第9話:信じる声
――大会一日目/夜・ゲーム内ロビー
《チーム戦グランドトーナメント 予選一日目》
画面の上に、大会用のロゴが表示されている。
いつものロビーと同じはずなのに、BGMは少し豪華で、色合いまでどこか眩しく見えた。
《チームメンバー:Wind/Shizu/Melinda/Kain/Akira》
五つの名前が並ぶパーティリストを見ながら、彰はコントローラーを握り直す。
待機時間のあいだも、ボイスチャットは途切れなかった。
『なあ、予選って何試合くらいやるんだろ』
『トーナメント表見る限り、今日はそこそこ長いと思う』
『うわー、絶対途中で喉乾く』
『お前はまず突っ込みすぎるのやめろ』
『えー』
Kainの不満そうな声に、Melindaが笑う。
『Akira、緊張してる?』
突然話を振られ、彰は少しだけ肩を跳ねさせた。
「え、あ……ちょっとだけ」
『まあ最初はみんなそう』
Windが落ち着いた声で返す。
『でもAkira、普段通り動ければ大丈夫だと思う』
『うん。変に力入る方が危ない』
Shizuも短く続けた。
彰は小さく息を吐く。
(普段通り……)
心体育成流の呼吸を思い出しながら、肺へゆっくり空気を入れた。
『お、そろそろ来る』
Windの声と同時に、ロビー画面の表示が切り替わる。
《予選マッチ マッチング中》
さっきまで続いていた雑談も、少しずつ減っていった。
ロード画面が切り替わる。
《MAP:CITY AREA》
ビルと路地が入り組んだ市街地マップだった。
『前線二枚、右ルートから。俺は中央見ながら動く』
Windがいつもの調子で指示を飛ばす。
『メルはその後ろ。Shizuは高台』
『了解』
『行くよー』
「りょ、了解です!」
スポーン位置へ、五人のアバターが並ぶ。
《5》
《4》
彰はコントローラーを握り直した。
《3》
ヘッドセットの奥で、誰かが小さく息を吐く。
《2》
(いつも通り)
心体育成流の呼吸をひとつ入れる。
《1》
AkiraはKainと並び、そのまま右の路地へ走り出した。
足音と銃声が重なり、視界へ一気に情報が流れ込んでくる。
(いつも通り)
角を曲がった瞬間、敵の弾が飛び込んできた。
『きたきたきた!』
Kainが笑いながら前へ飛び出す。
Akiraも左右へステップを刻み、その側面へ回り込んだ。
銃声が耳元をかすめる。
「今――!」
Kainの攻撃で崩れた敵へ、そのまま連続攻撃を叩き込む。
《撃破!》
「よしっ」
画面の隅で、敵アイコンがひとつ灰色へ変わった。
『ナイス』
Windの声。
上の方では、Shizuの銃声が断続的に響いている。
『前、抑えといて。高台側はこっちで削る』
『了解』
「任せてください!」
Kainが前へ出るたび、Akiraの動きも少し遅れてその流れへ重なっていく。
コンテナの角で交差した弾道が、敵の照準をわずかに散らした。
中央を横切ったWindへ敵の視線が流れる。
その隙へ、Shizuの射撃が重なった。
「――今だ」
Kainの踏み込みへ合わせるみたいに、Akiraも前へ出る。
背中を淡い光が撫でる。
Melindaの回復が、途切れず続いていた。
《勝利》
一試合目の結果画面。
スコア表の横で、《AVALON》のチーム名へ小さな王冠マークが灯っていた。
『ふぅ……まずは一勝』
Melindaの声が少しゆるむ。
『悪くない立ち上がり』
Shizuも短く続けた。
『Akira、固かったけど、動きは悪くなかったよ』
Windの声に、彰は思わず背筋を伸ばす。
「緊張、してました……」
『知ってる』
Kainが笑う。
『声ちょっと高かったし』
「う、うるさいです……」
そのあとも、試合は続いた。
Kainと同時に踏み込むつもりが入りがずれ、二人まとめて落ちる。
回復の届かない位置まで前へ出て、孤立することもあった。
『今の、オレ出すぎたわ』
Kainが苦笑する。
「俺も、ついていくの遅れました……」
『じゃ、次はタイミング合わせよう』
Windが自然にまとめた。
『Kainが“今行く”って言ったら、Akiraは少し遅れて入る感じで。もっと声使おう』
『りょうかーい』
『了解』
『やってみよっか』
短いやり取りを重ねるたび、少しずつ動きが噛み合っていく。
