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アウトサイダー  作者: 君島極
第一章:灯が消えない場所 | 第三節:積み重ねる炎
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第3話:刻まれた閃光

――挑戦3:彰。


順番を待つ間も、指先にはさっきまでの熱が残っていた。


カプセル前の画面には、いくつもの武器が並んでいる。


彰はその表示を見つめたまま、何度か視線を行き来させた。


ガントレットは少し気になる。


道場で続けてきた素手の稽古に、どこか感覚が近い気がした。


けれど、気づけば視線はまた剣の表示へ戻っていた。


(ここ、インサイダークエスト2の……)


ゲームの中で何度も見てきた前衛たちの動きが頭へ浮かぶ。


踏み込んだ瞬間に距離を詰め、そのまま一気に振り抜く剣の軌道。


画面越しに見ていたはずなのに、握った指先だけが少し熱を持った。


「決まったか?」


後ろから焔の声が飛ぶ。


彰は一度だけ息を吸い、画面へ手を伸ばした。


「……剣でやります」


迷いのない声が出た。


選択ボタンを押す。


グリップが手へ馴染む感覚と一緒に、係員がハーネスを締めていく。


カプセルのふたが閉じた瞬間、周囲の音がすっと遠のいた。


次の瞬間には、視界が戦場へ切り替わっていた。


路地の奥で敵影が動いた。


考えるより先に身体が前へ出る。


踏み込んだ勢いのまま剣を振るうと、正面の敵が弾け、そのまま横から飛び込んできた影へ身体が自然に流れた。


避けようとした感覚より先に足が地面を捉え、次の一撃まで繋がっていく。


(……あれ)


踏み込んだ足が、思ったより深く地面を捉える。


振り抜いた剣は止まらず、そのまま次の動きへ流れていった。


剣が重くない。


握り直すより先に身体が次を選び、気づけば敵影の間を抜けている。


周囲の音が少し遠のき、足裏へ伝わる石畳の硬さだけが妙にはっきりした。


「っ……」


視界が、わずかにぶれた。


噛み合っていた呼吸が、一拍だけずれる。


炎の揺れが近い。


飛んできた矢の軌道だけが、妙にゆっくり見えた。


(……なんだ、これ)


考えるより先に身体が動く。


踏み込んだ足が自然に地面を捉え、そのまま矢の間をすり抜ける。


熱を避けたつもりもないのに、炎は肩の横をかすめるだけで流れていった。


さらに一歩踏み込んだ瞬間、弓兵の体勢が崩れる。


続けざまに電子音が鳴った。


《反応速度:ERROR》


表示が割り込み、画面が一瞬白く跳ねる。


強制終了。


視界が黒に変わり、上蓋が持ち上がる。


冷たい空気が一気に流れ込んだ瞬間、こめかみに鋭い痛みが走った。


「っ……!」


遅れて反動みたいに視界が揺れる。


彰は思わず片手で頭を押さえ、そのまま荒く息を吐いた。


息は荒いのに、頭の中だけが妙に静かだった。


指先だけが細かく震えている。


(今の……なんだったんだ)


