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アウトサイダー  作者: 君島極
第一章:灯が消えない場所 | 第三節:積み重ねる炎
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第2話:蒼氷の視線

――龍胆家・居間/同じ朝


二度目の電子音が、居間から庭へ届いた。


彰は下がっていた木刀の切っ先へ気づき、脇へ置く。


汗を拭くのも後回しのまま、廊下を歩き出した。


居間へ入ると、誠はスマホの画面を見つめたまま短く頷いた。


「……ああ、焔か。久しぶりだな」


その声だけ、少し柔らかい。


彰へ気づくと、誠は受話口を手で押さえ、そのままこちらへ顔を向けた。


「彰。焔が協会の提携シミュレーターに凱君を連れていくらしい。陽菜ちゃんも行くそうだ。昔、“資質テスト”に使われていた施設でな。……お前も行くか?」


鼓動が、一気に跳ねた。


気づけば、つま先へ力が入り、そのまま半歩だけ前へ出ている。


「行きたい! 父さん、絶対行く!」


言った瞬間、自分の声が少し裏返った。


彰は慌てて口を閉じ、握った手へ力を込める。


親指同士が無意識に擦れ、その感覚だけが妙に熱かった。


(協会のシミュレーター……しかも、焔さんと……!)


誠はそんな彰を見て、小さく息を漏らす。


「そんなに嬉しいか」


「うん!」


それからしばらく、彰は何度も庭と玄関を行ったり来たりしていた。


庭へ出ては門の向こうをのぞき込み、戻ってきては時計を見る。


落ち着かないまま靴を履きかけ、まだ早いと気づいてまた脱ぐ。


その繰り返しだった。


「彰、まだ来ないわよ?」


美咲が苦笑しながら声をかける。


「わ、分かってるって」


そう返しながらも、彰の視線はまた庭のほうへ向いていた。


縁側へ腰を下ろしていた誠も、小さく息を吐く。


「そんなに何回も見に行っても、来る時間は変わらん」


「……でも、もうそろそろかもだし」


彰は庭石の脇で立ち止まり、そのまま門の向こうへ目を向ける。


春の風が庭木を揺らし、若葉の擦れる音が静かに重なった。


門の向こうを見ていないと、足先が勝手に動きそうだった。


そのときだった。


遠くから、低いエンジン音がゆっくり近づいてくる。


彰の肩がぴくっと跳ねた。


「……来た!」


門の向こうへ黒い大型SUVが姿を現し、そのまま広い庭先へゆっくり入ってきた。


タイヤが砂利を踏むたび、じゃり、と乾いた音が庭へ広がっていく。


側面のエンブレムが春の光を受け、鈍く光った。


彰は思わず一歩前へ出る。


けれど、その前に誠の声が飛ぶ。


「走るな。転ぶぞ」


「……っ、はい!」


SUVが静かに止まり、エンジン音がゆっくり落ちていく。


彰の足が、また前へ出かけた。


その音を聞きながら、彰は無意識に握った拳へ力を込めていた。


「ほら、そんな慌てなくても逃げないわよ」


後ろから、美咲が苦笑しながら声をかける。


「朝から何回も外見に行ってたんだから、この子」


