第8話:映らない位置
――翌日/インサイダー養成学校・高等部校舎・教室および校内モニター前
翌日、テレビもネットもその話題で持ちきりだった。
「緊急特集! ダンジョンブレイクで候補生が市民救助!」
「未来の英雄の卵、現る!」
教室では椅子の脚が何度も鳴り、誰かの端末が短い間隔で震えている。
壁際のモニターではニュース映像が繰り返し流れ、机の上へ置かれた端末も次々と通知を光らせていた。
青白い画面の光が、教室の天井へまで跳ね返る。
「すげぇよな」
「見た見た?」
重なった声と一緒に、SNSの通知音が途切れなく鳴り続けていた。
(通知の震動が、机まで伝わる……)
彰は画面から目を離せず、息をひとつ遅らせる。
その間にも、全校放送では校長が壇上で笑みを浮かべ、凱と陽菜の名を誇らしげに読み上げていた。
教室に拍手が広がる。
「マジで英雄じゃん!」
誰かの声が重なった瞬間、モニターの青白い光が一段強くなり、周囲の輪郭まで薄く滲んで見えた。
「こちらが、監視カメラの捉えた映像です」
モニターには、炎みたいに前へ出る凱と、守護の光を維持する陽菜の姿が映し出されている。
巨大な瓦礫が、親子と凱、陽菜のいる方へ飛んでくる。
衝突する寸前、画面の端で何かが動いた。
飛来していた巨大な瓦礫が、不自然なほど大きく軌道を外され、そのまま壁へ叩きつけられる。
一瞬だけ、紫黒の光が滲んだ。
フレームがぶれ、映像がわずかに乱れる。
だが、そこにいたはずの何かは、最後まで映像に残らなかった。
「……いまの部分ですが、詳細は現在確認中です」
解説者の声が重なる。
「現場の混乱もあり、すべての動きは捉えきれていません。一部、不可解な現象が記録されていますが――」
わずかに言葉を切る。
「――現時点では原因不明とされています」
モニターの音声だけが教室へ残り、遅れてざわめきが広がった。
けれど画面のテロップは軽く流れていく。
《未来のSランカー候補!?》
《虹咲陽菜・獅子堂凱 英雄への第一歩》
タイムラインは高速で更新され、同じ投稿が何度も画面を流れていった。
〈#光のペア〉
〈#凱くんかっこよすぎ〉
〈#陽菜ちゃん天使〉
〈#あれ誰かもう一人いなかった?〉
「リアルでこんな美形ペアとかずるい」
「ドラマ化希望!」
投稿が相次ぎ、ハートマークのカウンターが止まらない。
動画のコメント欄には、短い投稿が連続して流れる。
「獅子堂、やば、あの動きプロ超えてる」
「凱くんかっこよすぎ、守ってほしいわ」
「陽菜ちゃん、可愛いし強いとか反則」
「マジで付き合いてぇ」
「龍胆? 一応いたっぽいけど……映ってなくね?」
「いや、影薄くね?」
(……俺は、映っていない)
画面の中に、俺の居場所だけがなかった。
指先が、無意識に机の縁を押していた。
画面の光が、やけに冷たい。
マイクの前に出たのは、救われた少年とその母親だけだった。
「助けてくれて、ありがとう!」
二人は何度も頭を下げる。
けれど、その声はマイクの群れへ呑まれ、向けられたレンズは別の“主役”を追い続けていた。
昼休み。三人が食堂へ向かう廊下でも、聞こえてくる名前は変わらない。
「獅子堂、あのフォーム本気でやばいよな」
「虹咲さん、魔力制御あそこまでできるとか反則だろ」
「マジで“次世代エース”って感じ」
凱は首をかきながら、「いや、皆でやった」と照れ笑いする。
陽菜も両手を振り、「そんな、私こそ助けられたよ」と返した。
そのたびに、視線は自然と二人へ集まっていく。
――ただ、彰に向く温度だけが違っていた。
「え、龍胆もいたの? 意外」
「たまたま近くにいただけじゃない?」
「落ちこぼれのくせに、目立ててラッキーだったな」
「英雄の陰には雑魚もいるってやつか」
正面切っては言わない。
けれど凱や陽菜が離れた瞬間、小声だけが背中へ刺さってくる。
その声は、耳の奥へ冷たい砂みたいな感触を残した。
