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アウトサイダー  作者: 君島極
第三章:交差する運命 |  第二節:届かない声と、名声の代償
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第9話:届かぬ声、すれ違う影

――数日後・放課後/インサイダー養成学校・中庭


事件の影響で、校内はまだ落ち着きを取り戻せていなかった。


歩調を緩めた生徒たちの間で、小声が何度も重なる。


「虹咲さんだ……」

「昨日の映像、見た? すごかったよな」

「隣にいるの、獅子堂くんだよな。やっぱ強いな……」


その声を聞き流しながら、陽菜は缶コーヒーのプルタブを親指でなぞった。


金属の硬さが指先へ残る。


校舎の影はゆっくり芝の上へ伸び、夕陽の色が揺れていた。


凱は一度だけ視線を逸らし、肩をすくめる。


「……なんか、注目されてるな」


「うん……慣れない、こういうの……」


手の中の缶はまだ温かい。


それなのに、陽菜の指先だけが妙に冷えていた。


そのとき。


「虹咲さん!」


凛とした声が背後から響く。


振り向くと、そこにはスポーツ刈りの少年――峰岸 健が立っていた。


凱と同じクラスの剣技専攻で、模擬戦でも無駄のない動きで知られている生徒だ。


陽菜の前まで来た瞬間、その目が一瞬だけ泳ぐ。


周囲の生徒たちも、気づかないふりをしながら足を止めていた。


陽菜は驚いたように目を瞬いた。


「峰岸くん……?」


峰岸は胸元を一度だけぎゅっと握り、深く息を吸う。


それから一歩だけ近づいた。


耳まで赤くなっている。


喉が、小さく鳴った。


「その……昨日の映像、見た。虹咲さんの魔力制御、すごかった」


峰岸は視線を落とし、短く間を置いた。


「あの場であれだけ冷静に動けるなんて、本当に……尊敬した」


陽菜は口元だけをゆるめる。


けれど、視線は落ち着かないまま、胸の前で缶を包む指にぎゅっと力を込めた。


「ありがとう……そんな、大したことじゃ……」


「大したことだよ!」


峰岸は思わず強く息を吐く。


握った拳が小さく震え、靴先が芝を噛むように沈んだ。


「だから……その……!」


言葉が喉で詰まる。


それでも絞り出すように顔を上げた。


「もし……良ければ、今度、二人で……」


その瞬間、陽菜の肩が小さくすくんだ。


視線が揺れ、返事を探そうとした呼吸が半拍だけ噛み合わない。


足裏が芝へ引っかかる。


答えを見つけるより先に、そっと前へ出る影があった。


凱は陽菜の前へ自然に半歩入り、相手との距離を埋めるように立つ。


靴先がわずかに角度を変え、その立ち位置のまま背後へ余白を作った。


「悪い、峰岸。陽菜は今ちょっと、そういう気分じゃない。状況も状況だしな」


峰岸は一瞬だけ眉をひそめ、凱を見る。


「……獅子堂君。虹咲さんと、君は……その、どういう関係なんだ?」


凱は口を開きかける。


けれど喉の奥で何かを飲み込み、短く息を整えてから言葉を返した。


「……幼馴染で、親友だ。それだけだ」


その答えに、陽菜の肩がわずかに震える。


峰岸は小さく息を吐き、改めて陽菜へ向き直った。


「……ごめん。急に呼び止めて」


「ううん……謝らないで」


「……何かあったら、言って。困ってるなら助けるし」


陽菜は口元だけをゆるめ、視線を伏せた。


峰岸は軽く会釈すると、そのまま駆けるように去っていく。


木々の影が揺れ、遅れて風がひとつ抜けた。


さっきまで峰岸が立っていた場所にだけ、どこか空気の名残が漂っている。


陽菜は胸の前で缶を握りしめたまま視線を落とす。


凱も缶を指で押し込み、かすかにへこんだ金属音だけが静かに鳴った。


冷たさが指へ残り、息が一拍だけ遅れる。


「……大丈夫だったか?」


「……うん。でも、ちょっと驚いた。こういうタイミングで来るとは思ってなかったから……」


凱は苦い笑みを浮かべる。


「陽菜は魅力あるし、今さら驚く話でもないだろ」


その言葉に、陽菜の呼吸が一瞬だけ止まった。


指先が胸元の布を軽くつまむ。


