第13話:破軍の矛
――大会三日目/本戦ロビー
『おつ、Akira』
『おー、来たか』
『今日、いよいよ本番だな』
ヘッドセット越しに、いつもの声が順番に届く。
『みんな、調子はどう?』
Windが問いかけた。
『オレは絶好調』
『普通』
『……ちょっと緊張してる』
「緊張……してます」
彰は、そのまま答える。
『してていいよ』
Melindaが笑った。
『私もしてるし。ちゃんと緊張してる方が、本気って感じするから』
『Akira、昨日の感じで大丈夫』
Shizuが言う。
『前線二枚。無理しすぎない。“みんなで”勝つ』
「……はい」
『よし』
Windの声が少し強くなる。
『じゃ、行こうか』
《準備完了》
表示が切り替わり、自分のステータスがロックされた。
味方のアイコンが順番に光っていく。
その途中――
《Kein 接続切断》
「……あれ?」
彰が思わず声を漏らす。
『え、Kain落ちた?』
『さっきまでいたよな?』
Windが驚いたように言う。
『本番前だよ、大丈夫かな……』
Melindaの声も少し不安そうだった。
ロビーのBGMだけが、静かに流れている。
数秒後――
《Kein 再接続》
『悪い悪い!』
ヘッドセット越しに、Kainの笑い混じりの声が響いた。
『急に一瞬停電して落ちた。今アメリカなんだけど、なんか外ですげー爆発あったらしくてさ』
『は? 大丈夫なのか?』
『平気平気。こっちは無事』
『ま、そんなことより本番だろ? 行くぜ』
『……心配させるなよ』
Windが苦笑混じりに返す。
最後のアイコンが点灯した。
《TEAM READY》
表示がロビー中央へ浮かび上がる。
彰はコントローラーへ力を込めた。
「……行きます」
その瞬間。
最後のアイコンが光り、視界が強制的に切り替わった。
◇
――本戦/準決勝
いくつかの試合を抜け、AVALONは準決勝へ進んだ。
相手も強豪だった。
けれど、序盤から崩れることはなかった。
Kainが前線を受け止め、Akiraが横から噛む。
Windが全体を整え、Shizuが射線を切り、Melindaが崩れかけた場面を支え直す。
何度か押し返されても、チームの形は崩れなかった。
最後は、AkiraとKainの二枚が前線を割り、残り時間を残したまま勝負が決まる。
《勝利》
『っしゃ、決勝!』
Kainの声が弾んだ。
彰は息を吐く。
手のひらに汗が滲んでいた。
勝った。
けれど、まだ終わっていない。
画面が切り替わる。
次の対戦相手が表示された瞬間、心臓が強く鳴った。
《破軍の矛》
Reijiのチームだ。
『来たな』
Windが呟く。
『ここで勝てば、優勝』
Kainが弾んだ声を出した。
『相手、前衛二枚。遊撃一、支援一、スナ一。構成はうちと似てる』
Shizuが続ける。
『遊撃、多分Nayuta』
画面を見ながら、Melindaも口を開いた。
『位置のクセ、掲示板のクリップと似てる』
『こっちの動き、絶対研究されてると思うから……逆に“いつも通り”を徹底しよ』
『Akira』
Windが名前を呼ぶ。
「はい」
『さっきも言ったけど――お前はお前の役割をやればいい』
その言葉が、まっすぐ胸へ落ちる。
「……はい」
一人で勝とうとしない。
みんなで勝つ。
その感覚だけを、彰はもう一度呼吸と一緒に身体へ落とし込んだ。
『行こう』
カウントダウンが始まる。
《五》
《四》
《三》
彰は目を閉じ、心体育成流の呼吸でひと息整える。
《二》
《一》
ゼロと同時に、視界が開いた。
◇
――決勝/中盤
開幕から、激しいぶつかり合いが続いていた。
前線が押し合い、その横を遊撃が走る。
高台から飛んでくる射線へ視線を奪われた瞬間、別方向から攻撃が重なる。
押し込まれるたび、AVALONは連携でラインを引き戻していた。
『右、二枚!』
『左、カバー行く!』
『前、ライン維持して!』
声が飛び交い、画面の中で光が乱れる。
エフェクトの残光が重なり、味方と敵の輪郭が一瞬だけ混ざり合った。
その中で、Akiraの名前も何度も飛ぶ。
『遊撃、右から回ってきてる。多分Nayuta』
Shizuが告げた。
ミニマップの端。
想定外の角度から、赤いアイコンが伸びてくる。
(速い……)
『Kain、前、気持ち浅め』
Windが指示を出す。
『そのぶん、Akiraが横から噛んで』
「了解です!」
Kainが正面の前衛二人を受け止める。
その少しあとから、Akiraが角度を変えて飛び込んだ。
最初の交戦は、均衡のまま押し返す。
誰も落ちず、ラインだけが少し前へ進んだ。
(Nayuta……やっぱり強い)
見えていないと思った瞬間、一撃が飛び込んでくる。
それでも――。
(さっきの位置……一瞬だけ、空いた)
その動きの癖が、少しだけ見え始めていた。
◇
――決勝/終盤
《残り時間 00:45》
《現在スコア こちら44 / 相手46》
(あと、二つ……)
『最後の交戦、これで決まる』
