↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アウトサイダー  作者: 君島極
第三章:交差する運命 |  第三節:本当の自分と、新たな「武器」
129/137

第3話:剣を置く日

――放課後/インサイダー養成学校・教室


授業終了のチャイムが鳴る。


ざわめきが一気に広がり、生徒たちが次々と席を立っていく。


彰も鞄へ手を伸ばしかけた、そのときだった。


教室の前方では、陽菜と凱の周囲へ自然に人が集まっている。


「夏休み、めっちゃ楽しかったよね!」

「またみんなで遊び行こうよ!」


「虹咲さんも、獅子堂くんもまた来てね!」


「お、いいじゃん」

「また行こー!」


笑い声の輪が広がる。


その中心で、陽菜と凱が自然に笑っていた。


彰はその様子を横目で見たあと、何も言わず鞄へ手を伸ばす。


その空気へ重なるように、低い声が落ちた。


「……過去にすがり続ける奴は、見苦しいと思わないか?」


笑い声が途切れ、椅子を引く音だけが遅れて響いた。


征四郎だった。


椅子へ浅く腰掛けたまま、視線だけを窓の外へ向けている。


「それに――逃げ続ける奴もな」


誰の名前も出していない。


けれど、その声は教室の奥までよく響いた。


彰の指が、一瞬だけ止まる。


鞄の持ち手へ掛けた指だけが、わずかに強く締まった。


それでも何も言わず、鞄を肩へ掛ける。


ふと、陽菜の視線を感じた。


けれど彰は振り返らないまま、教室を後にした。


◇


――夕方/インサイダー養成学校・訓練場


教室を出た彰は、いつもより速い足取りのまま、そのまま訓練場へ向かっていた。


夕陽が差し込む訓練場には、もう誰もいない。


昼の熱だけが床と空気へ薄く残り、遠くで運動部の掛け声が小さく反響していた。


彰は人けのないベンチへ腰を下ろす。


昨日、拳を選んだあの“通り道”は、まだ掌の奥へ残っていた。


眠れなかった夜の熱が、内側へ引っかかったまま抜けない。


(もう剣にしがみつく必要はない)


