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アウトサイダー  作者: 君島極
第三章:交差する運命 |  第二節:届かない声と、名声の代償
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第4話:崩れた街で見えた光

――午後/郊外都市・中央ショッピングモール・Bブロック周辺通路


「こっちです! 急いでください!」


陽菜の声が、崩れた通路へ何度も響く。


彰と凱は周囲に取り残された人々を避難通路へ流しながら、少しずつBブロックの奥へ近づいていた。


乾いた煙が喉へ貼りつき、焼けた鉄と血の匂いが通路へ重くこもっていた。


砕けたガラス片を踏むたび、「パリッ」と鋭い音が足裏を突き上げる。


折れた柱や倒れた棚の隙間からは、鉄の焦げた臭気と、生温い血の匂いが絶えず立ちのぼっていた。


吸い込む空気は熱を帯び、肺の奥がひりつく。


彰は袖口で口元を覆った。


白く濁った煙が天井へ這い、非常灯の赤をぼんやり滲ませる。


焦点が揺れる。


彰は目頭を拭い、視界を結び直した。


三人は横倒しになったテーブルの影へ身を寄せる。


誰も敵から目を逸らさない。


防具も武器もない。


彰は膝を落とし、通路をなぞるように意識を走らせた。


柱の影、割れた床、崩れた棚――視界へ飛び込む危険箇所を順に拾っていく。


足裏が、次に踏み込む場所を探していた。


一度ほどけた握りを、彰はすぐに握り直す。


「助けてぇぇぇ!」

「お父さんが死んじゃう! おかあさーーん!」

「逃げろ! あっち塞がってる!」

「うちの子が、まだ!」


悲鳴と叫びが重なる。


直後、鉄骨がひしゃげる轟音が響いた。


骨の砕ける鈍い衝撃が空気を震わせ、赤い飛沫が視界を横切る。


彰は反射的に首を下げた。


冷たい雫が頬を打ち、服へ濃い染みを広げていく。


湿った掌を握り直し、彰は親指で血を拭った。


(……怖い……!)


背中を冷たいものが這う。


握った指が、血で少し滑った。


――こういう時こそ冷静に。


授業で聞いた言葉が脳裏をよぎる。


彰は奥歯を噛み、床へ落ちかけた視線を無理やり前へ引き戻した。


その暗がりから、ジャイアントラットが群れで溢れ出る。


黒く濡れた毛並み。


丸く光る眼。


血に染まった牙が、床すれすれで何度も揺れた。


次の瞬間、逃げ遅れた足首へ噛みつく。


骨の砕ける音が床へ弾けた。


「ぎゃああっ!」


血が飛び、赤黒い影が床を引きずられていく。


凱は半歩だけ位置をずらし、腰を落とした。


その横では、スライムが体表を脈打たせながら鉄骨へ貼りつく。


じゅうっと煙が立ち、肉片と布切れが酸の中へ沈んだ。


鼻を刺す匂いが喉まで入り込み、肺の奥が焼ける。


陽菜は顔をわずかに背けた。


さらに、低い唸りが重なる。


ゴブリン。


小さな体に対して、不釣り合いなほど盛り上がった腕が棍棒を振り下ろした。


「ギャアアッ!」


跳びかかる影へ、彰は半歩だけ足をずらして視線を走らせる。


だが背後では、さらに別の唸りが響いた。


犬型の影が低く沈み、牙と舌が床すれすれで揺れる。


爪が床を掻き、砂と血の匂いが跳ねた。


側頭が脈打つ。


――羽音。


次の瞬間、ハーピーが頭上から落ち、人の髪を掴んだまま宙へ引き上げる。


裂けるような悲鳴と共に、赤い飛沫が吹き抜けへ散った。


陽菜は反射的に背筋を伸ばし、バッグのストラップを強く握り直す。


その奥では、巨きな影が黒煙の向こうで揺れていた。


オーガ。


振り回された棍棒が壁を砕き、石片が通路へ散る。


黄色く濁った眼がゆっくり動き、群れの上をなぞっていく。


唇の隙間から垂れた涎が、糸を引きながら床へ落ちた。


一歩。


床が沈み、足裏へ重い振動が返ってくる。


凱は顎を引き、重心を落とした。


足先が、床の沈みを確かめる。


「陽菜、右側を抑えてくれ!」


凱の声が走る。


体を半歩ずらし、前へ出る線を切った。


「――いける」


陽菜は指先を引き寄せる。


(《治癒の光》……!)


裂けた腕を光が包み、滲んでいた赤がゆっくり薄れていく。


残った光を散らさないまま、そのまま指を開いた。


(《守護の光輪》……!)


凱の前へ淡い輪が立ち上がり、三人を覆う。


跳びかかったラットの爪が膜へ触れ、火花を散らして弾かれた。


陽菜は膝を落とし、ストラップを握ったまま光を維持する。


揺れる膜は背後まで広がり、背後の悲鳴を一瞬だけ遠ざけた。


そのまま指先を振り上げた。


(《聖なる矢》……!)


