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アウトサイダー  作者: 君島極
第三章:交差する運命 |  第一節:揺らぐ日常、芽吹く力
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第11話:それでも振り続ける

――昼/インサイダー養成学校・高等部・訓練場


それから一か月。


校庭の桜はすっかり散り、新緑が日差しを透かして揺れていた。


彰はポケットの中で指を組み替え、ゆっくり息を吐く。


指先には、ひび割れた傷がいくつも増えている。


動かすたび、消毒液が沁みたときの熱が傷口へ細く戻った。


昼休みが終わりかけた訓練場の隅で、彰は今日も基礎の素振りと属性付与を同じ順番で繰り返していた。


「……一本」


三十本。


足幅を半歩狭め、踏み込みと返しを繰り返す。


模擬剣が空気を裂き、その重みが遅れて手首へ残った。


握り直すたび、指先の割れ目が細く疼く。


続けて柄頭から刃へ風を流し込む。


呼吸を細く保ちながら魔力を押し出すが、前腕を抜けかけた流れは途中で止まり、手の内で散っていった。


(……来い)


刃の周囲に細い揺らぎが生まれ、風が立ち上がりかける。


だが、刃先まで届く前にほどけていく。


彰は一度魔力を切り、今度は闇へ意識を切り替えた。


濁った膜のような魔力が刃へまとわりつくが、それも刃先まで届かなかった。


形になりかけた流れは、そのままほどけるように散っていった。


(精度と慣れ。わかってるのに、指の間から抜けていく)


