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アウトサイダー  作者: 君島極
第二章:噛み合わない世界 | 第一節:違和感のある教室
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第5話:扉を開いた先のルーン

――次の日/インサイダー養成学校・中等部・魔法実習室


一年最初の授業――《魔法原理と世界の法則入門》。


扉を押し開けた瞬間、彰は思わず足を止めた。


「……広っ」


教室とは思えないほど広い空間が、奥まで続いている。


前方には教壇と机、椅子が整然と並び、普通の教室みたいな構造になっていた。


だが後方には、半透明の標的や重厚な防壁が並び、壁面には衝撃吸収用のルーンが淡く刻まれている。


訓練場と実験施設を、そのまま繋げたみたいな空間だった。


外の喧騒とは違う、魔力の混じった濃い空気が肌へ薄く張り付く。


彰は鞄の紐を引き寄せ、足裏で床の硬さを確かめながら教室へ踏み込んだ。


黒木の机と椅子には使い込まれた艶が残り、木と樹脂の匂いが夏めいた空気へ静かに混ざっている。


「わあ……これ、本物のルーン彫刻だね」


陽菜が机をそっと撫でる。


触れた場所へ淡い光がにじみ、その光が横顔へやわらかく映った。


彰は、陽菜の横顔から一瞬だけ目を離せなかった。


顔を上げると、壁際には半透明の標的が並び、その奥でホログラムの光が静かに循環していた。


「おいアキ! 見ろよ、循環シミュレーター!」


凱が肩を小突いた。


前のめりの笑顔につられ、彰も口元を緩める。


「案内で見たやつだ。……実機に触れるの、楽しみだ」


机の縁へ手を添え、身を乗り出すようにして確かめた。


古いルーンの光と、循環シミュレーターの青白い表示が、同じ机の上で静かに重なっていた。


その境目には、まだ知らない何かが静かに滲んでいた。


その時、扉が開く。


老教師が教室へ入ってきた。


背筋は真っ直ぐで、目の奥には水面みたいな澄んだ鋭さがある。


床板を打つ「コツ、コツ」が空気を締め、彰は反射的に背を伸ばした。


「――静かに」


声音が落ち、教室の空気が一段締まった。


「今日からお前たちに“魔法”の基礎を叩き込む。重森泰三だ」


穏やかな口調だった。


けれど、その奥には簡単に揺るがない重みがある。


「剣や魔法を振ることは誰にでもできる。だが、理を知らずに使えば――ただの暴力だ。今から学ぶのは“力を正しく扱う知識”。覚悟して臨め」


ごくり、と唾を飲む音が教室へ重なった。


鉛筆を握り直す音や、机の縁へ力が入る気配まで伝わってくる。


彰も背筋を正しながら、胸の内側へ広がる期待と不安を静かに飲み込んだ。


やがてホログラムが切り替わる。


青い球体と無数の光粒が、宙へゆっくりほどけていった。


「見えるか。世界を満たす力――魔素エーテルだ」


教壇から淡い粒子が舞い、生徒たちの手元へふわりと流れ込む。


粒子は机の上でわずかに滞留し、見えない流れへ沿うみたいに静かに揃っていった。


「……触れる?」


陽菜がそっと手を伸ばす。


温かさへ触れた瞬間、彼女は思わず指を引っ込めた。


胸元へ手を当て、少し速くなった鼓動を落ち着かせる。


「うお、すげぇ……生き物みたいだ」


凱は身を乗り出し、目を丸くした。


机へ手を突く勢いまで弾み、その反応がおかしくて周囲に小さな笑いが広がる。


(……早く使ってみたい)