放たれた光が、突進するコボルドの額を撃ち抜く。


濁った瞳が見開かれ、唸り声ごと体が弾かれた。


血と体毛が散り、影がよろめきながら後方へ崩れる。


だが、三つの光を同時に維持し続ける重さが、少しずつ陽菜を削っていた。


唇の色が薄れ、浅い息が喉で擦れる。


凱はそれを横目で捉え、一歩前へ出た。


「くそっ、キリがねぇ!」


凱は転がっていた鉄パイプを掴み、そのまま魔力を流し込む。


赤いルーンが浮かび、鉄へ炎が絡みついた。


両足を開き、重心を落とす。


脳内へルーンが走る。


(《硬化》……!)


土の膜が前腕を覆い、重さが骨の奥へ沈んだ。


手を握り、そのまま踏み出す。


(火球で一掃――いや、この瓦礫と避難民の密度じゃ流れ弾になる)


炎を絞る。


視線が近い影だけを拾った。


炎を宿した鉄パイプが唸りを上げる。


同時に、硬化した前腕でラットの爪を受け止めた。


火花と砂塵が散る。


足裏で床を押す意識を切らさず、凱は半歩ずつ群れを押し返していく。


だが床を這うスライムが酸を撒き散らした。


鉄骨がじゅうっと溶け、飛び散った飛沫が袖を焦がして煙を上げる。


「ちっ……!」


顔をしかめても構えは崩さない。


焦げを払って、肘を締め直す。


彰は周囲を探り、倒壊した棚の下から細い水道管を引き抜いた。


錆と血で赤黒く染まったそれを、“剣”みたいに両手で握る。


ざらりとした感触が掌へ食い込み、一度だけ振って重さを確かめた。


(……足に風を!)


必死に脳裏へルーンを描く。


(《滑走》……!)


だが、風のルーンは輪郭が滲み、交差点でかすれて途切れた。


乱れる鼓動と恐怖が、線を歪める。


描き切る前に崩れる感覚。


彰は舌先を噛み、視線だけを無理やり前へ固定した。


それでも、踏み出した足裏へわずかな風が絡む。


砂を払うような感触が、背中を押した。


(……行け!)


靴底で床をなでる角度を作り、体を細くして通路へ滑り込む。


「……っ!」


振り下ろされるコボルドの爪を紙一重でかわし、彰は水道管を振り抜いた。


金属棒が顎を弾き、獣が呻きながらよろめく。


反動で肩が揺れる。


彰はすぐに手首の角度を直し、そのまま前へ踏み込んだ。


間合いを詰める。


――だが、減らした数より早く、別の通路から影が溢れ出す。


それでも彰は踏み込みを止めず、腕を引いた。


(《風刃》)


空気が裂ける。


見えない刃が一直線に走り、奥から跳び出したラットの群れをまとめて薙ぎ払った。


血と体毛が弾け、数体がその場へ崩れ落ちる。


「……っ!」


一瞬だけ、前が開く。


(通る――)


彰は踏み込み、そのまま間を抜けようとした。


だが次の瞬間、踏み込みと呼吸が噛み合わない。


次の一手が、半拍だけ遅れる。


(……繋がらない)


拳でも剣でもない感触が、手の内でほどけた。


彰は舌を押し上げ、無理やり意識を戦場へ引き戻す。


そのとき、凱の声が通路を裂いた。


「……っ、あっち!」


Bブロック中央広場。


崩れた瓦礫と人波の向こうで、三人の位置がわずかに分断されていた。


左側では、瓦礫の下に人影が埋もれている。


彰はそれを見つけると、迷わず声を張り上げた。


「俺、あの人を助けてから行く!」


そのまま瓦礫の方へ駆け出す。


凱と陽菜が一瞬だけ振り返り、次の瞬間、小さく頷いた。


「任せた!」

「気をつけて!」


二人はそのまま別方向へ走り、人の流れを押し戻すモンスターの群れへ向かっていく。


彰は崩れた瓦礫の間へ滑り込むように膝をついた。


砕けた鉄骨とコンクリートの隙間から、煤で黒くなった腕が覗いている。


「大丈夫ですか……!」


返事はない。


細く、かすかな呼吸だけが残っていた。


彰は崩れた鉄骨の隙間へ腕を差し込み、そのまま力を込める。


ざらついた破片が手のひらを削り、指へ鋭い痛みが走った。


歯を食いしばる。


肩へ力を集め、無理やり瓦礫を持ち上げた。


「――ぐっ……!」


瓦礫がわずかに浮く。


彰はその隙間へさらに腕を差し込み、倒れていた体を引きずり出した。


咳き込む音と共に、止まりかけていた呼吸が戻る。


彰は短く息を吐いた。


次の瞬間――


通路の奥で、巨きな影がゆっくりと姿を現す。


濁った眼を揺らしながら、オーガが振り上げた腕の先には、壁ごと剥がしたような巨大な瓦礫が握られていた。


彰の視線が反射的にその軌道を追う。


その先にいたのは、陽菜と凱。


さらに、その奥では、母親が少年を抱き寄せていた。


視界が、そこへ張り付く。


「――逃げろ、陽菜! 凱ッ!!」


喉を裂くように叫ぶ。


だが次の瞬間、崩れる轟音と衝撃が空気ごと押し潰した。


声は途中で砕け、前まで届かない。


陽菜も凱も、まだこちらを見ない。


迫る瓦礫の気配にも気づいていなかった。

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