Shizuが言う。
『前線二枚、いつも通り頼む』
間を置かず、Windが声を重ねた。
『ただし、絶対に深追いはしない。Nayutaのカウンターだけ警戒』
「……はい」
Kainが前へ出る。
Akiraも、その少し後ろから角度を変えて続いた。
敵前衛がKainへ向き直る。
その横から、Akiraの攻撃が突き刺さった。
『ナイス』
Melindaの声が重なる。
敵一人の体力が大きく削れる。
Kainが、そのまま止めへ踏み込んだ瞬間――。
(嫌な……感じ)
視界の端。
高台の影から、赤いアイコンが落ちてくる。
(――来る)
考えるより先に、身体が動いた。
「右斜め上!」
AkiraはKainの前へ滑り込む。
次の瞬間、高台からの一撃が、さっきまでKainがいた場所を貫いた。
『助かった!』
Kainの声が飛ぶ。
(間に合った……)
そう思った瞬間、背後から足音が迫る。
『Akira、後ろ! Nayuta!』
Windの声。
振り返ったときには、敵の遊撃がもう懐へ入り込んでいた。
《撃破》
視界が白く弾ける。
「っ……」
(今のは……)
Kainを守る動きは、間違っていなかった。
でも、そのあと退路を見失っていた。
《残り時間 00:30》
《現在スコア こちら44 / 相手47》
『前線一枚ダウン。ライン、きつい』
Shizuが状況を伝える。
『まだいける』
Windが言った。
『押し返す』
Akiraのいない前線で、Windたちは踏みとどまる。
敵と味方のアイコンが何度もぶつかり合い、ラインがぎりぎりで揺れていた。
『前、二枚削った。けど、Nayutaが暴れてる』
Melindaの声。
『オレが見る』
Kainが息を切らしながら返す。
『Akira、戻ったら“二人で”ぶっ飛ばすぞ』
《残り時間 00:15》
リスポーンカウントがゼロになる。
Akiraは再び戦場へ戻った。
『Akira、右から浅く噛んで! Kainと二枚でNayuta見る!』
Windの声が飛ぶ。
『あいつ落とせれば、まだワンチャンある!』
「はい!」
Kainが正面の前衛へぶつかる。
その少し後ろから、Akiraも角度を変えて走った。
赤いアイコンが、高台側から大きく回り込んでくる。
(さっきと――同じ)
高台から死角を使って降り、そのまま横腹を狙ってくる動き。
(今度は――逃がさない)
「Kainさん、右下、釣って!」
『了解!』
Kainが一歩前へ出て、敵前衛を引きつける。
その瞬間、影から《Nayuta》が飛び出した。
(――来た)
Kainの背中へ飛び込む軌道。
Akiraは、その内側へ一歩だけ滑り込む。
「――っ!」
身体を捻るように、攻撃を叩き込んだ。
Nayutaの最初の一撃がKainへ届く前に、Akiraの攻撃が横から入る。
『うお、今の!』
Kainが声を上げた。
Nayutaの動きが一瞬止まる。
そこへKainの追撃が重なった。
《残り体力 わずか》
(ここ――)
道場で繰り返した、“間合いを詰める一歩”。
その感覚のまま、Akiraの身体が前へ出る。
(前に出すぎない。でも、“届く”ところまで)
Kainの攻撃へ意識が向いた、その隙間へ滑り込む。
ボタンを押し込んだ瞬間――
《撃破!》
画面の上で、《Nayuta》のアイコンが灰色へ変わった。
『っしゃああああ!!』
Kainが叫ぶ。
「よしっ!!」
彰も思わず声を上げる。
踏み込んだ感覚だけが、まだ身体へ残っていた。
――道場で、“一歩”を踏み抜いたときと同じ感覚。
(Nayuta――落とした!)
あの名前を、今度は自分の手で落とした。
悔しさも、怖さも、一気に熱へ変わっていく。
『前線、そのまま押す! この形、完璧だ』
Windの声にも熱が混ざる。
《残り時間 00:07》
《現在スコア こちら45 / 相手47》
『あと二つ……!』
Melindaの声が跳ねた。
『前衛一枚、目の前!』
Kainがそのまま前へ走る。
「追いつく……!」
Akiraも後ろから踏み込んだ。
けれど――。
《残り時間 00:03》
敵支援の回復エフェクトが広がる。
前衛の体力が、ぎりぎりで持ちこたえた。
『くそ、硬い!』
Kainが叫ぶ。
Akiraもトリガーへ指をかける。
けれど、攻撃より先にカウントが減っていく。
《残り時間 00:01》
最後の一撃がかすめた、その瞬間。
タイムアップの表示が、画面へ割り込んだ。
《時間切れ》
《敗北》
スコアは《こちら46 / 相手47》で止まっている。
あと一つ届かなかった。
(……あと少し)
リスポーン画面の白い光だけが、視界へ残る。
コントローラーへ置いた指だけが、そのまま止まっていた。
※2026/7/23旧バージョンを誤って投稿してしまっていたため、最新版へ差し替えました。
内容の変更点は、破軍の矛との対戦が「準決勝」ではなく「決勝」になっている点です。
失礼いたしました。引き続きお楽しみいただければ幸いです。




