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アウトサイダー  作者: 君島極
第一章:灯が消えない場所 | 第三節:積み重ねる炎
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第11話:勇気を忘れるな

自動ドアが静かに開く。


ひやりとした空気が、彰の頬をゆっくり撫でた。


中へ足を踏み入れた瞬間、外の街の音が少し遠のく。


磨かれた床へ落ちた靴音だけが、広い空間へ細く響いていた。


制服姿の職員たちが忙しなく行き交い、カードを通る電子音が短く重なる。


胸ポケットの封筒が服の内側へ当たった。


空調は涼しいのに、指先だけが妙に熱い。


「……ここが、協会……」


美咲が小声で息を飲み、誠は静かに姿勢を正す。


受付の奥には、古い表彰盾や名札が壁一面へ並んでいた。


ガラス越しに見える人影の足元へ、淡い紋様が一瞬だけ浮かんでは消える。


名前の金色の文字は遠すぎて読めない。


それでも、ここが自分とはまだ遠い場所なんだとだけ分かった。


案内の女性に導かれ、そのまま廊下を進む。


白衣姿の人が資料を抱えて通り過ぎ、別の職員が工具を鳴らしながら早足で曲がっていく。


制服の肩章、磨かれた床。


テレビの向こうでしか見たことのない“おとなの仕事”が、ここでは全部同時に動いていた。


彰は思わず周囲を見回し、小さく息を飲む。


(……ほんとに、協会なんだ)