飛んできた矢の軌道だけが、まだ目に残っている。


さっきより速く呼吸をしているはずなのに、身体だけが妙に静かだった。


「おいおいおい、なんだこの表示……」


モニターが、見たことのない色へ切り替わる。


受付の職員が反射みたいに端末を叩き、声を上ずらせた。


「……ERRORタグが付いてる」


技術員が一歩前へ出る。


画面の隅を流れるログを確認しながら、眉をひそめた。


「エラー表示は出ています。ですが――記録自体は正常判定です」


「……は?」


誰かの声が漏れる。


その瞬間、さっきまで周囲にあった笑い声がすっと静まった。


モニターには、短い表示だけが残っている。


《総合得点:8634》

《ERROR:反応速度に異常確認》


「何歳なんだ……」


乾いた声が落ちた。


「神楽月さんより……点数が高いぞ」


別の場所からも、小さなざわめきが広がっていく。


彰はモニターを見上げたまま動けなかった。


指先へ入った力だけが、まだ抜けない。


「……は?」


凱が固まる。


モニターと彰の顔を何度も見比べ、そのままゆっくり拳を握り直した。


「えっ、えっ、アキ、すごい……!」


陽菜が口へ手を当てる。


その横で、焔だけが小さく息を吐いた。


「なるほどな」


低い声が落ちる。


技術員は慌てた様子で彰のほうへ近づいた。


「ふ、古い機体ですし……センサーの誤検知の可能性もあります!」


少し離れた場所で、凛が立ち止まる。


モニターを見上げる蒼氷色の瞳が、わずかに揺れた。


唇が小さく動く。


「……うそ」


誰にも届かないほど小さな声だった。


喉が一度だけ鳴る。


握っていたタオルの端へ、指先が少し強く食い込んだ。


そのまま一度だけ、こちらを見る。


けれど次の瞬間には、もう何事もなかったみたいに視線を外し、凛は家族のそばへ戻っていった。


彰はまだ、自分が見られていたことに気づいていない。


視界の奥には、さっき感じた違和感だけが薄く残っていた。


「もう一度、やってみるか」


焔がこちらを見る。


「……うん」


彰はこくりと頷いた。


こめかみの奥には、まだ細い残響が刺さったままだ。


それでも呼吸だけは、少しずつ落ち着きを取り戻していた。


――再挑戦:彰


暗転。


わずかに遅れて、地面の硬さが足裏へ戻ってくる。


さっきみたいな違和感は、もう来なかった。


飛んでくる矢も、迫ってくる敵影も、今度はちゃんと元の速さで動いている。


瞬きを挟むたび、身体だけがわずかに遅れ、周囲の動きに押し返されそうになる。


耳の奥で、重たい音だけがひとつ残っていた。


(でも――ここ、見たことある)


目の前に広がる廃街ステージ。


ゲームで何度も走ってきた景色だった。


角を曲がった先に敵が来る位置も、先に弓兵を落としたほうが楽になる流れも、身体が自然に思い出していく。


無理に前へ出ない。


それでも止まらず、正面をさばきながら次の位置へ流れていく。


気づけば、さっきより呼吸が噛み合っていた。


やがて終了の電子音が鳴り、カバーが跳ね上がる。


「……また、出たぞ」


職員の一人がモニターを指さした。


《総合得点:8098》


「さっきほどじゃないが……総合、神楽月さんの今日のベストと、ほぼ同じライン……いや、同じ範囲に収まってる」


周囲の空気がわずかに近づく。


「二回連続で?」


「誤作動なら、こんな出かたはしないだろ……」


低い声が重なった。


彰はカプセルの中で、まだ少し荒い息を繰り返している。


汗が頬を伝い、握ったままの手へじわりと熱が残っていた。


(……ゲームでやってた感覚、そのままだ)


