第4話:知らない強さ
――翌日/放課後/小学校・教室
ランドセルを閉じる音が、教室のあちこちで重なり始める。
笑い声が重なり、放課後の空気が一気に広がっていく。
その輪の中心には、今日も石崎がいた。
「やっぱ石崎すげーな!」
「今もう七十位だろ!?」
「全国クラスじゃん!」
石崎は少し得意そうに椅子へもたれた。
「まあ、昨日も結構勝ったしな」
周囲から「うおー!」と声が上がる。
その輪を少し離れた席から、彰はぼんやり眺めていた。
窓から差し込む夕方の光が、机の上へ白く広がっている。
そのときだった。
「まあ石崎すげーけどさ」
凱が、食べかけの菓子パンを持ったまま急に口を開いた。
「アキは二十九位だもんな?」
教室の空気が一瞬止まる。
「……は?」
石崎が顔を上げた。
周囲の視線も、一気に彰へ集まる。
「え、今なんて?」
「二十九?」
「嘘だろ!?」
彰は思わず肩を縮めた。
「いや、その……」
言葉を探すより先に、凱が得意げに胸を張る。
「嘘じゃねーよ! 昨日見たし!」
そのまま隣の陽菜をぐいっと指さした。
「な? 陽菜も見たよな!」
突然振られた陽菜は、ぱちぱち瞬きをしたまま少し言葉に詰まる。
彰と凱、それから周りの空気を見回してから、小さく頷いた。
「……うん。本当に、二十九位だったよ」
周囲から「マジで?」「ほんとなの?」と声が重なる。
教室のざわめきが、一段大きくなった。
「二十九って、全国!?」
「石崎より上じゃん……!」
石崎の眉が、ぴくりと動く。
さっきまで机へ預けていた身体も、少しだけ起き上がった。
「……どうせ固定だろ?」
笑うみたいに言う。
けれど、その声だけが妙に乾いていた。
教室の空気が、少し張る。
「え?」
彰が顔を上げるより先に、凱が口を開いた。
「いや、アキずっと知らない人とやってたぜ?」
周囲が一瞬静まる。
「は?」
「マジで?」
凱はそのまま隣の陽菜へ振り向いた。
「な?」
急に振られた陽菜の肩が、小さく揺れる。
教室の空気を見回したあと、陽菜は少しだけ言葉に迷った。
視界の端へ石崎の顔が入る。
けれど――。
陽菜は小さく頷いた。
「……うん。本当に、ずっと一人でやってたよ」
その瞬間、教室のざわめきがまた一段大きくなる。
「一人で!?」
「マジかよ……!」
石崎の表情が、一瞬だけ止まった。
唇がわずかに動く。
けれど言葉にならないまま閉じられ、ランドセルの肩紐を握る手へ少し力が入った。
「……どうせ、チートだろ」
ぽつりと落ちた声。
強がるみたいな言い方だった。
けれど、さっきまでみたいな余裕はもう残っていない。
石崎はそのまま立ち上がった。
「行こうぜ」
周りの男子たちも、それに合わせるみたいに席を離れていく。
ざわざわした声だけが、そのまま廊下の向こうへ遠ざかっていった。
彰は机の前で、少し困ったような顔のまま座っている。
「……なんか、ごめん」
思わずそう漏れる。
「はぁ!? なんでアキが謝んだよ!」
凱がばんっと机を叩いた。
「あいつらの方がおかしいだろ!」
陽菜も小さく眉を下げながら彰を見る。
「……アキ、ごめんね」
「え?」
「なんか、変な感じになっちゃったから……」
彰は小さく首を振った。
「いや、大丈夫」
そう言って笑う。
けれど、その笑い方はどこか少しだけぎこちなかった。
その横で、凱だけはまだ不満そうに口を尖らせている。
「くっそー……なんだよあいつ」
昼のチャイムが遠くで鳴っていた。
春の風が校庭の砂を静かに揺らしていた。
◇
――夜/龍胆家・彰の部屋
宿題を終え、夕食も済ませるころには、外はすっかり夜になっていた。
部屋の灯りを落とす。
モニターの青い光だけが、机の縁を静かに照らしていた。
彰は小さく息を吐き、コントローラーを握る。
《INSIDER QUEST Ⅱ》
ロビーへ入ると、新しい告知が画面中央へ流れた。
《5vs5 TEAM TOURNAMENT 開催決定》
「……大会?」
思わず目が止まる。
全国ランキング勢も参加する、大規模チーム戦イベント。
その告知が出た瞬間、ロビーのチャット欄が一気に流れ始めた。
『うおおお大会きた!』
『来月か!?』
『一緒に出ようぜ!』
『おう、もちろん!』
『上位勢も来るって!』
彰はその流れをぼんやり眺める。
五人一組のチーム戦トーナメント。
予選を勝ち抜いたチームだけが本戦へ進めるらしく、特別マップや限定スキンの文字まで並んでいた。
画面を追いながら、彰は小さく呟く。