そして、一日目最後の試合。
誰かが動けば、その次の動きが自然に重なる。
前線が崩れそうになればWindが入り、高台からはShizuの援護が飛ぶ。
Melindaの回復も、一歩遅れず重なっていた。
今までで一番、“五人で戦っている”感覚が強かった。
(さっきまでみたいには、簡単に崩せない……)
画面の隅で、残り時間が減っていく。
《残り時間 00:40》
スコアはほぼ互角だった。
ほんの少しだけ、相手がリードしている。
『前、無理に突っ込まなくていい』
ヘッドセット越しに、Windの声が落ちる。
『一回ライン整えよう。Kain、少し待って』
『おっけ』
Kainが遮蔽物の影で動きを止める。
Akiraも、その少し後ろへ位置を合わせた。
壁の向こうで、敵の足音が小さく揺れている。
(ここで焦ったら、多分、負ける)
喉の奥が少し狭くなる。
高台からの一撃が遮蔽物を削り、白いエフェクトと砂煙が視界へ散った。
『スナ、右上。Shizu、どう?』
『見えてる。だけど前二枚が盾になってる』
『じゃ、前ずらす』
Windが短く息を吐く。
『Kain、次のピークで一回だけ顔出して。Akira、合図したら少し遅れて斜め右』
「……はい!」
『Mel、前線の体力管理頼む』
『任せて』
《残り時間 00:20》
赤く点滅する数字が、視界の端で何度も明滅する。
その中で、Windの声が飛んだ。
『いくぞ――今!』
Kainが飛び出した瞬間、敵の視線がそちらへ集まる。
その隙へ、Akiraも斜め右から踏み込んだ。
コンテナの影で開いた敵の横腹が、視界へ飛び込んでくる。
(ここ!)
Kainの攻撃で崩れた敵へ、Akiraの連撃が重なった。
《撃破!》
その直後、高台の影で光が走る。
『スナイパー、抜いた』
Shizuの声。
『ナイス! 前、押し切る!』
Windの声が一段強くなる。
『メル、前線全力維持!』
『了解!』
残り時間は、もう十秒を切っていた。
『ラスト、前!』
Kainが叫ぶ。
『このまま押し込むぞ!』
「行きます!」
五人の動きが、一気に前へ噛み合う。
前線が押し込み、その隙へWindが入り込む。
逃げ道へ重なったShizuの射線が、敵の動きを封じていた。
最後の一撃が敵支援へ突き刺さる。
《勝利》
表示と同時に、時間切れのアラートが鳴り響いた。
『……っぶな』
Kainの声に、軽い笑いが混じる。
『今の、マジでギリギリだったろ』
『最後の合わせ、良かったよ』
Melindaの息が、ヘッドセット越しに長く抜ける。
『さっきの入り、なんかめっちゃ噛み合ってた』
Shizuの声が入った。
『さっきの修正、ちゃんと活きてる』
『Akira』
Windが、少し柔らかい声で名前を呼ぶ。
『最後の入り方、よかった』
「……っ」
呼吸が、少し深くなる。
さっきまで震えていた指先から、力が抜けていった。
ロビーへ戻ると、五人の間へ安堵した空気が流れる。
『一日目、全勝か……』
Windの声が少し間を置いて落ちた。
『やるじゃん、オレたち』
Kainが楽しそうに笑う。
『このまま三日目まで突っ走りてーな』
「……うん」
指先には、まだコントローラーを握っていた感覚が残っていた。
(このメンバーなら、本当に――)
『あ、掲示板、もうまとめ出てる』
Melindaが声を漏らす。
「掲示板?」
『大会専用のフォーラム。今日の注目チームとか、みんな書き込んでるやつ』
Windが簡単に説明した。
『ちょっと見てみる?』
「……見たいです」
今なら、素直に開ける気がした。
彰はロビー画面から、掲示板のアイコンへカーソルを合わせる。
大会特設フォーラムは、文字で埋め尽くされていた。
《予選一日目 注目チームスレ》
《優勝候補予想》
《この固定、動きやばくない?》
スクロールするたび、知らないチーム名やユーザー名が次々と流れていく。
上位ランカーの名前や、ランキング常連の固定チームもいくつか見えた。
(うわ……こんなに見られてるんだ……)
その中には、《AVALON》の名前も混ざっている。
自分たちのチーム名を見つけた瞬間、彰はスクロールする指を止めた。
《Team_W、前線二枚の連携おもしろい》
《Wind固定、やっぱり動きはきれいだな》
