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アウトサイダー  作者: 君島極
第三章:交差する運命 |  第三節:本当の自分と、新たな「武器」
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第9話:描き始めた線

――放課後/インサイダー養成学校・廊下


あれから一週間。


放課後の訓練は、四人で行うのが当たり前になっていた。


一日の訓練を終えた生徒たちが三々五々帰路につく中、今日も彰は工具袋を抱えたツムギと並び、訓練場へ向かっていた。


足を踏み出した、その瞬間――


視界の先で、自分自身がよろめく姿が一瞬だけ脳裏を掠める。


壁へ手をつく光景まで見えたところで、踏み出しが半拍ずれた。


(……は?)


理解が追いつくより先に――


「……っと」


鋭い衝撃が横から入り、体勢が崩れる。


壁へ手をつき、ようやく身体が止まった。


その直後、鼻で笑う声が耳に届く。


「悪いな。ああ、落ちこぼれ君か。まだ続けてたのか」


六菱征四郎。


顎をわずかに上げ、冷たい瞳で彰を見下ろしている。


その態度は、存在そのものを否定するかのようだった。


「……わざとだろ」


睨み返すが、征四郎は愉快そうに口の端を吊り上げる。


「は? 何の話だ? ただ歩いていただけだよ。気をつけろよ、落ちこぼれは足元まで不器用らしいから」


一瞬、視界の輪郭が歪み、脈だけが嫌に強く跳ねた。


握った拳へ力が入り、その熱が抜けない。


それでも、もう逃げたくはなかった。


息を詰め、肩の力だけを落としながら、込み上げる衝動を腹の奥へ押し沈める。


「……っ」


喉の奥で、押し殺しきれなかった声が漏れた。


(ここで手を出せば、問題になる)


横にいたツムギが、不安げに彰を見上げる。


沈黙を守るしかない彰を見て、征四郎は嘲るように口元を歪めた。


「……せいぜい気をつけろよ。落ちこぼれ君」


挑発を背中へ受けながら、彰はそのまま訓練場へ足を進める。


数歩進んだところで、ようやく詰まっていた息が抜けた。


(……さっきの、なんだ?)