自分でも、まだうまく整理はできていなかった。


技術員が端末を確認する。


「センサー周り、エラーは出ていません。数値も正常記録です」


「でも、十歳でこれは……」


困ったような声が重なる。


焔は腕を組んだまま、小さく息を吐いた。


「インサイダークエスト2、知ってるだろ」


周囲のインサイダーたちが顔を上げる。


「協会監修のゲームですよね」


「ああ」


焔が軽く頷く。


「ここのシステム、結構そのまま使われてる。ステージ構成も敵の動きも近い。……こいつ、大会準優勝してるんだよ」


「……ああ、なるほど」


「それなら動きが噛み合うのも分かるか」


さっきまで張っていた空気が、少しずつほどけていく。


彰は腹の前で拳を握り直した。


指の節へ力が入り、そのあと、ようやく息が自然に通る。


その瞬間、凱が勢いよく駆け寄ってきた。


「お前、やべーって! 俺ももっと練習する!」


凱が勢いよく肩をつかみ、彰の身体が少し揺れた。


「アキ、すごかった……!」


陽菜も頬を少し赤くしたまま、嬉しそうに笑っている。


二人の声が重なった瞬間、遅れて頬の熱が戻ってきた。


さっきまでざわついていたフロアも、少しずつ落ち着きを取り戻していく。


遠くで電子音が鳴り、床を横切る足音が硬く響いた。


呼吸を整えかけていた、そのときだった。


人の流れが、静かに左右へ分かれる。


開いた隙間の向こうから、小さな足音が一定のリズムで近づいてきた。


彰は顔を上げる。


ラベンダーアッシュブラウンの髪が光を受け、その奥で蒼氷色の瞳がまっすぐこちらを捉えていた。


神楽月凛だった。


無意識に、足先が床へ縫い止められる。


彰は思わず背筋を伸ばしていた。


凛は近くまで来ると、一度だけモニターへ目を向ける。


それから、もう一度彰を見た。


「……くやしいんだけど」


冗談みたいな軽さはない。


それでも、口元だけはほんの少し緩んでいた。


凛は視線を横へ逃がし、そのまま脇で手を軽く握る。


(……怒ってる?)


