第10話:交わる約束
――大会二日目/朝・小学校・教室
朝の光が、大きな窓から教室いっぱいへ広がっていた。
雨上がりの光が窓ガラスへ反射し、教室の床へ白く揺れている。
けれど教室の空気は、朝から妙に落ち着かなかった。
「なあ、昨日の大会見た!?」
「見た見た! 最後やばかったよな!」
ランドセルを置く音に混ざって、《インサイダークエストⅡ》の話題があちこちで飛び交う。
「決勝まで行ったらマジでやばくね?」
「配信映っただけでもう有名人だろ」
「大会限定スキン欲しすぎるんだけど!」
その中心にいたのは、やっぱり石崎だった。
「いやー、昨日マジ危なかったわ」
石崎が椅子へ浅く座ったまま肩をすくめる。
「一回負けたら終わりだから、普通に焦ったし」
「えー?」
取り巻きの男子が声を上げた。
「でも石崎、めっちゃ余裕そうだったじゃん!」
「最後とか普通に無双してたし!」
「いや、あれギリだったって」
石崎が苦笑しながら頭をかく。
「相手の前衛、思ったより強くてさ。あとちょっとズレてたら普通に負けてた」
「うわ、トーナメントこえー……」
周囲から声が漏れる。
「今日も勝ったら、かなり上まで行くんだろ?」
「優勝したら普通に学校で英雄だろ」
笑いが広がる。
石崎は照れくさそうに鼻を鳴らした。
「まあ、そこまで行けたらな」
その輪を少し離れた席から、彰は静かに見ていた。
ランドセルへノートをしまいながら、小さく息を吐く。
(……みんな、ほんと盛り上がってるな)
大会が始まってから、学校の空気はずっとこんな感じだった。
強いプレイヤーや勝ち上がったチームの話。
配信で映った場面。
昨日までゲームに興味なさそうだったやつまで、今日は大会の話をしている。
ふと、石崎の視線がこちらへ向く。
一瞬だけ目が合う。
けれど石崎は何も言わず、すぐ取り巻きとの会話へ戻っていった。
その周りの男子たちも、彰へ話しかけてくることはない。
彰も、その輪へ入っていこうとはしなかった。
教室には、昨日の熱だけがまだ残っていた。
◇
――放課後/教室
終礼が終わると、教室はまた一気に騒がしくなった。
西日が黒板をオレンジ色に染め、開いた窓から夕方の風が流れ込んでくる。
あちこちで椅子が引かれ、ランドセルを閉じる音と笑い声が重なった。
休み時間までは遠巻きにこちらを見ていただけだった石崎たちも、放課後になると少しずつ彰の近くへ集まり始める。
その中で――
「……龍胆くん」
呼ばれて顔を上げると、そこには石崎たちが立っていた。
石崎はランドセルを肩へ引っかけたまま、一度だけ視線を逸らす。
「昨日も勝ったんだろ」
「……うん」
「じゃあ、次当たる可能性あるよな」
その言葉のあと、教室の空気が少し静かになる。
彰は少し目を丸くした。
「……石崎くんも、勝ってるんだね」
煽るつもりなんて、まったくない。
ただ普通に出た言葉だった。
けれど、その直後だけ石崎の肩がわずかに強張る。
「まあ、そこまで行けたらな」
石崎が小さく鼻を鳴らす。
けれど、その視線だけは彰から逸れなかった。
教室後ろ扉が開く。
「アキー、帰ろ――」
凱だった。
その後ろから、陽菜も顔を出す。
けれど次の瞬間、凱の動きが止まる。
「……次当たるかもってマジ?」
「うわ、クラスメイト対決じゃん!」
凱がすぐ声を上げる。
陽菜もぱちぱち瞬きをしたあと、小さく笑った。
「だねー」
その声につられるみたいに、石崎の視線がふと陽菜へ向く。
陽菜は彰を見たまま笑っていた。
その横顔を見た瞬間、石崎の表情が少し固まる。
ランドセルの肩紐を握る手へ、じわりと力が入った。
「……本当は、決勝で当たりたかったけど」
石崎が小さく息を吐く。
「……ぜってー負けねーから」
さっきより低い声。
