第2話:休日のざわめき、重なる歩幅
――午前/郊外都市行き・電車内
約束した休日だった。
あの帰り道で決めた通り、彰たちは朝から電車へ乗り込み、郊外の街へ向かっていた。
吊り革が揺れる。
窓の外を流れる景色は、住宅街から少しずつ大きなビル群へ変わっていく。
前の席では子どもが何度も窓へ顔を寄せ、そのたび親が苦笑していた。
「今日は絶対に遊び尽くすんだから!」
陽菜が吊り革の下で身を乗り出した。
凱は腕を組んだまま「おう、ついていけるか?」と返し、
「……うるさい、最初から全力で付き合うよ」
彰は肩をすくめて言葉を受けた。
「見て! ビルがたくさんある!」
陽菜が小窓の外を指差す。
「そりゃ、あるだろ!」
凱は視線を窓へ流す。
吊り革が揺れ、その動きに合わせて彰の視線も窓の外へ向いた。
その直後、吸い込みが一拍遅れた。
陽菜の声の高さと、凱の安定した姿勢が、視界に並ぶ。
自然と視線が二人の横顔へ向く。
同じ窓の外を見ているはずなのに、肩と肩の間に、手一つ分の空きがあった。
(……俺も、ちゃんと隣に立ててるのかな)
切符を指先で弄びながら、彰は窓の外へ目を逸らす。
列車の反射光が、瞳を焼いた。
そうしているうちに電車は目的の駅へ到着する。
三人は改札を抜け、人の流れに乗ってショッピングモールへ向かった。
入口前では、大道芸人が炎を操り、子どもたちの歓声が響いている。
ざわめきの渦に紛れ、三人はモールの中へ足を踏み入れた。
陽菜が先に走り出し、凱が笑いながら追いかける。
彰の視界の先で、二人の影が重なり、通路の照明でほどけた。
(――やっぱり、楽しいな)
口元がわずかに緩む。
「ねぇ、今日こそプリクラ撮ろうよ!」
陽菜が振り返り、通路の先を指した。
「まだやってんのか、そういうの」
凱は肩をすくめ、そのまま歩調を緩めない。
彰は一歩だけ距離を保ち、二人の後ろについた。
――並んで歩く二人の背中。
通路の照明が、二人の肩口を並べて照らしていた。
そのまま並ぶことを、身体が選ばなかった。
人波を抜け、アパレルフロアへ。
鏡に映る三人の背中を横目に、その距離を保ったまま進む。
陽菜はショーウィンドウの前で足を止める。
凱はその横へ並び、「またかよ」と声を落とす。
彰は少し遅れて二人の後ろを歩く。
息がひとつ抜け、口元がわずかに緩んだ。
彰は二人の背中を追いかける。
陽菜がくるりと振り向く。
「ねぇ、このワンピースとこっち、どっちが似合うと思う?」
髪が肩でふわりと跳ね、目尻に光が宿る。
「……あー、どっちも似合うけど、左かな」
彰は視線をタグへ落とし、親指で弾いた。
そのまま小さく咳払いをする。
「いや、右のが動きやすそうじゃないか?」
凱は肩をすくめ、わざと明るく言う。
腕を組んで一歩下がり、全体のラインを確かめた。
「……ふふ、動きやすさで選ぶの?」
陽菜は袖口をつまみ、鏡の前で裾を揺らす。
凱は肩をすくめ、軽く笑って返した。
「そりゃあ……大事だろ。どこで何が起こるかわかんねぇし」
「もう、凱君ってそういうとこあるよね」
陽菜がくすっと笑う。
三人はそのまま店を出て、人の流れる通路を並んで歩き出した。
少し進んだ先。
通路の角に、黒と赤を基調にした派手なショップが見えてくる。
フリルとレースの並ぶショーウィンドウ。
人形みたいなドレスが照明の下で並び、店内では重低音の効いた音楽が流れていた。
その瞬間、凱が「あっ」と声を上げる。
「お、アキ。お前こういうの好きだろ?」
「……は?」
彰の足が止まった。
凱はニヤニヤしながらショーウィンドウを指差す。
「いやー、お前ん家にこういう雑誌いっぱいあったじゃん」
「えっ!?」
彰が勢いよく振り返る。
その横で、陽菜がぱちぱちと瞬きをしたあと、少しだけ口元を緩めた。
「へぇー……アキ、こういうの趣味なんだ?」
わざとらしく感心したみたいに言う。
目だけが、ちょっと楽しそうだった。
「ち、違う! あれ俺のじゃねぇから!」
「でも部屋にあったよな?」
「いや、あれは父さんの……」
数秒、空気が止まる。
「「えっ?」」
今度は陽菜と凱の声が揃った。
彰は「あっ」と口を押さえたが、もう遅かった。
凱が先に吹き出す。
「ははっ! まじかよ! 誠さんそういう趣味あんの!?」
「ち、違っ……いや違くはないのか!? いや読むだけだって!」
「読むだけでも十分面白いよ!」
陽菜も耐えきれず肩を揺らした。
「ふふっ……なんかちょっと意外かも……」
「だからなんで父さんのイメージ勝手に変わってんだよ……!」
彰が額を押さえる。
凱はまだ笑いながら、肩を軽くぶつけた。
「いやー、道場の師範がゴスロリ雑誌は強すぎるだろ」
「お前が蒸し返したんだろ!」
三人の笑い声が、モールのざわめきへ溶けていく。
――そのまま終わるかと思った瞬間。
凱が、ふと思い出したみたいに口を開いた。
「……でもさ」
「ん?」
「誠さんのでも、お前の部屋に置いてあったんだよな?」
彰の動きがぴたりと止まる。
凱はにやっと口角を上げた。
「ってことは、お前も見てたってことだろ」
「――っ!?」
彰の肩が跳ねた。
「いや違っ! あれは勝手に置かれてただけで……!」
「へぇー?」
陽菜が、わざとらしく小首を傾げる。
口元は笑っているのに、目だけが妙に楽しそうだった。
「アキ、そういうの読むんだ?」
「読んでねぇって!!」
「ほんとかー?」
凱が横からさらに煽る。
「じゃあさ、陽菜。今度こういうの着てやれよ。アキ絶対喜ぶぞ」
「えっ!?」
今度は陽菜の肩が跳ねた。
「な、なんでそうなるの!?」
「いやー、趣味なんだろ? アキの」
「違うって言ってんだろ!!」
彰が即座に否定する。
その勢いに、陽菜の頬がじわっと赤くなった。
「べ、別に……アキがそういうの好きでも変じゃないと思うけど……」
「陽菜まで何言ってんの!?」
「ほら、照れてるじゃねーか」
凱が肩を揺らして笑う。
陽菜は視線を逸らしながら、小さく咳払いした。
「……でも、アキが見たいなら……その、ちょっとくらいなら……」
「陽菜!?」
彰の顔が一気に熱を持つ。
凱はとうとう腹を抱えて笑い出した。
「はははっ! お前らほんと分かりやすいな!」
「もううるさい!!」
彰の声と、陽菜の照れた笑い声が重なる。
歩幅が少し乱れ、また自然に揃う。
三人の笑い声は、人波とざわめきの中へゆっくり溶けていった。