彰の肩へ、無意識に力が入った。


凛は小さく息を吐いた。


蒼氷色の瞳の奥で、何かだけがわずかに揺れている。


その意味を拾えないまま、彰は立ち尽くしていた。


凛は間を置かず、そのまま彰へ問いかける。


「ねえ……インサイダー、目指してるの?」


腹の底が、びくりと跳ねた。


「……うん。目指してる」


言葉は止まらなかった。


凛はほんのわずかだけ目を見開き、それから静かに視線をやわらげる。


「そっか……」


短く息を吐き、改めて彰へ向き直った。


「私は、凛。神楽月凛。……あなたは?」


「り、龍胆彰……」


「龍胆彰」


名前を確かめるみたいに、凛が小さく繰り返す。


そのまま一度だけ視線を落とし、また彰を見た。


「じゃあ――おたがい、がんばりましょ」


凛はそう言って、小さく口元を緩める。


そのまま踵を返し、静かな足取りで歩き出した。


去っていく背中を、彰はしばらく目で追ってしまう。


歩き出す直前、凛がほんの少しだけ振り返った。


視線は一瞬で離れたのに、青い瞳の残像だけが目の奥へ静かに残っていた。


そのあとも、彰たちは何度かシミュレーターへ入り直した。


凱は「今の避けられただろ!」と悔しがりながら何度も剣を振り、陽菜も「次は当てるから!」と弓を握り直している。


彰も剣を選び続けながら、さっき感じた感覚をどこかで追いかけていた。


けれど、最初のような違和感はもう来なかった。


それでもシミュレーターへ入るたび、剣の重さだけは少しずつ身体へ馴染んでいく。


気づけば、窓の外の光がだいぶ傾いていた。


フロアの熱気も少し落ち着き始め、空いていたカプセルがひとつ、またひとつと増えていく。


「……腹減った」


凱が椅子へぐったり倒れ込む。


「もう二時近いぞ。随分やり込んだな」


焔が端末を見て小さく眉を上げた。


「だって、まだ全然いけたし!」


「最後のとこ、絶対もっと詰められたって!」


焔はその勢いを見ながら、小さく肩を揺らした。


「集中すると時間飛ぶだろ。俺も昔そうだった」


その言葉に、凱の顔が少しだけ明るくなる。


陽菜はその横で小さく笑った。


「凱くん、途中から周り見えてなかったもんね」


「アキもだろ!」


急に振られ、彰が一瞬肩を跳ねさせる。


「え、いや……」


言葉を探すみたいに視線を泳がせ、そのまま少しだけ耳が赤くなった。


焔はそんな三人を見回し、小さく息を吐く。


「じゃ、飯食って帰るか」


「そうしましょうか」


玲奈も笑いながら頷いた。


「メシ!」


凱がすぐ立ち上がる。


「急に元気だね」


陽菜が吹き出した。


そのまま一行はフロアを抜け、通路の奥へ歩いていく。


施設の中はひんやりしているのに、シャツの内側だけはまだ少し汗ばんでいた。


壁際を通り過ぎるたび、遠くで電子音と笑い声が重なって聞こえてくる。


やがて通路の先から油の匂いが流れてきた。


施設内の食堂へ入ると、遅めの昼食を取っている人たちの声があちこちで重なっていた。


トレーのぶつかる音と注文番号を呼ぶ電子音が響き、揚げ物の匂いが空気へ広がっている。


「うわ、めっちゃ腹減った……」


凱がメニューを見上げたまま唸る。


「ハンバーガーにするか、カレーにするか……」


「さっきまで“メシ!”って言ってたのに迷ってるじゃん」


陽菜が吹き出す。


その横で、彰も並んだメニューへ視線を動かしていた。


揚げたてのポテトの匂いが漂い、ジュースの氷が小さく鳴る。


施設の空気とは少し違う、昼食どきの熱がそこには流れていた。


結局、凱は大きめのハンバーガーセットを選び、陽菜はポテトとサンドイッチ、彰も同じような軽食を受け取った。


焔と玲奈も飲み物を持って戻ってくる。


そのまま空いていた席へ腰を下ろすと、凱はトレーへ肘をついたまま、まだ少し不満そうにハンバーガーへかじりついた。


「くっそー……やっぱ最初のやつ超えたかった」


「まだ言ってる」


陽菜が小さく笑いながらポテトをつまむ。


「でも五千超えって、普通にすごいと思うよ?」


「いや、絶対もっと行けただろあれ!」


「アキなんか八千とか出してんのに、普通にしてるし」


「そんなこと言われても……」


彰が苦笑する。


「俺もなんでああなったか、よく分かってないし」


「それが一番ずるいんだよ!」


陽菜が思わず吹き出した。


「ふふっ……」


そのやり取りを聞いていた玲奈が、呆れたみたいに肩を揺らす。


「ほんと、男の子ってすぐ張り合うんだから」


「負けたまま終わるの嫌なんだよ!」


凱がすぐ言い返す。


焔は紙コップを片手に、小さく息を漏らした。


「まあ、その悔しさは悪くない。伸びるやつは、だいたいそこから強くなる」


その言葉に、凱の肩が少しだけ上がる。


食べ終わるころには、食堂の人影もだいぶ少なくなっていた。


彰たちもトレーを返し、そのまま食堂の出口へ向かう。


昼食を終えたあとも、凱はなかなか帰ろうとしなかった。


ゲームコーナーをのぞき込み、売店で限定グッズを眺めては、「もう一回だけやりたい」と何度も振り返る。


陽菜も楽しそうに施設のパンフレットをめくり、気になるページを見つけるたびに彰へ見せてきた。


そんなふうに歩いているうちに、施設の窓へ差し込む光は夕方の色へ変わっていた。


「そろそろ帰るか」


焔が時計を確認しながら言う。


「えー、もう?」


「十分遊んだだろ」


玲奈が苦笑した。


凱は最後まで不満そうだったが、それでも「また来ればいいか」と肩をすくめる。


そのまま一行は施設の外に出る。


駐車場へ向かいかけたところで、彰の足がふと止まった。


振り返る。


灰色の外壁と窓の少ない古い建物が、夕方の光の中へ静かに立っていた。


さっきまで自分たちがいた“シャドウボックス”。


出入りする人影をぼんやり見つめているうちに、足がその場から少し動かなくなった。


(……また、来たい)


気づけば、そんなことを考えていた。


「アキ?」


陽菜が少し先で振り返る。


「置いてくぞー」


凱も車のドアへ手をかけながら声を飛ばした。


「……あ、うん!」


彰は慌てて走り出し、そのままSUVへ乗り込む。


車が動き出してもしばらく、凱は窓の外を見たままむすっとしていた。


「くっそ……次は絶対勝つからな!」


拳を膝の上でとん、と軽く打ちつけながら、視線は前を向いたままだ。


「うん。俺も、もっと強くなる」


彰も小さく頷く。


その横で、陽菜が二人の顔を見比べてくすっと笑った。


「でも、二人ともすごかったよ。ね、焔さん」


「そうだな。楽しめたのが一番だ」


焔の言葉に、玲奈も笑顔で頷いた。


「安全に遊べて、学べて、よかったわ」


車は郊外へ。


広告の光が弱まり、空が明るい白から夕方の色へ変わっていく。


こめかみの違和感は、かすかな名残だけを残して静かになっていた。


窓に映る自分を見て、彰は思わず顔をしかめる。


頬の色が、いつもよりほんのり濃い。


(凛……神楽月凛)


