていく。


背伸びの衣擦れや小さなあくびが教室へ混じり、チョークの粉の匂いが陽の筋でほのかに舞っていた。


「おーい、こらこら、花見は放課後にしてくださいね~!」


にこにこと手を振るのは、エルフの教師だった。


プラチナブロンドのポニーテールが揺れ、丸眼鏡の奥で目が笑っている。


革靴が軽く床を鳴らし、教卓を二度ほど叩いた。


前列で慌ててノートを開く音が重なる。


「改めて、今日から歴史を担当するアレン・フェルナードです。よろしく」


「よろしくお願いします!」


前列が揃って頭を下げ、椅子が小さく軋んだ。


ノートがぱらりと開き、彰もペンを持ち直す。


指の腹で軽く転がしたプラスチックの感触が、まだ手に残った。


「記念すべき最初の授業は~~“多民族国家同盟と非加盟地域”! 寝ないようにしてください」


くすくす笑いが起き、数人の背筋がすっと伸びる。


陽菜は「メモ多そうだね」と小声でつぶやきながら、ページの角へ付箋を貼った。


「まずはこちらをご覧あれ」


アレン先生が指を鳴らすと、魔導スクリーンへ映像が走る。


炎に包まれた街、剣を振るう兵士、爆ぜる魔法の閃光――。


映像の光が教室へ強く反射し、誰かが思わず目を細めた。


紙をめくる音も少しずつ止まり、陽菜は胸元へ手を置いたまま画面を見つめる。


「当時はこんな感じです。毎日が“モンスターバトルロイヤル”! ……と言いつつ、人間同士も、エルフも、ドワーフも――互いに争っていました」


「うわ……」


ざわめきが低く波立ち、凱は顎に手を当ててうなずく。


背筋が伸び、肩口に冷えた感触が残る。


「で、ここで登場するのがカリスマ指導者――マーシャル・J・グラント!」


白衣の人物が旗を掲げる映像に切り替わると、生徒たちから「おお…」という、どよめきと期待が混じった声が漏れた。


アレン先生はチョークをくるりと回し、黒板に大書した。


『全種族の人権を尊重すべし! 奴隷制度は絶対だめ!』


「最初は“そんな理想、無理だろ!”って笑われたり、戦争も続いた。だけど――」


アレン先生が黒板を軽く叩く。


粉がふわりと舞い、一拍遅れて彰はまぶたを閉じた。


「1945年、多民族国家同盟が発足!」


「おおー」


後方でどよめきが広がる。


彰はペン先を止め、そのまま机の木目をなぞった。


頭の中で要点が整理され、隣で凱が「ここ覚える」と小声でつぶやく。


彰は二度うなずいた。


「さて! ここからが面白い」


黒板へ『1950』の数字が書き込まれる。


アレン先生が眼鏡を押し上げながら教室を見回した。


椅子のきしみだけが少し遅れて重なる。


「じゃじゃーん。1950年、平和だーって胸を張った、その瞬間だ。“滅亡時計”が空にどどーん!」


空に浮かぶ巨大な時計の映像が広がる。


後ろの窓際で、春の風がカーテンを持ち上げた。


「さらにダンジョンがぼこぼこ開く。モンスターもぞろぞろ。世界は言いました――『えっ、聞いてないんですけど!?』」


「先生、それ笑えないやつ!」


苦笑が広がる。


けれど瓦礫の映像が映るたび、笑い声はすぐ細くなっていった。


陽菜もいつの間にかペンを止め、彰は背もたれから身体を起こしながらノートへ視線を落とす。


書いたばかりの「最後の希望」という文字の上で、ペン先が一度だけ止まった。


「そして1951年。同盟は考えた。“このままでは全滅する。なら、世界規模でヒーローを育てるしかない!”」


黒板へ、大きく文字が書き込まれる。


『1951 インサイダー協会 設立』


チョークの乾いた音が教室へ残った。


「君たちがここで学んでるのは、その延長線上。インサイダー協会は世界を守る実働部隊。滅亡時計に抗う“最後の希望”だったんだ」


(最後の希望か……)


彰は一度ペンを置き、余白へ二重線を引く。


ペン先だけが、そこで少し止まった。


「はい、質問ターイム!」


アレン先生が両手を広げる。


袖口の魔導ブレスレットが淡く光り、前列から小さな息が漏れた。


「日本は、この同盟でどんな立場にあると思う?」


「主要な一員です!」


陽菜が手を軽く挙げ、そのまま真っ直ぐ答える。


迷いのない視線が、そのまま先生へ向いていた。


「正解。日本は主要国。法の下ではすべての種族が平等。……ただし古い慣習やコミュニティには意識の遅れも残る。これは歴史の“宿題”だ」


後方の男子が身を乗り出す。


「同盟に入ってない国って、あるんですか?」


「もちろんあるとも!」


スクリーンが切り替わる。


《荒れ果てた町》

《銃を構える兵士》

《痩せた子ども》


ペン先が紙の上で止まり、誰かが小さく椅子を引いた。


「非加盟地域――同盟に加わらなかった国や勢力だ。経済は遅れ、争いが絶えない。昨日のニュースで、国境紛争を見た人もいるでしょう?」


「見た見た! #非加盟また戦争 ってタグ!」


小さな笑いが起きる。

けれど凱は眉をひそめたまま、腕を組み直していた。


(同じ世界で、こんなに違う)


