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アウトサイダー  作者: 君島極
第一章:灯が消えない場所 | 第三節:積み重ねる炎
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第12話:憧れの回廊

取材が終わると、広報の女性が小さく会釈した。


「お疲れさまでした。よろしければ、このまま食堂へご案内しますね」


彰は色紙を抱え直し、そのまま誠と美咲の後ろについて歩き出す。


廊下には、さっきまでより少しだけ柔らかい空気が流れていた。


昼休憩へ入ったのか、職員たちも談笑しながら行き交っている。


白衣姿の人がタブレット片手にコーヒーを飲み、遠くでは食器の触れ合う音も重なっていた。


曲がり角を抜けた瞬間、ふわりと温かい匂いが流れてきた。


揚げ物の油に、スープの湯気。


焼き立てのパンの香りまで混ざっていた。


「……わ」


彰が思わず小さく声を漏らす。


広報の女性がくすっと笑った。


「協会の食堂、結構人気なんですよ」


そのまま自動ドアが静かに開いた。


途端に、空気がふっと変わる。


油の弾ける匂いや、煮込んだスープの湯気が一気に流れ込み、香辛料の甘い刺激まで鼻先をくすぐった。


インタビューで張っていた力が、そこで少しだけほどける。


食器の音と笑い声が重なり、窓の外では中庭の緑に光が跳ねていた。


制服姿の職員も、白衣の研究員も、みんな普通に食事をしている。


テレビで見る“英雄”ではなく、“働く大人”がそこにいた。


「好きなもの選んで大丈夫ですよ。今日は協会側で出しますので」


広報の女性が笑う。


彰は思わず誠の方を見た。


「……いいの?」


「せっかくだ。甘えとけ」


誠が小さく頷く。


彰は少し迷いながら、並んだメニューへ視線を巡らせた。


その中で、ふと目が止まる。


「……これ」


彰が指さしたのは、ハンバーグとエビフライのランチセットだった。


美咲がメニューをのぞき込み、小さく笑う。


「あら、おいしそう」


「じゃあ俺たちもそれにするか」


誠も自然に頷いた。


しばらくして、三人の前へ同じランチセットが運ばれてくる。


照りのあるソースがかかったハンバーグに、揚げたてのエビフライ。


香ばしい匂いと一緒に、細い湯気がゆっくり立ち上っていた。


付け合わせのポテトもまだ熱を残している。


その横には、大きなクリームソーダのグラスまで並んでいた。


淡い緑色の炭酸の上で、白いアイスが少しずつ溶けている。


「……うわ」


彰が思わず目を丸くする。


美咲も小さく笑った。


「ほんと、レストランみたいね」


誠も苦笑しながら、自分のプレートへ視線を落とす。


「協会食堂とは思えんな」


彰はそっとスプーンを伸ばし、クリームソーダをひとくち飲んだ。


冷たい炭酸が喉へ抜けた瞬間、さっきまで残っていた緊張が少しだけほどけていく。


「彰、よかったわね。ちゃんとお礼を言えて」


美咲がやさしく笑う。


「……うん」


彰は少し照れくさそうにうなずいた。


誠も、小さく息を吐く。


「良かったぞ、彰」


その言葉だけで、フォークを持つ指へ少し力が入る。


彰はフォークを持ち直し、そのままハンバーグへナイフを入れた。


食事を終えかけたころだった。


「失礼します」


広報の女性職員が、小さな紙袋を抱えて席へやって来る。


「こちら、よろしければお使いください」


差し出されたのは、協会のロゴが入った黒いエコバッグだった。


「色紙をそのまま持ち歩くのも大変かと思いまして」


「あ……ありがとうございます!」


彰は少し緊張した様子で受け取る。


しっかりした布地の感触が、指先へ返ってきた。


彰は大事そうに色紙をエコバッグへしまい、そのまま足元へそっと置く。


気づけば、また自然と手が伸びていた。


布越しに、中の色紙の端をそっとなぞる。


まだ少しだけ、インクの匂いが残っている気がした。


(御剣さん……)


