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アウトサイダー  作者: 君島極
第一章:灯が消えない場所 | 第三節:積み重ねる炎
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第1話:木刀に残る炎

――翌朝/龍胆家


窓の光がカーテンの隙間から差し込み、布団の端をやわらかく照らしていた。


光の筋の中でほこりがゆっくり揺れ、朝の空気が静かに部屋へ満ちていく。


彰はまぶたをこすりながら身体を起こした瞬間、右腕の奥へじんとした重さが残っていることに気づいた。


「……あ、筋肉痛」


昨日、ゲームで何度も構え続けた右腕。


肩を回すと、筋がきしむみたいにだるさが広がっていく。


道場で素振りを繰り返した翌朝の感覚に、どこか少し似ていた。


(ゲームなのに、変な感じだな)


それでも、不思議と嫌な疲れじゃない。


ベッドを出て軽く肩を回しながら階段を降りると、味噌汁の匂いと焼き魚の香りが下から流れてきた。


台所では美咲が朝食を並べ、テーブルにはすでに誠が座っている。


「おはよう」


「おはよう、彰」


「おはよ」


湯気の立つ味噌汁の向こうで、茶碗へ触れる箸の音が小さく重なる。


朝の光が食卓を白く照らし、その空気の中へ昨日の試合の感触がまだ少し残っていた。


ご飯を口へ運びながら、昨日のことがふと頭をよぎる。


ゲーム画面の光。


勝った瞬間、隣で大声を上げていた凱。


杖を振るたび、楽しそうに笑っていた陽菜の顔まで浮かぶ。


箸を持つ手が一瞬止まり、そのまま口元だけが少しゆるんだ。


(今日、学校で顔合わせたら……たぶん、また昨日の話するんだろうな)


そのとき、美咲の視線がふっと彰の顔で止まる。


「なに? 顔、ゆるんでるよ?」


「べ、べつに!」


彰は慌てて顔を背け、味噌汁へ口をつけた。


けれど、熱い湯気の向こうで口元だけはまだ少し上がったままだった。


(……今日も、ちゃんとやろう)


そんなことを思いながら、彰はもう一度茶碗を持ち直す。


いつもの朝。


それなのに、昨日より少しだけ世界が明るく見えた。



――それからの二年間


その日から、彰の一日の終わり方が少しずつ変わっていった。


学校から帰れば、まず宿題。


そのあと道場へ向かい、基本の型と体捌きを繰り返す。


誠の厳しい声を背中に受けながら踏み込みを重ね、休憩になれば美咲が淹れてくれたお茶の香りが鼻をくすぐった。


畳を踏みしめるたび足裏へ感触が返り、その重みが少しずつ身体へ馴染んでいく。


汗が目尻へ流れる夏も、吐く息が白くほどける冬も越えながら、彰は少しずつ道着の重さへ身体を馴染ませていった。


それでも放課後になれば、凱と陽菜の声がいつものように横から飛んでくる。


「アキー! はやく!」


ランドセルを揺らしながら先へ走る凱を追いかけ、陽菜が「待ってよー!」と笑いながら後ろをついていく。


公園へ寄れば、そのまま日が落ちるまでボールを追いかけた。


カードゲームで勝った負けたと騒ぎ合い、休日になれば三人で協力ゲームを始めて、気づけば外が暗くなっている。


遊び終わりの帰り道。


夕焼けに染まった道の上を、三つの影が並んで伸びていた。


「昨日、アキめちゃ走ってたよな」


凱は前を歩いたまま、振り返らない。


「うん。でも、すごかったよ? ずっと」


陽菜は隣で目を細める。


「……べつに」


彰は視線を落とし、指先へ入った力をそっとほどいた。


肩が触れそうな距離が、いつの間にか当たり前になっていた。


昨日と同じように朝が来て、放課後になれば三人で帰り道を歩く。


凱の声が前から飛び、陽菜が笑いながらその後を追いかける。


そんな時間が、季節を跨ぎながら少しずつ積み重なっていった。


その中で、彰の中にも小さな変化が生まれていた。


稽古が終わったあとだった。


拳を下ろしても、足だけがその場に残る。


汗を拭こうとして、その前に視線が自然と道場の奥へ向いていた。


気づけば、彰は裏手の倉庫へ足を運んでいる。


引き戸を開けると、木の匂いと湿った土の匂いが混ざった空気が流れ出した。


壁際には、巌が使っていた道具が静かに並べられている。


小窓から差し込む夕方の光が棚の奥を照らし、その中で一本の木刀だけが淡く浮かび上がっていた。


(これ……)