彰は一度だけ息を整え、視線を正面へ戻す。

アレン先生は黒板を三本の線で区切った。


チョークの粉がふわりと落ちる。


《1945年:多民族国家同盟の発足》

《1950年:滅亡時計とダンジョンの出現》

《1951年:インサイダー協会の設立》


「はい、この三本柱。ここ、テストにでますよ~!」


「やばっ……!」


ペンが走り、紙をめくる音が一斉に重なる。


アレン先生はその様子を見回し、人差し指を立てて少しだけ声を落とした。


彰はノートの角をそろえ、ページの端を親指で軽くはじく。


指先へ入っていた力が、そこで少し抜けた。


アレン先生は眼鏡のブリッジを押し上げ、教室をゆっくり見渡す。


ふざけている生徒も、真剣にノートを取る生徒も、同じ目で見ていた。


「けどな。君たちが将来インサイダーとして立つとき、これは“教科書”じゃなく“現実”になる。忘れないでください」


教室のざわめきが少し静まる。


窓の外では、風に揺れた桜の影が黒板の下をゆっくり滑っていた。


(平和と混乱。光と影)


彰はペン先を浮かせたまま、視線だけを前へ残す。


次の言葉を待つ間、膝の上で重ねた指が自然と静まっていった。


「……ふむ。せっかくだ、もう一つだけ話しておきましょう」


ノートを開き直す音が重なり、さっきまで崩れていた姿勢も自然と前へ戻っていく。


「みんなも毎日、見上げているはずですよ。“あれ”のことだ」


アレン先生が教壇のコンソールを操作する。


魔導スクリーンへ、空に浮かぶ巨大な時計が映し出された。


白光を放つ盤面が教室へ広がり、誰かが小さく息を呑む。


「1950年、突如として空に現れた――“滅亡時計”」


黒板へ残された三本線を軽く叩きながら、先生は腕を組んだ。


「これは常に空に表示され、誰からでも視認できる。そして……」


その瞬間、スクリーンの数字がかすかに揺れる。


椅子の脚が小さく鳴り、何人かの身体がわずかに前へ寄った。


『――世界滅亡まで、残り、29年と、358日と、14時間と、21分と、8秒です』


女性の声が、静かに教室へ流れ込む。


彰は制服の胸元を掴み、指先へ返る感触を無意識に確かめていた。


「はい、この“声”。一定の間隔で繰り返される“アナウンス”だ。無機質なのにどこか美しい。なぜ女性なのか、理由は誰にも分からない。……学者の中には“世界の根源たる魔素は母性に似た性質を持つ”なんて説を唱える人もいるけどね」


言葉を区切ると、先生は一度だけ目をスクリーンに戻す。


前列の陽菜が、思わず椅子から背を乗り出すようにして手を挙げた。


「あの……先生。このアナウンスって、世界が本当に終わるって意味なんですか?」


「良い質問だ」


アレン先生は頷き、教壇の縁に腰をあずけた。


眼鏡を押し上げ、腕を軽く組む。


「公式見解では“終わりそのもの”とは断定されていない。あくまで“警告”です。だが、この時計は時に、我々に“直接の試練”を与えることがあるんです」


再びコンソールを操作すると、映像が切り替わる。


空に浮かぶ数字の下へ、赤いルーンと共に文字列が展開された。


教室の空気が少しずつ張り、何人かが無意識に身を乗り出した。


『クエストが発生しました。クエスト名:Cランクダンジョン水晶の洞窟を攻略 制限時間:48時間』


『詳細:時間内に新たに出現した“ダンジョン水晶の洞窟”を攻略してください』


「これが、“クエスト”と呼ばれるものです。空に表示され、全員に告げられる。制限時間がある以上、我々は急いで行動せざるを得ない。君たちがインサイダーになれば、必ず直面するでしょう」


生徒たちの顔から笑みが消えた。


彰も机の下で膝に手を置き、スクリーンに集中する。


「ただし――」


アレン先生は指を立て、声を和らげた。


「歴史上、何度も確認されています。ある種の極めて困難なクエストを達成した時、このカウントが“回復”、つまり増えることがあるんです」


「えっ……!」


驚きの声が一斉に上がり、机の間からどよめきが走る。


ペンを取り落とす音が響いた。


「そう。世界の終わりをただ遅らせるだけじゃない。“希望の回復”もあり得る。もっとも、その条件はいまだ解明されていない。だからこそ我々は調査を続け、挑み続けているんです」


再びざわめく教室。


だが、その中で凱だけが腕を組み、椅子を軋ませて低く問う。


「……でも先生。もし条件が分からないままなら、やっぱり俺たちは時間稼ぎしてるだけなんじゃないですか?」


教室の動きが止まる。


アレン先生は凱をまっすぐに見返し、チョークを指先で転がしたまま答えた。


「それでも――無駄ではありません」


ざわめきが途切れる。


スクリーンへ映る滅亡時計の光が、生徒たちの瞳に静かに揺れていた。


陽菜は両手を重ねたまま画面を見つめ、彰も一度だけ呼吸を整える。


「私たちが戦う限り、世界には“明日”が訪れる。その積み重ねが未来を形作るんですよ」


チャイムが鳴った。


椅子を引く音とノートを閉じる音が教室へ重なり、生徒たちは肩をぶつけ合いながら次の授業へ向かっていく。


「通貨統一ってマジ便利」

「でも非加盟は怖え……」

「やっぱインサイダー、憧れる!」


彰はノートを閉じ、机へ落ちていた桜の花びらを指先でつまんだ。


「次、武術だっけ?」


凱が背伸びしながら振り返る。


「うん、移動しよ」


陽菜も鞄の紐を握り直した。


三人は目で合図を交わし、そのまま教室を出ていく。


笑顔のアレン先生の声が、まだ耳の奥へ残っていた。


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