表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アウトサイダー  作者: 君島極
第一章:灯が消えない場所 | 第一節:灯るもの
6/41

第6話:手のひらに浮かぶ光

――朝/通学路


夏の名残が、まだ空気に残っていた。


日差しは強いのに、風だけが軽い。


服の袖が、歩くたびに乾いた音を返す。


肩の位置が、いつもより少しだけ上がっていた。


「アキー! 今日さ、あの授業だよな!」


後ろから、凱の声が飛んでくる。


振り返ると、鞄を片手にぶんぶん振りながら走ってきていた。


「……ああ、あれだろ」


「それそれ! ぜったいすげぇって!」


その横へ、陽菜が小走りで並ぶ。


揺れたリボンが肩のあたりでふわりと止まった。


「ほんとに触れるの? 本物……!」


その言葉に、喉の奥がわずかに鳴った。


足音が、同じ位置で重なる。


通学路は変わっていない。


それでも、通りの端へ残った屋台の砂糖が焦げる匂いだけが、昨日の祭りをまだそこへ残していた。


(……いつもどおり、か)


息を吸う。


土と草の匂いが混じり、その空気が当たり前みたいに身体へ落ちていった。


三人は校門をくぐる。


朝のざわめきへ混ざりながら昇降口へ流れ込み、靴を履き替え、そのまま教室へ向かった。


ホームルームが始まるころには、窓から差し込む日差しも少し強くなっている。


出欠確認と連絡事項がいつも通り流れ、生徒たちは返事をしたり、隣同士で小さく話したりしながら朝の空気を崩していった。


やがてホームルームが終わる。


席へ戻る生徒たちの動きと一緒に、教室のあちこちで椅子を引く音や鞄を置く音が重なった。


前の席の背中は相変わらず大きく、制服の袖が肘のあたりでぱつんと張っている。


後ろではペンを鳴らす音が規則的に続き、その合間へ誰かの笑い声だけが一瞬高く跳ねた。


そのとき――教室の扉が開く。


「よし、全員いるな」


一限目の先生が、教室の前へ入ってきた。


黒板の前で一度だけ手を叩くと、ざわついていた空気が少し静まった。


「今日は“あんぜんのじゅぎょう”だ。

――でも、話だけじゃない」


その言葉に、教室の空気がざわりと動く。


「簡易魔導具の体験をやる」


一瞬遅れて、教室のあちこちで息が弾けた。


「きたきた!」

「やっとだろ!」

「ほんとにさわれるの!?」


重なった声に合わせるみたいに、机がわずかに揺れる。


机の下で、足先が少しだけ跳ねた。


先生は手を上げ、それを静かに止める。


「いいか。これは“あそび”じゃない」


少し低くなった声が、そのまま教室へ残った。


「だれでも使えるように、弱くしてある。でも――勝手にやると、あぶない」


ざわついていた空気が、少しずつ落ち着いていく。


(……じいちゃんと、おなじこと言ってる)


手元の鉛筆が、そこでぴたりと止まった。


そのまま机の上へ、小さな装置が順番に配られていく。


透明な台座の上には、指先ほどの石がひとつ乗っていた。


「手のひらに乗せろ。強く握るな」


言われた通りにそっと触れる。


ひやりとした感触が、皮膚へ静かに残った。


「気持ちを、そこに集めろ。それだけでいい」


教室が少しだけ静かになる。


机の上では、石同士がわずかに触れ合い、小さな音が重なっていた。


息を吸って、吐く。


指先の奥に、わずかな重さが生まれた。


その瞬間――光が、すっと現れる。


手のひらの上へ、白い点が浮かんだ。


「……え」


思わず声が漏れる。


触れているのに、触っている感じがない。


少し手を動かしても、光だけはそこへ残ったままだった。


「わあ……!」


横で、陽菜の声が弾む。


そのままそっと手を伸ばし、触れそうになったところで動きが止まった。


「これ……すごい……」


凱の声も、いつもより少し低い。


光を見つめる目だけが、普段よりほんの少し慎重だった。


白い光は落ちず、揺れもせず、ただそこへ静かに“止まっている”。


(……どこか、引っかかる)


その感覚だけが、指先へ小さく残った。


先生の声が続く。


「それは“支えがない魔力”だ。――落ちない」


誰かが「すげぇ」と呟いた。


その声が少し遅れて耳へ届き、彰はふと視線を手元へ戻す。


その瞬間だった。


光が、ほんの一瞬だけ揺れる。


呼吸が止まった。


(……?)


次の瞬間には、もう元へ戻っている。


隣の陽菜も、前の席も、後ろで鳴っている音も変わらない。


教室は、さっきと同じままだった。


(……いまの、なんだ?)


