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アウトサイダー  作者: 君島極
第一章:灯が消えない場所 | 第二節:本物への誓い
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第7話:アヴァロン

――夜/龍胆家・彰の部屋


窓は指一本ぶん開いていた。


外から入る春の夜気が、カーテンをゆるく揺らしている。


遠くで車の走行音がひとつ流れ、やがて途切れた。


机の上へ置いた小さなマイク付きヘッドセットを、彰はじっと見つめていた。


コードへ触れた指先が、落ち着かないみたいに何度も動く。


(……本当に、これで話すのか)


部屋の明かりは机のスタンドライトだけだった。


ゲーム内メッセージで約束した時間まで、あと五分。


【Wind】:じゃあ、今度の土曜の夜、ボイスチャットで一回集まろう


Windからのメッセージが、まだ画面の端へ残っている。


【Akira】:了解

【Wind】:楽しみにしてる


彰の喉がひとつ鳴った。


(ボイチャなんて、初めてだ……)


マイクの先が小さく揺れる。


画面の向こうにいる相手と、本当に声で繋がる。


指先がもう一度コードをなぞった。


彰はヘッドセットを耳へかけ、マイクの位置を何度か直した。


落ち着かない指先だけが、何度も動く。


「……よし」


小さく呟き、そのままオンラインボタンへ手を伸ばす。


画面が切り替わる。


ロビーの光が部屋へ広がり、静かだった空気へゲーム音が混ざった。


『じゃ、なんか改めて自己紹介しよっか』


Windの提案に、他の三人もすぐ「いいね」「賛成」と声を重ねる。


『じゃ、上からでいい? リーダー順ってことで』


Kainの声が続いた。


『別にリーダーってわけじゃないけど……まあ、いいや』


Windが軽く笑う。


『改めて、俺がWind。ランクは今、6位をうろうろしてる。 ポジションは遊撃。前線行ったり裏取ったり、好きに走り回るタイプ』


その言葉を聞いた瞬間、彰の頭には何度も裏を取られた場面が浮かんだ。


『年は?』


Melindaが興味深そうに問いかける。


『俺は……一六』


「一六……」


彰は無意識に膝の上で指を折る。


思っていたより、ずっと上だった。


『お兄さんだねえ、やっぱり』


Melindaが楽しそうに笑った。


『えっと……次、私! 回復とバフやってるMelindaです! メルでもメリでも、好きに呼んでね!』


『メルでいい?』


『うん、じゃあそれで』


『私は一一。小五!』


その横から、Shizuが短く口を挟む。


『同い年』


短く返してから、Shizuは淡々と続けた。


『Shizu。基本は後ろ。 スナとマークスマン系。 動き見るの好きだから、あんまり前には出ない』


前へ出ない、というより。


“全部見えてるから後ろにいる”――そんな感じがした。


『俺も一一』


『で、ラストはオレ!』


Kainの声が重なる。


『Kain。近接前衛! 突っ込んでドカン、が好き』


「……そのまんまだ」


彰の素直なつぶやきに、全員が笑った。


『よく言われるー』


Kainが楽しそうに返す。


『オレも一一! だから三人まとめて五年生組!』


『でも、動きは五年生のそれじゃないけどね』


Melindaがからかうように続ける。


『で――ラスト! Akiraくん!』


「えっ、トリ……」


急に話を振られ、彰は小さく肩を跳ねさせた。


握っていたコントローラーが、かすかに鳴る。


「えっと……Akiraです。ポジションは前線寄りで、動き回るタイプだと思います」


声だけが妙に通った。


『うん、だいたい知ってる』


Windが笑う。


『何回も相手してたし。裏取られて、何度やられたことか』


「そ、それは……お互い様で……」


『ランクは今、20位台?』


Melindaが続けて尋ねる。


「はい。25位と24位を行ったり来たりで……」


『ソロでそこまで来てるの、普通にすごい』


Shizuが静かに続けた。


『上位帯、パーティ多いから』


「い、いえ……まだまだで……」


誉め言葉が耳に残り、肩のあたりがむずがゆくなる。


『でさ』


Kainが声を弾ませた。


『年、何歳? オレら三人一一で、Wind兄ちゃんが一六。 Akiraは……中一くらい?』


(来た……)