けれど最後だけ、少し早口だった。
石崎はそう言ったあと、すぐ視線を逸らした。
その横で、取り巻きの男子が吹き出す。
「いやいや、その前に両方負けたりしてな」
「うるせーよ」
石崎がすぐ返した。
周囲から、小さく笑い声が漏れる。
張っていた空気が、ほんの少しだけほどけた。
彰は少し目を丸くしたあと、小さく笑う。
「うん。お互い頑張ろうね」
その言葉のあと、教室の空気が少し止まった。
石崎は小さく鼻を鳴らし、そのまま背を向ける。
「……行こうぜ」
取り巻きたちも、その後ろについていった。
石崎は教室を出る直前、一度だけ振り返る。
その目は、もう前みたいな“チーターを見る目”じゃなくなっていた。
◇
――大会二日目/夜・ゲーム内ロビー
ロビーの背景には、夕焼け色の空と回転する広告バナーが流れている。
『じゃ、二日目もよろしく』
Windの声が、いつもより少し硬かった。
『今日は予選後半。ここ抜ければ、本戦かなり近い』
Shizuが短く確認する。
『相手も昨日より強くなるから、集中していこ』
Melindaが続けた。
『おーっす』
Kainが、いつもの調子で返す。
彰はヘッドセットへ軽く触れ、息をひとつ吐いた。
(今日、勝てば……)
掲示板に書かれていた言葉も、昨日Windたちに言われたことも、教室の空気も、まだ頭の中へ残っている。
「……お願いします」
小さく呟き、準備完了を押した。
◇
――大会二日目/中盤
数試合を勝ち抜いたあと、相手のレベルが、明らかに変わり始めていた。
ミニマップの動きが揃っている。
一人を狙えば、すぐ別方向からカバーが飛ぶ。
前線も、簡単には崩れない。
(昨日までと違う……)
『前線、右から』
Windの声に、KainとAkiraの返事が重なった。
Akiraはコンテナの影を抜け、そのまま前へ出る。
(行ける)
昨日より、動けている感覚があった。
敵の位置も、味方の動きも、前より見えている。
Kainが前へ出た、その少し先へ。
Akiraの身体が自然と踏み込んでいた。
敵二人の間へ滑り込み、最初の一撃を通す。
《1 KILL》
「よし――!」
けれど次の瞬間、横から別の敵が飛び込んできた。
(しまっ――)
視界が赤く弾ける。
『Akira、下がって!』
Windの声が届くより早く、追撃が重なった。
《DOWN》
画面が白く弾ける。
「っ……!」
拳へ力が入る。
(また……!)
リスポーン待機。
その間にも、味方のHPバーが激しく上下していた。
『Kain、一回下がって』
『Shizu、高台見えてる?』
『見えてる。右二枚固まってる』
『よし、じゃあ引き込む』
Windの声が飛ぶ。
Akiraが戻るころには、もう味方は立て直しを始めていた。
高台からの射線が敵を押さえ、その間にもMelindaの回復が途切れず重なる。
Kainも前でラインを支え続けていた。
誰も、自分の役割を崩していない。
(……すごい)
味方のHPバーが立て直されていくのを見ながら、彰はさっきの動きを思い返していた。
(俺、一人で行こうとした)
動ける感覚のまま、前へ出すぎていた。
『Akira、右から合流!』
Melindaの声。
「はいっ!」
今度は、一歩後ろから入る。
Kainが敵を引きつけ、その横からAkiraが攻撃を重ねた。
《DOUBLE KILL》
『ナイス!』
『そのまま押す!』
《WIN》
ロビーへ戻ったあと、しばらく誰もすぐには喋らなかった。
そのあと、Kainが苦笑する。
『いや今の、マジ危なかったわ』
『前、ちょっとですぎ』
Shizuが短く言う。
『でも押し返さないと崩されてたろ?』
Kainが言い返した。
空気が少し張る。
彰は肩を縮めた。
(……俺のせいだ)
