第6話:雨音の招待
それからの日々は、あっという間だった。
学校でインサイダークエストⅡの話題が出たあと。
宿題と心体育成流を終えた夜、彰は何度も《チーム戦ランク》へ潜り続けていた。
陽菜と凱がいる日も、ひとりの日も。
ロビーへ入るたび、上位帯には同じ名前が並んでいる。
《Wind》
《Shizu》
《Melinda》
《Kain》
最初のころは、名前を見ただけで肩に力が入った。
どうせ勝てない。
そんな気持ちと、それでも戦いたい気持ちが、何度も胸の奥でぶつかる。
負けた試合は、何度も見返した。
敵がどこから回り込み、どのタイミングで前線が崩れるのか。
回復へ入る位置も、決めに来る角度も、彰は何度も画面を止めながら確認していく。
ノートの端へ矢印や丸印を書き込むたび、強く押しつけた芯がかすれ、黒い粉が机へ落ちた。
ゲーム用のメモは、いつの間にか机の端へ積み重なっている。
少しずつ、その線が“流れ”として繋がり始めていた。
ある日。
「アキ、今日なんか違くね?」
凱が不思議そうに首をかしげる。
「Windの裏取り、先回りして待ってただろ」
「……昨日リプレイ見ててさ」
彰は画面から目を離さないまま答えた。
「いつも同じタイミングで角曲がってるの、やっと分かった」
また別の日。
「今の……そこ来るって分かってたの?」
陽菜が小さく息を漏らす。
彰は視線を壁際へ流したまま、親指だけを動かした。
「高い場所いると、一回ここ覗くんだよね」
ぽつりと呟く。
「だから、その前に動く」
少しずつ、撃ち合いで押し切られる場面は減っていった。
ときどき、WindやKainを先に落とせることもある。
けれど、そのたびに思い知らされる。
一人を止めても、試合は終わらない。
それでも――結果は、まだ負け越しだった。
「っくそ……!」
ある夜、彰はモニターの前で思わず声を漏らす。
最終スコアでは、こちらのキル数もWindとほとんど並んでいた。
Kainだって、何度か止めている。
それなのに、最後だけ押し返される。
Shizuの遠距離支援と、Melindaの回復。
そこへ四人の連携が噛み合った瞬間、一気に前線を崩されていた。
あと一歩が、届かない。
「今の、勝てたと思ったのに……」
椅子の背へ頭を預け、小さく天井を仰ぐ。
悔しさで、指先だけがじんと熱かった。
コントローラーを投げ出したくなる衝動を、彰はぎゅっと握り込んでいた。
(でも――前は、ここまで来れてなかった)
負けている。
それでも、前みたいに何もできないまま終わることは減っていた。
あと一歩。
そこまで届きかけている感覚だけが、ずっと身体の奥へ残っている。
勝てない。
けれど、その悔しさごと、また次を押したくなっていた。
「……やめられるわけ、ないじゃん」
小さく呟き、彰はもう一度マッチボタンへ指を伸ばす。
その夜、ロビー画面へ新しい通知が流れた。
《5vs5 TEAM TOURNAMENT エントリー開始》
「……大会か」
大会バナーの文字だけが、しばらく画面へ残る。
そのまま何気なくフレンドリストを開いた。
登録されている人数は、まだほとんど増えていない。
その中で、彰の視線だけが《Wind》の名前へ止まった。
彰は少しだけ間を空け、そのまま画面を閉じる。
対戦履歴を開いた。
何度も壁になった名前が、そこへ並んでいる。
《Wind》
《Shizu》
《Melinda》
《Kain》
試合後、短い定型文だけが飛んでくる。
《Nice fight》
《GG》
こちらも、簡単に返す。
《Thanks》
《GG》
画面の端へ並ぶ短いログを、彰はぼんやり見つめていた。
(あいつら、四人で出るのかな)
大会バナーを見たまま、指が止まる。
気にはなる。
けれど、今はまだその前だった。
次の瞬間には、また自然とマッチボタンへ手が伸びていた。
◇
――数日後/夜・龍胆家・彰の部屋
窓の外では、また雨が降っていた。
ガラスを叩く雨音が、静かな部屋へ薄く混ざっている。
画面の中では、さっきまでチーム戦。
あの四人が、また揃っていた。
最後の一撃が、一歩だけ届かない。
「っ……また負けた……」
スコア表示の数字が止まる。
背筋を支えていた力が抜け、椅子の背が小さく鳴った。
さっきまでの熱が、まだ指先へ残っている。
(でも、前よりずっと――)
Windとの撃ち合いも、前みたいに一方的じゃなくなっていた。
Shizuの射線だって、かなり切れている。
Kainの決め技も、何度か止められた。
それでも、最後のひと押しだけが届かない。
「……はあ」
椅子にもたれかかり、首をぐるりと回す。
背骨の奥で、疲れが少しずつほどけていった。
そのときだった。
画面の隅で、小さな光が点く。
《1件の新しいメッセージがあります》
「……メッセージ?」
右上で点滅していたアイコンへ、彰はそのままカーソルを合わせる。
開いた画面に表示された名前を見た瞬間、呼吸が止まった。
【Wind】
「っ……」
さっきまで画面の向こうで戦っていた相手。
何度も壁になった名前だった。
(ウィンド……? なんで、俺に……)
コントローラーを握る手へ、じわりと力が入る。
メッセージを開く。
【Wind】:急に送って悪い。話したいことがあるんだ
【Wind】:前から何度も当たってたけど……
【Wind】:最近、動きマジですごくなってきたからさ
【Wind】:俺たち4人で大会に出る予定なんだけど、
【Wind】:前線で動ける人がもう1人欲しくて――
【Wind】:もし良ければ、今度のチーム戦トーナメント、一緒に出ない?
一瞬、言葉が追いつかなかった。
(一緒に……?)
画面の文字を、上から下へ追う。
途中で読み返しながら、彰は何度もメッセージを見つめていた。
【Wind】:もちろん、いきなり本番ってわけじゃなくて
【Wind】:カスタムで何回か一緒に練習して、
【Wind】:合いそうなら、そのまま組めたらいいなって感じ
読み終えても、入力欄へ指が動かなかった。
(俺が……あいつらと?)
何度も壁になった名前。
その四人が、今はこっちを見ている。
(一緒に、戦わないかって)
雨は変わらず、窓を叩き続けていた。
(……どうする?)
断る理由はいくらでも浮かぶ。
自分なんかが足を引っ張るかもしれない。
まだ、勝てていない相手だ。
それでも――。
(……あいつらと、やってみたい)
不安は残っている。
それでも、その気持ちだけははっきりしていた。
胸の奥で、何かが前へ押し出される。
彰はメッセージ入力欄へカーソルを合わせた。
《メッセージを入力してください》
息をひとつ吸い込み、キーへ指を置く。
心体育成流で覚えた呼吸が、自然と身体へ落ちた。
ゆっくり息を吐きながら、彰はキーを叩き始める。
【Akira】:……うん。よかったら、話を聞かせて
送信ボタンを押す。
小さな電子音が、静かな部屋へ残った。
雨は変わらず、窓を叩き続けていた。