バッグへ伸びた手が、また少しだけ止まる。


その様子を見て、広報の女性職員が小さく笑った。


「もしよければ、このあと少し本部内をご案内しましょうか? 彰くん、将来インサイダーを目指しているんでしょう?」


「行きたいです!」


椅子が小さく鳴り、気づけば足が前へ出ていた。


「ふふっ、ありがとうございます。では、食後に少しだけご案内しますね。ちょうど訓練区画も見られる時間だと思いますので」


「よろしいんでしょうか」


誠が一礼し、美咲も小さく頷く。


そのあと三人は、残っていた食事へゆっくり手を伸ばした。


食後のクリームソーダを飲み終えるころには、さっきまでの緊張も少しだけ落ち着いている。


広報の女性職員はタイミングを見計らうように立ち上がった。


「それでは、ご案内しますね」


彰はエコバッグを抱え直し、そのまま誠たちの後ろへ並んだ。


食堂を出る。


昼休憩のざわめきが少しずつ背後へ遠のき、廊下の空気もまた静けさを取り戻していった。


途中、ガラス越しに訓練区画が見える。


戦闘服姿のインサイダーたちが模擬戦の準備をしていた。


短い金属音が響き、白い照明が床へ淡く反射する。


彰は思わずそちらへ視線を引かれた。


「あとで、あちらも見られますよ」


職員が小さく笑う。


「……はい!」


彰は少し嬉しそうに頷き、そのまま案内のあとを追いかけた。


展示エリアへ入ると、空間は驚くほど静かだった。


空調の低い唸りと、遠くを行き交う足音だけが薄く続いている。


スポットライトに照らされたガラスケースの中では、古い剣が淡く光を返していた。


柄の細工は細かく、刃には曇りひとつない。


その隣には、古びた魔導書や巨大な爪のレプリカまで並んでいる。


壁のプレートには、殉職したインサイダーたちの名前が刻まれていた。


彰は思わず足を止め、その文字を目で追っていく。


けれど数が多すぎて、途中から頭へ入らなくなった。


ケースへ近づく。


吐いた息がガラスへ薄く曇りを作り、その向こうの剣が少し白くぼやけた。


(本物、みたいだ)


「彰、あまり前に行くと……」


「他の方のご迷惑にならないようにね」


誠と美咲の声が、少し後ろから聞こえる。


広報の人と何か話している気配だけが残っていた。


そのとき、右手のほうで青白い光がまたたく。


彰は自然とそちらへ視線を引かれた。


近づいてみると、ダンジョン内部の立体模型だった。


透明な柱の中で通路が幾重にも交差し、複雑な層を作っている。


試しに指を近づける。


するとホログラムが反応し、通路へ淡い光が走った。


その光は一瞬だけ面みたいに広がり、すぐ元へ戻る。


(うわ……中って、こうなってるんだ)


彰は夢中で視線を追った。


そのまま奥の通路へ足を踏み入れている。


小さな通路がゆるく曲がり、別の展示空間へ続いていた。


時間の感覚だけが、少しずつ薄れていく。


ふと顔を上げる。


誠と美咲の姿がない。


振り返っても、広報の人の姿まで見えなくなっていた。


静かな展示エリアの奥で、ガラス越しの剣だけが淡く光っている。


(……はぐれた?)


肩へ掛けていたエコバッグがずれ、彰は慌てて位置を直した。


耳を澄ます。


遠くの靴音だけが細く流れ、この辺りだけ妙に静かだった。


バッグの中の色紙の角が指へ触れた瞬間、足がその場で止まった。


(大丈夫……ここ、協会だし。案内のやつ……)


彰は壁のサインへ視線を走らせ、その場で足を止める。


矢印はある。


けれど、どのドアも似た色で、通路が何本も伸びていた。


彰は少しためらってから、いちばん近い通路へ足を向ける。


曲がり角をひとつ抜けた。


さっきまで聞こえていた話し声が、そこで少し遠のく。


さらにもう一度曲がる。


気づけば、人の気配が急に薄くなっていた。


展示エリアの出口だと思って進んだ先は、人通りの少ない廊下だった。


照明は一つおきに落とされ、足音だけがやけに大きく響いている。


窓の外の中庭には、いつの間にか細い雨筋が落ちていた。


灰色の雲が低く垂れている。


雨がガラスを叩く細かな音が、一拍遅れて耳へ届いた。


(まずい……完全に迷った)


彰は踵で一度だけ床を踏み直す。


靴底がキュッと鳴り、間引かれた蛍光灯が壁へ細長い影を落としていた。


遠くには、非常口の緑色のマークだけが浮かんで見える。


彰は壁へ軽く背を当てた。


冷えた感触がシャツ越しに伝わる。


そのときだった。


「……あの」


背後で、靴底の擦れる音が小さく響いた。



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