「……アキは、聞いたらどう思うのかな……」


視線が一度だけ通路の奥をかすめる。


けれど、そこに誰かがいるかどうかまでは拾えなかった。


小さなつぶやきだけが、風の中へ溶けていった。


◇


――少し前/訓練場への通路


彰は立ち尽くしていた。


峰岸が一歩踏み出し、その前へ凱が自然に立つ。


さらにその奥では、陽菜が視線を伏せ、小さく頭を下げていた。


距離は空いている。


声までは届かない。


それでも姿だけが妙にはっきり見えた。


息を吸ったはずなのに、喉の奥がうまく開かない。


事件以来、彰は陽菜から距離を置いていた。


巻き込んでしまう想像が、腹の内側へ重さとして残っている。


自分の力を制御できないまま、陽菜のそばへ立つ怖さだけが、どうしても離れなかった。


ふと、彰は無意識に手首へ触れる。


袖口の下で、細いミサンガの感触が指先へ触れた。


(……俺は、本当に“インサイダー”になれるのか)


その問いは熱でも痛みでもなく、呼吸の奥で何かを軋ませた。


(俺が……避けてるんだ。そりゃ、陽菜だって……)


踏み出しかけた足が止まる。


模擬剣の柄が掌へ食い込み、握り切れない力だけが残った。


凱は何も言わない。


ただ静かに目を細め、その視線だけが真っ直ぐ彰を捉えていた。


彰は思わず視線を地面へ落とし、指先で制服の裾をつまむ。


一拍遅れて、ようやく足を踏み出した。


(……今の俺じゃ、陽菜と釣り合わない)


夕陽が長い影を引く。


オレンジ色の光が彰の横顔をかすめ、その背中をさらに遠ざけるように影を伸ばしていった。


◇


――夕方


陽菜は帰り道を一人で歩きながら、ぽつりと名前をこぼした。


「……アキ……」


返事はない。


風だけが、揺れた髪の隙間を抜けていく。


事件のあとから、彰とはまともに話せていなかった。


教室では凱と陽菜の周りへ人が集まり、授業が終わるころには彰の姿が消えている。


休み時間に探しても見つからない。


訓練場にも、更衣室にもいなかった。


夜に通話をかけても、「今日はちょっと」と短く断られる。


朝も、「先に行ってて」と返ってくるだけで、一緒に登校することもなくなっていた。


家の灯りが並ぶ通学路。


手の中のスマホが、何度も光っては消える。


短い文を打っては消し、指先が画面の上で止まった。


一度だけ呼吸を整え、それから小さく送信を押す。


画面の上に「既読」はつかない。


時間だけが、静かに過ぎていった。


――同じころ。


彰もまた、更衣室のロッカー前で足を止めていた。


ポケットの中で、スマホが短く震える。


彰は端末を取り出し、ロック画面に浮かんだ陽菜の名前を見た。


指が、通知へかかる。


けれど、そのまま止まる。


メッセージを開かないうちに、震えだけが静かに収まっていった。


(……今の俺が返しても、陽菜を困らせるだけだ)


言葉にできない距離が、少しずつ二人の間へ積もっていく。


返せなかったメッセージだけが、画面の向こうへ置き去りになっていた。


◇


夜。


陽菜は居間のソファへ座ったまま、何度もスマホの画面を見つめていた。


送ったメッセージに、既読はつかない。


短く打っては消し、打ち直して、それでも最後には「大丈夫?」だけを残して送信した。


返事は来ない。


一度だけ、通話ボタンへ指を伸ばす。


呼び出し音。


けれど、何度鳴っても彰は出なかった。


「……アキ……」


小さく漏れた声は、そのまま静かな居間へ落ちていく。


時計の音だけが、やけに大きく聞こえた。


それでも陽菜は、スマホを伏せられない。


布団へ入ってからも、浮かぶのは峰岸の言葉じゃない。


あの場で、一度だけ引っかかった気配だった。


夕陽の影の中で――


あれは、アキだったのかもしれない。


そう思っても、確かめることはできなかった。


眠りかけるたび、あの気配に彰の横顔が何度も重なった。


枕元へ置いたスマホへ、手が一度だけ伸びた。


けれど、その夜、通知音が鳴ることは最後までなかった。


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