第4話:学び舎を巡る光
――次の日/インサイダー養成学校・中等部・A組教室
朝の教室には、昨日より少しだけ慣れた空気が流れていた。
席へ着いたまま話している生徒たちの声が重なり、すでに仲良くなり始めているグループも見える。
彰たちも自然と集まり、施設見学の話をしていた。
「魔法実習室、めっちゃ気になるよな」
凱が机へ頬杖をつく。
「私は図書室見てみたいなぁ」
陽菜が笑った、その時。
前方の扉が開く。
「はーい、おはよー!」
マリン先生が明るく教室へ入ってきた。
「今日は予定通り、施設見学していくからねー!」
教室の空気が一気にざわつく。
「うお、きた!」
凱が嬉しそうに身を乗り出した。
「でも勝手に走り回らないことー。危ない場所もあるからね?」
マリン先生が笑いながら釘を刺す。
「はい!」
返事が教室へ重なった。
やがて生徒たちは列へ並び、そのまま校内見学へ向かって歩き出す。
廊下を抜け、渡り通路を進んだ先で、最初の施設が見えてきた。
ガラスと金属で構成された巨大な建物の壁面には、青白い魔導回路が走り、朝の光へ淡く反射している。
「うわ……」
誰かが小さく声を漏らした。
基礎教養棟だった。
外観は重厚な研究施設を思わせる造りで、中へ入るとひんやり澄んだ空気に包まれていた。
壁一面の青白いルーンが淡く光り、近づくと魔力の波が静電気のように指先をかすめる。
手が伸びかけて、彰はそっと引っ込める。
背筋に小さな鳥肌が立つ。
教室にはホログラム黒板や魔法再現装置が並び、机へ埋め込まれた操作パネルは触れるとわずかに熱を返した。
黒板の横で、プロジェクターの光が静かに待機している。
廊下の壁には《魔導ネット回線》の端子が並び、通信魔法陣と科学式ケーブルが同じプレートへ収められていた。
「……電脳と魔導、両方でつながってるのか」
彰は机の縁を指でなぞった。
「理科と魔術理論を一緒にやるってことか。やべぇな」
鉛筆をくるくる回し、天井のルーンを見上げる。
「すごい……まるで魔法博物館だね」
陽菜はパネルをのぞきこみ、肩を揺らして笑う。
「机に魔法パネル……授業中に爆発とかしないよね」
「ふふ、アキが押し間違えたら大変かも」
「お前ら、俺をなんだと思ってるんだ」
口元が緩み、彰は机の縁をもう一度なぞった。
指先へ残った温度が、離れきらずに留まっている。
基礎教養棟をあとにし、一行は次の施設へ向かった。
渡り廊下を進みながら、マリン先生が振り返る。
「次はねー、みんな気になってる魔法実習室だよ!」
生徒たちの列が一気にざわついた。
「待ってました!」
凱が嬉しそうに身を乗り出す。
マリン先生は苦笑しながら、人差し指を立てる。
「でも危ない設備もあるから、勝手に触らないようにねー?」
「はいー」
「はい」
返事がばらつきながら重なる。
そのまま一行は、魔法実習室の隣にある医療区画の前を通り過ぎた。
白い扉の向こうでは、治癒魔法用の装置が淡く光っている。
「ここは怪我人用の医療室ねー。実戦訓練で怪我する子もいるから、治癒専門の先生が常駐してるよ」
その言葉に、ざわめきが少しだけ静かになった。
壁には、破損した訓練用装備が展示されている。
焦げた盾と裂けた防護スーツが並び、笑っていた空気が一瞬だけ止まった。
「……本当に、戦う学校なんだな」
彰が小さく呟く。
一行はそのまま廊下を進み、次の施設へ向かった。
足を踏み入れた瞬間、空気の密度が変わる。
魔法実習室だった。
半透明の標的が並び、その奥では魔力循環シミュレーターが静かに回っている。
床へ埋め込まれた複数のルーンがゆっくり明滅し、足裏へかすかな振動が返ってきた。
耳の奥をくすぐる魔力のざわめきに、金属の冷たい匂いが重なる。
「この装置で自分の属性の適性がわかるの。来週の授業で実際にやるから、楽しみにしててねー!」
マリン先生が笑いながら説明する。
その言葉が落ちた瞬間、あちこちで身を乗り出す音が重なった。
「俺は絶対、炎だな! 派手でかっこいいし!」
凱が手をぐっと固めると、笑いが広がる。
