第14話:五人の約束
――試合後/ロビー
「……負けた」
結果画面を見つめながら、彰は呟いた。
吸い込んだ息が、うまく吐けない。
(俺が……最後、追いつかなかったから)
さっき倒した名前が、まだ画面の隅へ残っている。
《Nayuta》
ロビーBGMが、やけに遠く感じた。
(落としたのに……それでも、届かなかった)
悔しさだけが、まだ身体へ残っている。
『……いい試合だった』
Windが言った。
『最後のカバーも、悪くなかったと思う』
Shizuも続ける。
『でも、負けは負けだ』
Kainが悔しそうに笑った。
『あー……マジで悔しい。でもさ――』
少し間を置いてから、続ける。
『ランク二位、ぶっ倒したのは普通に自慢していいやつだろ、Akira』
「……」
さっきの感触が、まだ手に残っている。
『あれはマジで痺れた』
Melindaが笑う。
『高台からずるい角度で来てたのに、ちゃんと見て返してたし』
『Nayuta、絶対イラついてる』
Kainがけらけら笑った。
『今回は“味方弱いと勝てねーな”とか言えないだろ、あいつ』
(前みたいに、一方的に言われる側じゃない)
彰は小さく息を吐いた。
『Akira』
Windが名前を呼ぶ。
「はい」
『最後の場面、あれでいい』
「でも……勝てなくて」
『勝てなかった理由は、Akiraだけじゃない』
Windの声が、そのまま続く。
『こっちも五人でやって、あっちも五人でやってる。細かい積み重ねで、今日は向こうが一歩上だったってだけ』
『でもさ』
Kainが口を挟む。
『Nayuta落としてる時点で、十分やばいからな?』
『うん』
Melindaが短く返す。
『あそこまで粘って、最後にあそこまで食らいつけたなら――胸張っていいと思う』
「……楽しかった」
彰は、ぽつりとこぼした。
(悔しいのに……楽しかった)
胸の奥が、まだ熱かった。
『今回はここまでだな』
Windが息を吐いて言う。
画面の端では、大会報酬の通知が開いている。
準優勝記念ポイント。
準優勝限定エンブレム。
準優勝限定アバタースキン。
そして、準優勝者限定称号《銀翼の挑戦者》。
けれど今は、それを見る気になれなかった。
『優勝はできなかったけど――俺は、このチームでここまで来れたこと、ちゃんと誇れる』
『同じく』
Shizuが続ける。
『うん。十分すぎるぐらい戦ったよ』
Melindaも言った。
『次は勝とうな』
Kainが明るく笑う。
『また五人で出ようぜ! 次はあいつら、ぶっ倒そう』
「……はい」
まだ試合の感触が身体へ残っている。
それでも、はっきりと言えた。
「また、一緒にやりたいです」
『決まりだな』
Windが笑う。
そのとき、ヘッドセットの奥で小さく通知音が鳴った。
『……来たか』
Windの声が少し低くなる。
『ちょっと共有する』
そのままチャット欄へログが貼られた。
【Reiji】:いい試合だったね
【Reiji】:前より、だいぶマシになってる
そこまでは普通の言葉だった。
けれど、次の行で棘が覗く。
【Reiji】:でも――お前は結局“そこまで”だよ、Wind
【Reiji】:楽しかったよ。またどこかで会おう
「……」
Windの動きが、一瞬止まる。
チャット欄の更新音だけが、静かなロビーへ響いていた。
『相変わらず、上から目線だな』
Windが小さく息を吐く。
『返信、どうする?』
Melindaが言った。
『決まってるだろ』
Windは笑う。
『何も返さない』
「……いいんですか」
『ああ』
Windの声は静かだった。
『もう、今はこっちの方が大事だから』
彰は小さく息を止めた。
(前だったら、もっと痛かった)
Windの視線が、画面のパーティリストで止まる。
《Wind/Shizu/Melinda/Kain/Akira》
五つの名前。
『Reijiがどう思おうと関係ない。俺は、こっちの方が好きだ』
Windの声が、ヘッドセット越しに静かに残る。
彰は小さく息を吐いた。
この時間も、このメンバーも、まだ胸の奥へ残っている。