彰は小さく頭を振り、こびりついた声を無理やり切り離す。
その空気を割るように、凱が一歩前へ出た。
「三人いなきゃ、あれは押し返せなかった」
陽菜も息を整え、そのまま間を置かずに続ける。
「うん……一人でも欠けてたら、無理だったよ」
まっすぐ向けられた言葉に、周囲の視線がわずかに揺れた。
凱は腕を組んだまま視線を逸らさない。
彰だけが顎を引き、何も言えなかった。
三人はそのまま廊下を抜け、食堂へ入った。
料理を受け取り、先に空いていた席へ腰を下ろした彰は、テーブルへ置いた拳に視線を落とす。
震えを隠すみたいに、指先へ強く力を込めた。
(……俺のせいで、陽菜や凱まで陰口を言われる)
視線を上げられず、息が途中で止まる。
スプーンの柄が、指の中でわずかに鳴った。
食堂の中でも、聞こえてくる名前は変わらない。
「うわ、あの二人だ……」
「ほんとに映像通りだね」
そんな声に混じって、「陽菜ちゃんめちゃくちゃ可愛い……」「凱くん、漫画みたいだろ」なんて囁きまで飛び交っていた。
「彼氏いるのかな……?」
「バカ、お前、獅子堂くんと付き合ってるに決まってんじゃん」
笑い混じりの声が、隣のテーブルからさらに奥へ広がっていく。
凱はパンをくわえたまま顎で合図を送り、陽菜はトレイを持ったまま周囲を見回した。
「アキー!」
少し離れた席に座る彰を見つけ、陽菜が手を振った。
「こっち空いてるよ!」
陽菜はトレイを置いて腰を下ろし、向かいの椅子を示した。
その瞬間、いくつもの視線が一斉に彰へ向く。
「え、龍胆くんって一緒に戦ってたんだ」
「へえ、意外」
そんな声に混じって、「なんで映像ほとんど映ってなかったんだろ」「でも、あの二人と行動してたの普通にすごくね?」という囁きまで流れてきた。
彰は口角だけを上げる。
「……今行く」
声を絞り出し、トレイを持ち上げた。
だが一歩踏み出した瞬間、背中へ別の声が触れる。
「でもさ、映像じゃ全然動いてなかったじゃん」
「なんか後ろにいただけっぽくね?」
「てかさ……龍胆、獅子堂に虹咲とられた感じじゃね?」
笑い混じりの囁きが、背中へ冷たく這い上がった。
足が止まりかける。
トレイの上でスープが揺れ、縁へ触れた液面だけが細く震えていた。
「アキ……?」
陽菜が立ち上がりかけ、テーブルの端へ手を置く。
「おい、アキ」
凱も名を呼んだ。
二人の足先が同時に一歩だけ前へ出る。
けれど、その動きは途中で止まった。
(アキのところに――でも、今行ったら余計に……)
陽菜は胸の前で、両手をぎゅっと握り締める。
(三人一緒だったから、あの場を切り抜けられたのに……アキが何もしてないなんて……)
彰は振り返らない。
背中へ触れた視線だけを感じながら、トレイを持ったまま元の席へ引き返した。
少し離れたテーブルへ腰を下ろし、スープをひと口すくって口へ流し込む。
揺れた液面へ食堂の光が映り、その波紋だけが静かに広がっていった。
凱は少し離れた席から、彰の背中へ声をかけた。
「なんだよアキ。さっきから黙り込んで――いじけてんのか?」
凱は肩をすくめ、口の端だけで笑った。
そのまま一度だけ周囲の視線を受け流す。
「……じょうだんだって!」
わざと声を張ると、近くの視線が一斉に動いた。
「な、陽菜。今度アキに鞭でもくれてやれよ」
「えっ? 鞭ってひどくない? どんなイメージなの、それ」
陽菜は苦笑しながらスプーンをくるりと回す。
そのまま一度だけ周囲の空気を受け止めるように、わざと明るく口元を緩めた。
「元気出してって、アキに言っといて」
口元がほどけ、目尻がわずかに下がる。
けれど、その言葉は彰の背中までは届かなかった。
少し遅れて、凱の動きが止まった。
陽菜の手元でも、スプーンが行き場を失ったように小さく揺れる。
誰も次の言葉を出せないまま、食器の触れ合う音だけが続いていた。