違和感だけが、頭の片隅に残り続けていた。


◇


――夕方/インサイダー養成学校・訓練場


金属が打ち合う鈍い音が響く。


西日が差し込み、赤く染まった空が窓の外へ広がっていた。


その光を受け、彰の拳へ装着されたガントレットが鈍く光を返す。


拳を振るたび、重さとわずかな遅れが腕へ残った。


風や闇の魔力を流そうとしても、どこかで感覚が引っかかる。


「……これじゃ、本当に落ちこぼれのままじゃないか」


吐き出した声のあと、胸の奥に鈍い圧だけが残る。


発動寸前で魔力の軌道が逸れ、狙った形にならない。


そのたびに、さっきの征四郎の嘲笑が頭の奥で繰り返された。


息を吐いた、その時。


「ねぇ、それ、武器のせいじゃない?」


背後から声が届く。


振り返ると、ツムギが工具バッグを肩へ掛けたまま、眉を寄せて彰を見ていた。


「……武器のせい?」


「ずっと見てたけど、彰くんの動きはすごく綺麗なんだよ。でも、そのガントレット……全然合ってない」


ツムギは歩み寄り、彰の前腕を両手で支えるように持ち上げた。


わずかに沈んだその反動に、彼女の目が一瞬だけ止まる。


動きが止まるたび、眉間にシワが寄る。


まるで内部の重心を確かめるような集中だ。


「まず重すぎるし、設計が大雑把。俊敏な魔力操作には向かない」


ツムギは一度言葉を切り、ガントレットの外装に指先を当てた。


金属を確かめるように、継ぎ目をなぞる。


「特に“風”や“闇”は感覚に直結する属性だからね。装備が噛み合わないと、体感そのものが狂う。だから、魔力の走りまで安定しなくなるんだよ」


ガントレットの内側で、金属が擦れる音がした。


「……そこまでは気づかなかったな」


ためらう気配はなく、言葉だけがまっすぐ出た。


彰は低く息を吐く。


「……つまり、俺の魔力に“合ってない”ってことか」


「うん。例えるなら“小さすぎる靴”で全力疾走するようなもの。走れるわけないでしょ?」


ツムギは拳を握ったまま、一歩前へ踏み出した。


「だから、わたしに作らせて! 彰くん専用の、“本当に戦える”武器を!」


喉で空気が引っかかり、次の息が遅れた。


「……俺の、ために?」


「うん! サイズも回路設計も、魔力の流れも、全部カスタムする。風も、闇も通る、設計にして、“最高の武器”にするから!」


「……そんなこと、本当にできるのか?」


「できるよ!得意なんだ、こういうの!」


夕日に照らされた笑顔が、きらめいて見えた。


その笑顔に、征四郎の言葉が不思議と薄れていく。


「それじゃ。頼むよ」


一瞬、頭の中で現実が引っかかる。


「でも……正直、その……金の話が――」


ツムギが即座に首を振る。


「いいの! 今回はわたしがやりたいだけだから! 絶対、最高のやつにしてみせる。楽しみにしてて!」


後ろで見ていたバンリが、肩をすくめた。


「いいなそれ。オレのも頼めるか?」


「順番だね! まずは彰くんから!」


ツムギが振り返りもせずに答える。


リアンも小さく頷いた。


「……では、僕の分もいずれお願いしたいところです」


「おいおい、列できてんじゃねぇか!」


バンリが笑う。


その声につられるように、彰も思わず口元を緩めた。


重なった笑い声に、張っていた空気がひとつ軽く跳ねる。


ツムギは工具バッグを抱え直すと、そのまま軽やかに駆け出した。


小さな背中が夕焼けの中を抜け、遠ざかっていく。


――この日から、“彰専用の武器”を作るための時間が動き始めた。


その光景を、少し離れた場所から凱は見つめていた。


壁際へ寄り、ガラス越しの訓練場へ静かに目を向ける。


模擬剣を納める音が次々に響き、夕方の光が床を橙色へ染めていく。


中央では、彰を囲むようにリアン、バンリ、ツムギの三人が肩を並べていた。


ツムギが笑いながら工具を差し出し、バンリが何かを言って豪快に笑う。


その横で、リアンが穏やかに頷いていた。


彰はその輪の真ん中で、汗を拭いながら小さく笑っている。


その笑顔の近さだけが、やけに遠く見えた。


凱は小さく息を呑む。


(……なんでだよ)


飲み込めない熱だけが、胸の奥へ残った。


(俺たち、親友だろ……陽菜だって、心配してるのに)


吐き出したい気持ちが喉につかえたまま、音にならない。


ガラス越しに、誰かの笑い声だけが遅れて反響した。


ほんの数日前――高田先生が何気なく口にした言葉が、まだ頭の奥に残っている。


『龍胆は武器選択を変更した。剣術から格闘術に移行するとの届けが出ている』


その一言が、胸の底へずしりと沈んだ。


問いかける言葉が浮かばないまま、時間だけが過ぎていく。


気づけば授業が終わり、また声をかける機会だけを逃していた。


爪が掌へ食い込み、息が喉の奥で止まる。


夕焼けが傾き、ガラス越しの光が彰の背中を照らす。


一歩踏み出そうとしても、足だけがその場へ残った。


凱はそっと手を開く。


指先に残った爪の跡だけが、じわりと痛む。


夕映えが床を滑り、足元で淡く揺れた。


凱は動けないまま、その光だけを見送った。


◇


――夜/ロックウェル家・ツムギ自室


ツムギは工房の机へ頬杖をつき、ランプの光に照らされた設計図を見つめていた。


散らかった紙と金属片。


半分開いた工具箱から、オイルの匂いが薄く漂っている。


窓の外では、遠くの街灯が点々と瞬き、夜風が工具棚をかすかに揺らしていた。


頭の中には、訓練場で見た彰の姿が何度も浮かぶ。


荒い息。


既製品のガントレットを握りしめる手。


それでも他人を庇って前に出た、あの背中。


「……やっぱり、かっこよかった」


小さく呟く。


気づけば、図面の端へ同じ名前を何度も書きかけていた。


(……どうしてこんなに、胸がざわつくんだろう)


ランプの芯が小さく鳴る。


その音を聞きながら、ツムギはゆっくり息を吐いた。


(あんな人に……私も応えたい)


彰が既製品ガントレットを見下ろし、悔しそうに吐いたため息。


その光景が、まだ胸の奥に残っている。


ツムギはランプの光を反射する金属パーツへ指先を滑らせた。


冷たい感触が、背負うものの重さをゆっくり伝えてくる。


図面の端へ指が止まる。


「……絶対、作る」


声は小さい。


けれど、迷いはなかった。


「どんな魔力でも受け止めて、彰くんが“本当の力”を出せる武器」


言い切ったあとも、ツムギはしばらく図面を見つめ続けていた。


その端には、彼女だけが知る小さなメモが記されている。


──《Project A》


その“A”が意味するのは、ただひとりの名。


――Akira。


ツムギはペンを握り直し、真っ白な紙へ新しい線を引き始めた。


夜は深くなる。


ペン先は止まらず、新しい線だけが紙の上へ増えていった。

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