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アウトサイダー  作者: 君島極
第三章:交差する運命 |  第三節:本当の自分と、新たな「武器」
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第10話:支える声

第10話:支える声


――午後/インサイダー養成学校・訓練場


広い石畳には、外気を引き込んだ冷えがまだ残っていた。


訓練場の四隅には、最近導入された多人数戦闘用シミュレーターが据えられている。


床下の術式と魔導演算装置が連動し、実戦さながらの幻影体と戦況を再現する最新設備だ。


今はまだ起動していない。


それでも、沈黙する機構の奥には、張りつめた実戦の気配だけが静かに沈んでいた。


見学席には教師と上級候補、生徒たちが並び、声を落としたまま視線だけを集めている。


彰は肩を回し、ガントレットのバンドを指先で確かめた。


革の擦れる感触だけが掌に残る。


「次の小隊試験は――龍胆、神楽月、ロックウェル、ムーンシャドウ、六菱。五人で組んでもらう」


職員の声が、乾いた空気をまっすぐ割った。


「リーダーは龍胆。異論は認めない」


背骨の付け根が強ばり、肩が固くなる。


手を握り、ほどく。


吐いた息が、まだ揃いきらない。


最前列で、教師同士のやり取りに、空気が締まる。


「……本当にやるのか」


「適性を見るには、これが一番わかりやすい」


その気配が、こちらをかすめた。


足元に意識を落とし、靴底で石畳を押す。


冷えた感触を確かめるように、重心を整えた。


集合地点に、五人が揃う。


ツムギは工具袋の肩紐を握り直し、いったん顔を伏せた。


それから顔を上げ、こちらを見て笑う。


「よろしくね、彰君。全力でサポートするから」


凛も額の髪を払う。


目が合い、凛は頷いた。


「私も全力を尽くすわ。……一緒に頑張りましょう」


重心が足裏へ戻り、立ち方が落ち着く。


だが、その空気を切るように、次の声が落ちた。


「……まぁ、リーダーが誰でも構わないさ」


征四郎が肩をすくめる。


「せいぜい“期待はしている”よ、龍胆」


上からなぞるような声音。


言葉の端に、見学席へ向けた意図が滲んでいる。


「……最悪。やっぱりコイツと組まされるのか」


声が落ち、彰は顎を引いた。


手を握り直し、指先の動きを止める。


(でも……この場に、応えたい)


