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アウトサイダー  作者: 君島極
第三章:交差する運命 |  第一節:揺らぐ日常、芽吹く力
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第13話:訓練場の影――光の外側

――午後/インサイダー養成学校・高等部・訓練場


午後の光が磨かれた床に跳ねて、まぶしい。


乾いた風に、金属の音が混じり、魔力のうねりが遅れて重なる。


頭上では制御用のルーン柱が微光を帯び、観客席の一年生のざわめきが波のように広がった。


「次、龍胆 彰――獅子堂 凱!」


あちこちで顔が上がった。


「マジか」

「うわ、因縁だろ」

「でもあの二人、普段から仲いいよな」

「陽菜ちゃんも見てるし……」

「龍胆、緊張してんじゃね?」


生徒たちは顔を見合わせ、声の高さをばらつかせた。

床に落ちる足音まで、速まった。


凱が肩を回し、ニッと笑う。


「よし、今日は手加減しねぇぞ」


「……ああ。望むところだ」


「ケンカじゃないからねっ」


陽菜が小声でツッコミを入れ、指で小さなバツ印を作る。


凱は肩をすくめて笑った。


そのやり取りを見ながら、彰は柄を握り直す。


掌にはじわりと汗が滲んでいた。


凱が一歩踏み出す。


その動きだけが、やけに大きく見えた。


審判の旗が、静かに上がる。


「始め!」


床を強く踏み込み、肩を沈めながら腰を回す。


握った柄が、じわりと汗を吸った。


踏み込むたび、返ってきた衝撃が足首から掌まで抜けていく。


汗を吸った柄を握り直し、彰は歯を食いしばった。


「乗せろ……!」


脳裏へ《風》の輪を描く。


だが、ほんのわずかに線がずれた。


刃は応えない。


手元で震えた風は、刃へ触れる直前に弾かれ、そのまま輪郭ごとほどけていく。


型が、剣へ拒まれていた。


掻き消えた光のあとには、ただ重いだけの模擬剣が残る。


対する凱の刃には、炎のルーンが途切れることなく燃え続けていた。


振り下ろすたび砂が震え、熱風が頬を撫でる。


一定の足幅。


乱れない呼吸。


踏み替えのたび、完成した炎だけが静かに連なっていく。


「はああっ!」


炎剣が落ちる。


受けた衝撃が腕から背骨まで一気に突き抜け、沈んだ足へ重さがのしかかった。


膝がぶるりと震える。


焼けるような痺れが指先から肩まで走り、彰は歯を噛み締めた。


(……重い。力も炎も、全部押し潰してくる)


――ここで引いたら終わる。


「足で稼ぐ!」


右足を床で滑らせるように引き、そのまま踏み返して半身を消す。


肩のフェイントと踏み替えで軸足を誘い、斜め前へ入り込む。


刃は振らない。


刺し込む角度だけを作り、軌道そのものを差し込んだ。


凱の炎剣が、ほんのわずかに角度を変える。


見学の列から「おっ」と短い声が漏れた。


その隙を縫うように、彰は低く身体を滑り込ませる。


巻き上がった熱気が耳の後ろを掠めた。


切っ先を頬の横へ走らせ、刃の“影”だけを見せる。


一瞬だけ、凱の気配が揺れた。


だが、刺し切れない。


凱はすぐに軸を立て直し、熱をまとった踏み込みを正面から押し返してくる。


(いける、もう半歩――)


踏み込みの直前で重心を落とし、低い姿勢のまま一気に突きを差し込む。


柄の返しで視線を誘い、肩の力を抜いた“刺し”が凱の中心へ伸びた。


――だが、止められる。


刃が触れた瞬間、凄まじい重みが柄へ落ちた。


属性を持たない鉄の感触へ、炎の剣圧だけが正面からのしかかってくる。


ギィ、と低い悲鳴が走る。


手首から腕の筋が、無理やり引き剥がされるように軋んだ。


「押し込む!」


凱が足を踏み込み、体幹ごと前へ沈み込ませる。


次の瞬間、熱を帯びた剣圧が真正面から押し返してきた。


刃がぶつかり合い、そのまま力比べになる。


だが、押し負ける。


こちらの剣へ乗るのは重さだけ。


対して凱の炎剣は、燃えたまま圧ごと押し込んでくる。


(耐えろ!)