踏み込みに合わせて魔力を押し出そうとしても、肘の動きがわずかに遅れる。


流れは柄の途中で詰まり、刃まで抜けていかなかった。


もう三十本。


重心を落とし、返しを抑えながら何度も振る。


それでも、前腕へ集めた魔力は途中でほどけ、刃の周囲へ浮かんだ陽炎みたいな揺らぎもすぐに消えていった。


肺の奥から、かすれた息が漏れる。


身体へ溜まった熱を、通り抜ける風だけが少しずつ奪っていった。


肩を落とす。


やがて――


規則正しい足音が、遠くからゆっくり近づいてくる。


その足音に合わせるように、周囲の声がひとつずつ細くなった。


彰は剣先をわずかに下げ、顎だけを動かした。


六菱征四郎。


大企業・六菱の御曹司にして、“特別優秀生徒”の一人。


乱れのない制服と、糸を引くように真っすぐな背筋が、その存在感をさらに際立たせていた。


近づくにつれ、香水ではない金属と紙の乾いた匂いが微かに漂う。


涼やかな表情の奥では、瞳だけが冷たく光っていた。


「龍胆くん、また剣を振っているんだな」


整った声が、静かに落ちる。


その瞬間、彰の口の中が張りついた。


「雑魚がどれだけ剣を振ったところで、雑魚のままだ。君は、この学校にいるレベルの人間じゃない。……無駄だろうけど、せいぜい足掻いてみるといい」


「ああ、そういえば――昔、協会で表彰されたんだったね。……まぐれの“栄光”に、まだすがっているのかい?」


耳に触れた瞬間、踏み込みがわずかに遅れる。


言い返そうとして、握りが崩れる。


靴のつま先が床を擦った。


綾乃が征四郎の腕に寄り添い、喉を鳴らすように笑う。


「……ほんと、征四郎様の言うとおりですね」


取り巻きが小さく息を漏らす。


「もう一か月だぞ? クラスの大半は付与を安定させてるのに」

「型が崩れて、魔力も暴れてたじゃん」

「征四郎様なんて、剣に光を纏わせて余裕で戦ってたのに」

「結局、適性検査だけ良くても意味ないんじゃない?」


靴底が床を擦り、乾いた音だけが足元に残る。


囁きは一つ、また一つと重なり、足音が周囲で止まり始めた。


「まあ……確かに」

「授業についていけないよな」

「龍胆って雑魚じゃね?」


肩を寄せ合う影が増え、伏せたノートの端がぱたぱた鳴る。


彰の前だけ、人の輪に細い隙間が残った。


声が細く重なり、周囲を埋めていく。


頭に熱がこもり、指先の圧だけが強く残る。


親指で柄頭を押し、爪に走る痛みで意識を保った。


その瞬間、陽菜の顔が浮かぶ。


「大丈夫」と言ってくれた声。


夜の出来事が断片的によみがえる。


征四郎は肩をすくめ、口元だけを動かした。


「まあ……君なりに頑張るといい。結果は見えているけどね」


綾乃たちはそのまま向きを変え、乾いた笑い声を残して離れていった。


背中が遠ざかるにつれ、訓練場のざわめきも少しずつ元へ戻っていく。


残された彰は、小さく息を吐き、もう一度模擬剣を振った。


踏み込んだ靴底が床を鳴らし、熱だけが手の内へ重く残る。


刃先まで流し切れない。


指の付け根がじわりと疼いた。


「……やってやる」


彰はそのまま素振りへ戻った。


十本、二十本と振り続け、その流れのまま柄から刃へ薄い魔力を送り込む。


刃の縁には一瞬だけ揺らぎが生まれる。


だが、保ち切れずにほどけた。


彰は同じ動作を、何度も繰り返した。


◇


――数日後/訓練場


時間だけは、変わらず進んでいった。


彰は毎日剣を振り、何度も属性付与を試し続けている。


それでも、刃へ魔力は最後まで繋がらなかった。


一方で、凱や陽菜は着実に成果を積み上げていく。


「どりゃあっ!」


凱の一振りで、相手の体勢が崩れた。


空気が震え、見学の列から息を呑む音が漏れる。


踏み込みは深く、刃の軌道に迷いがない。


付与は途切れず、衝撃だけが残った。


「つえ……」

「やっぱ獅子堂だな」


見学の列で誰かが拳を握り、別の誰かが半歩退く。


陽菜は回復のルーンを起こす。


杖先から放たれた光が、仲間の傷を次々に塞いだ。


治癒が完了するたび、肩の力が抜ける者が増えていく。


「虹咲さんがパーティに入ると安心だよね!」


声が重なり、陽菜の周囲には自然と人が集まっていく。


陽菜は小さく会釈しながら、胸の前で杖を持ち直した。


その輪の外で、彰は一人模擬剣を握り直す。


風も闇も、何度試してもうまく刃へ乗らない。


付与は途中で途切れ、刃先まで届く前にほどけていった。


やがてベンチへ腰を下ろす。


冷えた板の感触だけが、妙に身体へ残った。


陽菜が離れている時は、周囲の声もどこか低くなる。


だが凱が近づくと、その声はすぐに途切れた。


残ったのは、空調の唸りと遠くの金属音だけだった。


(今の俺じゃ、陽菜には釣り合わない。凱には勝てない)


放課後になり、夕陽が訓練場を赤く染め始める。


凱はそんな彰へ何度も声をかけ、陽菜も隣で杖を握り直しながら小さく笑いかけていた。


彰も冗談には笑い、呼ばれればちゃんと顔を向ける。


けれど、すぐに視線は剣先へ戻った。


そんな変化に気づくたび、凱は小さく息を吐いていた。


「アキ……大丈夫か?」


凱が距離を一歩詰める。


「無理してねえか? 焦らなくていい。お前はやれる力がある」


「……ありがとう。でも――最初から得意じゃなかった。努力しても、全部空回りしてる気がする。でも――どうしても追いつけない」


凱は眉を寄せ、言葉を探す。


「……じゃあ、俺も隣で一緒に振るか? 剣でも魔力でも。アキが焦るなら、俺が付き合う」


「お前が立てなくても、俺が横で立ってる。けど、いつかは並んで立てよな」


凱は片手を伸ばし、彰の肩に触れる。


「剣が合わなくても、道はある。アキの力は、形を変えても光る」


「小さいころ、心体育成流の型を一番きれいに決めてたの、覚えてるぜ」


彰は握っていた柄から、少しだけ指を緩めた。


凱は何も言わず、そのまま隣へ立ち続けていた。


夕陽が横顔を赤く縁取り、その色だけが視界へ静かに残る。


(……お前は、絶対にまた立ち上がれる)


その言葉を握った柄の感触へ残したまま、彰は小さく頷いた。


沈みかけた太陽が、訓練場の床へ長い影を並べていく。


――その夜。


独りの部屋で、彰はもう一度だけ木刀へ魔力を流し込んだ。


刃の縁に、薄い風の層がわずかに張りつく。


すぐにほどけそうになりながらも、その感触だけは指先へ残り続けていた。


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