「母さん!」


彰が顔を赤くすると、助手席の窓が下がり、玲奈が吹き出した。


「ふふっ、凱も同じよ。“まだ着かねぇの?”って、さっきから何回も聞いてたし」


「聞いてねぇって!」


後部座席から凱の声が飛ぶ。


その横では、陽菜が窓越しにぶんぶん手を振っていた。


「アキー! はやくー!」


焔が運転席で肩を揺らす。


「まあ、気持ちは分かる。俺も昔、初めて協会行く日は落ち着かなかったしな」


「焔が?」


誠がすぐ眉をひそめる。


「嘘つけ。お前、昔から図太かっただろ」


「いやいや、ちゃんと緊張してたって。玲奈にも笑われたし」


「だって前の日ほとんど寝てなかったじゃない」


玲奈が呆れたように返す。


そのやり取りを聞いているうちに、彰の肩の力も少し抜けた。


誠はSUVへ向き直ると、小さく息を吐いた。


「悪いな、焔。息子にいい経験だ」


「気にするな。親友の息子だ。――おう、彰」


焔がミラー越しに笑う。


「よろしくお願いします!」


彰は勢いよく頭を下げ、そのままスライドドアへ手をかけた。


車内へ乗り込むと、革張りシートの匂いがふわりと鼻先をかすめる。


シートベルトの金具がひやりと手首へ触れ、その冷たさに少しだけ呼吸が浅くなった。


足先が無意識にフロアマットを小さく叩き、彰は窓の外の焔の横顔をちらりと見上げた。


SUVはゆっくり庭を出て、街へ向かって走り出す。


住宅街を抜けるにつれ、窓の外の景色も移り変わっていった。


低い建物の向こうへ高層ビルが見え始め、道路脇のガラスへ朝の光が強く反射している。


空には細長い広告映像が流れ、ドローン型タクシーが何機もビルの間を横切っていった。


彰は窓へ顔を向けたまま、その景色を目で追っている。


街が近づくほど、窓へ映る自分の顔も少しずつ前のめりになっていった。


「この街は、俺たちが毎日守っている」


「インサイダーってのはな、思ってるよりずっと大変だ」


焔がハンドルを軽く回しながら言う。


「訓練もあるし、実戦じゃ失敗も許されない。今日の場所は今じゃ“遊び”に近いが、それでも学べることは多いぞ」


彰は背もたれから少し身体を浮かせた。


「ねえ、アキ。緊張してる?」


陽菜が前の座席へ手をかけ、ひょこっと顔をのぞかせる。


「ちょっと。でも、楽しみのほうがでかい」


「だよね!」


前の席で凱が振り向いた。


「勝負だかんな。俺は剣で行く」


「望むところ」


二人の拳が軽くぶつかる。


離したあとも、彰の手だけは少し熱を残したままだった。


窓の外では、高層ビル群が少しずつ近づいている。


その中で、焔が前方を指で示す。


「あそこに見える四角い建物、分かるか?」


彰は窓へ顔を寄せた。


ビル群の隙間。


灰色の建物がひとつ、少し離れた場所に見える。


窓も少なく、古い外壁には細かな補修跡まで残っていた。


「あれが、今日行く施設だ。昔、協会の資質テストにも使われてた」


「……あれが」


彰は無意識に膝へ置いた手へ力を入れる。


(……あそこに、行くんだ)