さっきの言葉が、呼吸に合わせて何度も返ってくる。


おたがい、がんばりましょ。


(……俺も、がんばろう)


SUVはやがて住宅街へ入り、見慣れた街並みの中を走っていく。


夕方の光が窓へ差し込み、電柱の影が車内をゆっくり横切った。


最初に龍胆家の前へ車が止まる。


「着いたぞ」


焔が笑う。


彰はシートベルトを外し、ドアへ手をかけた。


「今日はありがとうございました!」


「おう。また遊ぼうな」


焔が片手を上げる。


玲奈も笑顔で頷いた。


「またね、彰君」


「うん。また」


彰が返事をすると、陽菜が窓を開けて身を乗り出した。


「アキ! また明日ね!」


「また明日」


陽菜は嬉しそうに手を振る。


その横で凱も身を乗り出した。


「次は絶対勝つからな!」


「まだ言ってるのかよ」


思わず吹き出す。


「じゃあな!」


SUVがゆっくり走り出す。


彰はそのまま見送った。


車は次の角を曲がり、陽菜の家へ向かっていく。


陽菜を送り届けたあと、最後は凱の家へ。


そんな流れを思い浮かべながら、彰は家の玄関へ向かった。


玄関を開けると、夕飯の支度をする音と香りが静かに迎えてくれた。


「おかえり」


美咲の声に「ただいま」と返しながらも、手の中にはまだ今日の感触が残っていた。


シミュレーターの重さ。


凛の言葉。


そして、あの一瞬だけ見えた景色。


どれもまだ輪郭を失わないまま、時間だけがゆっくり夜へ沈んでいった。



――同日夜/龍胆家・自室


机の上の木刀が、いつもより重く見えた。


右の側頭部へ触れると、鈍い熱がじんわり残っている。


(なんだ、あれ)


さっきの感覚を思い出そうとしても、うまく形にならない。


頭へ残っていたのは、点数でも施設でもなく、ただ“楽しかった”という感覚だけだった。


(……俺、いけるかも)


窓を少し開ける。


夜風が頬をなで、汗の残った肌をゆっくり冷ましていった。


彰は木刀を持ったまま庭へ降りる。


夜気が肌へまとわりつく中、足裏で地面を確かめた。


一度だけ握り直す。


深く息を吸い、そのまま木刀を振るう。


空気が薄く裂け、遅れて木の反動が掌へ返ってきた。


庭で繰り返してきた動きなのに、今日はいつもより身体が自然に流れていく。


考えるより先に、足と腕が噛み合っていた。


肩から背中へ汗がつっと流れる。


呼吸は速い。


それなのに、踏み込む足だけは妙に軽かった。


(ちゃんとやる)


言葉が、呼吸にすっと落ち着く。


あのカプセルで一瞬だけ見えた“すきま”は、名前も仕組みも分からないまま――


でも、手の中の木刀は前より重い。


「やりすぎるなよ。風呂、わかしてある」


「うん」


短いやりとりをしているうちに、呼吸も少しずつ落ち着いていった。


風呂あがり、彰は髪をタオルで拭きながら机へ向かう。


ノートを開き、今日の日付の横へ短く書き込んだ。


――いっぱい走る

――木刀ふる

――もっと強くなる


囲んだ四角の線が少しだけ太くなる。


そのままペンを置き、彰は小さく息を吐いた。


ベッドへ横になると、まぶたの裏へ今日の景色がぼんやり浮かぶ。


仮想の街。


飛んでくる矢。


その間へ踏み込んでいった感覚。


(楽しかった。だから、続けたい)


眠りへ落ちる直前、握っていた右手の力がゆっくり抜けていく。


木刀を振った感触だけが、まだ掌の内側へ静かに残っていた。

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