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アウトサイダー  作者: 君島極
第三章:交差する運命 |  第三節:本当の自分と、新たな「武器」
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第4話:残り続ける音

夕焼けがまだ空を染める頃、彰は実家の前で足を止めた。


制服のまま道場の引き戸を開けると、畳の香りと温まった空気がふわりと流れ出る。


正面では、稽古を終えた父――龍胆誠が胴着の袖で汗を拭っていた。


鍛え抜かれた背中をこちらへ向けていた父が振り返り、視線を彰へ静かに留める。


「……どうした。珍しいな、この時間に帰ってくるとは」


道場の中央に進み、真正面から目を合わせる。


手を強く結び、吐息を一つ。


「父さん……話がある」


「……剣を、やめようと思う」


父の眉がわずかに動く。


「理由を聞こう」


「昔、言ったよな。“やるなら中途半端にするな”って。だから剣を続けてきた」


吐き切るまで、その場を動かなかった。


「でも今は分かった。俺には拳の方が合ってる。拳で、本気で戦いたい」


道場の奥で鳴る換気扇だけが、静けさを際立たせていた。


その奥で、自分の鼓動だけがはっきりと響く。


父の口元が、わずかに緩む。


「……ようやく、お前の“目”になったな」


視界の端が明るくなり、足裏で畳の目が一つずつ伝わる。


畳の上で二人の影が重なる。


夕陽がその輪郭に沿って差し込んだ。


「……昔とは、目つきが違うな」


「……お前が剣を選んだときも、俺は否定しなかった。あれはあれで、お前なりに強さを求めた結果だったからだ。だが――」


誠はゆっくりと歩み寄り、彰の肩へそっと手を置く。


「いまのお前の目は……誰かの背中ではなく、自分の足で立とうとしている」


肩へ置かれた手の重みが、思ったより深く残った。


「だが覚えておけ。拳の道は、剣以上に孤独で苛烈だ。骨も、誇りも、何度でも砕かれる。……それでも進むなら、自分の身体を疑うな。逃げずに、最後まで向き合え」


父の眼光に、鋭さが戻る。


「遠慮はいらん。道場も、俺も、全部使え。それが、お前自身の選んだ戦いだな」


肩から背中へ移った手が、静かに背を押す。


足が半歩だけ前へ出る。


視界の縁が、にじんだ。


「……ありがとう、父さん」


「ただし――格闘術は身体に出る。特に“心体育成流”は、身体が先に音を上げる」


「分かってる。それでも……やりたい。もう一度、最初からやり直したい」


父は頷き、道場の隅へ置かれた古い打ち込み台を指差した。


「なら、そこから叩き込め。忘れかけた基礎を、骨の奥まで戻せ」


「はい」


彰は制服から胴着へ着替え、帯を締め直すと、打ち込み台の前へ立った。


深く息を吸い込み、握り直した拳を振り下ろす。


乾いた打撃音が、夕暮れの道場へ重く響いた。


衝撃は腕から胸へ抜け、そのまま骨の奥まで真っ直ぐ届く。


拳を打ち込むたび、呼吸と音が少しずつ同じ間隔へ揃っていった。


誠は何も言わず、その様子を見守る。


時折、立ち位置や重心だけを短く修正する。


打ち込みは途切れることなく続く。


そのとき、道場の入口が静かに開いた。


「二人とも、ごはんできてるわよ」


美咲が苦笑しながら顔を覗かせる。


彰と誠は同時に動きを止めた。


道場へ残っていた熱気の中、誠が短く息を吐く。


「……続きはあとだな」


彰も頷き、ゆっくり拳を下ろした。


そのまま二人は並んで道場を出る。


その日の夕食は、久々に三人そろっての食卓だった。


普段の彰は訓練で帰りが遅く、食事も別になることが多い。


けれど今日は、誠も美咲もどこか嬉しそうに箸を動かしている。


「……誠さん、なんか今日ご機嫌ね?」


味噌汁をよそいながら、美咲が小さく笑った。


誠は咳払いし、わざとらしく視線を逸らす。


「……別に普通だ」


「絶対違うわね」


美咲が肩を揺らす。


そのやり取りに、彰も苦笑しながら箸を進めた。


久々に流れる穏やかな空気の中、誠が湯呑みを置いて彰へ視線を向ける。


「……このあともやるか?」


彰は頷いた。


「うん。そのつもり」


その返答に、誠の口元がわずかに緩む。


「……よし」


美咲は二人を見比べ、苦笑した。


「あんまり無茶しすぎないようにね?」


「分かってる」


彰はそこで、ふと思い出したように顔を上げる。


「……そういえば父さん」


「前、ショッピングモール行ったときさ。昔、家にあったゴスロリ雑誌の話になったんだよ」


誠の箸が止まった。


「……え?」


彰は吹き出しかけながら続ける。


「俺の趣味だって疑われたんだけど」


数秒、空気が止まる。


誠の顔がみるみる赤くなった。


「あ、あれは……母さんのだな……!」


「えっ!?」


今度は彰が目を見開く。


美咲も一瞬止まり、それから少し恥ずかしそうに視線を逸らした。


「……若い頃、好きだったのよ。ああいう服」


「えーーっ!? 母さんが!?」


彰の声が裏返る。


美咲は頬を赤くしながら、小さく笑った。


「でも、誠さんも“可愛い”って言ってたじゃない」


「っ、お、おい……!」


誠が一気に顔を赤くする。


「あれはその……!」


言葉に詰まったあと、誠は強引に咳払いした。


「彰! 飯食ったならさっさと鍛錬だ!」


「誤魔化した!」


彰が吹き出す。


久々に、食卓へ笑い声が広がった。


しばらく三人の笑いが続いたあと、食器を片づける音だけが静かに残る。


誠は湯呑みを置き、立ち上がった。


「……行くぞ」


彰も小さく頷く。


そのまま二人は、再び道場へ戻った。


夜の静けさの中、乾いた打撃音が一定の間隔で響く。


誠は何も言わず、夜が深くなるまで道場へ残り続けていた。


打ち込むたび、今日、棚へ戻した模擬剣の乾いた音が脳裏をかすめる。


それでも木柱は鈍く鳴り、衝撃だけが腕へ真っ直ぐ返ってきた。


道場の隅では、使われなくなった木刀が薄闇へ沈んでいる。


彰は静かに腰を落とし、もう一度構えを整えた。


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