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アウトサイダー  作者: 君島極
第三章:交差する運命 |  第三節:本当の自分と、新たな「武器」
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第2話:拳が選ぶ道

――次の日・夕方/インサイダー養成学校・訓練場


放課後の訓練場は、西日で赤く染まっていた。


昼の熱気がまだ床や空気に残り、高窓の外では帰っていく生徒たちの声が遠く流れている。


昨夜、道場で型を打ち続けたせいか、全身には薄い張りが残っていた。


彰は肩の力を抜き、ゆっくり息を吐く。


その呼吸に合わせるみたいに、足裏へ重心が静かに落ちていった。


バンリが待っていた。


「よぉ、アキ。来ると思ってたぜ」


巨体を揺らし手を振る。


その隣で、リアンが腕を組み、静かに目を細める。


彰は指に力をこめ、肺の底まで息を入れてから吐いた。


「昨日の続きをたのむよ」


「おう。今度は最後まで付き合えよ」


バンリが拳を突き出す。


彰もこつんと合わせ、視線を逸らさず応じた。


「……負けないからな」


「はっ、言うじゃねぇか!」


肩を揺らすバンリの笑いに、張っていた力が少しだけ抜けた。


彰はそのまま一歩踏み込む。


床を踏んだ瞬間、腰から肩までの流れが自然に噛み合った。


訓練場の空気が、踏み込みに遅れて揺れる。


拳を振り抜いた瞬間、昨夜感じた“通り道”が、今度はさらに鮮明に全身を駆け抜けた。


呼吸と一緒に力が流れ、足裏の力がそのまま拳へ集まっていく。


拳の縁へ、薄い揺らぎがまとわりついた。


靴底が床を擦り、踏み込みの反発が拳の先まで抜けた。


(……また、乗ってる)


「っ……!」


受け止めたバンリが押し込まれ、目を丸くする。


「おおっと……マジかよ! 力が乗ってやがる!」


靴裏がきしみ、床板が短く鳴った。


彰は間合いを切らさず、そのまま前へ出る。


続けざまに二発、三発。


拳を繰り出すたび、さっきと同じ感覚が身体の奥へ遅れて重なっていった。


靴底が短く鳴り、重心だけがさらに前へ流れる。


打ち込んだ拳へ遅れて前腕がじんと痺れ、乾いた打撃音が訓練場の天井へ跳ね返った。


踏みしめるたび、硬い床の反発が体幹を通って前へ伸びていく。


呼吸だけが、次の踏み込みへ先に届いていた。


「ははっ! やっぱりな! オマエ、完全に拳の人間だ!」


「まだ、始まったばかりだ!」


身体から立ち上る陽炎を振り払う間もなく構え直し、視線で相手の重心を探る。


バンリが大きく踏み込み、前腕で彰の拳をはじく。


「もっと来い、アキ! 拳を信じろ!」


弾かれた反動で、体勢がわずかに浮く。


それでも彰は踏み込みを切らさず、沈めた重心で無理やり身体を支えた。


腹へ衝撃を受け止めたまま、吐いた息と一緒に拳を突き上げる。


肩口をかすめた一撃に、バンリの巨体がわずかに揺れた。


「おぉ、いいぞ! 今のは効いた!」


豪快な笑いが熱を増幅させる。


彰は肩を上下させながら、次の一歩を組み立てた。


連続の攻防。


踏み込むたび、畳の硬さ、父の叱声、そして打ち込んだ拳に走る熱い痛みが鮮明に蘇る。


拳がぶつかるたび、床から返る音だけが耳に残った。


リアンが言う。


「昨日よりも流れが自然です。呼吸と踏み込みが噛み合っている」


握っていた指が、わずかに緩んだ。


「……だよな」


バンリが顎を引いて笑う。


「もう迷ってねぇ動きしてるぞ、アキ」


拳の奥で鼓動だけが強く跳ねた。


「行くぞ、バンリ!」


拳を振り抜く。


吐いた息は遅れず抜け、足裏の反発だけが身体へ真っ直ぐ返ってきた。


今まで噛み合わなかった踏み込みと呼吸が、初めて自然に重なった。


打ち込んだ拳へ遅れて痺れが返る。


それでも全身の流れだけは、一本に揃い始めていた。


足元で板が短く鳴る。


「……来たな」


バンリの声が低く弾んだ。


拳と前腕がぶつかるたび、骨の奥へ乾いた響きが残る。


――けれど、その奥で一瞬だけ感覚が冷えた。


彰は指を開閉する。


関節が小さく鳴った。


息が喉で引っかかり、踏み込みが半拍だけ遅れる。


ひとしきり攻防を交わしたあと、彰は荒い呼吸を整えながらゆっくり手を下ろした。


「……今日は、ここまでにする」


バンリが訝しげに眉を寄せ、リアンは黙って見守る。


「……ありがとう。少し、頭を冷やす」


彰は壁際へ置いていた鞄を持ち上げる。


訓練服のまま肩へ掛け、軽く息を吐いた。


三人で訓練場を出るころには、空は群青に沈み、校舎の窓にぽつりぽつりと明かりが灯り始めていた。


火照った額を撫でる夜風に、呼吸が一段落ちる。


歩く足取りは疲労よりも、確かな実感に支えられていた。


商店街の分かれ道へ差しかかったところで、バンリが大きく手を上げる。


「んじゃ、また明日な!」


「おう」


彰も軽く手を上げ返した。


リアンと駅まで並んで歩き、改札前で短く言葉を交わす。


「……今日は、大きな一歩だったと思います」


「……そうだと、いいんだけどな」


リアンは小さく頷き、そのまま静かに人波の中へ消えていった。


一人になった帰り道。


電車の窓へ映る自分の姿をぼんやり眺めながら、彰は無意識に拳を握り直していた。


五年握り続けてきた剣。


そして今日、初めて身体へ自然に馴染んだ拳。


その二つが、頭の奥で何度もぶつかり合っていた。


最寄り駅を出ると、夜風が汗の残る首筋を静かに撫でた。


歩くたび、拳へ残った熱だけが遅れて蘇る。


剣を握ってきた時間は消えない。


けれど今日、拳で掴んだものもまた、本物だった。


「……拳で行く」


指の関節が、小さく鳴った。


「それが……今の俺の道だ」


握った拳を夜にかざす。


夜風が、拳の表面を冷やしていった。


◇


その夜。


布団に横たわっても、背中がまだ沈みきらない。


目を閉じるたび、呼吸だけが一定の深さに戻る。


手首の角度を確かめるように、指先が何度も軌道をなぞった。


窓の外では、夜が息を潜めている。


静けさの底で、身体の奥だけがまだ熱を保っていた。

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