『はいはい、ストップ』
Melindaが間へ入る。
その直後。
『――Akira』
Windが静かに名前を呼んだ。
「……はい」
『さっき、前に出た理由は分かる』
その声に、責める感じはなかった。
『行けると思ったんだろ』
「……はい」
『その判断自体は悪くない』
Windはそのまま続ける。
『でも、一人で押し切ろうとすると、どっかで無理出る』
その言葉に、彰の指先だけが止まる。
『前線って、“一人で勝つ場所”じゃない』
Kainが小さく笑った。
『オレいるんだから、ちゃんと使えよ』
『Shizuもいるしね』
Melindaが続ける。
『Akiraくんが突っ込みすぎても、全部一人で抱えなくていいんだよ』
『こっちは五人』
Shizuが短く言う。
『一人落ちても、立て直せる』
「……」
彰はコントローラーの縁をなぞった。
リスポーン直前の赤い画面が、まだ視界の端に残っている。
(……また、一人で行っちゃった)
『さっきの突っ込み、判断自体は悪くない』
Windの声が少し真面目になる。
『でも、入るのが早すぎた。 Kainが前で引きつけてから、もうちょい合わせてよかった』
「……はい」
『そこ直せば、あの動きはちゃんと武器になる。 だから、次に活かそう』
「……はい」
彰はゆっくり息を吐く。
「次は、“みんなで”勝ちます」
少し間が空いたあと。
『うん。それで十分』
Windが小さく笑った。
◇
《二日目 予選第四試合 勝利》
画面が切り替わり、ロビーへ戻る。
「っはぁ……」
彰は椅子へ背中を預けた。
連戦の疲労で、指先がじんと熱い。
『ナイス』
『今の連携よかった』
ヘッドセット越しに声が飛ぶ。
Windがロビー画面を開いた。
『これで、かなり上まで来たな』
『トーナメント表更新されてる』
Shizuが言う。
彰も何気なく画面を切り替えた。
《TOURNAMENT》
枝分かれした対戦表へ、勝ち上がったチーム名が少しずつ埋まっている。
その中に、《Frontier》の名前があった。
「……っ」
息が止まる。
放課後の教室で聞いた石崎の声が、遅れて頭の中へ浮かんだ。
『……ぜってー負けねーから』
(……残ってたんだ)
『Akira?』
Windの声。
彰は小さく息を吐く。
「……次、同じ学校の子と当たるかもしれません」
『へぇ』
Kainが少し楽しそうに笑う。
『ライバルってやつ?』
「……多分」
『チーム名は?』
Melindaが尋ねる。
彰は画面を見つめたまま答えた。
「……《Frontier》ってチームです」
その直後、対戦表の表示が更新される。
《WINNER Frontier》
続けて、次の対戦欄が光った。
《NEXT MATCH》
《AVALON VS Frontier》
「……!」
彰が目を見開く。
『お、マジじゃん』
Kainが笑った。
『当たるな、これ』
Windも短く息を吐く。
『なるほどね』
彰は画面を見つめたまま、小さく息を吸った。
(石崎くん……)
放課後の教室で向けられた視線が、頭の奥へ浮かぶ。
けれど今は、ヘッドセットの向こうに四人の声があった。
『行くぞ』
Windの声が静かに響く。
《MATCH LOADING》
画面が暗転し、市街地マップのロード画面が浮かび上がった。
崩れた高速道路。
入り組んだ路地。
《Frontier》
対戦チーム名の横には、《zakizaki》の名前も表示されている。
彰は小さく息を吐いた。
(石崎くん……)
ヘッドセットの向こうでは、誰かが短く息を整えている。
『深呼吸しとけよー』
Kainが笑う。
「してます……」
彰も苦笑した。
握ったコントローラーを、指先だけが何度も握り直していた。
ロードバーが、ゆっくり端へ伸びていった。