彰は肩を入れ、柄頭を胸へ引き込みながら必死に角度を支えた。


それでも剣圧は雪崩みたいに流れ込み、握りの感覚が少しずつ削られていく。


親指の腹が焼けるように痛んだ。


「くっ……!」


押し込まれる。


合わせの最中でも、凱の炎は最後まで揺らがなかった。


剣圧を受けた瞬間、踏み替えがわずかに遅れる。


その隙へ、横薙ぎが叩き込まれた。


痺れが指先まで走る。


続けざまに下段から重い一撃が入り、抜けかけた柄が掌の中で嫌な音を立てた。


(持て、離すな!)


必死に踏み込み直そうとした瞬間、炎の縁が頬を掠め、視界が白く弾ける。


次の衝撃が頭まで響いた。


足が勝手に後ろへ下がる。


さらに突きが胸板へ突き刺さり、肺の空気が一気に押し出された。


膝が笑い、そのまま床へ沈む。


音が落ちた。


残ったのは、凱の乱れない息づかいだけだった。


「らぁッ!」


重心を前へ落とした凱が、そのまま塊みたいに押し込んでくる。


剣圧が胸まで貫き、崩れた肘から一気に体勢が持っていかれた。


受け角は潰れ、叩きつけるような追撃が次々と重なる。


肩から背へ滑った衝撃が視界を揺らし、炎の残像だけが目の奥へ焼きついた。


押し潰されるように身体が横へ流れる。


立ち上がろうとした足が追いつかない。


その時、炎の切れ間の向こうに陽菜の姿が見えた。


両手を胸の前で握りしめ、今にも立ち上がりそうな顔でこちらを見ている。


(陽菜……)


