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アウトサイダー  作者: 君島極
第一章:灯が消えない場所 | 第三節:積み重ねる炎
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第7話:胸に刻む誇り

やがて焔は誠へ短く現場の状況を伝えると、すぐ協会へ連絡を入れ、そのまま裏山の調査へ向かった。


重い足音が遠ざかり、玄関の扉が静かに閉まる。


その音が消えるころには、張りつめていた空気も少しだけ落ち着きを取り戻していた。


誠は小さく息を吐き、陽菜へ視線を向ける。


「陽菜ちゃんも、今日はかなり疲れただろ」


「……はい」


陽菜は小さくうなずいた。


その横で、美咲もやわらかく笑う。


「今日はもうゆっくり休まないとね」


それから誠は彰へ向き直る。


「彰。ちゃんと陽菜ちゃんを家まで送ってこい」


「……うん」


彰は小さく返事をした。


陽菜も、少しだけ安心したみたいに息を吐く。


美咲が玄関まで見送りに出る。


「陽菜ちゃん、今日は無理しちゃだめよ?」


「はい……」


陽菜はまだ少し赤い目元をこすりながらうなずいた。


彰も木刀を持ち直し、そのまま玄関へ向かう。


靴ひもを結び直し、土の感触を確かめるように一度足を鳴らした。


夕暮れの空は赤く染まり、風鈴の音が蝉時雨に混じっている。


「行こう、陽菜」


「うん」


小さく返事をし、陽菜は彰の隣へ並んだ。


そのまま二人は外へ出る。


日が沈みかけた道を、彰は陽菜と並んで歩いた。


並んで歩くあいだ、彼女はほとんど口をきかない。


けれど、その小さな手は、一歩も彰の隣を離れなかった。


(もう、あんな顔させたくない)