彰は机の上に漂う光粒を見つめたまま、知らないうちに息を深く吸っていた。


重森はひとつうなずく。


「エーテルには七つの属性がある――光、闇、火、風、水、土、そして無」


「七つ……?」


教室の後方で、空気が動いた。


「俺は火だな! 似合うだろ」


凱が手をぐっと固める。


その姿に、何人かがくすりと笑った。


「私は……光がいい。治癒ができたら、役に立てるから」


陽菜は手を合わせ、目を伏せる。


組んだ指へ、ぎゅっと力がこもった。


「全属性使えたら最強じゃね?」


後ろの席から声が飛ぶ。


「えー、私は闇とかちょっと憧れるかも」


女子の声が重なった。


「え? 闇って悪役っぽくねぇ?」


「それがいいんじゃん!」


教室のあちこちで笑いが広がる。


固まっていた背中があちこちで緩み、机の上を走る小さな笑い声が増えていった。


その熱を断つように、重森の声色がひとつ落ちる。


ルーンの光が揺れ、室内が静まり返った。


「……まれに、この七つにも属さない者がいる」


沈黙が伸び、背中を冷たいものが撫でた。


「彼らは生まれながらに唯一無二の魔法を持ち、時に世界を変える。協会はそれを――固有魔法と呼ぶ」


「固有魔法って、本当に存在するのか」


「伝説じゃないの?」


「持ってたら、ズルいくらい強そうだよな」


驚きと好奇心が一気に教室へ広がった。


(固有魔法……。もし俺が使えたら――)


