第14話:夕暮れの訓練場――差し込む光
――数日後・午後/インサイダー養成学校・高等部・訓練場
凱との模擬戦に敗れてから、数日が過ぎた。
それからの対人訓練でも、彰は連敗が続いている。
結果は出ない。
それでも空いた時間を見つけては訓練場へ向かい、中等部のころと同じように、一人で剣を振り続けていた。
陽菜や凱の周囲には、いつも自然と人が集まっている。
誰もがその実力を認め、笑顔を向けていた。
彰はその輪を遠くから見つめ、それから静かに視線を外す。
足を止めないままタオルを取り、もう一度訓練場へ向かった。
(追いつくには、人一倍やるしかない)
何度試しても、剣へ魔力がうまく通らない。
脳内で描いたルーンは確かに形になっているのに、身体を通った瞬間、刃の上でほどけるように消えていく。
(……まただ。《属性付与》だけが、どうしても噛み合わない)
その感覚は、訓練場を離れても頭から離れなかった。
授業中も黒板の文字を追い切れず、ページをめくる指まで途中で止まってしまう。
――夕方。
帰宅せずに残った訓練場へ、細い夕光が差し込んでいる。
彰は一人、何度も模擬剣を振り続けていた。
換気口から流れる風が頬を撫でるたび、熱を持った手のひらだけがじくじくと痛む。
踏み込みを繰り返した足裏には冷えが残り、わずかに崩れた構えを何度も握り直した。
呼吸を整え、脳内で組み上げたルーンを刃へ通そうとする。
だが、魔力は触れる前にほどけて消えた。
あの日の光景が、何度も脳裏へ浮かぶ。
凱も、陽菜も、確かな手応えを掴んで前へ進んでいる。
それなのに、自分の剣だけは何も応えてくれなかった。
「……俺は、本当に、何の才能もないのか?」
頭に浮かぶのは、中等部のころの記憶だった。
魔法も剣も、いつも狙った通りには動かない。
適性では凱や陽菜に遠く及ばず、実技評価も最後まで伸び切らなかった。
そして今も、《属性付与》だけがどうしても噛み合わない。
何度試しても、魔力は剣へ乗り切らずにほどけていく。
眉間へ力が入るたび、ひび割れた手がじくりと痛んだ。
(なぜ、できないんだ……。何とかしないと――)
脳裏には、陽菜と凱が自信を持って魔法を扱う姿ばかり浮かぶ。
仲間は前へ進んでいる。
それなのに、自分だけが立ち止まったままだった。
――その時だった。
「おぉーーい! まだやってんのか、オマエ!!」
低く太い声が、重く沈んでいた訓練場の空気を一気に押しのける。
重い足音と一緒に、香ばしく焼けた肉の匂いが近づいてきた。
彰が振り返る。
そこには、大柄なオークの青年が炭火焼きの肉を片手に立っていた。
油と煙の匂いが腹へ直撃する。
青年は肩で笑い、白い歯を見せた。
「龍胆彰、だろ? 模擬戦、見てたぜ。あれ、なかなか衝撃だったな!」
「……見てたのか」
彰の返した声は少し掠れていた。
だが、目を逸らしたのは彰の方だけだった。
青年は笑いも憐れみも浮かべず、ただ真っすぐこちらを見返してくる。
「でもさ、根性だけは本物だな! オレ、そういうの嫌いじゃねえ!」
その言葉を聞いた瞬間、強張っていた肩の力がわずかに抜けた。
「バンリってんだ。よろしくな! ほら、腹減ってんだろ。食えよ!」
「……なんでこんな時間に?」
「近くで夕食食ってたら、剣の音が聞こえてきてよ。気になって来てみたんだ!」
そう言いながら、バンリは豪快に肉をちぎって差し出してくる。
炭火の熱と香ばしい匂いが一気に腹へ届いた。
思わず腹が鳴る。
受け取った肉からは、じんわりとした脂の温かさが指先へ伝わってきた。
「……いいのか?」
「いいに決まってんだろ! 友達になるのに理由なんかいらねーって、親父が言ってた!」
歯を見せて笑うその顔を見た瞬間、張りつめていた頬の力が少しだけ緩む。
「……ありがとう。久しぶりに、笑えた気がするよ。バンリ」
二人はその場へ腰を下ろし、夕光の残る訓練場で肉を分け合った。
香ばしい肉の熱が口いっぱいに広がり、冷え切っていた身体の奥へ少しずつ温かさが戻っていく。
天井の換気音だけが静かに続いていた。
脂で汚れた指先を袖で拭う。
それでも、立ち上がって剣を握り直した瞬間、手のひらの痛みがじくりと蘇る。
風が熱を奪っていく。
彰はもう一度だけ腕を動かした。
「はっ……!」
踏み込みの反発で膝がわずかに跳ね、振り下ろした一撃が床の細かな埃を舞い上げる。
「……君の剣筋、奇妙ですね」
不意に背後から静かな声が届いた。
振り返ると、夕光の中に長身のエルフが立っている。
若葉を思わせる淡い緑の髪が、歩みに合わせて静かに揺れていた。
「リアンと言います。よろしくお願いします」
小さく会釈する。
「少し見ていました」
言葉数は少ない。
けれど視線だけは、まっすぐ彰の剣へ向いていた。
「君は、剣を振るたびに身体が止まりたがっている。けれど魔力は前へ流れようとしている……」
「……身体と魔力が、別々に?」
「はい。まるで二つの川。合流しないまま走っている。だから《属性付与》が安定しないのです」
言われた途端、剣を振るたびに脳裏のルーンがぼやける感覚がよみがえる。
身体は途中で止まり、魔力だけが前へ流れようとする。
――確かに、二つの流れは重なっていない。
「……!」
止まっていた思考が、ひとつ先へ転がった。
リアンは一度目を伏せ、静かに続ける。
「僕も、かつて似た経験がありました。だから分かるのです」
横で骨をかじっていたバンリが大笑いした。
「ははっ! リアンの言うことは難しいけどよ、要するに“お前はお前のやり方でいい”ってことだろ!」
「解釈が早いですね」
「任せろ! オレなんか魔法からっきしだ! 属性付与なんざやったら、残りの魔力スッカラカンで何も撃てねぇ。だからよ、身体強化に全部ぶっこんで殴るだけ! それで勝てりゃ十分だろ!」
分厚い拳が夕光を受けて鈍く光る。
彰は思わず息を漏らした。
「……そっか。そんなやり方も、あるんだな」
言いながら姿勢を正し、刃の角度を微調整する。
彰はもう一度、バンリとリアンを見た。
凱や陽菜とは違う。
それでも、二人の視線には迷いがなかった。
彰は思わず顔を上げた。
「……あ」
少しだけ慌てたように姿勢を正す。
「龍胆彰です。……よろしく」
リアンは静かに目を細め、小さく頷いた。
「ええ。よろしくお願いします」
差し出された手を握る。
その瞬間――
「おいおい! オレも忘れんなって!」
横からバンリが勢いよく割り込んできた。
そのまま彰の手をがしっと掴み、ぶんぶん上下へ振り回す。
「うおっ、ちょ、ちょっと待っ――!?」
「はははっ! よろしくな、アキ!」
豪快な笑い声が訓練場へ響く。
その横で、リアンも小さく口元を緩めていた。
「……まだ、やれる」
小さく漏れた声が、夕暮れの静けさへ溶けていく。
窓から差し込む光が、模擬剣の刃を細く照らしていた。