中等部の頃から、剣はずっと噛み合っていなかった。


何度振っても型は崩れ、試合では空を切るばかり。


本当は、気づいていなかったわけじゃない。


「……それでも、俺は憧れてたんだ」


声に出すと、みぞおちのあたりが、内側へひとつ沈んだ。


手を結び、膝に置いた手をぎゅっと握りしめた。


英雄の背中に近づきたい、その一心で。


だからこそ、誰かのせいじゃない。


剣を選んだのは、自分自身だ。


そして高等部。


魔力を剣に込める訓練が始まったとき、違和感ははっきり形を持った。


心体育成流で積み上げてきた“拳基点”の型は、剣を握った瞬間、どこかで途切れた。


魔力を流そうとするたび、身体の中で向きが食い違い、踏み込みが遅れた。


どれだけ踏み込んでも、剣の感触だけが、最後まで馴染まなかった。


「……でも、昨日の一撃で、感覚が変わった」


言いながら、息を長く外へ流す。


あの“通り道”を、もう一度、掴みたい。


訓練場には夕陽が差し込み、床の硬質マットに長い影を落としていた。


音の抜けた空間の中、彰は模擬剣を、間を置いて手に取る。


握り慣れたはずの柄が、今日はひどく冷たかった。


もう、武器とは思えなかった。


握るほどに、身体の奥で抵抗だけが強まっていく。


「……ありがとう。ここまで一緒にいてくれて」


彰はしばらく模擬剣を見つめたあと、ゆっくり立ち上がる。


力を抜いたまま柄を持ち直し、そのまま壁際の棚へ静かに戻した。


乾いた音が小さく響く。


掌には、五年握り続けてきた柄の感触だけが遅れて残った。


けれど視線は、もう出口の先へ向いていた。


彰は訓練場の出口へ向かう。


途中、一度だけ足が止まった。


視線が、棚へ戻した模擬剣へ向く。


――それでも。


彰は小さく息を吐き、そのまま前を向いた。


人気の少ない廊下を歩く。


夕方の静かな空気の中、靴音だけが細く響いていた。


職員室の前まで来たところで足を止め、深く呼吸を整える。


肺の奥へ残っていた熱を、ゆっくり吐き出した。


そして彰は、覚悟を決めるように扉を開いた。


◇


――夕方/インサイダー養成学校・職員室


職員室の中では、紙をめくる音とキーボードを叩く音が静かに重なっていた。


夕陽の差し込む窓際。


高田先生は机へ向かったまま、書類へ赤ペンを走らせている。


彰はその席へ歩み寄った。


靴音に気づいたのか、高田先生の手が止まる。


ゆっくり顔を上げ、鋭い視線がこちらを射抜いた。


太い腕を組み直し、机の上のペンを指先で軽く叩く。


「龍胆か。……どうした、何か問題でも起こしたか?」


「いえ……そうじゃなくて」


彰は机の前へ進み、深く頭を下げた。


息をひとつ区切る。


「専攻科目の変更を申請します。……剣術から、“格闘術”へ」


高田先生の眉がわずかに動く。


視線だけが、静かに彰を見据えた。


「……そうか」


短く息を吐き、高田先生は椅子へ深く背を預ける。


「お前、中等部の頃からずっと剣だっただろ」


言葉のあと、職員室の時計だけが静かに針を進めていた。


「……本当にいいのか?」


舌の奥へ乾きが引っかかる。


それでも彰は顔を上げなかった。


「はい。剣じゃなく、拳で戦いたいんです。自分を変えるために」


壁時計の秒針だけが、小さく音を刻んでいる。


高田先生はしばらく彰を見ていた。


やがて、ゆっくり頷く。


「……分かった。正式に受理しよう」


ペンを取り、書類へ視線を落とす。


「ただし、お前が思ってる以上に、道は険しいぞ」


「分かっています。それでもやります」


承認用の魔導端末へ、高田先生が指を滑らせる。


淡い光が走り、承認完了のルーンが小さく浮かび上がった。


短い電子音が鳴る。


その音が、部屋の空気をはっきり切り替えた。


そのあと、高田先生がふっと息を吐く。


「……あと、お前。俺が“前の件の罰”で放課後手伝わせてるって、虹咲と獅子堂に言ったらしいな」


彰の肩がぴくりと揺れた。


「……はい」


高田先生は呆れたように眉を寄せる。


「あいつら、“いつまでお前に罰を受けさせるつもりなんですか”って、本気で食ってかかってきたぞ」


ため息混じりに、ペンを机へ置いた。


「まあ、お前が嘘ついてたって後から分かったらしい。虹咲からは、ちゃんと謝罪も来たがな」


彰は視線を落とす。


「……すみません。うまくいかなくて……一人で訓練したかったんです」


高田先生はしばらく何も言わなかった。


やがて腕を組み直し、低く言う。


「今後は、何かあるなら先に俺へ相談しろ」


視線が、真っ直ぐ彰へ向いた。


「協力できることがあるかもしれねぇからな」


胸の奥が、わずかに熱を持つ。


「……ありがとうございます。色々迷惑かけて、すみませんでした」


高田先生は小さく鼻を鳴らした。


「がんばれよ」


彰は小さく頭を下げ、そのまま職員室を後にした。


夕方の廊下には、静かな空気だけが残っている。


窓の外では、西日が校舎の壁を赤く染めていた。


彰は歩きながら、肺の奥へ残っていた熱をゆっくり吐き出す。


そのまま訓練場へ戻ると、片隅でバンリがサンドバッグを殴りつけていた。


乾いた打撃音が、広い空間へ重く響く。


革の匂いが薄く残る中、その隣ではリアンが腕を組み、静かに様子を見ている。


「お、来たなアキ。今日は遅かったな」


バンリが拳をぶらぶら振り、首を回す。


肩の奥で、関節がひとつ鳴る。


「……剣術から格闘術に変える申請、出しに行ってたんだ」


「ほぉー……マジかよ!」


バンリが目を見開く。


リアンも穏やかに微笑んだ。


「きっかけをくれたのは二人だ。……ありがとう」


「礼なんかいらねぇよ。やっと自分に合った道を歩く気になっただけだ」


バンリが拳を軽く突き合わせてきた。


拳が触れ合い、小さな音が鳴る。


「僕も同じ意見です。君の魔力の流れは、拳でこそ生きる。そう確信しています」


リアンは視線を一度、彰の拳へ落とし、静かに頷いた。


「じゃあさ、早速スパーやるか? 手加減してやるぜ」


「……いや、今日はやめとく」


「なんでだよ?」


バンリが肩をすくめ、鼻で短く息を吐く。


彰は首を横に振った。


「まずは父さんに話してからだ」


握った感触だけが、掌に残る。


「……昔、“心体育成流”を中途半端にやめたことが、ずっと引っかかってた。剣でやるなら最後までやれって言われて……だから今度こそは、最初から本気でやるって、直接伝えたい」


リアンが静かに頷き、バンリは口の端を持ち上げた。


「いいじゃねぇか。言うこと言ってから戻ってこい。そしたら容赦なく殴り合ってやる」


拳を軽く握り直す。


「……ああ。戻ったら、付き合ってくれ」


彰は小さく頷き、そのまま訓練場を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。