「私は……光かな。治癒ができたらいいな」
陽菜は頬をほんのり染め、制服の裾をそっとつまんだ。
指先へ、ぎゅっと力がこもる。
気づけば彰も、装置の中央を見つめていた。
自分は何属性なのか。
守る側として立つ自分の姿が、ぼんやり脳裏をよぎる。
気づけば足が少し前へ出ていて、手のひらへじんわり汗がにじんでいた。
(……俺は何属性なんだろう)
想像しただけで指先へ力がこもり、口元がわずかに緩む。
光るルーンへ指を近づけた、その瞬間だった。
「あっ、そこ触ると危ないからねー!」
マリン先生の声が飛ぶ。
彰は慌てて手を引っ込めた。
その反応がおかしくて、自分でも少し子どもみたいだと思い、思わず赤面する。
魔法実習室をあとにし、次の施設へ向かって歩き出した。
広い渡り廊下には春の光が差し込み、窓の外では別棟の訓練生たちが走り込みをしている姿まで見える。
その景色を眺めながら、陽菜がふと彰の方を見た。
「なんか、楽しいね!」
嬉しそうに笑う。
彰もつられるように口元を緩めた。
「……だな」
そんな会話を交わしているうちに、大きな訓練場の扉が見えてくる。
マリン先生が前へ出て、重たい扉を開いた。
その瞬間、むっとする熱気と乾いた木の匂いが一気に流れ込んでくる。
「うわ……」
周囲から小さな声が漏れた。
中へ入ると、天井は高く、衝撃吸収の結界が薄く揺らめいていた。
棚には木刀や模擬剣だけでなく、弓や盾、模擬銃、杖まで並んでいる。
さらに奥には、黒い鞭型の訓練武器まで吊り下げられていた。
奥からは打撃音と靴底をこする音が絶えず響き、むっとする熱気へ削られた木の香りが混ざっている。
「ここ……最高だな」
凱は武器棚の前で腕を組み、満足げに口の端を吊り上げた。
その時、凱がふと棚の一角を指差す。
「お、陽菜に似合いそうなのあるぞ」
「え、どれ?」
陽菜がそちらを見る。
そこへ掛けられていたのは、細い鞭型の訓練武器だった。
「なんで!?」
陽菜がすぐ頬を膨らませる。
その反応がおかしくて、彰も思わず吹き出した。
「ふふっ」
「アキまで笑った!」
陽菜がむぅっと睨む。
凱はさらに楽しそうに笑った。
「お前、絶対ここに住むだろ」
彰が武器棚を見回しながら言う。
「悪いかよ」
凱はそう返しながら一本の剣を抜き、肩へ担いだ。
乾いた木肌が小さくきしむ。
その様子がおかしくて、陽菜まで肩を揺らして笑っていた。
彰も模擬剣の棚へ目を奪われる。
気づけば手が伸びかけていて、慌てて引っ込めた。
喉の奥で、息が小さく引っかかる。
(ここでなら、もっと強くなれる)
訓練場をあとにし、一行は次の施設へ向かった。
渡り通路の窓からは、中庭や別棟の訓練区画が見える。
遠くでは、上級生たちの掛け声まで響いていた。
「次はサバイバル実習フィールドねー!」
マリン先生が前を歩きながら声を上げる。
「サバイバル?」
凱が反応した瞬間、陽菜も少しだけ身を乗り出した。
やがて大きな自動扉が開く。
中へ入ると、屋内とは思えない光景が広がっていた。
天井の魔法照明が空の色を再現し、人工の草木や小川が奥まで続いている。
湿った土の匂いと小川のせせらぎ、葉を揺らす風の音まで重なり、本物の森みたいな空気が広がっていた。
「森みたい……ここ、本当に屋内なの?」
陽菜は目を輝かせ、思わず駆け寄る。
その瞬間、足元の草陰から小さな羽虫がふわりと飛び立った。
「ひゃっ……!」
陽菜が肩をすくめて後ずさる。
制服の胸元をきゅっと握りしめた手が、小さく震えていた。
「おい陽菜、虫くらいで跳ぶなよ」
凱が吹き出す。
「び、びっくりしただけだもん……」
陽菜は頬を赤くしたまま、制服の胸元を握り直した。
彰は一歩だけ前へ出る。
「大丈夫だよ。刺すような虫はいないって――……たぶん」
「たぶんって何それ!? アキ!!」
陽菜は真っ赤になって彰の腕をぺちぺち叩いた。
叩く動きが止まったあとも、耳の熱だけは引かない。
それでも最後には、顔を少し横へ向けながら小さく付け足す。
「……でも、ありがとね」
「ははっ、仲いいなぁ、お前ら」
