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アウトサイダー  作者: 君島極
第三章:交差する運命 |  第二節:届かない声と、名声の代償
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第6話:届かない位置

頭の芯では、熱と鼓動がまだ暴れ続けていた。


視界の端には光の尾が漂い、何度瞬きをしても消えない。


指先は氷みたいに冷たいのに、肺の内側だけが焼けつくほど熱かった。


乾いた金属味が舌へ残る。


足裏の踏みどころが半拍ずれる。


「……息、整えろ……」


ざらついた手の甲で熱を帯びた額を押さえ、こめかみに触れながら脈を数える。


だが胸だけは勝手に上下し続けていた。


(……これ、本当に俺なのか?)


みぞおちの奥で、別の“既視感”がうずく。


時間が細い糸みたいに引き延ばされ、音は薄皮の向こうへ退き、光だけが異様に濃く残っていた。


幼い頃に二度。


そして、中等部で凱と模擬戦をした時にも、一度だけ掴みかけた感覚だった。


けれど今のそれは、はっきりと“段違い”だった。


視界より先に足裏の硬さが届く。


遅れて神経が追いつき、膝が震え、力が抜けかけた。


息が詰まる。


言葉にならない恐怖が、全身の血を凍らせていく。


それでも、みんなを救えたという事実だけが、腹の底で小さな熱を灯していた。


思考がまとまらないまま、彰は水道管の柄を探り、ざらついた感触で「ここにいる自分」を無理やり引き戻した。


「押し返すぞ、右寄せ!」


凱の声が飛ぶ。


「守り、厚くする……っ!」


陽菜は光を前へ送り、その動きに合わせるように彰も踏み込みを揃えた。


「右へ寄せろ!」


彰の水道管、凱の鉄パイプ、そして陽菜の光が、押し寄せる群れをぎりぎりで押し返していた。


壁際に取り残された母子を背に、三人はじわじわと戦線を押し上げていく。


彰は靴裏で瓦礫の角を確かめながら、半歩ずつ足場を踏み固めるように前へ出た。


ジャイアントラットが低く唸り、砂を蹴って飛びかかる。


床を這うスライムは酸を撒き散らしながら包囲を狭め、倒れたコボルドでさえ血を吐きながら牙を剥いてくる。


「来るぞ、右上!」


凱は顎を引き、肩を回しながら鉄パイプの重さを手へ馴染ませた。


陽菜の肩は小刻みに震えている。


詠唱の合間に荒い息が混じる。


それでも守護と治癒の光を切らさない。


脳裏へ薄くルーンを張り、喉で息を止めたまま光輪を支える。


解けば楽になる。


それでも解かない。


光輪が一瞬だけ揺らぎ、迫る爪に合わせるように唇が強く噛み締められた。


白くなるほど力の入った指先が、次の瞬間ゆっくり開かれる。


「っ……まだ、抑えられる……!」


彼女は膝を落として重心を安定させ、光を厚くした。


「アキ、左側を頼む!」

「わかった!」


彰は短く返し、管の先で牽制して列を揺らす。


胸の熱を押し込み、踏み込みの間合いを保った。


(……怖い)


それでも、「守る」という一点だけが頭の奥で燃え続けている。


そのとき――


遠くの通路から、重い足音と怒号が重なった。


次の瞬間、轟音と共に赤熱の斬撃が走り、前列のゴブリンがまとめて吹き飛ぶ。


「――援軍だ!」


誰かの叫びが通路へ響いた。


崩れた瓦礫の向こうから、現役インサイダー部隊が雪崩れ込んでくる。


その先頭にいたのは、獅子堂 焔だった。


巨躯が前へ出た瞬間、それまで吠えていた魔物たちの足が止まる。


焔は戦場を一瞥し、足幅を広げたまま前傾になる。


次の瞬間、振り抜かれた剣から赤熱の斬撃が奔り、数体のゴブリンをまとめて吹き飛ばした。


続けざまに、後方の戦士たちも矢継ぎ早に術を放つ。


火線が通路を焼き抜き、ラットとスライムの群れをまとめて焼き払った。


重なる足音と短い掛け声が、一気に崩れかけていた戦線を押し戻していく。


(――やっぱり、桁が違う)