窓の向こうの灰色の建物から、目が離れなかった。


SUVはそのまま高架を降り、施設前のゲートへ近づいていく。


ゲート脇には制服姿の警備員が立っていた。


焔が窓を下ろすと、警備員の表情がぱっと変わる。


「焔さん! 今日はご家族で?」


「まあ、たまにはな」


焔が笑いながら答える。


「子どもたちに見せとこうと思ってな」


「なるほど。どうぞ、通ってください」


ゲートが低い駆動音を立てながら開いていく。


SUVはゆっくり敷地へ入り、速度を落としながら施設前で静かに止まった。


エンジン音が落ちる。


彰はシートベルトを外すと、少し早足で外へ出る。


地面へ降りた瞬間、コンクリートの硬さが靴底へまっすぐ返ってきた。


目の前には灰色の外壁が広がっている。


近くで見ると、建物は思っていたよりずっと大きかった。


彰は思わず見上げ、そのまま入口の奥へ視線を向ける。


「行くぞ」


焔の声に、彰たちは一斉に頷いた。


自動ドアが開いた瞬間、ひやりとした空気と電子機器の匂いが一気に流れ出してくる。


中へ足を踏み入れる。


天井の蛍光灯が規則的に瞬き、換気扇の低い唸りが奥で回り続けていた。


均された床は踏み込むたび硬い音を返し、その先にはカプセル型の機体がずらりと並んでいる。


金属がぶつかる高い音と短い電子音が重なり、その奥では笑い声や悔しそうな声まで混ざっていた。


彰は思わず足を止める。


さっきまで車の中で感じていた高揚が、足裏から床の硬さへ移っていく。


「ここが”シャドウボックス”だ」


焔が腕を組む。


「もともとはインサイダーの“資質”を見るために作られた施設でな。魔法は含まない。純粋な体の動き、判断、反応速度を見る」


一度言葉を切り、焔は壁際のモニターへ視線を向けた。


「今は測定には使ってない。だが――ここで取った動きの癖は、今のゲームにも結構残ってる」


「ゲーム……?」


彰の肩が小さく動く。


「“インサイダークエスト2”だ。協会が監修してる。ステージ構成も敵の動きも、このシステムをもとに作られてる部分が多い」


彰の指先が、無意識にズボンの縫い目をなぞった。


ゲームだったはずのものが、急に現実の匂いを帯びてくる。


焔はモニターのほうへ軽く顎を向けた。


「ほら、見てみろ」


彰は思わず一歩前へ出る。


画面の中では、シミュレーター用のデモ映像が流れていた。


入り組んだ路地。


崩れた瓦礫。


そこを駆け抜けるプレイヤーの動き。


どこか、見覚えがある。


ゲームで何度も見てきた景色と、空気の重なり方が似ていた。


「……ほんとだ」


気づけば、彰はモニターへかなり近づいていた。


鼓動が少し速くなる。


「今は訓練や息抜き用だ。点数が高くても、実戦で役に立つとは限らない。――あくまでゲームだからな」


焔はそう言って、小さく息を吐いた。


そのとき、少し離れた場所から声が上がる。


「総合スコア……8021!?」


「うそだろ、また更新してる!」


「適応・反応・総合全部高水準だぞ……!」


「この年齢で8000超え……上位数%どころじゃないぞ」


ざわめきが広がり、彰も思わずそちらへ顔を向けた。


並んだカプセルのひとつが開き、中から同じくらいの年頃の少女が姿を現す。


周囲ではスタッフが慌ただしく数値を確認し、モニターには次々とデータが表示されていた。


「すげぇ……」


誰かの声が重なる。


その空気に引っぱられるみたいに、彰の呼吸も少しだけ浅くなった。


さっきまで耳へ入っていた周囲の笑い声が遠のき、代わりに機械の駆動音だけがやけにはっきり聞こえてくる。


足裏に残っていた落ち着かなさが、すっと消えていた。


少女はスタッフの声へ軽く頷き、カプセルから降りる。


後ろで結ばれたポニーテールが肩のあたりで揺れ、光を受けた髪へ淡い紫が混じった。


ラベンダーアッシュブラウンの髪色が、角度によってわずかに色を変えて見える。


彰は、気づかないうちにその姿を目で追っていた。


少女が正面を向いた瞬間、近くの空気がわずかに静まる。


蒼氷色の瞳がまっすぐ前を向いていた。


強く睨んでいるわけじゃない。


それなのに、視線だけが自然とそちらへ引っぱられる。


細身の身体のまま一歩前へ出る。


その動きに合わせるみたいに、周囲のざわめきが少し遅れて戻ってきた。


彰は無意識に背筋を伸ばしていた。


「……さすがだ。神楽月凛かぐらづき りんだな」


焔が小さく息を漏らす。


「父さん、あのスコア、すげぇの?」


凱が思わず身を乗り出す。


「ああ。神楽月家は代々の家系だ」


焔は視線をモニターへ向けたまま続ける。


「小さい頃から、手順も呼吸も叩き込まれてる。史上最年少でインサイダーデビューなんて話が出るのも分かる」


その言葉を聞きながらも、彰の視線だけはまだ凛のほうへ残っていた。


凛は歓声へ特に反応も見せず、タオルで汗を押さえながらゆっくり視線を巡らせている。


その動きが、不意にこちらで止まった。


蒼氷色の瞳が、子どもたちを順番に捉えていく。


彰の番へ来た瞬間――呼吸が止まる。


(……え)