「……」
画面を流れる文字を、彰はしばらく黙って見つめていた。
別のスレッドタイトルが目に留まる。
《Wind固定ってどうなの?》
「……Wind固定……?」
彰は思わずカーソルをそこへ合わせた。
【破軍の矛】
「Windたちの固定って、野良でしか勝てないって噂のとこだろ?」
「連携ごっこで勝てると思ってんの草」
「個々の技量足りてねえだろあそこ」
【匿名】
「前線二枚の片方、Akiraってやつだろ? 野良で当たったことあるけど、あいつ単独で突っ込んでいくから正直やりづらかったわ」
「味方の位置見ないで勝手に動くタイプだよな」
【破軍の矛】
「数字だけはそこそこだけど、中身は微妙固定って感じ」
「大会で当たったら現実見せてやるわw」
「……」
画面の文字が、妙に目へ残る。
そこに並んでいたのは、自分の名前だった。
息が途中で止まる。
握っていたコントローラーから、少しずつ力が抜けていった。
「……」
画面を見つめたまま動けずにいると、ヘッドセット越しに声が飛んできた。
『Akira』
Windの声だった。
『掲示板、見てる?』
「……はい」
『変なの、いたろ』
Kainの声が少し強くなる。
『“破軍の矛”とかいうやつ。さっきから煽りまくってんぞ』
『あのチーム、名前は聞いたことある』
Shizuの声が続く。
『上位帯の固定。煽り込みで有名』
Windは小さく息を吐いた。
けれど、その話題を広げることはしない。
『気にしなくていいよ』
Melindaが続ける。
『掲示板って、ああいう人どうしてもいるから』
「でも……」
彰は口を開きかけて、言葉を止めた。
「俺……前、勝手に動いてて……みんなに迷惑かけてたの、ほんとで……」
否定できなかった。
書かれていたのは、少し前までの自分だった。
『……前は、な』
回線の向こうが静かになる。
『でも今は、違う』
Windの声は、まっすぐ続いていた。
『そうそう』
Melindaが笑う。
『“野良のAkira”と“今のAkira”を一緒にされるの、ちょっとやだし』
『少なくとも今日の試合で、味方見ないで動いてた場面、私は覚えてない』
Shizuも静かに続けた。
『だからさ』
Kainが、わざと明るく言う。
『言わせときゃいいんだよ。勝ってけば、そのうち勝手に黙るし』
「……勝って、いく」
(この人たちは、ちゃんと見てくれてる)
画面の文字より、ヘッドセット越しに聞こえる声の方が、ずっと近かった。
「……はい」
彰はゆっくり頷く。
「……もっと勝てるようになります」
膝の上で握った拳へ、少しずつ力が入っていく。
『それでよし』
Windが小さく笑った。
『じゃ、一日目はここまでにしよう。明日もあるしな』
そうして、その夜はお開きになった。
ログアウトした画面には、淡い光だけが静かに残っていた。
◇
――同じ夜/龍胆家・廊下
Z-FORCEの電源を落とし、ヘッドセットを机に置く。
部屋の扉をそっと開けた。
二階の廊下は静かで、階段の下からだけリビングの明かりが漏れている。
彰は階段を降りた。
近づくと、新聞を畳む音がして、誠が顔を上げる。
「……もう終わったのか」
「うん。予選の一日目、全部勝てた」
誠は一瞬だけ目を細め、それから小さくうなずいた。
「全部、か。――よくやったな」
「……!」
その言葉が、まっすぐ胸へ落ちていた。
「ただの遊びだからって、手を抜いたり投げ出したりはするな。やると決めたなら、最後までやりきれ。どんなことでもだ」
誠の声は、いつも通りまっすぐだった。
「……うん。ちゃんとやる」
誠は短く一度うなずく。
「インサイダーを目指すのもいい」
少しだけ口元をゆるめた。
「だが、そのために必要なのはゲームだけじゃない。身体も頭も心も鍛えることだ。――それを忘れるな」
「……うん。分かってる」
誠はそれ以上何も言わなかった。
時計の針がひとつ進む音だけが、静かなリビングへ残っている。
彰は部屋へ戻り、ベッドへ潜り込んだ。
天井の影が、静かに揺れる。
ヘッドセット越しの声と、《勝利》の文字が少しずつ遠ざかっていった。
息を吐くたび、肩の力が抜けていく。
布団の中には、熱だけがまだ残っている。
彰は、そのまま目を閉じた。