彰は水道管を握り直した。


この背中こそ、小さい頃から憧れていた“本物”だった。


現役インサイダーたちの隊列が前へ詰まり、それまで通路を埋めていた咆哮が次々と途切れていく。


動いていた影は床へ崩れ落ち、押し返されていた戦線がようやく静まり始めた。


「……終息、確認」


凱は鉄パイプを肩へ回し、肩越しに一度だけ周囲を見渡してから警戒を緩める。


静寂が戻る。


崩れた瓦礫の落ちる音と、遠くで泣く子どもの声だけが通路へ残っていた。


彰は水道管の先端を床へ軽く当て、その金属音で自分の手の震えを確かめる。


膝の内側が抜け、ふくらはぎが遅れて痙る。


体の奥で、使い切った何かが軋んだ。


その間にも、瓦礫の陰では母親が少年を抱き寄せたまま、何度も荒い呼吸を繰り返している。


震えの残る視線が、やがて前線へ向いた。


揺れる光に包まれながら、人々を守っていた陽菜。


その前で踏みとどまる凱の背中。


――そこに、目が止まった。


母親は何度も小さく頷き、言葉にならないまま深く頭を下げる。


「……ありがとうございます……!」


震えた声は、陽菜と凱へ向けられていた。


少年も涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。


「ありがとう、お姉ちゃん! お兄ちゃん!」


その声は、まっすぐ前へ飛んでいく。


――彰の位置までは届かない。


彰は一度だけ唇を結んだ。


それでも手の内に残った熱は消えない。


彰は一歩だけ後ろへ下がり、壁へ肩を預けて息をひとつ吸った。


陽菜は、壁へ肩を預けたまま荒く息をする彰を見つめていた。


どこかおかしい。


けれど、何がおかしいのかまでは掴めない。


胸の前で握った手に、自然と力が入る。


(……大丈夫?)


一歩だけ踏み出し、瓦礫を避けるように足先の向きを変える。


そのとき、不意に視線が下へ落ちた。


彰の右足。


脛のあたりでズボンの布が裂け、煤と擦れた跡が濃く残っている。


陽菜は眉を寄せる。


「アキ……そこ……」


距離を詰めすぎないまま、指先だけで示した。


彰は遅れて視線を落とす。


「……ん?」


破れた布と、擦れた跡が目に入る。


(……あのときのか)


喉に引っかかりが残る。


「……ああ、これか」


短く息を吐く。


「ちょっと、瓦礫に引っかけただけだ。大したことない」


彰は軽く足を動かしてみせる。


遅れて鈍い痛みが返ってきた。


「ほんとに……?」


陽菜の声は小さい。


彰はわずかに顔を上げる。


「……大丈夫だ」


短く返した言葉のあと、それ以上は続かなかった。


陽菜は一瞬だけ何かを言いかけて、すぐに飲み込む。


「……無理しないでね」


小さく頷くと、そのまま避難者の方へ向き直った。


膝をつき、負傷者の手を取る。


呼吸を整えながら指先へ光を集め、そのまま淡い治癒光を流し込んでいく。


途中、一度だけ背中が止まった。


けれど陽菜は振り返らない。


光だけが、負傷者の手の甲を静かに包み続けていた。


凱は周囲へ視線を走らせ、瓦礫の向こうまで警戒を続ける。


その意識を切らさないまま、次の指示へ切り替えた。


「搬送ルート、空けろ!」


パイプを床へ置き、凱は肩と首を回して張りつめていた力を抜く。


その間にも、救援部隊は次々と瓦礫を片づけ、救護班が避難した市民の誘導を始めていた。


遠巻きに人影が集まり、頭上では報道用ドローンが小さく羽音を立てながら前線へ光学レンズを向けている。


ちらつく赤いランプと駆動音の中、集まった視線は自然と凱と陽菜の方へ流れていった。


出口付近で待機していた記者たちも、次々とカメラを向ける。


そのレンズの端にだけ、彰の姿がわずかに映り込んでいた。


彰は乾いた唇を舌で湿らせる。


あの“止まった世界”は、まだ言葉にならない。


そっと開いた手の中で、指先の熱だけが消えずに残っていた。

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