視線を外そうとしたのに、身体だけがぴたりと固まった。


絡まった指へ力が入り、そのままほどけない。


次の瞬間には、もう凛の視線は別の場所へ向いていた。


何事もなかったみたいにタオルを肩へ掛け直し、そのままスタッフのほうへ歩いていく。


それなのに、彰だけがまだ視線を戻せなかった。


胸の奥へ、小さな違和感だけが残る。


その空気を切り替えるみたいに、焔がぱん、と手を叩いた。


「さあ、やってみるか」


焔が笑う。


「ゲームだ。楽しめ」


――挑戦1:凱


「先陣は俺だ!」


凱が迷いなく剣モードを選択する。


モニターへ映し出されたのは、崩れかけた仮想の廃街だった。


路地の奥から敵影が次々と現れる。


凱は真正面から踏み込んだ。


大きく振り抜いた斬撃が最初の敵をまとめて吹き飛ばし、そのまま勢いを止めず次の敵へ切り込んでいく。


「はっ、はっ!」


剣を振るたび、画面の中で火花が散る。


最初のうちは流れも噛み合っていた。


けれど敵の数が増え始めた瞬間、横からの攻撃への反応がわずかに遅れる。


踏み込みながら無理やり押し返し、距離を詰めて立て直そうとする。


それでも、別方向から飛んできた矢と投げ槍がじわじわゲージを削っていった。


「うおっ、まだ来んのかよ!」


凱が声を上げる。


最後は押し切られるように終了画面へ切り替わった。


赤いスコアバーが伸び、平均値を大きく上回る位置で止まる。


《総合スコア:5302》


「うお、五千超え!?」


周囲のスタッフがざわめく。


「瞬間反応値、かなり高いぞ……!」


「前半の伸び方、異常だったな」


「くそっ! なんで最後で失速すんだよ!」


凱は足元をとん、と蹴り、乱暴に前髪をかき上げた。


その横で、陽菜が楽しそうに笑う。


「でも、すごかったよ。凱っぽかった」


「……まあ、悪くはなかったけどな」


凱は顔をそむけたまま鼻を鳴らす。


けれど耳だけは少し赤かった。


――挑戦2:陽菜


「私は……弓で」


陽菜は一歩だけ後ろへ下がり、弓を持ち直した。


胸の前で小さく息を吸い、そのままゆっくり狙いを合わせていく。


最初の数本は、きれいに敵へ刺さった。


「おっ、当たった!」


凱が声を上げる。


陽菜の顔も少し明るくなる。


けれど敵の動きが速くなった瞬間、陽菜の呼吸もわずかに乱れた。


次の矢を急ごうとして、肩へ余計な力が入る。


「うう……待って、待って……!」


焦るたび、弦を引く指先が少しずつぶれていく。


放った矢は壁へ当たり、そのまま光になって散った。


「あっ……」


陽菜の口元が苦笑いへ変わる。


そのあとも何度か狙い直したものの、後半は思うように当たらなかった。


終了画面へ切り替わり、スコアバーは低い位置で止まる。


《総合スコア:2814》


「……あ」


スタッフの声が小さく落ちる。


平均値を少し下回った位置で、バーが静かに停止していた。


「だめだー、全然当たらない……」


陽菜は弓を胸の前へ抱え込み、そのまましゅんと肩を落とした。


つま先が少しだけ内側へ向いている。


「次だ、次。すぐ上がる」


凱が口角を上げる。


その声に、陽菜は「うん……」と小さく笑った。


耳の先だけが、ほんのり赤い。


――次は彰。


足元の床が、さっきより硬く感じる。


掌へ、わずかな熱が戻ってきた。


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