そっと手を伸ばす。


握った瞬間、掌へ重みがすっと馴染んだ。


最初はひんやりしていた木肌が、握っているうちに少しずつ体温を返してくる。


彰はそのまま道場へ戻り、誰もいなくなった畳の上へ立った。


木刀を握り直し、静かに身体を動かす。


踏み込むたび、畳が小さく鳴った。


振り終えたあとも、腕だけは自然に次の構えを探している。


誰かに見せるためじゃない。


誠の声を待っているわけでもなく、教わった型を確かめたいわけでもなかった。


振り終えても、木刀の先だけが次の軌道を探していた。


彰はその感触を逃がさないように、もう一度だけ足を踏み出す。


気づけば、その時間だけが少しずつ長くなっていく。


凱や陽菜と遊ぶ日々は変わらない。


笑って、走って、くだらないことで言い合って、帰るころには三人とも汗だくになっている。


それでも帰り道になると、肩へ掛けた木刀の重さだけが、少しずつ意識へ残るようになっていた。


夕飯どき、テレビへ焔の姿が映る夜も増えていく。


崩れた現場を駆け抜け、火花を散らしながら剣を振るう姿に、彰は箸を持つ手を止めたまま見入っていた。


「焔は……剣の腕が本物だ。実戦でも、舞台でもな」


誠がぽつりと呟く。


その声を聞きながら、彰はテレビの中の剣筋を目で追っていた。


さらに別の夜には、御剣の特集も流れる。


救助現場の映像の中で、無駄のない足運びで人波を抜け、周囲を確認しながら迷いなく動く姿が映し出されていた。


彰は茶碗を持ったまま、その動きから目を離せなかった。


(……かっこいい)


茶碗を持つ手が止まったまま、テレビの中の剣筋から目が離れなかった。


夜、布団へ入って目を閉じても、その感覚だけはなかなか消えなかった。


部屋の奥には、昼間の熱がまだ少し残っている。


静かに息を吐いた瞬間、頭の奥へまた別の光景が浮かんだ。


昨日見た大会でもない。


テレビの映像とも少し違う。


炎の向こうを駆け抜ける気配。


飛び交う光の合間を抜ける感覚。


うまく思い出せないのに、身体だけがその動きを知っているみたいだった。


(……なんだろ、これ)


気づけば、呼吸が少しだけ浅くなっている。


それでも、そのざわめきは不思議と嫌じゃなかった。


布団へ沈み込むみたいに目を閉じても、まぶたの裏にはまだ炎の明かりが揺れていた。



季節は、気づかないうちに何度も巡っていた。


夏祭りの帰り道には、提灯の灯りが三人の影を長く伸ばし、冬になれば吐いた息が白く重なった。


春には、桜並木の下をいつものように三人で歩きながら、凱が前を走り、陽菜が「待ってよー!」と笑って追いかける。


そんな時間を繰り返すうちに、彰の身体も少しずつ変わっていった。


いつの間にか背が伸び、木刀を振ったあとの腕の重さも、前とは違っている。


稽古でうまくいかず、悔しさで喉の奥が熱くなる日もあった。


誠の声に押され、震えた手を握り直せない日もある。


それでも最後には、にじんだ涙を袖で拭い、彰はもう一度木刀を握っていた。


(逃げない。――インサイダーになるために)


握った木刀の重みだけが、何度でも足を前へ向かわせる。


木刀を振るたび、掌へ返ってくる重みが少しずつ身体へ馴染んでいった。


気づけば、テレビの向こうで剣を振るう焔や御剣の姿を見ても、前みたいに“遠い世界”とは感じなくなっている。


(俺も、いつか……)


そこまで考えたところで、彰は小さく息を吐いた。


握った柄には、さっきまでの体温がまだ残っている。


その熱だけを、彰は掌の奥で静かに確かめていた。



――二年後の春/龍胆家・庭


柔らかな風が庭木を揺らし、若葉のこすれる音が静かに重なっていた。


十歳になった彰は、庭で木刀を握っている。


重心を崩さないまま構え、呼吸に合わせて型を流していく。


踏み込むたび、肩から背中へ力がまっすぐ通り、足裏で土を捉える感覚も前より深くなっていた。


(もっと……きれいに)


汗が額へ浮かぶ。


木刀を振るたび、テレビで見た焔の踏み込みが一瞬だけ重なる。


構えを戻すと、今度は御剣の静かな足運びが、庭の土の上へ薄く残った。


首筋を汗が一筋流れ落ちたころ――


「……?」


居間のほうから、短い電子音が二度鳴る。


誠のスマホだった。


彰は動きを止め、そちらへ顔を向けた。


下げるつもりもなかった木刀の切っ先が、いつの間にか少し落ちている。


さっきまで流れていた庭の空気が、その音だけでわずかに変わった。


(いつか、あの人たちの隣に立つ)


そう思った瞬間、止まりかけていた指先へ少しだけ力が戻る。


彰は木刀を握り直し、もう一度だけ静かに構えを作った。


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