第11話:揺れる刃、寄る灯
――翌朝/インサイダー養成学校・訓練場
高窓から差し込む朝の光が、石床を長く横切っていた。
まだ人のいない訓練場には、金属の匂いが重く残っている。
遠くでは整備用の魔導機が低く唸り、その振動が空気を細く震わせていた。
彰はその中央で、模擬剣を握ったまま立ち尽くしている。
湿った熱気が肌へまとわりつき、掌の中では模擬剣が微かな振動を返していた。
柄を強く握り込むたび、指先が小さく震える。
込み上げる熱を逃がすように、彰はゆっくり息を吐いた。
(……乗れ)
彰は魔力を刃へ流し込みながら、脳裏で必死にルーンを描いた。
風でもいい。
闇でもいい。
どちらでもいいから、あの感覚へもう一度届いてほしかった。
肩の力を抜き、呼吸を整える。
けれど結果は変わらない。
光は刃の途中で霧散し、火花みたいに弾けた。
次の瞬間、反動だけが掌へ跳ね返り、指の付け根が痺れる。
思わず剣を落としかけ、彰は歯を食いしばって踏みとどまった。
――拳へ流した魔力は、確かに応えていた。
なのに柄から刃へ流すと、途中で途切れてしまう。
(凱は、あんなに自然にやってるのに)
一度、剣を下ろす。
彰は足先の角度をわずかに変え、呼吸を止めたまま視線を一点へ絞った。
(……あのときみたいに)
踏み込む。
けれど、何も起きない。
彰は瓦礫が迫った瞬間の軌道を頭の中でなぞる。
ぶつかる直前、世界のすべてが遅れて見えた、あの感覚。
もう一度、剣を振りながら踏み込む。
だが足は途中で止まり、あの“重さ”も“速さ”もどこにも戻ってこなかった。
返ってくるのは鈍い手応えだけだ。
結局、ただの素振りで終わる。
(……違う)
喉が乾く。
握りは緩まないまま、指へ入った力だけが節を白く浮かび上がらせていた。
呼吸が腹の奥でわずかに遅れる。
肩へ鈍い痛みが乗り、背中を通る空気だけが妙に速く感じられた。
踏み出そうとすると、掌へ残った感覚まで消えてしまいそうで、足が止まる。
(……あのときのように、できたら)
言葉が出かかって止まった。
(……どうすれば、あの感覚にもう一度――)
けれど、その先が分からない。
喉の奥へ空気が引っかかる。
握った柄だけが、じわりと汗を吸っていた。
「おっはよー! 今日もストイックだな、アキ!」
軽快な足音と一緒に、バンリの声が訓練場へ響いた。
振り向けば、肩へ肉包みをぶら下げたまま、太陽みたいに笑っている。
張りつめていた息が、ひとつだけほどけた。
「……勝手に来んなよ」
彰は剣を担ぎ直し、わざと顔をそらす。
「へへ、勝手に来たよ。運動した後の飯ほどうまいもんはねぇってな!」
バンリは肉の包みをひょいと掲げ、そのまま豪快に笑った。
「……さっきから、ずっと同じとこ詰まってねぇか?」
「そういや最近、家の手伝いでバタついててさ。でも、お前がまだ頑張ってるか気になって、寄っちまった」
額の汗を拭いながら、バンリは気楽そうに笑みを深める。
「今日さ、久しぶりに時間できたんだよな。……放課後、飯行かね?」
彰は返事の代わりに腰を下ろし、大きく伸びをした。
その拍子に、肩へ入っていた余計な力が少しだけ抜けていく。
「……今日はまだ訓練するから」
視線を逸らしたまま、小さく返す。
けれどバンリは気にした様子もなく笑った。
「終わったあとでいいって! 迎えに来るから、絶対行くぞ!」
肉包みを掲げたまま、ぐいっと親指を立てる。
彰は一瞬だけ言葉を探し、それから観念したみたいに小さく息を吐いた。
「……わかったよ」
気づけば、さっきまでより肩の位置が少しだけ下がっていた。
◇
放課後。
剣を振る音だけが、訓練場へひとつ残っていた。
いつからか、背中へ視線を感じる。
振り向くと、遠くのベンチにはリアンが座っていた。
近づいてくる様子はない。
ただ静かに、こちらを見ている。
剣を振るたび、背中へ重みが乗った。
呼吸は浅く跳ね、肩甲骨の内側だけが小さく上下している。
やがて彰は剣を下ろす。
そのタイミングを見計らったみたいに、入口側から軽快な足音が近づいてきた。
バンリだ。
けれどベンチから向けられた視線だけは、まだ外れない。
「君の動きには、剣士らしからぬ“空白”がある」
リアンがぽつりと言った。
「でも――それは欠点とは限りません」
彰は答えなかった。
けれど、その言葉は否定でも肯定でもない。
リアンの視線だけが、しばらく背中から離れなかった。
「ほら、朝言っただろ。行くぞ」
バンリの声が空気を崩す。
彰は一拍遅れて頷き、模擬剣をラックへ戻した。
その間にも、バンリは「早く行こうぜ」と笑いながら先へ歩き出している。
彰は小さく息を吐き、少し遅れてその背中についていった。
リアンもベンチから立ち上がり、静かに二人の横へ並んだ。
三人はそのまま校舎を出た。
夕方の風が熱を帯びた肌をゆっくり冷まし、並んだ影が校門の外へ長く伸びていった。
学校から少し歩くだけで、通りは商店街へ変わる。
「今日は肉!! 焼肉だ!」
バンリが胸を張った。
「俺ん家! ぜってーうまいからよ!」
その勢いに、リアンが静かに頷く。
「確かに。あそこの野菜とお肉は、とてもおいしいです」
「だろ!?」
得意げに笑う声を聞いているうちに、彰の腹が不意に鳴った。
一瞬だけ間が空く。
それから、バンリが吹き出した。
「ははっ! なんだよ、腹減ってんじゃねぇか!」
リアンも小さく口元を緩める。
彰もつられるように笑った。
商店街へ入ると、焼けた肉とタレの匂いが風へ混じって流れてくる。
少し進んだ先。
「――ここだ!」
バンリが暖簾を掲げた店を指差した。
戸を開ける前から、香ばしい匂いだけがもう外へ溢れていた。