半歩、前に出る。


腹の奥に息を落とし、背を起こした。


「みんな、よろしく。勝ちに行こう」


返事は重ならず、わずかな間だけが残った。


その空気を断ち切るように、開始の合図が落ちる。


――課題は「小隊での連携による目標確保」。


指揮と協力、その両方が試される実戦形式だ。


見学席から注がれる視線が肩へ重く乗る。


彰はガントレットの甲を軽く叩き、感触を確かめながら息をひとつ吸った。


『――小隊演習を開始します』


無機質な音声が訓練場へ響く。


その直後、シミュレーターが低く唸り始めた。


床下の術式が発光し、立ち上がった光の中から、魔術機構の幻影体が空気を歪ませながら姿を現す。


獣の群れが咆哮し、石畳を裂きながら一気に間合いを詰めてくる。


跳ねた土煙の向こうで、金属を引っかくような甲高い音が続いた。


石畳を蹴る音が、一歩遅れて耳へ届く。


彰は足幅を調整し、重心を落とす。


「左右から挟む! 俺が前! リアンは後方を頼む!」


ツムギのAMOが青白く点り、凛の魔法が背を押す。


リアンも後方へ回り、開いた死角を押さえた。


前後の間隔が詰まり、動きが揃いかけた――その瞬間だった。


「はっ!」


征四郎が逆方向の幻影体へ斬りかかる。


靴底が石畳を擦り、視界の端で陣形が一気に割れた。


「おい、待て!」


声は届かず、開いた間へ獣の群れが雪崩れ込む。


牙が光を弾き、裂けた風が頬を打った。


ガントレットで受けた衝撃が腕を貫き、耳鳴りの奥で打撃音が遅れて重なる。


受け止めがわずかに遅れ、足元が流れる。


彰は踵で踏み止まり、そのまま肩を入れて衝撃を逃がした。


「ぐっ……!」


横合いから、別の幻影体が間合いへ滑り込んできた。


盾はない。


距離が詰まり、受け止める位置が残っていない。


彰は身体をひねり、そのまま拳へ魔力を流す。


殴り抜いた手甲が鈍く光り、硬い手応えが腕へ返った。


だが、その直後には次の影が視界の端へ重なる。


足運びを刻み、呼吸を落としながら間合いを調整する。


――今は、無理だ。


意識が“奥”へ触れかけた瞬間、肩が先に引いた。


「彰君!」


背後からツムギの声が届き、補助光が遅れて追い縋る。


凛の詠唱が空気を震わせる。


だが、その支援が届く前に群れがさらに間合いを詰めてきた。


彰は隊の位置を見て陣形を引き直し、左右へ短く手信号を送る。


肩が落ち、そのまま動きが戻らない。


視界の端では、征四郎が別方向の幻影体を斬り伏せていた。


無駄のない動き。


だが連携へ戻る気配はない。


見学席へ向けるような薄い笑みだけが、口元に残っていた。


拳が熱を持ち、指先の動きが鈍る。


踏み出しかけた重心が止まり、引き戻す動きがわずかに遅れた。


その瞬間――演習終了を告げる電子音が場へ響いた。


シミュレーターの発光がゆっくり消え、訓練場から戦闘音が途切れていく。


張りつめていた空気だけが、その場に残った。


『――演習終了』


無機質なアナウンスが流れる。


彰は一歩下がり、肩で息を整えた。


ざわめきの中で、呼吸音が耳に残る。


「やっぱり龍胆か……」


「張りぼてのリーダーだな」


「また失敗か……やっぱり龍胆はダメだな」


「……でも、六菱が……」


「結果は同じさ。龍胆に任せた時点でな」


見学席からの圧が、肌に触れる。


声は混じらず、間だけが残った。


背中を冷たいものが撫で、腕に力が入る。


袖を擦る動きが続く。


「……指示が悪いからこうなる」


征四郎の声が、乾いた床へ響く。


「やっぱり“落ちこぼれ”にリーダーは無理だな」


口元が引きつったまま、征四郎は見学席へ顔を向け続けていた。


呼吸が喉で止まりかけた、その時だった。


「彰君!」


煤けた作業着が駆け寄る。


ツムギはそのまま彰の袖を掴み、指先へ強く力を込めた。


小さな肩は震えている。


それでも、瞳だけは真っ直ぐだった。


「今の、彰君のせいじゃない」


そのまま一歩前へ出る。


掴んだ袖から、指先の力が離れない。


「……わたし、見てた。ちゃんと」


息が乱れ、それでも視線は逸れなかった。


「勝手に動いたのは、六菱の方だよ」


言葉の途中で呼吸が詰まり、肩が一度だけ上下する。


「あんな言い方……許せない」


その声を聞いた瞬間、彰の中で詰まっていた息がひとつ抜けた。


彰は短く頷き、呼吸を落とす。


「……ありがとな、ツムギ」


ツムギは目元を潤ませたまま顔を上げた。


拳を強く握り、そのまま前を向く。


「だから、最後までやる」


「彰君がちゃんと戦える武器、完成させるから」


石畳が鳴り、リアンが半歩前へ出た。


征四郎を正面から見据える。


「仲間を試すのは結構です」


見学席の空気がざわりと揺れた。


石畳の上では、誰かが靴底を踏み直す音だけが短く響く。


リアンは顎を引いたまま、静かに言葉を続けた。


「ですが、自分で崩した布陣を“人の失敗”にする。それは戦士としても、リーダーとしても失格です」


征四郎の肩が強張る。


「黙れ……貴様に俺の何がわかる!」


一歩前へ出る。


「あの状況で前衛を突破したとしても、後方から挟まれた時点で対応が遅れる。龍胆の指示は甘い」


視線が彰へ向く。


「布陣を立て直せなかった時点で、実戦なら敗北は確定していた」


張りつめた空気が、石畳へ重く沈んだ。


確かに――戦術としては間違っていない。


それでも、リアンは視線を逸らさなかった。


「だからといって、自分で崩した布陣を“人の失敗”にする理由にはなりません」


征四郎の視線が鋭くなる。


張りつめた空気の中、彰はリアンの横顔へ向けて短く声を落とした。


「……ありがとな」


リアンは顔を逸らしたまま、袖口を整える。


その間に、凛が二人の間へ静かに歩み入った。


足音は抑えられている。


それでも、その場の空気だけがわずかに変わった。


凛は征四郎を真っ直ぐ見る。


感情を押しつけるでもなく、ただ正面に立っていた。


「……もう、やめて」


征四郎の視線が凛へ向く。


石畳へ落ちた二人の影が重なり、見学席のどこかで椅子が小さく軋んだ。


「リアンの言葉は、間違っていない」


凛はそこで一度だけ息を置く。


「六菱君の言うことも理解できるわ。実戦なら、あの状況は危険だった」


そこで言葉を切る。


「でも、今回は龍胆君がリーダーだった。これは“学ぶため”の訓練よ」


凛は二人を見た。


「失敗も、立て直しも含めて試されている」


リアンは目を伏せる。


袖口へ触れていた指から、ゆっくり力が抜けた。


「……わかりました」


それ以上は言わず、リアンは踵を引いて位置を下げた。


凛はそのまま彰の前で足を止める。


視線だけが、静かに正面で合った。


「……あなたは、間違っていない」


語尾が静かに落ちる。


「六菱君がどう言おうと、私は見ていた。あなたは最後まで、仲間を守ろうとしていたわ」


「……神楽月さん」


凛はわずかに口元を緩めた。


「悔しいなら、忘れなくていい」


そこで一度、息を置く。


「その感情は、次に進む時の支えになるから」


背筋を正し、凛は一歩だけ後ろへ引いた。


その瞬間、横合いから視線が刺さる。


征四郎だ。


彰はそちらを見る。


征四郎は小さく鼻を鳴らしただけで、何も言わない。


誰かが踏み直した靴音だけが、石畳の上へ短く残った。


石畳の冷たさが遅れて靴底へ戻ってくる。


遠くでは、訓練場の魔術機構が低く唸っていた。



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