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アウトサイダー  作者: 君島極
第三章:交差する運命 |  第一節:揺らぐ日常、芽吹く力
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第15話:揺らぐ答え

――放課後/高等部・教室


教室の窓から、西日の赤が長く差し込んでいた。


帰り支度を終えた陽菜が、彰の机へ近づく。


「アキ、一緒に帰ろ?」


凱も鞄を肩へ引っかけながら頷いた。


「今日はどっか寄ってくか?」


彰は一瞬だけ言葉に詰まり、それから苦笑する。


「わりぃ。ちょっと高田先生に備品チェック頼まれててさ」


「え? なんで?」


陽菜が目を丸くする。


「前にちょっと隠れて練習してたろ。あれの罰みたいなもん」


「あー……なるほどな」


凱が苦笑する。


「だから夏休みくらいまで、放課後ちょくちょく残ることになりそう」


「そっか……」


陽菜は小さく頷いた。


その声が少しだけ寂しそうで、彰は視線を落とす。


「……帰ったら連絡するから」


小声で言う。


陽菜も少しだけ近づき、小さく頷いた。


「……うん。待ってる」


その空気を見た瞬間、凱がニヤッと口角を上げる。


「おーおー、ついに学校でもイチャイチャし始めたか?」


「ち、違っ!」


陽菜が一気に顔を赤くする。


彰も慌てて距離を取り、二人同時に凱を見る。


「茶化すなって!」


「ははっ!」


笑い声が教室へ弾ける。


「じゃ、またな!」


凱が片手を上げる。


陽菜も振り返りながら、小さく手を振った。


二人が並んで話しながら帰っていく。


その背中を見送りながら、彰は静かに立ち尽くしていた。


(笑って、一緒に帰ってる)


その光景が、胸の奥へ静かに刺さる。


(……何とかしないと)