『……さて』
Windがひとつ息を抜く。
『大会も終わったし、しばらくはゆっくりやるか』
『そだね』
Melindaが笑う。
『またイベントあったら出よっか』
『その前にさ』
Kainが口を挟んだ。
『Akira、しばらくイン時間減るんじゃね?』
「え?」
『前、言ってただろ。 “最近、親にゲーム怒られてる”って』
「あ……」
誠に言われた言葉が、頭の中へ浮かぶ。
「うん。“インサイダーになりたいなら、ゲームばっかじゃなくて、ちゃんと稽古もしろ”って」
『どこも一緒だね』
Shizuが言う。
『うちもテスト前とかイベント前は、ほぼゲーム禁止』
『分かる〜』
Melindaの声が重なる。
『宿題とかレッスンとか、いろいろあるしね』
『Akiraも、稽古とかあるんだろ?』
Kainが言う。
『前に、なんかやってるって言ってたじゃん』
「……うん。ちょっとだけ」
心体育成流の稽古。
今日、Nayutaへ踏み込んだ一歩と、道場で教わった感覚が頭の中で重なった。
ちゃんと続けてはいる。
でも、最近はゲームへ気持ちが寄っていた。
『だからさ』
Windが穏やかに言う。
『無理してインしなくていい。 時間あるときに来てくれれば、それで十分だ』
「……はい」
その言葉に、肩の力が少し抜ける。
『時間合うときに、また誘ってよ』
Shizuが短く付け加えた。
『そしたら、また五人で潜ろ』
Kainが、いつもの調子で締める。
『うん。そのつもり』
Melindaが笑った。
『次の大会で、“前より強くなってるね”って言われたいし』
「……はい」
彰は小さく頷く。
「今日は、ありがとうございました」
そのまま、ログアウトボタンへ指を伸ばした。
◇
――龍胆家・彰の部屋
ヘッドセットを外すと、部屋の空気が一気に静かになった。
「……ふう」
大きく息を吐いた瞬間。
「アキ!」
ベッドの上から、陽菜が身を乗り出す。
「お疲れ様! すごかったよ、本当に! 最後、二位の人――Nayutaって人、倒してたよね?」
「マジでやべー試合だった」
凱も、タブレットを握ったまま興奮していた。
「ランク二位ぶっ飛ばして、あのスコア差だぞ……負けたのは悔しいけどさ」
「……うん」
負けた感覚が、ようやく身体へ落ちてくる。
(悔しい。でも、嫌じゃない)
彰は天井を見上げた。
「なぁアキ」
凱が少しだけ声を落とす。
「これ以上やったら、怒られんじゃね?」
「……たぶん」
口元が少し緩む。
「父さんには、もう言われてる。“インサイダーになりたいなら、ゲームばっかじゃなくて、ちゃんと稽古もしろ”って」
「やっぱり……」
陽菜が少し肩を落とした。
「最近、ずっと夜遅くまでやってたもんね。おじさん、心配してたんじゃないかな」
「うん。稽古もあるし、宿題もあるし……って」
心体育成流のことを思い出す。
身体はちゃんと動かしていた。
でも、頭の中はずっとゲームのことを考えていた。
「でもさ」
凱がすぐ顔を上げる。
「今日の試合見てたらさ、大会のときくらい、いいだろってなるわ」
「それは……ちょっと分かる」
陽菜が小さく笑った。
「Windたちと一緒に走ってるとこ、ほんとすごかった」
「……ありがとう」
くすぐったさに、彰の頬が少し緩む。
「しばらくはイン少なめでもさ」
凱が、タブレットの画面を消しながら言った。
「また大会出るときは呼べよ。 次もここで、ちゃんと見るから」
「うん。次は、勝ちたい」
「絶対、勝とうね」
陽菜が、ぎゅっと拳を握る。
「今日みたいな試合、また見たい」
その言葉を聞きながら、彰は小さく息を吐いた。
(俺は、まだ弱い)
ゲームも、心体育成流も。
でも――。
(もっと強くなりたい)
あのときの手応えが、まだ指先へ残っている。
「次は、勝てるよ」
陽菜が、そっと笑う。
「……うん」
彰も、小さく頷いた。
「今度は、勝ちたい」
そう言って、小さく息を吐く。
道場で踏み込んだ一歩と、ゲームの中で踏み込んだ一歩。
その感覚だけが、まだ身体へ残っていた。




