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アウトサイダー  作者: 君島極
第一章:灯が消えない場所 | 第三節:積み重ねる炎
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第10話:憧れへ続く道

――表彰当日/朝・龍胆家


朝の光が、カーテンの隙間から細く差し込んでいた。


彰は布団の中で目を開く。


今日は、インサイダー協会へ行く日だ。


そのことを思い出した瞬間、布団の中で足先が落ち着かなくなった。


枕元へ置いていた時計を見る。


――まだ、一時間近く早い。


「……はや……」


小さく呟き、もう一度目を閉じようとした。


けれど、頭の奥には協会の建物ばかり浮かんでくる。


(……無理だ)


彰は諦めたみたいに息を吐き、そのまま布団から身体を起こした。


床板の冷たさが足裏へ返ってくる。


そのまま洗面所へ向かい、顔を洗った。


冷たい水が頬へ当たった瞬間、少しだけ頭が冴える。


鏡の前で髪を整え直し、そのたび小さく息を吐いた。


それでも時計へ向く視線だけはなかなか落ち着かなかった。


タオルを首へ掛けたまま階段を下りる。


すると、先に気づいたのは美咲だった。


「あら、おはよう。彰。早いわね」


台所へ立ちながら、少し驚いたように目を丸くする。


「……お、おはよう」


彰が小さく返す。


その横では、誠もちょうど着替えの途中だった。


シャツへ袖を通しながら、ちらりと彰を見る。


「まだ一時間くらいあるぞ」


「……寝れなかった」


彰が正直に答える。


その瞬間、美咲がくすっと笑った。


「朝からそわそわしてるわね」


「そ、そわそわなんかしてないって!」


思わず声が上ずる。


誠も小さく口元を緩めた。


「階段下りてくる足音から、もう落ち着きなかったぞ」


「父さんまで……」


彰が頬をしかめる。


美咲は肩を揺らしながら笑った。


「ふふっ。じゃあ、ちゃんと着替えてきなさい。せっかく新しい服なんだから」


「あっ、うん!」


彰は慌てて頷き、そのまま階段へ向かう。


部屋へ戻ると、椅子へ掛けてあった服へ自然と目が止まった。


今日は、いつもの服じゃない。


協会へ行くために買ってもらった、少しだけちゃんとした服だった。


彰は襟を整えながら袖を通す。


布地はまだ少し硬く、動くたび擦れる感覚がどこか落ち着かない。


(……なんか、すげえ緊張する)