彰は机の下で拳を握る。


膝が一度だけ机の脚へ触れ、小さく音を立てた。


重森先生は図を切り替える。


光の線が編まれ、術式の模様が空中へ立ち上がった。


「魔法を使うには、頭の中で“ルーン”を描け。術式を思考で組み、魔力を共鳴させ、現象を結ぶ。――これを“脳内ルーン詠唱”という」


「叫んだ方が強そうだけど」


凱が口を尖らせる。


周囲がまた笑い、重森の一瞥で即座に鎮火した。


凱は慌てて背筋を伸ばし、太腿へ手を置き直す。


耳のあたりだけが少し赤かった。


「属性ごとに核となる思考は異なる。たとえば火は“熱と形”。風は“流れと鋭さ”。水は“伝播”。土は“支え”だ」


前方の列から、見慣れない生徒が手を挙げた。


背筋がふっと強張り、机の縁を探る。


「先生」


教室の空気がそちらへ傾く。


少し上ずった声が、静まりかけた空気を切った。


「属性があるのは分かりましたけど……魔法って、全部同じ難しさなんですか?」


空気が揺れた。


重森はホログラムを消さず、生徒の方へ顔を向ける。


「いい質問だ」


端末を軽く操作する。


宙に、三つの簡素なルーンが並んだ。


それぞれの明滅が、違う速さで脈打つ。


「研究の結果、魔法には段階がある。基礎魔法――初級、中級、上級だ」


「段階……」


前の列のどこかで、声がこぼれた。


「初級は、単純な構造と安定した現象。中級は、複数の条件を同時に維持する。上級は――脳内で描くルーンの数も、精度も、桁が違う」


あちこちで、息が詰まる音がした。


「才能がなくても、勉強と訓練で覚えられる。――だが、甘くはない」


重森先生が、宙のルーンをなぞる。


「脳内で術式を書くというのは、黒板に文字を書くより、はるかに難しいからな」


椅子の脚が、わずかにずれる。


不安と同時に、期待が混じった揺れだった。


今度は、後方の席から声が上がる。


「魔法って……全部、誰かが考えてるんですか?」


重森先生は、顔をすっと上げた。


「そうだ」


間を置かずに続けた。


「研究者たちが積み重ねてきた“完成形”の魔法もある」


ルーンが一つ、静かに組み替わる。


「協会は、それらを基礎魔法として公開している。この学校では――誰でも学べる」


椅子のきしみが、あちこちで軽く跳ねた。


「……全部?」

「え、自由に教えていいのか?」

「マジで……?」


抑えきれない声が、教室ににじんだ。


「ここは例外だ。教育機関として正式に許可されている」


重森先生は、さらにルーンを重ねた。


「そして、属性を組み合わせる魔法もある。――合成魔法だ」


教室が、ざわりと揺れる。


「例えば、炎と風。同時に成立させることで、単純な火よりも速く、遠くへ届く現象が生まれる」


ホログラムの火が、鋭い軌跡を描いた。


「この組み合わせも、最初は誰かの研究だ。既存のルーンを組み替え、新しい形として磨かれてきた」


そこで重森先生の声が、少し低くなる。


「ただし、魔法研究は簡単ではない。特に合成魔法は危険を伴う」


教室の空気が、わずかに静まった。


「複数属性を同時制御するには、高度な思考処理と精密な魔力制御が必要だ。暴走すれば、術者自身を傷つけることもある」


ルーンの光が、一瞬だけ不規則に揺れる。


「そのため、合成魔法を実戦レベルで扱えるインサイダーは多くない」


少し間を置いて、凱が手を挙げた。


「それってさ。自分で組み方考えて……オリジナルの魔法作る人もいるってこと?」


教室が、凱の声に引き寄せられる。


当の本人は、前だけを見ていた。


重森先生は、静かにうなずいた。


「いる。魔法研究を専門にしている者もいれば、インサイダーとして戦いながら独自魔法を磨く者もいる」


ルーンを見つめたまま、続ける。


「理解と訓練の先に、“その人だけの魔法”が生まれることはある」


凱は笑い、ひと息だけ吸ってから、


「……それ、めっちゃロマンじゃん」


誰かが、堪えきれずに笑う。


教室のあちこちで、前のめりになる気配が戻ってきた。


その余韻の中で、陽菜がそっと手を挙げた。


「……それなら」


声は小さいが、芯の揺れはなかった。


「生まれつきじゃなくても……頑張れば、誰でも強くなれるんですよね?」


重森先生の動きが、陽菜のところで止まる。


「その通りだ」


言葉は、そこで切れた。


「この学校は、そのためにある」


教室の奥で、誰かが息を吸う音が、はっきりと聞こえた。


「固有魔法は、生まれ持つものだ。だが、合成魔法や上級魔法は、誰にでも到達する可能性がある」


重森先生は、指先の光を静かに消す。


「――だからこそ、危険でもある」


黒板の光が流れ、例示のルーンが重なる。


「意味を理解し、最短の思考経路で描け。そこからが始まりだ」


「……難易度、高いな」


凱が腕を組み、後ろの席からも「骨が折れそう」というつぶやきが漏れる。


彰は机の角を握り、腹の底へ意識を落とした。


重森先生の声が、さらに低く沈んだ。


「もう一つ。“法則”の外に立つ者がいる――」


「詠唱も魔力も用いず、意志だけで世界へ干渉する。――その力を、ESPと呼ぶ」


「ESPの多くは、魔法より出力が低いとされる」


重森先生の指が、教壇の縁で一度止まる。


「だが――“心を操る力”は別だ」


一拍、間が落ちる。


「昔、“預言者”が群衆の意思を乗っ取り、世界を乱した。忘れるな」


笑いが、途中で落ちた。


「洗脳? マジかよ……」


「同じクラスにいたら、こえぇだろ」


「……でも、響くね。 物語みたいで」


声の高さが、揃わなかった。


「……ちょっと、こわい」


陽菜が身をすくめ、髪先をそっとつまむ。


指先の動きが、わずかに止まる。


「本当にいたら危険すぎる」


凱は眉間に力を入れた。


(法則の外……)


彰はノートのページをぱらりと一枚めくり、前へ向き直った。


重森先生は板書を閉じる。


「もう一つだけ覚えておけ。魔法は――武器と同じだ」


椅子のきしむ音だけが、教室に残った。


「学べば使える。だが、むやみに外で振るえば、誰かの命を奪う“凶器”になる。だからこそ、この学校があり、指導者には“ライセンス”が課されている。魔法を扱うというのは、責任を背負うことと同義だ。忘れるな」


重森先生はそこで一度、教室の時計へ視線を向けた。


「……このあとは休憩を挟み、《マナ・リリース》の実習へ移る」


その直後――


キーンコーン――


授業終了のチャイムが教室へ響く。


張っていた空気が一気に緩み、あちこちで大きな息が漏れた。


「うお、休憩だ……」


「緊張したぁ……」


椅子を引く音が重なり、生徒たちが少しずつ立ち上がっていく。


休憩へ入ると、張りつめていた気配も一気にほどけた。


凱は「魔法やべぇな」と興奮気味に話し続け、陽菜もまだ少し緊張が抜けきらない様子で胸へ手を当てている。


彰は椅子へ深く座り直し、小さく息を吐いた。


ノートの端には、さっき書き写した言葉がいくつも残っている。


そのまま一度だけ目を閉じる。


ざわめきが少しずつ遠ざかり、肩の力がゆっくり抜けていった。


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