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アウトサイダー  作者: 君島極
第三章:交差する運命 |  第三節:本当の自分と、新たな「武器」
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第7話:逃げない距離

――夕方/龍胆家・道場・裏庭


片付けが終わり外に出ると、裏庭の風が汗の塩気をやわらげた。


バンリが先に顔を出す。


「お、虹咲さんだよな? 挨拶遅れて悪ぃな」


後頭部を軽くかきながら笑う。


「アキのダチのバンリだ。よろしくな」


リアンも一歩遅れて頭を下げた。


「……ご挨拶が遅れました。リアンです。よろしくお願いします」


陽菜は一瞬だけ目を丸くし、それから小さく会釈した。


「うん……こちらこそ、よろしくね」


短い言葉だけが交わる。


空気が整い、足元の砂利の音だけが残る。


「ンじゃ、俺らはこれで! また学校でな!」


バンリが手を振る。


リアンも軽く会釈して、あとを追った。


足音が遠ざかり、門の外でひとつだけ笑い声が弾ける。


やがて気配が切れ、夕方の空気だけが戻ってきた。


風が通り抜け、汗の塩気がゆっくり引いていく。


その直後――


ぐい、と道着の袖が引かれた。


「……陽菜?」


振り返る。


すぐ目の前に、陽菜がいた。


両手で道着の端をつかんだまま、視線を落としている。


一拍おいて、顔が上がる。


いつもは穏やかな瞳に、確かな色が灯っていた。


「怒ってるよ、私」


道着の端を握り直し、言葉を続けた。


「ダンジョンブレイクのあと……アキ、自分から離れたよね。中等部のときみたいに」


喉が鳴る。


言い訳が浮かんだが、飲み込む。


陽菜は続ける。


指先へ、さらに力が入る。


「メッセージも、短いのばっかりだった。“大丈夫”“平気”って、それだけ」


道着の布へ、細い皺が寄った。


「電話も出てくれなくなったし……学校でも、目を合わせてくれなかった」


声が少しだけ揺れる。


「……避けられてるって、分かってた」


息が詰まり、そこで一度言葉が止まった。


「……心配してた。すっごく」


最後の言葉で、息が一瞬だけ詰まった。


目元が潤み、遅れて瞬きが入る。


言葉は続かず、夕暮れの空気だけが残る。


「……ごめん」


頭を下げる。


額が視界から消え、息だけが足元へ落ちた。


「怖かったんだ。俺のせいで、凱や陽菜まで悪く見られるのが」


喉が詰まり、息だけが浅く漏れる。


「また間違えて、また誰かを巻き込むのが……怖くて。だから――逃げた」


拳へ力が入る。


彰は視線を落としたまま、小さく続けた。


「……それに」


言葉が一度止まる。


「俺、もう……陽菜や凱の隣に立てないのかもしれないって思った」


夕陽が揺れる。


「力も上手く扱えなくて……このままじゃ、インサイダーにもなれないかもしれないって」


声が掠れた。


「だから……離れた方がいいのかもしれないって、ずっと思ってた」


陽菜は黙って聞いていた。


ふっと近づき、つま先一歩ぶん距離を詰める。


上目遣いで覗き込むその瞳が、離れずにこちらを捉えた。


まつげの影が、夕日の線に細く重なった。


「……怒ってるの。ほんとに」


上目遣いのまま、眉だけきゅっと寄る。


「でも、もっと怒ってるのは――私に何も言ってくれなかったこと」


そこで少しだけ頬をふくらませ、視線だけそらす。


(陽菜……)


静かな風が、二人の間を通り抜けた。


陽菜は少し視線を落とし、それから小さく息を吸う。


「……私だって、怖いときはあるよ。……でも、アキがいるから平気なの」


指先へ、少しだけ力が入る。


「私ね、昔からずっと、アキの隣にいたかったの」


彰の呼吸が止まる。


陽菜は視線を逸らさないまま続けた。


「だからインサイダー養成学校へ来たし、ここまで頑張ってきた」


夕陽の赤が、その瞳へ揺れる。


「だから……もしアキがインサイダーになれなくても、私は一緒にいる」


声は小さい。


けれど、一度も揺れなかった。


「アキがやめるなら、私もやめる」


「それでも、私はアキの隣にいたい」


夕陽の赤が、その瞳へ滲む。


返す言葉だけが、すぐには見つからなかった。


(俺も、同じだ)


裏庭を抜けた風が、道場の板を軽く鳴らした。


軒先の影が、夕陽に引き伸ばされていく。


「……ありがとう」


彰の喉が、小さく震える。


「俺も……陽菜と一緒にいたい」


その言葉を聞いた瞬間、陽菜の表情が少しだけやわらいだ。


張っていた指先から、ほんの少し力が抜ける。


それでも視線だけは逸らさず、まっすぐ彰を見つめ返した。


「……でも、次に同じことしたら――」


小さなこぶしが、彰の胸元へとんと触れる。


次の息が、予想より近くで返ってきた。


「絶対に許さない。ほんとに、怒るから」


その声は細いのに、揺れなかった。


「……うん。もう、逃げない」


「ごめん。ありがとう。ちゃんと言う。怖いときは、怖いって」


足元の砂利が、どちらからともなく一粒だけ動いた。


二人の距離は変わらないまま、視線だけが揺れる。


陽菜の肩がわずかに落ちた。


「……なら、よろしい」


きつめの口調のまま、目尻だけが緩む。


息をひとつ吸い、言葉を重ねる。


陽菜が息を落として笑う。


「ねえ、何があっても――笑って帰ろう。いっしょに」


夕陽の赤が、彼女の瞳に映る。


その色が、しばらく離れなかった。


「……ああ。必ず、笑って帰ろう」


彰は静かに答え、小さく頷いた。


ふいに、陽菜の手が伸びる。


指先が彰の手を探り、ためらいながら――ゆっくりと指の間に滑り込む。


恋人つなぎ。


細い指がきゅっと絡んで、逃がさないように力がこもった。


「……これで、もう逃げられないから」


上目遣いのまま、口元だけで笑う。


そのまま目を逸らさず、目尻がわずかに赤い。


夕陽が二人の影を長く引き伸ばしていた。


絡んだ指だけは、最後まで離れなかった。


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