廃教会の魔法使い 3
驚き、慌てたセオバルドの青い双眸が、大きく見開かれる。
「シモン、違う! そうじゃない。その――」
勢いよく否定したものの、零れ出た言葉の先を探すように、ふつ、と声が途切れる。
明らかな動揺をみせるセオバルドは、眉を寄せて口を引き結ぶ。視線を落として難しい顔で考え込む。
やがて、セオバルドはおもむろに視線をあげて。
「――最初に、君に会った時に……、伝えるタイミングを、逃したんだ」
躊躇いがちに、ほんの少しくぐもる声で言った。
「え?」
常にない、セオバルドらしからぬ歯切れの悪い答えに、俯いていたシモンは潤んだ目を瞠り、そろそろと顔を上げた。
シモンと目を合わせたセオバルドが、う……っ、と息を呑んで困惑の表情を浮かべる。わずかに身体を後ろに引いて、宙に視線を泳がせる。
「初めて、私と会った時のことを、覚えているだろうか……。私が、礼拝堂で倒れていた君を抱え起こした時。気がついた君は、ひどく怯えていて……」
言い辛そうに薄く口を開いたセオバルドは、しどろもどろになった。
目を瞬かせて、シモンは回想する。
(先生と、初めて会った時……?)
もちろん、覚えている。
人攫いの許から逃げ出し、知らない町を転々としたシモンは疲れ果てて、意識が朦朧とした状態で礼拝堂に転がり込んだ。
思い返して、はっとなる。
セオバルドに抱き起こされて、彼の腕の中で我に返ったシモンは。
「あ……、先生を人攫いだと勘違いして……」
驚いて、無我夢中で逃げ出そうとしたのだった。
当時の記憶とセオバルドの言葉が繋がり、申し訳なさから肩を窄めて小さくなる。
「すみませんでした」
詫びるシモンに、セオバルドはばつが悪そうな顔をして、仕方ないとばかりに頷いた。
「私のことを牧師だと思って安心した様子の君に、『魔法使い』だなんて名乗ったら、警戒されて逃げ出してしまいそうで、……すぐに言い出せなかった」
「……」
否定することもできずに、シモンは瞼を伏せることで、そっと視線を外す。
礼拝堂の祭壇前にいたセオバルドを牧師だと思って、安心したのは事実だったから。
魔力というものが存在することすら知らなかったあの時に、『魔法使い』などと名乗られていても、仕事を餌に騙されたばかりだったシモンは、セオバルドを警戒することはあれど信用などできなかっただろう。
言い訳じみて聞こえるかもしれないが……、と前置きをしたセオバルドは、物憂い声で切り出した。
「君が魔力について理解を深めて、ここでの生活に慣れた頃を見計らって、きちんと伝えようと思っていたんだ。だけど……」
言葉を区切り、少しばかり俯いて、セオバルドは嘆息する。
「君は、町の人たちには割とすぐに馴染んで、明るく振舞うようになっていたのに、私には警戒する素振りでよそよそしく、距離を置いたままだったから」
あ……、とシモンは微かな声を漏らす。
思い当たる節は、あった。
「それは、その、先生を避けていたわけではなくて……」
もごもごと口ごもるシモンは、落ち着きなく視線を彷徨わせる。
本当の性別を隠すためです、とは言えない。――そう。
教会に住み始めた頃、シモンは女であることを悟られないよう細心の注意を払っていた。
特に、一つ屋根の下で暮らしているセオバルドとは、雇用主であり師であることに託けて、一定の距離を保って接してきた。
助手として、セオバルドと行動を共にするようになってからは、自然と会話は増えていったのだが。
それまでは、かなりよそよそしかったかも……、しれない。
「この町にいる間、私は牧師のふりをしていなければならない。君に本当のことを伝えれば、今度は君が、打ち解けた町の人たちに嘘を吐き続けなければならなくなる。私の都合で嘘を吐かせることが忍びなくて……。だから、町から出ることになるまで、黙っていることにしたんだ」
真摯な眼差しをシモンに向けて、セオバルドはきちんと姿勢を正す。
「黙っていて悪かった」
真っ直ぐな声で謝罪し、口をつぐむ。
セオバルドの憂わしげな瞳を見つめ返しながら、シモンはゆっくりと考えを巡らせる。
嘘を吐くのは後ろめたい。
町の人たちにセオバルドのことを訊かれる度に、嘘を吐かなければならなかったら……。
それこそ話をすることも辛くなって、町の人たちを避けていたかもしれない。
(……そっか)
語られた理由と謝罪の言葉が、シモンの心に蟠る悲しみや寂しさを慰めて、とかした。
心の奥底に残ったのは、セオバルドにずっと気遣われていたことに対する、ほんの少しの気まずさと気恥ずかしさ。
未熟で至らないからこそ、何も知らされなかったのだという、自分への不甲斐なさ。
いくつもの感情が胸の内で複雑に絡み合い、はにかんだシモンは、小声で、しかしはっきりと答える。
「はい」
不安に曇っていたセオバルドの表情が、安堵にやわらぐ。ほぅ、と深く息を吐き出すセオバルドが、肩の力を抜き、緊張を緩めるのがわかった。
セオバルドの仕草や表情を見つめるシモンは、もぞ……、と身じろぎし、改めて座り直す。
普段から、セオバルドは口数が多くなく、考えていることを逐一言葉にしない。けれど、もしかしたら彼は、胸の内にある思いや考えを口にするのが、少し苦手なだけなのかもしれない。
だから。
シモンは、控えめに言葉を継ぐ。
「先生、……あの」
「うん?」
「僕は、もう少し……、先生と色々な話ができるようになりたいです」
出会った時から、そばにいて見守っていてくれる。
そんなセオバルドのことを、もっと知りたいとシモンは思う。
刹那、セオバルドが微かに目を瞠った。
そして、す……っと手許のカップに視線を移し、手を伸ばす。
「そうか、……そうだな」
会話が途切れて静まり返ったキッチンに、梟の低くまろやかな声が、子守唄を奏でるように優しく響いた。
耳に心地よいそれに、シモンは窓の外に視線を巡らせる。
「シモン」
落ち着きを払ったセオバルドの低く透る声は、改まって聞こえ、場の空気を一変させる。
名を呼んでからしばし黙り、考えを巡らせるかのようなセオバルドに、シモンは小首を傾げた。
「はい」
「遅い時間に悪いが、この機会に私からもひとつ、君に訊きたいことがある」
「はい。……何について、でしょうか?」
聞く姿勢を整えてから、シモンは返事をする。
セオバルドは、シモンを見つめながら目を細め、穏やかに微笑んだ。
「君と会ったのは、去年の春の頃だった。一年と少し前になるが……。君は、私に何か言いそびれていることはないだろうか?」
質問の意図を把握し損ねて、シモンはきょとんとする。
「は……い?」