彰はヘッドセットへ触れながら、小さく息を吸う。


でも――嘘はつきたくなかった。


「……八歳です」


その瞬間、VCの向こうが静まり返る。


口に出したあとも、彰はそのまま動けなかった。


指先の汗で、コントローラーがわずかに滑る。


そして――


『……え?』


Kainの声が返ってきた。


『小三……?』


Shizuの確認する声まで、少し遅れて聞こえた。


誰もすぐには次の言葉を続けなかった。


「……はい」


『……マジか』


Windが言う。


『声が少し若いなとは思ってたけど……八は予想外だった』


『え、でも、あの動きしてたよね?』


Melindaが戸惑ったみたいに言う。


『ソロで二十位台って……え、それ……』


『やばくね!?』


Kainが思わず声を上げた。


『オレらでもそんな行けてないのに!』


「ず、ずるくはないです……!」


彰は慌てて言い返す。


「インサイダークエスト1の頃からずっとやってて……あと、心体育成流っていう稽古もしてるから……それが少し、役に立ってるのかもしれないです」


『心……?』


Windが興味を含んだ声を出す。


(しまった)


彰の肩がわずかに固まる。


けれど。


『なんかかっこいい』


Melindaがくすっと笑った。


『動きの落ち着き、そういうのあるかも』


Shizuも静かに続ける。


張っていた力が、少しだけ抜けた。


『年は気にすんな。強いって分かってる』


Windが短くまとめる。


『年下だからって、手加減とかしないよ』


Melindaが明るく続けた。


『ちゃんと勝ちに行く仲間だから』


張っていたものが、少しほどけた。


「……はい。よろしくお願いします」


『じゃ、本題入るか』


Windが少しだけ声のトーンを変えた。


『大会のチーム戦。まずは役割分担から決めたい』


『うちは今まで四人で固定だったんだよね』


Melindaが続ける。


『Windは動き回る役で、Shizuは後ろ。私は回復とサポートで、Kainが前に出る感じ』


『Akira入れるなら、前線二枚かな』


Shizuが静かに口を開いた。


「前線二枚」


その言葉だけで、彰の手のひらへじわりと汗がにじむ。


『賛成!』


Kainが嬉しそうに声を上げた。


『オレ、前線二枚ずっと欲しかったんだよ! 今まで押し切れないとき結構あったし』


『じゃ、前はKainとAkira』


Windが自然にまとめていく。


『俺は遊撃とカバー。足りないところ見ながら動く』


『私は回復とバフかな。 前も後ろも見ながら動くね』


Melindaが続ける。


『私は後ろから全体見る。敵スナの位置とか、前線の動きとか』


Shizuの声は落ち着いていた。


『合わせながらやれば、多分いける』


話が進むにつれて、彰は「はい」「分かりました」と返すので精一杯になる。


膝の上で握った拳が、少し汗ばんでいた。


(みんな、本当に“チーム”なんだ……)


Windの指示が飛ぶ前に、Shizuはもう高台を見ている。


Kainが前へ出た瞬間には、Melindaの回復が重なっていた。


誰かが動けば、その次の動きまで自然に繋がっていく。


今までのランダムマッチとは、まるで違った。


『Akiraは、最初のうちは無理に難しいことしなくていいよ』


Windが穏やかに言う。


『いつもの感じで、前で暴れてくれればそれで助かる』


『そうそう。細かい動きは、何戦かやればすぐ慣れるし』


Melindaが笑った。


『今までの試合見てると、Akiraくん、味方の位置もちゃんと見てるから。 そこにちょっとだけ、チームのことも足せば……もっと変わると思う』


「チームの……意識」


彰は無意識に親指でスティックをなぞった。


(俺は今まで、“一人でどこまで行けるか”ばっか考えてた)