凱が声を上げた。
その直後、
「うおっ、冷てぇ!」
今度は凱が小川へ手を突っ込み、水しぶきが跳ねて裾を濡らす。
気の抜けた叫びに、再び笑い声が広がった。
陽菜はまだ照れが残ったまま、落ち着こうとするみたいに制服の胸元をそっと押さえた。
それから小さく息を整え、ぽつりと呟いた。
「……ほんとに外みたいだね」
その言葉を聞いた瞬間、彰の脳裏へ“あの林”の記憶がよぎる。
ゴブリンの叫び。
夜気の冷たさ。
陽菜を守ろうと伸ばした手。
けれど今日は、同じ“森”でもまるで匂いが違っていた。
危険の気配はどこにもなく、あたたかさを含んだ空気だけが足元から静かに上がってくる。
彰は小川の水面をのぞき込み、映った自分を見つめた。
水面の像が、揺れずにその場へ留まっている。
やがて一行はサバイバル実習フィールドをあとにし、再び校舎内へ戻っていった。
外の自然音が遠ざかるにつれ、空気も少しずつ静かになっていく。
渡り廊下を進む途中、窓の向こうに建設中の施設が見えた。
組まれた鉄骨と資材を運ぶ作業用ドローンの向こうで、外壁はまだ途中ながら、内部では青白い魔導回路の設置作業らしき光が断続的に瞬いている。
「うわ、何あれ?」
凱が窓へ近づいた。
マリン先生が振り返り、笑う。
「あー、みんな気になってた?」
生徒たちの視線が一斉に窓へ向いた。
「あれはね、中等部用のアリーナ。模擬戦とか実戦訓練で使う予定なんだよー」
「アリーナ!?」
ざわめきが広がる。
「今はまだ建設中だけど、冬頃には完成予定かな」
彰は窓の向こうを見つめた。
まだ骨組みだけの施設。
それでも、その場所にはどこか特別な熱があった。
(あそこで……戦うのか)
窓の向こうの骨組みから、なかなか目が離れなかった。
「次は資料室ねー」
マリン先生が振り返りながら笑った。
扉を開けた瞬間、紙とインクの匂いがふわりと広がる。
魔法理論書やモンスター図鑑、世界史の記録が整然と並び、棚の一角には《科学技術史》と題された分厚い資料まで置かれていた。
魔導技術関連の書籍と同じ棚へ収められているのが印象的だった。
「魔導工学と科学史、両方勉強するんだ……」
近くの生徒が思わず声を漏らす。
その言葉に、マリン先生が振り返った。
「どっちもインサイダーには必要だからねー」
マリン先生が笑いながら答える。
「魔法だけじゃ解決できないことも多いし、逆に科学だけじゃ対処できない現象もあるから」
机の小さな魔力ランプが紙面を照らしていた。
彰は本棚へ手を伸ばし、背表紙へそっと指を滑らせる。
紙のざらついた感触が、指先へ静かに残った。
「……ここ、通うことになりそうだな」
彰がぽつりと漏らす。
陽菜がくすっと笑った。
「アキが図書室? ちょっと意外」
「俺だって勉強ぐらいは……するさ」
少し照れくさそうに頬をかく。
すると横から凱がニヤッと笑った。
「こういう場所は、アキより俺の方が似合うよな」
「は?」
「アキ、お前漫画以外読まないだろ?」
「それお前だろ!」
彰が即座にツッコミを返す。
そのやり取りがおかしくて、陽菜まで肩を揺らして笑った。
施設見学を終えると、生徒たちは再び教室へ戻り、その日の予定は解散となった。
帰り道では、凱がずっと「訓練場やばかったな!」と興奮気味に話している。
「絶対あそこ通い詰めるわ」
「お前ほんと好きだな」
彰が苦笑すると、陽菜も笑った。
「でも、実習室もすごかったよね。私ちょっと感動しちゃった」
三人でそんな話をしながら駅へ向かう。
やがて途中で凱と別れ、陽菜とも帰り道が分かれた。
「また明日ね!」
「おう」
手を振る陽菜を見送り、彰は一人で歩き出す。
夕暮れの街は少し赤く染まり、春の風が静かに吹き抜けていた。
ふと、今日見た景色が頭の中へ浮かぶ。
魔法実習室、訓練場、サバイバルフィールド。
どの場所も、自分が思い描いていた“インサイダーの世界”そのものだった。
(……やってやる)
彰は鞄の肩紐を握り直した。
夕焼けの中へ伸びる影が、ゆっくり前へ流れていった。