それでも彰は歯を食いしばった。


「まだ……終わってない!」


振り上げた刃へ、もう一度風のルーンを重ねる。


だが、砕けた。


黒い残滓が床へ散り、遅れて走った痛みが手首から視界の奥まで揺らしていく。


間に合わない。


次の瞬間、炎剣の弧が視界を埋めた。


熱気に反応が遅れる。


火花が散り、抜けかけた握力ごと模擬剣が地面へ弾かれた。


足を滑らせ、そのまま膝が床へ落ちる。


「勝負あり! 一本、獅子堂!」


静まり返った空気が、動き出す。


凱は剣を引き、歩み寄って手を差し出した。


「ナイス踏み込み。お前らしいよ、最後まで下がらねぇの」


彰は苦笑して、その手を握る。


「……次は、もっと刺す」


「おう。待ってる」


握手の圧は強いのに、押しつけがましさはない。


力を抜いた瞬間、温度だけが残った。


周囲から「凱、やべぇ精度」「炎の維持が落ちないのが反則」と声が飛ぶ。


「動きに無駄がない。一年であれは反則級」

「顔もいいしな……」

「お前それ関係ねぇだろ」

「いや、ちょっとはある」


称賛の声は、凱の周囲へ次々と重なっていく。


その少し後ろでは、凛が腕を組んだまま試合場を見下ろしていた。


歓声にも表情は動かない。


視線だけが、彰の足運びを最後まで追っている。


数列離れた場所に座るキャサリンも、杖の石突きで床を軽く叩きながら凱から目を離さなかった。


「……でも、足の入り方は悪くないわよ、あれでも」


小さく漏らした声は、周囲のざわめきへ埋もれていく。


さらに後列では、征四郎が腕を組んだまま彰と凱の握手を一度だけ見て、静かに視線を外した。


人は凱の周囲へ集まっていく。


その少し離れた場所で、彰だけが立ち尽くしていた。


数試合分の熱気とざわめきが、まだ訓練場に重く残っている。


やがて先生が前へ進み出た。


「――以上で、本日の模擬戦評価は終了」


ざわめきが戻り、椅子を引く音があちこちで重なった。


生徒たちは短い休憩へ入っていった。


彰もその流れに紛れるように試合場を離れる。


自販機の前で立ち止まり、冷えた缶を額へ押し当てた。


少しして訓練場へ戻るころには、空気もまた次の試験へ向けて整い始めていた。


「――次に、魔法実技試験を行う」


さっきまで動いていた視線が、一斉に前へ集まった。


「順に評価していく。呼ばれた者は前へ出ろ」


空気が、また試験の形へ戻っていった。


最初の数人が順番に試験位置へ立っていく。


炎を安定して纏わせる者もいれば、風を刃へ綺麗に乗せる者もいた。


まだ粗さは残っている。


それでも、入学当初とは比べものにならない。


三か月。


その時間だけ、全員が確実に前へ進んでいた。


拍手とざわめきが繰り返される。


その流れの中で、先生が次の名を呼んだ。


「――虹咲陽菜」


何人かが顔を見合わせ、小さく姿勢を正した。


陽菜は静かに前へ進み、人の間を抜けて中央の試験位置へ立つ。


足音が床へ軽く返るたび、周囲のざわめきが少しずつ遠のいていった。


つま先を揃え、姿勢を整える。


それから静かにまぶたを伏せた。


(《治癒の光》)


淡い光が満ち、受傷役の擦過傷がみるみる薄れる。


近くで、小さな声が重なる。


「速……」

「回復力たかすぎ……」


その中で、一人の女子が小さく呟いた。


「……さすが陽菜ちゃん。適性A+は伊達じゃないね」


声が止まり、顔が向く。


「A+!?」

「え、A+なんだ?」

「聞いてないぞ」

「そりゃ立ち上がりも回復力も桁違いなわけだ……」


驚いた声が、次々に上がる。


キャサリンが目を細めた。


その視線が、陽菜の手元に向く。


「……なるほどね。だからこの揺らぎの無さか」


「才能だけじゃないわ。ルーンの収束が綺麗すぎる。相当鍛えてる光ね」


その声をきっかけに、周囲の顔がいっせいに陽菜へ向く。


間を置かず、陽菜は顔を上げ、次の術式へ移った。


(《聖なる矢》)

(《聖なる矢》)

(《聖なる矢》)


脳裏のルーンが瞬き、光の矢が的の中心へ吸い込まれるように三連射。


「連射すげっ」

「虹咲ってすげぇ優しいよ」

「絶対、一緒の班になれたら安心だよな」

「彼氏いんのかな」


笑い声が上がり、拍手がまばらに続く。


光の中心に立つ陽菜は、少し照れたように会釈した。


二人とも、もう迷わず前へ進んでいる。


その輪の少し外で、彰は剣を拭きながら静かに立っていた。


やりたい動きへ、剣の先だけが追いつかない。


その感触だけが、手の内へ重く残る。


視線を上げると、光の中心では陽菜が少し照れたように会釈していた。


「……アキ、見てた?」


陽菜は唇だけでそう問いかけると、すぐにまた的の方へ向き直った。


その直後、拍手と一緒に人が陽菜の周囲へ集まり始める。


彰は剣を拭きながら、その輪が少しずつ大きくなっていくのを眺めていた。


重なった人影の向こうで、陽菜は変わらず笑っている。


声が重なるたび、人垣は少しずつ厚くなっていった。


指へ力が入る。


爪が皮膚へ食い込み、走った痛みだけが遅れて残った。


先生が締めを告げると、あちこちで息を吐く音が重なった。


凱は人に囲まれたまま、それでも離れた場所へ軽く手を上げる。


陽菜も人垣の隙間から彰の姿を探し、見つけると小さく両手で丸を作った。


彰は小さく頷き、柄を握り直す。


光が傾き、床へ細長い影が伸びていく。


掌には、まだ剣の感触だけが残っていた。


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