指に込めた力を強めると、陽菜の指も同じだけ応えた。


夕暮れの赤が、少しずつ夜へ溶けていく。


電柱の影が長く伸び、足元の舗道を斜めに切っていた。


二人は歩幅を合わせたまま、住宅街の細い道をゆっくり進んでいく。


角を曲がるたび、家々の窓に灯りが増えていった。


遠くで戸の閉まる音がひとつ鳴り、どこかの家から夕飯の匂いが流れてくる。


その小さな明かりが、少しずつ張りつめていた気持ちをほどいていった。


やがて前方に、見慣れた門柱が見えてくる。


石段の前へ伸びた影が、夕暮れの光の中で細く揺れていた。


陽菜はスカートの裾をぎゅっと握ったまま、小さく息を吐く。


「……寒くない?」


彰が横を見る。


「うん。大丈夫」


返事はしたものの、最後の声だけ少し揺れていた。


空は淡い赤へ染まり、雲の縁を金色の光がやわらかく縁取っている。


二人はそのまま並んで坂を上がっていく。


やがて見慣れた門柱と、小さな石段が夕暮れの中へ浮かび上がった。


陽菜の家だった。


その瞬間、門の奥から二つの影が飛び出してくる。


「陽菜っ……!」


雪が駆け寄り、そのまま陽菜を強く抱きしめた。


涙が頬を濡らし、指先が背中の布へ食い込む。


その腕は、細い身体を包み込むみたいに震えていた。


「お母さん……ただいま」


陽菜の声を聞いた瞬間、雪の肩が大きく震えた。


抱きしめる力が、さらに強くなる。


「よかった……本当に、よかった……!」


途中で声が詰まり、息がうまく続かない。


陽菜も雪の胸へ顔を埋め、その服をぎゅっと握りしめていた。


肩の震えが、しばらく止まらない。


後ろで見守っていた拓也も、赤く潤んだ目で娘の頭をそっと撫でる。


それから、ゆっくり彰のほうへ向き直った。


「彰君……ありがとう」


深く頭を下げる。


喉が一度だけ鳴り、口元が小さく引き結ばれた。


街灯の下で握られた手が、わずかに震えている。


「陽菜が君に助けられたと聞いて……どうしていいか分からなかった」


拓也は言葉を探すみたいに息を挟み、それでも真っ直ぐ彰を見た。


「でも、君がいてくれた。本当に救われた」


「い、いえ……夢中で……陽菜が無事で……よかったです」


彰は思わず頭をかく。


靴先で小石を軽く蹴ってしまい、そのままつま先へ視線が落ちた。


感謝されるなんて思っていなかった。


頬のあたりが少し熱くて、なんだか落ち着かない。


雪も涙をぬぐいながら、小さく笑った。


「ありがとう、彰君。あなたは……私たちにとって、大切な恩人です」


その言葉を聞いた瞬間、握っていた手の力が少し抜ける。


陽菜も少しだけ顔を赤くしながら、彰を見上げた。


「……ありがとう、アキ」


潤んだ瞳が、ほんの少し揺れる。


彰はうまく言葉にできず、ただ小さくうなずいた。


握った手へ自然と力が入り、それだけで十分伝わる気がした。


それから少し話をして、彰は陽菜の家をあとにする。


門を出ると、夜風が火照った頬をゆっくり冷ましていった。


振り返ると、玄関先で陽菜がまだこちらを見ている。


彰が小さく手を上げると、陽菜も胸の前で小さく振り返した。


そのまま住宅街を歩き、自分の家へ戻る。


夜の虫の声が遠くで重なり、街灯の明かりが舗道へ淡く落ちていた。


玄関の灯りが見えた瞬間、張っていた肩が少しだけ落ちる。


扉を開ける。


その途端、玄関で腕を組んで待っていた誠と目が合った。


靴底の音が、板張りへやけに硬く響く。


背すじが勝手に伸びた。


肩へかけた鞄が急に重くなり、ストラップへ指先が食い込む。


「さて……もう一度、話してもらおうか」


低い声が落ちる。


「どうして……無茶をした」


彰は膝の横で手を握りしめた。


息を整えようとしても、うまくいかない。


爪が掌へ食い込む。


「……モンスターだって分かってた。陽菜を、放っておけなかった。怖かった……それでも……」


誠は何も言わず、じっと彰を見ていた。


その視線から逃げられず、彰も唇を噛みしめる。


やがて誠が、ゆっくり口を開いた。


「無謀だった」


短い声だった。


「モンスターに素人が立ち向かえば、死んでもおかしくない」


誠は一度だけ顎を引く。


「……お前が死んでいたかもしれないと思うと、父さんは怖かった」


静かな声なのに、その言葉だけが重く落ちた。


「だからこそ言う。気持ちだけじゃ人は守れない」


視線がまっすぐ彰へ向けられる。


「戦うと決めるなら、それに見合う覚悟と力を持て。……それが命を守る者の責任だ」


誠は目を細め、小さく眉間へ皺を寄せた。


そのまま一度だけ視線を外す。


「もしお前が死んでいたら……陽菜ちゃんは泣いていただろう」


言葉が少し低くなる。


「父さんも母さんも、きっと立ち直れなかった。……だから、生きて帰ることが何より大事なんだ」


視線が自然と床へ落ちる。


喉がきつく締まり、肩へ入っていた力が静かに抜けていった。


「……だが、逃げなかった。それは立派だった」


その言葉に、背すじが静かに伸びる。


掌へ食い込んでいた爪も、少しずつほどけていった。


誠はひとつ息を吐き、やわらいだ目で彰の額の傷を見る。


「お前が無事で……本当によかった」


静かな声が腹の底へ落ちた。


強ばっていた指先が、そこでようやくゆるむ。


そのタイミングで、台所のほうから鍋のふたが小さく鳴った。


美咲が近づき、そっと彰の肩へ手を置く。


「雪さんとずっと連絡をとってたの。……ほんとに心配だったのよ」


「……ごめん」


彰は手の内へ力を寄せたまま、小さく言った。


「でも俺、どうしても逃げられなかった。陽菜を、守りたかったんだ」


美咲はその言葉を聞き、小さく笑みを浮かべる。


そのまま、ゆっくり彰の背中をなでた。


「その気持ち、とても大事にしてね。彰」


誠ももう一度、まっすぐ彰を見る。


「覚悟を持て。……それが力になる」


言葉が落ちたあと、止まっていた家の音が少しずつ戻ってきた。


時計の秒針が静かに進み、冷蔵庫の小さな唸りが居間の奥で続いている。


窓を揺らした夜風が、わずかにカーテンを揺らした。


彰は息をのみ、そのまま強くうなずく。


「……うん」


握った拳へ、ゆっくり力が戻る。


それでも視線だけは、自然と前を向いていた。


誠はもう何も言わない。


居間の灯りだけが静かに揺れている。


彰は座椅子へ深く身体を預け、長く息を吐いた。


窓の外では、遠くなった蝉の声に混じって風鈴が細く鳴る。


陽菜の「ありがとう」が、まだ胸の奥へ残っていた。


彰はそのまま目を閉じた。


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