このままでは、いつか自分だけ置いていかれる。


沈み込む感覚を抱えたまま、彰は一人、訓練場へ向かって歩き出した。


頼まれていた備品チェックを終えたころには、訓練場から人の気配が引き、換気音だけが静かに残っていた。


彰は一人、模擬剣を握り直す。


踏み込みから振り下ろし、返しまでを何度も繰り返す。


だが、刃へ流し込んだ魔力は最後まで乗り切らない。


床を踏む足音だけが、広い訓練場へ乾いて響いていた。


脳裏へ描いたルーンを、今度こそ刃へ通そうとする。


それでも、魔力は途中でほどける。


「……またか」


小さく吐き捨て、剣を握り直した瞬間――


「おぉーーい! アキ!!」


低く太い声が、静まり返っていた空気を一気に押しのける。


振り返る。


香ばしい肉の匂いと一緒に、バンリがこちらへ歩いてきていた。


「まだやってたのかよ! だったら一緒にやろうぜ!」


その日、彰たちは閉館ぎりぎりまで訓練場へ残った。


バンリは笑いながら何度も拳をぶつけ、彰も息を切らしながら剣を振り続ける。


別れ際には、「また明日な!」という声が、夜の校舎へ響いていた。


◇


――そこからだった。


最初は、ただ隣で剣を振るだけだった。


気づけば、バンリは毎日のように訓練場へ顔を出すようになっていた。


そして少し遅れて、リアンも静かに姿を見せる。


リアンは彰の動きを観察し、一言だけ指摘を落としていった。


――噛み合わない原因。

――身体と魔力のズレ。


失敗して、止まって、それでもまた構え直す。


そんな時間を繰り返すうち、誰もいない訓練場には三人分の足音が残るようになっていた。


その音が途切れたあとも、床には踏み込みの余熱だけが静かに残っている。


西の空は茜に染まり、長く伸びた影を夕風が揺らしていた。


「模擬戦だ! 来いよアキ! 今日は遠慮ナシだ!」


バンリの声が、広い訓練場へ豪快に響く。


低く構えたまま拳を軽く打ち合わせ、足裏でしっかり床を捉えていた。


訓練場の端では、まだ数人の生徒が自主練習を続けていた。


遠くの校舎からは笑い声や靴音が微かに流れ込み、風が一度だけ訓練場を抜けていく。


彰も模擬剣を握り直し、正面へ立った。


肩を落とし、剣先の角度を定める。


数合。


だが、構えがわずかに遅れ、刃先だけが半拍外れた。


顎が小さく落ちる。


「おいアキ、顔が固ぇぞ!」


「……わかってる。でも、剣が――」


言いかけた瞬間、バンリが踏み込む。


真正面から突っ込んできた圧は、剣越しでも骨まで響いた。


床鳴りが弾け、受けた衝撃が前腕から身体の芯まで一気に突き刺さる。


「ぐっ……!」


受け止めきれない。


軋んだ剣と一緒に腕が震え、膝まで沈んだ。


足が半歩よろけ、踵が床へ強く噛む。


「――ッ!」


剣が弾かれ、そのまま無様に床を転がった。


追いかけようとして一歩踏み出す。


だが、膝が笑って身体を支え切れない。


肩越しに見上げると、バンリは真っ直ぐこちらを見返していた。


「剣がなきゃ何もできねえのか!? ……違うだろ、アキ!」


「まだ終わってねぇよな!」


床を蹴る音が夕闇へ重く響く。


彰は半身へ足幅を絞った。


――逃げ場はない。


そう思った瞬間、意識より先に身体が動く。


気づけば、「心体育成流」の防御の型へ自然に滑り込んでいた。


両拳を軽く握り、肘を畳む。


呼吸と一緒に、重心が腹の奥へ沈んでいく。


「おい……なんだその構え!? 剣の動きじゃねぇぞ!」


「へっ、面白ぇ! アキ、それで来い!」


子どもの頃、父に叩き込まれた武術だった。


嫌っていたはずなのに、構えた瞬間、不思議なほど自然に身体へ馴染んでいく。


足裏で地面を捉え、細く息を吐く。


重心が沈むと同時に、肩から余計な力が抜けた。


拳は、考えるより先に前へ出ている。


素手へ戻った感覚と一緒に、皮膚のざらつきや血の匂いまで鮮明に蘇った。


その瞬間、引き延ばされたみたいな視界の中で、バンリの胸元にはっきりとした隙が浮かび上がる。


「来いよアキ!」


その声に背を押されるように、彰は無意識に踏み込んでいた。


床が後ろへ流れ、遅れて足音が響く。


重心が沈み、意識が一点へ集まる。


拳を握り込んだ瞬間、肩から肘、拳へと力の線が一気に噛み合った。


「はっ!」


放たれた正拳突きと同時に、空気が爆ぜる。


拳の周囲へ風が唸りを上げ、跳ね上がった影が絡みつくように重なった。


《風》と《闇》。


脳裏へ描かれた二つのルーンは、今度こそ乱れず、ひとつの輪となって脈打っている。


それは、剣では最後まで描けなかった“完全な円”だった。


今まで刃の上でほどけていた魔力が、拳では自然に巡り、骨と筋肉の奥まで真っ直ぐ染み込んでいく。


(流せ。拳に。余計な力は抜け)


――無意識の指令が、背骨を一気に駆け抜けた。


次の瞬間、轟音と一緒に視界が白く弾ける。


拳はもう、ただの身体の一部じゃなかった。


風と闇をまとった“武器”として、完全に噛み合っている。


痺れた拳の奥では淡い光がゆっくり脈を打っていた。


指を開いても、その感覚だけは消えなかった。


「――ぐっ!?」


踏み込みの勢いごと受けたバンリの身体が、そのまま数メートル後方へ吹き飛ぶ。


衝撃の余波が訓練場へ広がった。


静まり返る。


彰は滑りかけた前足でどうにか制動し、拳を胸元へ引き戻した。


すぐに起き上がったバンリは、驚きと歓喜を混ぜた笑みを浮かべる。


「ははっ、今のマジで効いた! オレでも避けられなかったぞ!」


その声をきっかけに、周囲でもざわめきが一気に広がった。


「おい、今の見たか? 剣も使わずにデカいやつ吹っ飛ばしたぞ」

「あれ、ユニオン・アーツの型じゃねぇよな……?」


驚きの声が重なる中、彰だけが自分の拳を見下ろしていた。


「……俺が、今……?」


指先には、まだ痺れが残っている。


そこへ、バンリの声が重なった。


「アキ、お前……拳ヤベぇじゃん! 剣より似合ってんぞ!」


「やめろ……そんなわけ――」


「いいや、オレが保証する! 剣よりずっと自然だったぜ!」


拳の痺れが、まだ消えていなかった。


だが、足裏の感覚だけがまだ落ち着かない。


視線を落とした先で、指先が遅れて小さく脈を打っていた。


(剣じゃ、あれは――乗らなかったはずだ)


脳裏へ浮かぶのは、何度も刃の上でほどけて消えたルーンの感触だった。


だが――


(……拳だと、消えない)


さっきの一撃では、《風》と《闇》の輪が確かに噛み合っていた。


今まで剣では届かなかった流れが、拳では身体の奥から自然に通っていく。


その感覚だけが、まだ拳の内側に残っている。


(……なんで、剣だと駄目なんだ)


答えは出ない。


それでも、拳では呼吸が最後まで通っていた。


剣を握っていた時は、そこで止まっていたはずなのに。


だが、彰は拳を選ぶ気にはなれなかった。


もしここで拳へ逃げたら、陽菜を守りたいと願って握り続けてきた剣まで、全部言い訳みたいに思えてしまう。


父の声が、脳裏へ静かに蘇った。


『一度始めたことは最後までやれ』


(……父さん)


『逃げ癖をつけるな』

『男なら責任を持て』


熱を帯びていた拳は、いつの間にか冷えていた。


模擬剣を握っていた感触だけが掌へ残る。


信じてきた道と、今ここにある感触。


どちらへ踏み出すべきなのか、彰にはまだ分からなかった。


「アキ……顔、真っ青だぞ。平気か?」


バンリの声が遠く聞こえる。


「……なんで、拳で……?」


それでも、この一撃だけは今までのどれとも違っていた。


拳へ残った熱と痺れが、いつまでも消えない。


床へ転がった模擬剣だけが、やけにはっきりと視界へ映っていた。


不意にリアンの静かな声が落ちた。


「……今の攻撃は、とても自然でした」


彰が顔を上げる。


リアンは、拳へ残った魔力の流れを確かめるように目を細めていた。


「剣では崩れていた流れが、拳では最後まで通っています」


彰は何も答えない。


リアンは視線を拳から模擬剣へ移し、静かに続けた。


「理由までは、まだ分かりません。


ですが……剣の時より、ずっと自然に繋がっていました」


その言葉を聞きながら、彰はゆっくり床へ転がった剣を拾い上げる。


柄を握った瞬間、拳とは違う重さが掌へ残った。


「おいおい、もう拳でやりゃいいじゃねぇか!」


バンリが豪快に笑う。


だが、彰は小さく首を振った。


「……いや。俺は、剣で行く」


彰は模擬剣を握り直した。


「子どものころから、ずっと剣をやってきたんだ」


拳を握ったままではなく、もう一度模擬剣を構える。


バンリは一瞬だけ目を丸くしたあと、すぐに歯を見せて笑った。


「ははっ! そうこなくっちゃな!」


拳を軽く打ち合わせる。


「来い、アキ!」


夕陽が沈み切るまで、その日も三人分の足音が訓練場へ響き続けていた。


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