誠が胸ポケットから封筒を取り出した。


数日前、協会職員から渡された白い封筒だった。


中には案内状と、一枚のカードが入っている。


誠はそのカードを受付へ差し出す。


案内の女性が受け取り、受付端末へ静かに通した。


淡い光が一瞬だけ走る。


女性はそのまま端末へ視線を落とした。


「龍胆彰様ですね。お待ちしておりました」


その言葉だけで、彰の背筋が少し伸びた。


「こ、こんにちは……!」


声が少し裏返る。


女性は小さく微笑み、そのまま奥へ視線を向けた。


「担当をお呼びしますので、少々お待ちください」


ほどなくして、別の職員が早足でこちらへやって来る。


落ち着いた紺色の制服。


胸元には銀色の協会章が光っていた。


「本日はよろしくお願いいたします。式典まで、こちらへどうぞ」


案内されるまま廊下を曲がる。


途中、大きなガラス窓の向こうに広い訓練区画が見えた。


白い照明の下では、制服姿のインサイダーたちが資料を確認している。


その光景を見ただけで、歩幅が少しだけ大きくなった。


通された控室は、小さな応接室みたいな空間だった。


壁際には飲み物の機械が並び、紙コップがきれいに積まれている。


「こちら、ご自由にお使いください」


職員が軽く会釈する。


彰は少しためらってから、紙コップを一枚引き抜き、オレンジジュースのボタンを押した。


機械が低い音を立て、透明な液体が紙コップへ注がれていく。


その横で、誠と美咲はコーヒーを選んでいた。


「……なんか、ほんと会社みたいだな」


彰が小さく呟く。

誠はコーヒーを受け取りながら、小さく頷いた。


「協会も組織だからな」


席へ座ると、担当職員がタブレットを開く。


「それでは、本日の流れをご説明いたします」


彰は慌てて姿勢を正した。


「まず、表彰式へご参加いただきます。その後、広報用の簡単なインタビューを予定しております」


「インタビュー……」


思わず喉が鳴る。


「式典の様子は、後日ニュースや協会広報でも使用される予定です」


「ニュース……」


彰の肩がぴくっと揺れた。


美咲が横で小さく苦笑する。


「テレビ、緊張する?」


「そ、そりゃするよ……!」


職員はやわらかく微笑んだ。


「難しいことは聞きませんので、ご安心ください。式典開始まで、もう少しお時間がありますので、こちらでお待ちください」


説明が終わると、控室へ少し静かな時間が落ちる。


オレンジジュースの甘さだけが、妙にはっきり舌へ残っていた。


壁掛け時計の針が進む音まで聞こえる。


彰は紙コップを持ったまま、何度も小さく深呼吸していた。


誠は腕時計を一度だけ確認し、美咲も静かに膝の上へ手を重ねている。


そのときだった。


コンコン。


控室の扉が軽く叩かれる。


「お時間です。こちらへどうぞ」


彰の肩が小さく跳ねた。


彰は紙コップを置き、そのまま立ち上がる。


足の裏が、少しだけ重かった。


案内されるまま廊下を進む。


曲がり角を抜けた瞬間、空気が変わる。


カメラのレンズが並び、照明の熱が白く広がっていた。


その奥では、記者たちの声が何重にも重なっている。


思っていたより、ずっと人が多い。


「うわ……」


思わず声が漏れた。


その瞬間、何人もの視線が一斉にこちらへ向く。


握った手のひらが一気に熱くなった。


「龍胆君、こちらへ」


職員が壇上の方向を示す。


「前へ進んでください」


彰は一瞬だけ足を止めた。


その背中へ、誠の声が落ちる。


「行ってこい」


美咲もやさしく頷いた。


「大丈夫」


彰は小さく息を吸う。


そして、そのまま前へ歩き出した。


靴音が、静かな会場へ響く。


壇上には銀色の台と、緑の旗が並んでいた。


壇上の人物が立ち上がる。


その瞬間、会場の空気が一段静まった。


「龍胆彰君。君の勇気に、心から感謝する。市民を守るという私たちの使命を、君は体現してくれた」


会場へ拍手が広がる。


小さなライトが何度か瞬いた。


彰は差し出された表彰状を受け取る。


紙は厚く、指先へざらりとした感触が返ってきた。


胸へ掛けられたメダルは思ったより冷たく、その重みだけが首元から静かに伝わってくる。


「ありがとう……ございます!」


声が少し揺れる。


喉も詰まりかけた。


それでも言葉だけは最後まで途切れなかった。


視界の端では、美咲が目元を押さえている。


誠も口元を引き締めたまま、小さく彰の肩を叩いた。


足の裏が少し軽い。


遠くなっていく拍手の中で、靴音だけが床へ静かに残っていた。


「それでは、このあとインタビュールームへご案内いたします」


職員が小さく会釈する。


彰は表彰状とメダルを抱え直し、そのまま誠たちと一緒に会場をあとにした。


ドアの向こうへ出た瞬間、廊下の空気がぴんと張る。


乾いた革靴の足音が、一定の間隔で近づいてきた。


その奥に、任務帰りみたいな薄い砂の匂いが混じっている。


周りの職員たちが、自然と道を開けていった。


彰は思わず顔を上げる。


黒に近い青の上着。


肩へつけられたSランクのバッジ。


整った顔立ちの奥には、少しだけ疲れを残した目があった。


それでも、その視線だけは真っ直ぐこちらを捉えている。


御剣さんだ。


喉がきゅっと狭まる。