指先へ残った感覚だけが、わずかに引っかかった。


「いいか」


先生の声が、少しだけ強くなる。


「魔法は便利だ。でも――勝手に使うな。道具も同じだ。あぶないからな」


その言葉に合わせるように、光が一斉に消されていく。


ざわついていた教室が、しん、と静まった。


机の上の装置が順番に回収され、小さな音だけが教室の中へ並んでいく。


そのとき――


キーンコーン、カーンコーン。


授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。


張っていた空気が一気にほどけ、教室のあちこちで椅子を引く音が重なる。


「やべ、腹減ったー!」

「次なんだっけ?」


笑い声が広がり、生徒たちが次々と教室を出ていく。


先生は机の上へ残った魔導具の箱を持ち上げた。


「悪い、日直。これ、倉庫まで運ぶの手伝ってくれるか」


「はーい」


彰と凱は顔を見合わせ、そのまま箱へ手を伸ばす。


持ち上げた瞬間、さっき触れていた光の感覚が、指先へまだうっすら残っていた。


「これ、どこ持ってくの?」


「倉庫に持っていく。いっしょに来てくれるか」


箱を抱えたまま、三人は教室を出た。


外へ出ると、少し冷えた空気が肌へ触れる。


倉庫の前まで来たところで、後ろから誰かを呼ぶ声が響いた。


教師が足を止め、小さく振り返る。


「……すまん、職員室に呼ばれてる。先に中、運んでおいてくれるか」


そう言い残し、足音がそのまま廊下の向こうへ遠ざかっていった。


凱が「おう」と返しながら扉を押し開ける。


重たい音と一緒に、少しひんやりした空気が流れ出た。


中は薄暗く、照明も棚の奥までは届いていない。


木箱と金属棚が並び、そのさらに奥には見慣れない形の機械が影みたいに沈んでいた。


彰は箱を抱えたまま足を踏み入れる。


床へ落ちた二人分の足音だけが、静かな倉庫の中で小さく響いた。


そのときだった。


「なあ、これ」


凱が声を落とす。


視線の先には、床から少し浮いた板が置かれていた。


「これ、ホバースケボーだ! やってみようぜ!」


目が一気に輝く。


「だ、だめだって!さっき言われたじゃん!」


彰が慌てて声を上げる。


けれど凱は、もう片足を板へ乗せていた。


「だいじょうぶだいじょうぶ!」


ふわり、と板が浮き上がる。


「お、おお……!ういた! やべーこれ!」


凱の声が震え、そのまま勢いでもう片足も乗せた。


板がすっと前へ滑り出す。


「ちょうたのしい――」


最初はゆっくりだった。


体を少し傾けると、板も同じように傾く。


「おっ……?」


そのまま、すうっと曲がる。


「いけるいける――」


次の瞬間、ぐっと身体が前へ引かれる。


「え、ちょっ……! ま、待て待て!」


慌てて身体をひねる。


板も同じように曲がる。


けれど、そのままスピードだけが上がっていった。


「うおっ!? 曲がるけど止まんねぇ!」


必死に身体を逆へ倒し、足へぎゅっと力を入れる。


「とまれ、とまれって!!」


板が大きくカーブする。


床を擦る感触が足裏へ跳ね、そのまま止まらない。


操作が、効かない。


むしろ――速くなる。


「はやっ……!?」


「やべぇって!! これどうやって止めんだよ!!」


壁が、ぐっと近づく。


「うわ、うわ、うわああああああ!!」


ドンッ!!


乾いた衝撃音が響き、倉庫の空気が一瞬で止まる。


「っ……」


凱が床へ崩れ落ちた。


浮いていた板が壁へぶつかり、遅れて木箱ががたがたと揺れる。


「だ、だいじょうぶ!?」


彰が慌てて駆け寄った。


凱は顔をしかめたまま腕を押さえ、息を詰めている。


「おい! 何をやっている!」


先生の声が、扉の向こうから響く。


足音が近づき、勢いよく扉が開かれた。


「……何だこれは」


視界へ入ったのは、倒れた板と崩れた箱。


その真ん中へ座り込んだままの凱だった。


先生の眉が、ぐっと寄る。


「……だから言っただろ」


声は大きくない。


けれど、その言葉が落ちた瞬間、倉庫の空気だけが重く沈んだ。


「ご、ごめんなさい……」


凱が小さく言う。


彰も言葉が出ないまま頭を下げた。


先生は短く息を吐き、それから凱の腕を軽く支える。


「立てるか」


「……はい」


凱がゆっくり立ち上がった。


そのまま三人は倉庫を出る。


廊下へ出た瞬間、ひんやりした空気が熱くなっていた頬を撫でた。


先生へ肩を支えられながら、凱が少しだけ歩幅を落とす。


床へ響く足音まで、さっきより静かだった。


保健室へ近づくにつれ、消毒液の匂いが少しずつ混ざってくる。


白いカーテンが揺れる保健室の中へ、三人はそのまま入っていった。


「……骨は大丈夫だな。打っただけだ」


包帯を巻きながら、先生が短く言う。


「……はい」


凱の声は、さっきよりずっと小さい。


(……あぶな)


巻かれていく包帯の白さから、しばらく目が離れなかった。



――夕方/通学路


日差しが、少しだけ傾いていた。


朝と同じ道なのに、足取りだけがわずかに違っていた。


「ねえ、どうしたの? それ」


陽菜が凱のほうをのぞき込む。


腕へ巻かれた包帯と、ほんの少しぎこちない歩き方が気になっているらしかった。


「ん? ああ、これ?」


凱が肩をすくめた。


「こけただけだって。ちょっとな」


「えー? ほんとに?」


陽菜が首をかしげる。


「ほんとほんと!」


間髪入れずに答え、そのまま彰のほうへ顔を向けた。


「なあアキ! たのしかったよな!」


ぐっと距離を詰め、にやっと笑う。


「……ああ」


彰が一拍だけ置いて頷くと、陽菜がくすっと笑った。


「なんか、あやしい」


「気のせいだって!」


凱は前を向いたまま、小石をひとつ蹴る。


「気のせいかなぁ」


陽菜が少しだけ歩幅を合わせた。


腕へ触れた風が、そのまま三人の間を抜けていく。


足音だけが、同じリズムで並んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