襟元を整え直し、そのまま部屋を出た。


階段を下りる途中、味噌汁の匂いがふわりと漂ってくる。


だしの香りが、静かな朝の空気へゆっくり広がっていた。


リビングへ入ると、食卓にはもう朝食が並んでいる。


焼き魚に卵焼き、湯気を立てる味噌汁。


炊きたての白米の匂いまで混ざり、部屋の空気が少しだけ温かかった。


「あら、似合ってるじゃない」


美咲が笑う。


彰は少し照れくさそうに視線を逸らしかけ――その途中で、ふと誠の方を見た。


思わず目を丸くする。


誠が、もう着替え終わっていた。


いつもの家着ではない。


落ち着いた色のジャケット姿だった。


髪も少し整えられていて、普段よりどこか“外向き”の空気になっている。


「……父さん、なんかちゃんとしてる」


「なんだそれは」


誠が眉をひそめる。


その横で、美咲がくすっと笑った。


「彰が緊張してるんだから、お父さんだって少しは気合い入るわよね?」


「別にそういうわけじゃない」


誠は咳払いをひとつ落とし、そのまま椅子へ腰を下ろした。


彰も向かいへ座る。


テレビでは朝の情報番組が流れている。


『本日の関東地方は、午後から天気が崩れる予報です――』


画面の隅に、小さな雨雲マークが映った。


「午後は雨か」


誠が湯のみを置く。


「帰りは降るかもしれんな」


彰は箸を持ったまま、小さくうなずいた。


落ち着こうとしても、時計ばかり見てしまう。


「そんなに緊張してる?」


美咲が苦笑する。


「だ、だって……協会だし」


「ふふっ」


美咲が肩を揺らした。


誠も、小さく口元を緩める。


「行くだけでそんな顔してたら、本当にインサイダーになった時どうする」


「……う」


言い返せず、彰はそのまま味噌汁へ口をつけた。


湯気が頬へ当たり、少しだけ肩の力が抜ける。


それでも、時計を見る回数だけはなかなか減らなかった。


その様子に、美咲が小さく笑う。


「まだ時間あるわよ?」


「わ、分かってるって」


食後のお茶を飲み終えるころには、部屋の空気も少しだけ落ち着いていた。


そのときだった。


外で、車の止まる音がした。


彰の肩がぴくっと跳ねる。


直後――


ピンポーン。

チャイムが鳴った。


「……っ、来た!」


彰が勢いよく立ち上がる。


「走るな」


誠の声が飛ぶ。


「……はい!」


返事だけして、彰は少し早足で玄関へ向かった。


扉を開ける。


外には、黒塗りのハイヤーが静かに停まっていた。


朝の光を受けた車体が、鈍く反射している。


運転席から降りてきたのは、白髪混じりの年配の男性だった。


穏やかな笑みを浮かべ、帽子へ軽く手を添える。


「お迎えに参りました、龍胆様」


その落ち着いた声に、彰は思わず背筋を伸ばした。


気づけば、後ろから誠と美咲も玄関へ出てきている。


「本日はよろしくお願いします」


誠が頭を下げる。


「こちらこそ。協会本部までご案内いたします」


運転手は柔らかく微笑んだ。


彰も慌てて頭を下げる。


「よ、よろしくお願いします!」


「ええ。どうぞごゆっくり」


後部ドアが静かに開いた。


彰は少し緊張したまま車へ乗り込む。


革張りのシートはひんやりしていて、車内には落ち着いた香りが薄く漂っていた。


扉が閉まる。


その瞬間、外の音が少しだけ遠くなる。


窓の向こうでは、美咲がまだ小さく手を振っていた。


ハイヤーは静かに動き出す。


住宅街を抜け、大通りへ出る。


やがて高速道路へ入ると、窓の外の景色が少しずつ変わっていった。


低い建物が減り、遠くに高層ビル群が見え始める。


ガラス張りのビルが朝日を反射し、上空ではドローン型タクシーが静かに横切っていた。


巨大広告の光が、空中へ淡く浮かんでいる。


彰は窓へ顔を寄せたまま、その景色を夢中で追っていた。


(すげぇ……)


街が近づくほど、窓へ寄せた身体も少しずつ前のめりになる。


そのときだった。


「……あっ!」


彰が思わず声を上げる。


高速道路の先。


高台の向こう側へ、白を基調にした巨大建造物が姿を現していた。


ガラスと白い柱で構成された、大きな建物。


何度もテレビで見てきた場所だった。


「あれ……!」


彰の声が少し裏返る。


「インサイダー協会……!」


美咲が窓の外を見ながら微笑む。


「ほんと、大きいわね」


誠は落ち着いたまま小さく頷いた。


「昔より、さらに広がったな」


彰だけが窓へ顔を寄せたまま、目を輝かせていた。


そのとき、少し離れた場所に広がる工事区域が視界へ入る。


巨大な骨組みが空へ伸び、クレーンがゆっくり動いていた。


白いシートに覆われた建設途中の建物が、朝日に淡く光っている。


「あれ……?」


彰が目を丸くする。


「あっち、なんだろ」


運転手がミラー越しに小さく笑った。


「ああ、新しい協会本部ですよ」


「新しいの?」


「ええ。今の本部もかなり古くなりましたからね」


運転手は穏やかな口調のまま続ける。


「完成までは、まだしばらくかかるそうですが……」


少しだけ笑みを深めた。


「ぼっちゃんがインサイダーになる頃には、ちょうど完成してるかもしれませんね」


「……っ」


彰の呼吸が、一瞬止まる。


(俺が……インサイダーになる頃)


その言葉だけが、耳の奥へ静かに残った。


ハイヤーは高速を降り、そのまま協会本部前へ向かっていく。


近づくほど、巨大なガラス壁の存在感が増していった。


やがて車は正面エントランス前へ滑り込む。


車寄せには、同じような黒い車が何台も並んでいた。


ハイヤーが静かに停止する。


運転手が外へ回り、後部ドアを開けた。


「到着いたしました」


彰はゆっくり車を降りる。


その瞬間、思わず足が止まった。


見上げる。


空へ切り込むような巨大ガラスが、朝の光を受けて白く輝いている。


白い柱と、青いライン。


テレビの向こうで見ていた場所が、今は目の前に立っていた。


「……すごい」


思わず声が漏れる。


運転手が帽子へ軽く手を添えた。


「お帰りの際も、私がお送りする予定ですので」


誠が頭を下げる。


「ありがとうございます。引き続きよろしくお願いします」


「こちらこそ」


美咲も微笑み、彰も慌てて頭を下げた。


「よろしくお願いします!」


運転手は穏やかに笑い、そのまま一歩下がる。


彰はもう一度だけ、協会本部を見上げた。


(……来れた)


握った拳へ、じわりと力が入る。


憧れていた場所。


テレビの向こうにあった世界。


その入口が、今、目の前へ広がっていた。


白い外壁が朝日を受けて輝き、エントランス前には透明ゲートが並び、その縁では淡い光が規則正しく脈打っている。


彰は小さく息を吸う。


ガラス越しでは、制服姿の職員たちが忙しなく行き交っていた。


白衣、肩章、カードを通る電子音。


その全部が、自分の知らない“インサイダーの世界”へ続いているように見えた。


彰は誠と美咲の後ろへ並ぶ。


そして、そのまま扉の向こうへ歩き出した。

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