「五人か……」
(俺、一人だしな……)
そのまま、何気なくチーム戦のボタンを押していた。
《MATCHING》
プレイヤーネームが次々と並んでいく。
その瞬間、彰の視線が止まった。
《Wind》 ランキング6位
《Shizu》 ランキング11位
《Melinda》 ランキング13位
《Kain》 ランキング5位
《DDD》 ランキング158位
「……え」
指が、コントローラーの上で止まる。
並んだ数字は、ほとんどが一桁か二桁前半だった。
ロビーで何度も見かけた名前まで混ざっている。
(……上位勢ばっかだ)
けれど次の瞬間、彰の視線は味方側のリストへ止まった。
《Nayuta》 ランキング2位
《YOMOGI》 ランキング4位
「……あ」
視線が、味方リストの名前へ吸い寄せられた。
味方にも、一桁台がいる。
その瞬間だけ、少し安心しかけた。
けれど――試合が始まった瞬間、その考えはすぐに吹き飛ぶ。
速い。
しかも、一人の動きに合わせるみたいに、別方向から次々とスキルが重なってくる。
逃げ道へ回ったと思った瞬間には、もう別の敵がそこにいた。
「……っ!」
彰が横へ滑るように避けた、その直後。
背後でスキルが弾けた。
《1 KILL》
画面が赤く瞬く。
「うそ……」
復帰した瞬間、彰はすぐ前へ出た。
けれど視界を切るように敵が割り込み、その隙間から別の攻撃が飛び込んでくる。
さらに横からもう一人。
息をつく暇もなかった。
《TEAM 4 KILL》
《TEAM 15 KILL》
一方的だった。
《Nayuta》と《YOMOGI》だけが、なんとかキルを取り返している。
けれど、それ以外はほとんど押し潰されていた。
彰も、まったく追いつけない。
敵が来る。
そう分かっても、その先にさらに次の連携が重なる。
ひとりを捌いた瞬間には、もう別方向から攻撃が飛び込んできていた。
連携そのものが、壁みたいだった。
《LOSE》
画面が暗転する。
(……こんなに、違うんだ)
彰は画面を見つめたまま動けなかった。
暗くなった画面には、《Nayuta》と《YOMOGI》の名前だけが残っている。
味方には、一桁台が二人もいた。
それなのに、押し返せない。
ひとりが崩れた瞬間、そこから全部が噛み合わなくなる。
敵は最初から五人で動いていた。
その連携の重さだけが、まだ画面の暗転後にも残っていた。
彰は小さく息を吐く。
その瞬間、チャット欄へ文字が流れる。
『マジで、メンバーゴミ』
彰の指が止まった。
『カスどものせいでポイント下がったわ』
喉の奥が、ひゅっと細くなる。
彰の指は、リザルト画面が閉じてもボタンの上から動かなかった。
心臓が一度だけ強く鳴る。
さっきまで握っていたコントローラーが、急に重く感じられた。
(……俺も、だよな)
指先から、少しずつ熱が抜けていく。
今まで、ゲームでそんなことを言われたことはなかった。
凱も、陽菜も、みんな「すごい」と笑ってくれていた。
それなのに、さっきの試合では何もできなかった。
彰は小さく息を吸う。
けれど、うまく入ってこない。
ロビーBGMだけが静かな部屋へ流れ続ける中、《MATCHING》の表示だけが画面端へ残っていた。
しばらく止まっていた指が、ゆっくり動く。
彰はもう一度、ボタンを押した。
そのあとも何戦か潜り続ける。
今度はちゃんと勝てた。
いつも通り裏を取り、回り込み、敵の動きを読む。
気づけば、下がっていたランキングも少しずつ戻っていた。
けれど――さっきの感覚だけは、ロビーへ戻っても消えなかった。
《RANKING UP》
数字が動く。
それでも、胸の奥は少しも軽くならない。
その日最後と決めた試合。
マッチング画面へ並んだ名前を見た瞬間、彰の指が止まった。
《Wind》
《Shizu》
《Melinda》
《Kain》
彰の喉が小さく鳴る。
「……また」
漏れた声は、自分でも驚くくらい弱かった。
試合が始まる。
けれど、結果は変わらない。
敵を追った瞬間には、もう別方向から連携が重なっていた。
ひとりを捌いても、その隙間へ次の敵が入り込んでくる。
押し返せない。
連携の流れそのものへ、飲み込まれていく感覚だった。
彰はモニターを見つめたまま、小さく唇を噛む。
試合終了の表示が浮かぶ。
彰はコントローラーをゆっくり机へ置いた。
視線だけは、しばらく画面から離れない。
部屋には、モニターの青い光だけが静かに残っていた。