でも、今日は違う。


これから戦うのは、自分ひとりじゃない。


「……はい。やってみます」


彰は親指をスティックへ戻す。


「じゃ、一戦やってみようか」


Windの掛け声とともに、五人パーティでのマッチングが始まる。


《チームメンバー:Wind/Shizu/Melinda/Kain/Akira》


五つの名前が、同じ枠へ並んでいた。


「マップ、森のやつだ」


Kainが言う。


「例の、ゴブリン大量に出るステージ」


(……ゴブリンの……)


画面へ広がった森は、光が届きにくかった。


高い木々が重なり、枝の隙間から落ちた月光だけが地面を淡く照らしている。


その景色を見た瞬間、みぞおちの奥が少し固くなった。


『前線二枚は右から森抜けて』


Shizuが落ち着いた声で指示を出す。


『Windは高台。メルは真ん中サポート』


『了解』

『了解〜』

『はーい』


「りょ、了解です!」


声が重なったあと、それぞれが迷いなく持ち場へ散っていく。


その夜、最初はうまく噛み合わないことも多かった。


前線が離れすぎて回復が届かなくなったり、森の奥で視界が切れて味方のHPバーが赤く跳ねたりする。


『Akira、もうちょい下がっていい』


Shizuの声が飛ぶ。


『そこまで行くと、メルの回復届かない』


Melindaもすぐ続けた。


『うん、今の位置だと少し遠いかも』


「ご、ごめん!」


『いや、ごめんじゃなくて、次からそこ意識しよ』


少し間を置いてから、Windが口を開く。


『Kainも合わせてライン下げよう』


『おっけー』


誰かが言い訳をする時間もない。


次の瞬間には、もう全員が次の動きへ入っていた。


Kainが前へ出たタイミングへ合わせるみたいに、Akiraの攻撃も重なる。


「今!」


重なった声と同時に、敵ゲージが一気に削れた。


『今の連携、いいね』


Melindaが笑う。


『相手、めっちゃ振り回されてたよ』


『前線二枚、割とえぐいな』


Kainが楽しそうに言った。


『Akira、もうちょいでコンビ名つけられるレベルだわ』


「え、コンビ名……?」


『“突撃コンビ”とか、“ダブルストライク”とか?』


『名前のセンスが小学生』


Shizuのツッコミに、ボイスチャットへ笑い声が広がった。


「じゃあお前考えろよー!」


Kainが笑い返す。


Melindaも呆れたみたいに息を吐いた。


『いや、もっと普通にカッコいいのにしよ?』


その空気が少し落ち着いたころ、Windが思い出したみたいに口を開く。


『あ、そういや大会エントリーのチーム名どうする?』


「あー、決めてなかったな」


Kainが言う。


『なんか案ある?』


少し間が空く。


そのあと、Windが静かに続けた。


『……俺、“アヴァロン”とか結構いいと思ってるんだけど』


VCが一瞬静かになる。


『……お』


最初に反応したのはShizuだった。


『普通にカッコよくない?』


「いいじゃんそれ!」


Kainもすぐ声を上げる。


Melindaも小さく笑った。


『うん、私は好き』


Windが少し照れくさそうに笑う。


『じゃ、それで行く?』


彰は画面を見つめたまま、小さく息を吐いた。


《AVALON》


その文字だけが、頭の奥へ静かに残る。


「……いいと思う」


彰が言うと、Kainがすぐ笑った。


『よし、決まり!』


Windがそのままエントリー画面を開く。


チーム名入力欄へ、ゆっくり文字が打ち込まれていった。


《AVALON》


そのままエントリーボタンが押される。


《ENTRY COMPLETE》


通知音が鳴った。


『よっしゃ、申し込んだ!』


Kainの声が一気に明るくなる。


『じゃ、これからよろしくな! あらためて!』


『よろしくー』


『よろしくお願いします』


声が重なる。


彰は一度だけ呼吸を整えた。


「……よろしく」


画面の中では、《AVALON》の文字が静かに光っていた。


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