周囲の音が、薄い膜を挟んだみたいに遠のいた。


足がその場へ縫い止められたみたいに止まり、口の奥へ力だけが集まっていく。


「み、御剣さん……!」


案内していた女性職員が、御剣へ気づいて小さく手を上げた。


「御剣さん、ちょうどよかった。先日の少年です。“未来の後輩”ですよ」


案内役の女性職員が、小さく笑った。


「せっかくですから」


そう言って、脇に抱えていたクリアファイルから色紙を取り出し、彰へ差し出した。


「えっ……」


彰は一瞬戸惑ったあと、慌てて両手で受け取る。


御剣さんはゆっくり屈み、彰と視線の高さを合わせてくれた。


近い。


心臓の音が聞こえそうで怖い。


「君が、龍胆彰。勇敢だったな」


その声が、腹の底までまっすぐ落ちてくる。


無駄のない響きだった。


彰は震える手で、慌てて色紙を差し出す。


「サ、サイン……お願い、します!」


御剣さんは小さく目を細め、そのままペンを受け取った。


静かな廊下に、ペン先が紙を走る音だけがはっきり響く。


やがて、名前の横へ短い言葉が添えられた。


『勇気を忘れるな』


彰は息を飲む。


次の瞬間、御剣さんの手が軽く肩へ触れた。


「鍛え続けろ。君はきっと、いいインサイダーになる」


肩へ残った重みだけが、なかなか消えない。


腹の底へ、静かに熱が沈んでいった。


彰はそのまま深く頭を下げる。


うまく言葉が出てこない。


それでも握った色紙だけは、ずっと離せなかった。


視界の端で、美咲の肩が小さく震える。


誠も、わずかに顎を上げていた。


御剣さんは軽く手を上げ、そのまま仲間たちと廊下の先へ歩いていく。


残ったのは、遠ざかる革靴の音と、自分の少し荒れた呼吸だけだった。


彰は色紙を胸へ抱き寄せる。


紙の角が皮膚へ当たる小さな痛みまで、今は少し嬉しかった。


彰は案内役の女性職員へ向き直る。


「色紙……ありがとうございました」


女性職員はやさしく微笑み、小さくうなずく。


「それでは、こちらへどうぞ」


案内役の女性職員が、やわらかく声をかける。


彰は色紙を抱え直し、そのまま誠たちと一緒に廊下を歩き出した。


曲がり角を抜けた先で、職員が白い扉の前へ立ち止まった。


「次はインタビューになります」


そう言って扉を開いた瞬間、白い光がふわりと視界へ広がる。


明るいライトに照らされた部屋の奥では、カメラの赤いランプが静かに点灯していた。


広報の人が段取りを確認しながら、水の入ったペットボトルを差し出す。


「緊張しなくて大丈夫。いつもの感じで、ね」


彰はペットボトルを受け取り、両手でぎゅっと握った。


冷たい感触だけで、少し肩の力が抜ける。


胸元へマイクが留められると、そのひんやりした感触に思わず背筋が伸びた。


正面には数人の記者たちが並んでいる。


そのうちの一人が、メモを取りながらやわらかい声で問いかけた。


「モンスターを前にして、怖くなかったですか?」


丸眼鏡の記者は、語尾だけ少し上がる癖がある。


「……怖かったです。でも、陽菜が後ろにいたから……逃げちゃダメだって、思って」


記者が小さく首を傾げる。


「陽菜ちゃん、というのは?」


「あっ、幼馴染です。すごく明るくて……その、ずっと一緒で」


口にした瞬間、林の空気が少しだけ蘇った。


震えていた手。


自分の後ろへ隠れるみたいに立っていた姿。


頬のあたりが、少しだけ熱を持つ。


「その子を守りたかったんだ?」


「……はい」


彰は小さくうなずいた。


「どうやって倒したのですか? 特別な力でも?」


「よく……覚えてないんです。夢中で……えっと……動きが、なんか、ゆっくりに見えて……気づいたら、木刀が当たってました」


記者たちが顔を見合わせ、小さくうなずき合う。


その中で、カメラ担当の男性がレンズをのぞきながら笑った。


「勇気、いいね。――その気持ち、ずっと忘れないで」


シャッター音が小さく鳴る。


白い壁が、一瞬だけ強く光った。


「極限の集中、ですね。若さの強みだ」


別の記者が感心したように呟く。


彰はうまくうなずけなかった。


フラッシュの残像だけが、まだ視界へ薄く残っている。


「将来の夢は?」


次の質問が飛んできた瞬間、呼吸が少し浅くなる。


彰は小さく息を吸った。


「御剣さんや焔さんみたいに、みんなを守るインサイダーになりたいです!」


自分の声が白い壁へ反響し、そのまま耳へ返ってくる。


(やるぞ)


その言葉だけが、足裏へ静かに落ち着いていった。


胸の内側が熱い。


逃げ道がひとつ閉じたみたいな感覚だけが、まっすぐ残っている。


広報の人が満足そうに笑い、取材はそこで終了した。


色紙の角が、腕へ小さく当たる。


「このあと、よかったら食堂で昼食を。それから本部内も少しご案内できますよ」


彰はうなずき、色紙を胸の前で持ち直した。


厚紙の角が指先へ触れ、まだ乾ききらないインクの匂いがふわりと立ちのぼる。


(御剣さんに、会えた)


その実感だけで、口元が少し緩んだ。


彰は誠と美咲の後ろについて歩き出す。


ガラスの向こうでは、中庭の緑が静かに揺れていた。


歩くたび、肩へ残った感触だけが、なかなか消えなかった。

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