第12話:送り出す声
――翌朝/小学校・教室
今朝まで降っていた雨の匂いが、まだ教室へ薄く残っていた。
開いた窓から湿った風が入り込み、黒板の端でチョークの粉が薄く舞う。
その落ち着いた朝とは裏腹に、教室の空気だけは朝から騒がしかった。
「うわ、昨日の試合マジやばかった!」
「最後の逆転見た!?」
「配信めっちゃ盛り上がってたよな!」
ランドセルを置く音に混ざって、《インサイダークエストⅡ》の話題が教室中へ広がっている。
中には、昨日の試合映像をタブレットで見返している男子たちまでいた。
「お、彰来た!」
彰が教室へ入ると、視線が集まる。
「昨日めっちゃ熱かったって!」
「最後の連携やばかった!」
彰は少し困ったように頬をかいた。
「そ、そんな大したこと……」
「いや大したことあるだろ!」
別の男子がすぐ声を上げる。
「最後のとこ、めっちゃかっこよかったし!」
その声のあと、教室前の方にいた石崎が小さく肩をすくめた。
「……昨日、普通に負けたわ」
彰は一瞬だけ言葉に迷ってから、小さく頷く。
「うん……でも、石崎くんたちも強かったよ」
石崎は鼻を鳴らした。
「だろ?」
けれど、そのあと少し悔しそうに頭をかく。
「途中までは普通に行けてたんだけどな。最後、そっちの連携が完璧だった」
彰は少し目を丸くした。
「……うん。最後、連携うまくいかなきゃ負けてたと思う」
そう言って、小さく笑う。
教室の空気が少し静かになった。
その横へ、凱が勢いよく割り込んでくる。
「いやー、マジ熱かったわ昨日!」
「ワンチューブのライブで見てたけど、最後やばかったよな!」
陽菜も嬉しそうに頷いた。
「うん。どっちもすごかった」
その言葉に、石崎が少し視線を逸らす。
けれど今回は、前みたいな強がりだけじゃなかった。
「ま、次は負けねーけどな」
小さく鼻を鳴らす。
その空気へ、後ろの男子たちが次々に声を重ねた。
「いやこのまま優勝いけるだろ!」
「昨日マジで強かったって!」
「AVALONやばすぎ!」
その中には、前に「チート」と言っていた男子たちも混ざっている。
凱が、にやっと笑った。
「お前ら、前アキのことチートとか言ってたじゃねーか」
「あー……」
男子たちが顔を見合わせる。
そのあと、ひとりが頭をかいた。
「いや、悪かったって。あそこまで強いと思ってなかったし」
「うん……普通にすごかった」
別の男子も頷いた。
彰は少し驚いたあと、困ったように笑う。
「いや、大丈夫だよ」
その言葉のあと、教室の空気が少し緩んだ。
「よかったー」
「許された!」
笑い声が広がる。
その横で、石崎が小さく鼻を鳴らした。
そのままホームルームが始まり、先生の声が教室へ響く。
けれど後ろの方では、まだ小さく大会の話が続いていた。
「今日、本戦なんだろ?」
「マジで優勝したらやばくね?」
彰は苦笑しながら前を向く。
窓の外では、春の風が校庭の砂をゆっくり流していた。
◇
――放課後/教室
終礼が終わると、教室はまた一気に騒がしくなった。
帰り支度を始める音と笑い声が、教室いっぱいへ広がっていく。
彰が帰る準備をしていると、後ろから男子たちの声が飛んだ。
「いやー、なんかこっちまで緊張してきた!」
「お前が出るわけじゃねーだろ」
「だって昨日めっちゃ熱かったし!」
笑い声が重なる。
「彰、今日も活躍しろよー!」
「マジで配信見るからな!」
笑いながら手を振る男子たちの横で、石崎もランドセルを肩へ引っかけた。
「……負けんなよ」
ぶっきらぼうな言い方だった。
けれど前みたいな刺々しさは、もう残っていない。
彰は少し目を丸くしたあと、小さく頷く。
「うん。やるだけやってみる」
石崎は小さく鼻を鳴らした。
それから、すれ違いざまに彰の肩へ軽く手を置く。
「……俺の分まで頼んだ」
短い一言だった。
けれど、その手から前みたいな刺々しさは消えている。
「いやもう普通に応援してるからな」
取り巻きの男子まで笑い、教室の空気が少しやわらぐ。
そのままランドセルを背負い、彰たちも教室を出た。
廊下には、まだ放課後のざわめきが残っている。
他のクラスからも笑い声が聞こえ、夕方の風が窓から流れ込んでいた。
昇降口で靴を履き替え、校門を抜ける。
西日に染まった住宅街の中を、彰たちは並んで歩き始めた。
凱が横から身を乗り出す。
「なあアキ。今日、見に行っていい?」
陽菜も、その横で遠慮がちに口を開いた。
「……私も、行きたい」
彰は少し目を瞬かせる。
凱はすぐ続けた。
「今度はちゃんと静かにする! 絶対邪魔しねーから!」
「凱くん、それフラグみたいになってるよ?」
陽菜が小さく笑った。
彰は少し迷ったあと、苦笑する。
「……静かにしててくれるなら、いいよ」
「っしゃ!」
凱が拳を握る。
陽菜も顔を明るくした。
「ありがとう、アキ」
夕方の風が三人の間を抜け、並んで歩く服の裾を揺らしていた。
◇
――大会三日目/夜・龍胆家・彰の部屋
窓の外は、すでに薄暗かった。
電気をつけた部屋の中で、Z-FORCEの電源ランプが淡く点っている。
「お邪魔します……」
陽菜が部屋へ入ってくる。
「おじゃましまーす!」
凱は勢いよく声を出したあと、途中で一度だけ足を止めた。
それから足音を殺して進む。
「こっから先、静かにな」
凱はそう言って、口元へ指を当てた。
「邪魔すんなよ。マジで怒られるから」
「怒らないけど……」
彰が苦笑する。
そのままベッドの端を指さした。
「そこ、座ってて。声は抑えて」
「うん」
陽菜がこくりとうなずく。
凱は床へあぐらをかき、ベッドにもたれた。
「こっちで見るからさ。アキはそのままでいい」
「……ありがとう」
彰はヘッドセットを耳へかけ、マイクの位置を軽く直す。
窓の外で車の走行音がひとつ流れ、やがて遠ざかっていく。
昨日と同じ手順で操作をなぞる。
でも――今日は、決勝を賭ける。
Z-FORCEの電源ボタンを押すと、画面が光り、ロビーのBGMが静かに立ち上がった。
ロビーのUIだけが、部屋の明かりへ淡く浮かんでいる。
彰は小さく息を吐いた。
「……行ってきます」
声は小さかった。
それでも、自然と口からこぼれていた。




